グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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マーキングの場所でわかる<つづき>

昨日のブログで「テラスマーキング」についてお話しました。

一般のご家庭ではあまりないシチュエーションかと思いますが、
お友達の犬が自宅へ遊びに来て「テラスで排尿」ということはあるかもしれません。

自宅のテラスでも「うちの犬はテラスの支柱でマーキングする」
「うちは、テラスで排尿する」という行動が起こることもあります。

そのテラスですが、テラスは屋外か室内か、微妙な場所にあります。
まず、このことを犬がどのように理解しているかが行動の鍵を握ります。

一般的に、テラスは人のスペースです。
人のスペースというのは、人がものをおいたり管理したり
食事をしたり、休憩したりする場所のことをいいます。

屋外のテラスを人のスペースと認識することができるかどうかは、
犬の経験学習のレベルによってことなります。
屋外飼育だからテラスを人のスペースだとわからないというわけではありません。
人のスペースと犬のスペースをわかるかどうかは、人との関わりによるものです。

犬がテラスを人のスペースだと認識するのは、テラスに人の「もの」があり、
人がそこでくつろいだり、滞在するようなイスやテーブルがあるためです。
それらの「もの」人が管理していることを、観察によって知ることができます。

テラスにマーキングをする犬は、そこが人のスペースだと知らずに
やっているように思えますが、多くはその逆です。
テラスにマーキングをする犬は人のスペースだということがわかっていて
マーキングを行っています。

テラスにマーキングする状態の犬は、同じ理由で車のタイヤにもマーキングします。
数日前のブログに書きましたが、人が設けた境界線のシャッターのようなものにも
マーキングをする傾向が見られます。

室内飼育の犬で、室内ではマーキングをしないという犬も、自分のテリトリーを
離れた場所では、人のテリトリーに執着する行動をするのです。

テラスでのマーキング(排尿)をしない犬には一定の行動のパターンがあります。
人との関係性に一定の距離感があり、それを保ち続けることを維持しようとしているようです。

人に一定の距離感があるといえば、野生動物です。
これらの動物たちも、今のところテラスにマーキングをしません。
少なくともうちではマーキングをされたことはありません。
私は野生動物にえさは与えません。声をかけたりなどのアプローチはしません。
餌付けをすれば、マーキングが始まるかもしれません。

猫には一度マーキングをされたことがあります。
テラス横がキッチンとなっていて、テラスで冷していた肉を狙われたことも
ありました。えさを与えたことはありません。
マーキングは人に対してではなく、猫間のもののようでした。
野猫ではなく、近くの民家で飼われている猫だったと思います。

マーキング行動の場所などで、犬の状態や行動の特徴がつかめてきます。

マーキングはしないよ、という犬の場合でも、テラスでお膝へダッコということでは
やはり同じことです。

マーキングをしている状態では、行動の安定を得るのには遠回りです。
よい関係作り、安定して過ごせることのために、
できることはたくさんあります。

とりあえず、犬の行動のメッセージを受け取ることを大切に、です。

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マーキングの場所でわかる

台風のため、3連休のテントクラスも途中で解散となりました。
一泊目もテント泊がうまくいきませんでした。
犬と飼い主さんの行動が、家に隣接したテラスを中心に動くというものになりました。

どのような場所でも、犬と飼い主さんが行動をしている限り、
その行動の範囲や行動の種類について、観察して考察をするが仕事です。
私自身が近くで影響を与えると、犬も飼い主も行動が変わってしまいます。
できるだけ日常の行動を見たいので、遠巻きに観察をしています。

テラスには、各飼い主が犬のために持参したクレートが置いてあります。
そのクレートは、犬にとっては移動式のハウスです。

本来生活するテリトリーから離れて滞在する場合には、マイクレートがあると安定します。
(※テリトリー(なわばり)にはいろいろな概念がありますが、
ここでいうテリトリーとは、生活圏の意味のテリトリーです。)

クレートで落ち着いていられるようになったら、そのクレートと飼い主の位置を中心に
犬が移動できる範囲が決められていきます。

クレートという自室のテリトリーを離れて歩き続ける場合には、
それほど難しい問題は起こりません。
犬の行動が不安定なるのは、クレート周辺の行動なのです。

なぜ、クレート周辺の行動が不安定になるのでしょうか。


クレートの周辺には、クレート周辺テリトリーというものができます。
室内にクレートをおけば、室内がそのテリトリーです。
テラスにクレートをおいて滞在すれば、テラスがそのテリトリーです。

クレート周辺のテリトリーはとても不安定になるのは、
そのスペースが他の犬との共有のスペースであり、
自分の砦となるクレートの周辺を、他の犬もウロウロとすることになるからです。

テラス周辺を犬がウロウロとしているときには、目が離せません。
遠巻きに観察したいのだけど、管理者としてやってほしくない行動があるからです。

マーキングです。

テラスと庭の境や、テラスの支柱や、テラスにおいてあるテーブルの脚に
マーキングをされることがあります。
リードをつけていてもマーキングをされることがあります。
1頭がマーキングをすると、ルールが破られたかのように他の犬もそれに
続くことがあります。

テラスは洗い流しができないことと、以前はオポのテリトリーでもあったため
テラスマーキングには私も敏感になっています。
遠巻きに観察している場合ではなく、止めに入る必要があります。

マーキングはオスの脚上げ排尿が多いですが、メスもマーキングします。
脚を上げなくてもマーキング行動は起きるのです。

ところが、テラスマーキングは私が犬たちを見ているときや
私がリードを持っているときには、マーキングは起こりにくいのです。
マーキング行動に気づきにくいということもありますが、
犬が不安定な動きを始めると、リードを短くしたり、声をかけるなどの
習慣が身に付いているからかもしれません。

マーキングにはマーキングをしやすいという性質もありますが
環境の変化と関係性に関しての不安定さが見られるというお知らせでもあります。

マーキングをさせないようにするための対処法はいろいろとありますが、
テラスでマーキングをしなくてもいいような、人との関係性をつくっていくことは
もっと大切なことです。

何故「人との関係性」なのか?と思われた方は、
明日のブログもご覧ください。

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Posted in 犬のこと

今日の夜、ラジオ再放送です

先月、ラジオ出演したものが、本日再放送されます。


9月18日日曜日 午後10時~11時

LOVEFM 月下虫音(げっかちゅうね)

で聴いてください。
佐賀方面の方はラジコで有料登録をすると、全国のラジオが無料で聴けます。

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Posted in お知らせ

草を食べない犬たち

昨日のブログで「草を食べる犬」のことを書きました。
犬が草を食べるのは故事にもあるほどの日常の風景だったのでしょう。

ところが、最近では草を食べない犬もいるのです。

草を食べない犬もいることを知ったのは、
生徒さんの犬たちと山歩きをしたときのことです。
草を食べている犬たちをみ飼い主さんがこういいました。
「みんな草を食べるんですか?うちの犬は草を食べません。」

最初に聞いたときは、少し驚きました。
個人レッスンのときに、「草を食べのですが大丈夫ですか?」
という質問はよくありましたが、逆の
「草を食べないのですが大丈夫ですか?」
という質問を受けたことがなく、みんな食べるものだと思っていました。

草が食事というわけでもないので、必要ないから食べないのだろうとは思ったのですが
草を食べない犬たちには共通点がみられました。

外であまり、もしくは全く水を飲まず、帰宅してから飲む。

他には、飼い主さんから離れられない傾向が強い犬が多いようでした。


今は草を食べない状態だから、これが草を食べるようになれば
何かが変わったといえるのではないかと思い、観察を続けました。

結果、水を飲まない犬は水を飲めるようになりました。
水を飲まないのではなく、水を飲めなかったのですね。

そして、草を食べない犬の中には、草を食べるようになった犬もいます。
犬の体型や被毛の状態とあわせてみていくと、健康的になるに従い
草を食べるようになった傾向があります。

体調を崩したことで草を食べるようになったのではないようです。

犬が自分に必要なものを、人から与えられるのではなく自分で得る力。
これは犬の習性の中のひとつです。
犬が得ようとする必要なものも、環境の中になければ選択することはできません。
その環境は慣れ親しんだ場所でなければいけません。

昨日ブログに書いたように、「これを食べなさい」という草の与え方では
選択力は育てられないということです。

自然に近い環境を自宅や仲良しの知人の庭先などに準備してあげれば、
犬はいつか必要なものを選択する力が育って、その中の草を食べるのかもしれません。

必要な環境を提供する。
そして犬がそれを自ら利用する。

雑草の生えている庭でも利用価値はあるということです。

でも草刈はしてくださいね。
草を刈り込んでいない土は硬くなり、そのうち硬くて長い草ばかりになります。
犬が好むのはイネ科の雑草です。
イネ科の雑草は水分の多いやわらかい土の上に伸びるのです。
庭の端の部分を掘り返してそうした場所をつくるのもよいかもしれません。

庭の手入れをしていたら、イモリが数匹も出てきました。
イモリは漢字で井守と書くようです。井戸を守ってるということなのでしょうか。
土が軟らかくなるといろんな生き物が戻ってくるかもしれませんね。

ぜひチャレンジしてください。

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Posted in 犬のこと, 自然のこと

草を食べる犬:犬の自然とのつながりを示すいろんな行動

自分の持っていた国語辞書(かなり古い)の後ろに故事が載っていました。
辞書はすでに処分してしまったので、うろ覚えではありますが、
「犬が草をはむと雨が降る」というようなものでした。
「草をはむ」の「はむ」とは古い言葉で、「食べる」という意味です。

確かに犬は草を食べる、だけど雨が降らない日もあるのにね、と思いました。
受け取り方を変えてみて、犬はいつも草を食べているけれど、
犬が特にたくさん草を食べるときは、雨になるのかもしれないといわれると
少し納得するような気もします。

雨が降りそうということは、気圧が変化するということです。
ということは、犬の自律神経にも影響をあたえます。
過去ブログ→犬の自律神経を整える
犬は活動を控えて休息に入り、消化器系を助けようとするからです。
犬は草を食べることで、消化を助けていることもあるようです。


うちの犬は草を食べるんです。どこか悪いのでしょうか。
と、心配する飼い主もいます。

犬は草を食べたあとに、胃の内容物を吐き戻すからかもしれません。
犬が草を食べる理由のひとつに、吐き戻しを必要としています。
これは犬の自己治癒的な行動であり、ビックリするようなことではありません。
異物を飲み込んだときも、同じような方法で吐き出すこともあります。

犬は人よりもよく吐き戻しします。
人よりのよく飲み込む分、吐き戻しの力も強いのです。
消化できないものや、消化に時間がかかっているもの、
また胃液がたまりすぎたときにも、余分な胃液の処分のために吐き戻しをします。
こうしたときはよく草を食べているようです。
胃液を出すときは、草にまじって黄色いツーンとした臭いのものがいっしょに出てきます。

うちの犬は草を食べるんです。どこか悪いのでしょうか。
と、心配される飼い主もいます。
体調を整えようとして草を食べていることを
具合が悪いのだといってしまえばそうなのかもしれません。

体調を整えるため行動することが、犬は人よりも多いのです。
それだけ自分の内面の変化に敏感で、体が自然に反応するということでしょう。
そうした力は犬の動物としての底力のようなもので、尊重したいですね。

除草剤をかけられているから心配という気持ちには同感します。
動物たちが食べることを考えれば、除草剤は簡単には使えないものです。
犬だけでなく猫も鳥も、そして昆虫たちはもちろん草を食べています。
その昆虫を殺すために、はやり除草剤ということかもしれません。
生き物の共生というのは、むずかしいものです。


犬が草を食べることは大切なことです。
都会に食べる草がないなら、雑草を植木鉢に植えて育ててください。
犬猫のためのの草というものも売っていますが、
いろんな草の中から犬が選択するっていうことも大切なことです。

でも、こうした対処法ではうまくいきません。
都会の犬たちは草も食べなくなってきているからです。

続きは明日。


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Posted in 犬のこと, 自然のこと

畑部報告<芽を出す>

グッドボーイハート七山校の畑の種まきから数週間がたちました。

畑部の部長が、「苗ではなく種を植えます。」ということだったので
芽が出てくるのが最初の成長のステップでした。

それで部長から「畑はどうなってますでしょうか。」と連絡を受け、
戻った翌日に畑のチェックをしたら、芽のようなものが出ているのを見つけました。

翌日、畑部長が目視して確認し「芽が出てる」ということになったのです。


この「芽が出る」という感動は、なんとも言いがたいものでした。


私も畑を少しやってみましたが、そのときは苗を植えました。
苗は葉が出ている状態なので「芽が出る」感動を味わうことはありません。

種から芽を出すということが、いかにすごい事なのかということです。


畑部長と振り返ってみたのですが、2週間くらい芽が出なかったのです。
それで、なかなか芽が出ないねという話しになっていました。
もう少し待って芽が出なかったら、もう一度種を植えるという計画だったそうです。

それが、一気に芽が出てきたのです。

種の方では、土に植えられる直前は冬眠状態です。
種が土から栄養を吸収して、芽を出す準備ができているのに、
それに気づかずに掘り返してしまったら、きっと種は死んでいたでしょう。

でも土の上からなので、種がどうなっているのかわからないため、
最初はまだかな~と期待しているのに、長く待たされると、
もう芽は出ないのかもしれないと一方的に落胆してしまうこともあります。


なんでも比較してしまうのは悪い癖ですが、やっぱり犬も同じだなと思うのです。


犬に必要な環境を順番に整えていき、必要な接し方をします。
少しずつ練習を重ねていき、毎日同じように接する生活に取り組みます。

なかなか変化しないように思えても、種が栄養を吸収するように膨らんでいきます。
それでも傍からみると、特に変化した様子が見受けられません。
あまり変わっていないように思えるのです。

ですがその変わっていないように思えるのだけど、膨らんでいく様子が
ずっと犬の成長を見守ってきたためか、自分にはよく見えます。

あと少しで芽が出そうだなという時なのに、人の方が飽きてしまうことがあります。

これ以上変わりそうにないやと、犬に対して積極的になれなくなるのです。
変化していく犬の姿がイメージできないようです。


あと少しで芽が出るのに、と思うのですが、
人の関心は遠のくとなかなか戻ってくることができません。
他に関心のあるものを見つけてしまったのか、芽が出ることを諦めてしまったのか。

飼い主の関心が離れてしまうと、芽を出そうとしていた犬も途端に伸びる力を失います。

犬の芽が出るまでの時間は、植物よりはずっと長くかかります。

特に成犬で迎えた犬の場合には、これまでの経験が長いため変化が訪れるのが遅いです。


でも、犬の時間の流れは人の7倍の速さで、人の成長よりはずっと速いのです。
だから人は犬の芽が出る瞬間を見る喜びを得られるのですね。


子犬のころはどんどんと芽が出るような気がします。
次は芽を伸ばしていくことになり、基盤のない子犬はここからが試練です。


成犬で、ずっと芽をつまれていたときは、最初はなかなか芽が出ません。
それでも根気強く取り組むと、やっぱり芽が出るのです。

生きてるってスゴイなと感じるし、犬ってスゴイなと感じます。
そしてなによりも、その芽を出す環境をつくって来た飼い主に対して
スゴイことしたんですよ、という敬意の気持ちでいっぱいです。



畑の芽は次の試練を迎えています。
育てることって大変だけど、喜びがいっぱいありますね。

犬育てよりも速い植物の成長に、私も目が離せません。

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Posted in 犬のこと, 自然のこと

熊本県動物管理センターの報道

熊本県動物管理センターの件でお知らせします。

明日のテレビ「アサデス」で、熊本県動物管理センターから、福岡市動物愛護センターへ
移動してきた犬たちのことが報道されることになりました。

放送予定時間は朝7時50分のようです。

熊本動物管理センターの方にも、テレビ局の取材が入ったそうなので
あわせて、施設の様子なども報道されるかもしれません。

テレビを視聴できる方は、ぜひご覧になってください。



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複雑な犬のシグナル<ガマンする犬たち>

犬の抱える問題となる行動は、年々複雑になっているように感じます。
それは、人の環境の複雑さやコミュニケーションの希薄さに伴うように、
人に近い犬という動物にのしかかっているようにも感じられるのです。

犬のおかしな行動は、今までの犬の習性には当てはまらないような、
ストレス状態を表現する行動であることが多いのです。

キュンキュン、エンエンと鼻を鳴らし続けている犬
自分の手足をなめ続ける犬
自分の尾を攻撃する犬
くるくると回る犬
ピョンピョンと飛び跳ねている犬
一の字のポーズで伏せて休む犬
走り回る犬

・・・・など、あげればきりのないほどです

これらを擬人化するとこういわれます。
「寂しいのね」「楽しいのね」「遊んでいるのね」「眠たいのね」
そして、ストレスの合図に気づくことが遅れてしまいます。

こうしたストレスの合図に気づき、相談を受けるケースはあまりありません。

このストレス行動を放置した結果、攻撃的な行動が見られるようになると、
飼い主は、困ったことになったなと思われるようです。

触ると咬みついたりうなるようになる、
散歩中に他の犬を見て吠えるようになる、
ドッグランで他の犬を追いまわすようになる、という行動です。

こうした問題行動がきっかけでレッスンを受講する機会を得られると、
今までの受け取り方がいかに逆だったのか知り、犬を理解していくチャンスを掴んでいただけます。


ところが最近の犬は、上記の鬱々とした状態が長く続くこともあるようです。


咬み付くようになったという相談が、犬が3歳くらいからということであれば
その数年前から、ストレスのシグナルは起こっていたと思われます。

犬は飼い主の顔色をみながら、行動を抑えていたのかもしれません。
室内飼育で人との距離が近くなり、飼い主との関係を保たせる必要ができたからです。

それは、「飼い主を思いやって」などということではありません。
単に犬の習性からくる行動です。
犬という動物が、いかに社会的な動物かということです。


人為的な繁殖や、人の犬を飼う環境が特異化してきたことにより、
犬の習性、つまり犬の本来の行動は減少しています。

その中でも、犬がグループへ所属するための社会的行動は根強いものです。
攻撃や逃走を避け、なめて自虐したり、じっとして動かないでいるのです。

犬が人に従ったからといって、犬が行動したからといって
犬が好きでやっている、喜んでいると思ってしまうことを一旦止めてみます。
犬は所属するかぎり、そうせざるを得ないのです。

ガマン強く社会的行動を維持刺せようとする犬は、一見問題のないように見えます。
もちろん犬は問題ではありません。
問題となるのは、人の接し方や犬にさせていることを含む環境そのものです。
ところが、犬がそれを解決するということはありません。
そこまでの自律性を与えられてはいないからです。


かみつく、吠えるといった訴えの大きい犬の声は取り上げられます。
行動を表現しようとせず、耐えている犬の声は取り上げられにくいのです。

聞こえない声を、行動をひとつひとつ書き留めることで聴くことができます。
それが行動を読み取ることの楽しさであり、分かり合えることのすばらしさでもあります。


新しいことには勇気がいります。
でも信じる力があれば大丈夫です。


今よりもより良い関係をつくっていく。
社会的な力こそ、犬の本来の力です。
その力は飼い主さんの本気で引き出せるのかもしれません。

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犬の大切な役割行動:里山の境界線を守る役目

やっと秋の風がふくようになり、本当に久しぶりに山深く犬たちといっしょに歩きました。

オポがいたときは頼りっきりだった山道も、
小さな犬たちを伴って歩くときは、自分が見張り番になるため気合も入ります。

山歩きするとなんだか勇気がわいてきて、少しだけフットワークも軽くなります。


ついつい後回しになってしまう庭草や木の手入れ。
山と家の境界線になっている崖?の草刈へと向かいました。

そこで、今までにないものをみました。
七山校のある里山に過ごして10年近くで、もしかしたら始めてのことかもしれません。

庭の裏手の坂のような場所に、いくつもの掘り返しの後があるのです。

この痕跡の正体は間違いなくイノシシです。
家のすぐ横の場所で、アジサイなどが咲いている根のところも掘り返されていました。
イノシシが庭近くまで接近することはあっても、こんなに近くを掘り返されたのは始めてです。

「境界線がゆるくなってるんだ…」と感じました。


里山は野生動物と人の暮らす里との境界線です。
人の環境に対する開発によって、野生動物はどんどん山の奥へと追いやられてきました。
里山というと、福岡佐賀近郊ではかなり山に近い場所になります。
七山校はそんな野生動物との境界線になる里山に位置しています。

人の暮らす里と、野生動物の暮らす場には境界線が必要です。

境界線があることで、お互いに無益な衝突や事故を防ぐことができます。
野生動物たちは野山で暮らし、人は里で暮らす。

人やは必要なものをその境界線からとって活用していました。
境界線に人が入ることで、動物達は人の気配を感じることができ、
彼らも境界線に近づくときには、十分に警戒するようになるのです。

動物は警戒すると、とっさのときには逃げるという行動を選択できます。
ところが警戒することを忘れると、逃げるタイミングを逃してしまいます。
人の気配に鈍感になり、お互いに近づきすぎてしまうからです。

だから野生動物と人の境界線は、お互いが安らかに生活していくためにとても重要なのです。


境界線が緩んでしまった理由は、すぐに思いつきました。
里山犬のオポがいなくなったことです。

家の前の庭は山に向かっていく上の方向と、車や人の出入りのある下道に向かう方向があります。
どちらも庭の端側になります。
オポはいつも、庭の山側の斜面に近いところで排泄をしていました。

七山にきて庭に立ち寄って排泄をするほとんどの犬が、車や人の出入りのあるシャッターのところに
脚上げ排尿をします。

ところがオポは、車や人の出入りの制限となるシャッターの近くで排泄することはありませんでした。
下道で排泄をするときは、その境界線よりもう少し下のところで行いましたが、
シャッターが閉まっているときにはその方向には出られませんので、下道での排泄はできません。

下道での排泄はちょうど、下の家にオポがいたころにいた犬との境界線にあたっているように思えました。

山手の方には竹やぶのあるところがあって、そこがイノシシの通り道になっていたようです。
森から竹やぶへと隠れることができるため、移動しやすいからです。
竹やぶはうちの敷地ではないので刈り込みされないままになっています。
そのイノシシの通る道との境になる、刈り込まれているうちの敷地の最先端で、
オポはいつも排泄をしていました。

そのオポという犬の排泄は、野生動物との境界線をはっきりとさせるものであったようです。
その排泄のラインから内側でイノシシの気配を感じるのは、夜暗くなったあとでした。
それでもそこにイノシシがいるときには、私の気配を察してすばやく竹やぶに戻っていきました。

オポといっしょに庭に出たときも、イノシシの動く気配を感じましたが、
逃げるイノシシの気配にオポが顔を上げることがあっても、追うことはありませんでした。
境界線が守られているということを、わかっていたのかもしれません。


犬は山との境界線を守り、人は人里からの境界線を守る。

そんな風に役割分担されていたように思えます。

用件があってシャッターの境界線や家の戸口の境界線を越えることを私が許可した人を、
オポが攻撃したり追い立てたことは一度もありません。
その代わり、その人たちに対してきちんとルールを伝え、テリトリーを安定させることは
私の大切な仕事でした。


オポという犬が境界線をつくってくれていることを、なんとなく知ってはいたものの
こうやって、事実上イノシシが侵入してくる足跡を目にすると
その役割の大きさと重さに、大切な仕事をしていてくれたのだと頭の下がる思いです。


さて、現実的な問題を考える必要があります。
イノシシを寄せ付けないためにできること。

草や藪をもっときれいに刈り払うことです。


野生動物は身を隠す場所のないことを嫌います。
藪があれば藪にかくれれ侵入します。
森と家の間は、草刈がなかなかうまく進まない場所なのです。
経験したことのない方は実際にやってみるとわかりますが
枯れ草剤を使いたくなる気持ちだけは理解できます。
でも、それを使ってしまっては負けだと感じるのは私だけでしょうか。

里山の境界線を守る仕事は、どんな犬にでもできることではありません。
だから、犬を飼えばいいという簡単な問題でもないのです。

できることからひとつずつ。


ということで、秋の草刈大会はじまりました。

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犬の稟性(ひんせい)

昔の同僚が仕事で福岡に来たからと立ち寄ってくれました。
20代のころからお互いを知っているため、会って話すだけでも若返ってしまうのは不思議です。

お互いに違う立場ではあるのですが、犬に関わる仕事をしているためか、
再会しても、やはり犬のはなしになってしまいます。


今回も、いろんな「犬にまつわるはなし」をしました。
特に盛り上がったのは「犬の稟性」についての会話でした。

稟性については、聞きなれない言葉だと思います。
砕いていうと性質ということです。

このブログでは、できるだけ専門用語を使用しないようにと心がけているため
性質についても、わかりやすく性格と表現することもあります。

動物の性質が、人の性格の部分だというと理解しやすいですね。

稟性とはその性質のうちの、生まれもって備えた性質を示します。


稟性について追求したいのは、使役犬を繁殖する場合です。

使役犬とは、人が目的をもって犬を作業に使うために用いている犬のことをいいます。
災害救助犬、牧羊犬、盲導犬、麻薬探知犬、などなど、いろいろとありますね。

こうした使役犬のなかでも、障害者が犬を伴うことになる、盲導犬、介助犬については
稟性の安定が追求されます。
犬を扱う人が障害者となり、活動の範囲が自宅のテリトリーを出ることがあるので
行動の安定さが重要になるからです。


さて、家庭犬の飼い主のみなさんはここから、関心をもって読んでください。

犬にはすべて性質があります。
性質は生まれたときに備えている稟性の部分と、生まれたあとに接触した環境が育てた性質によって構成されています。
いわゆる「氏か育ちか」ということです。

純血種を購入される方の中には、できるだけ性質のいい犬を迎えたいと思っている人が
いるのかもしれません。
だとしたら、その稟性の部分をどの程度理解されているでしょうか。


稟性というのは、良い、悪いという評価の仕方にはならないのです。


たとえば、感受性が比較的高い稟性を持っているとすれば、
扱う人によってはとても良いコミュニケーション力を引き出すことができるし
犬の習性や理解度の低い人が育てると、大変に難しい行動を示すようになることがあります。

よく、大人しい犬を飼いたいといわれることがあります。

稟性が「大人しい犬」というのはいないのです。

大人しいという行動には、いろんな表現としてあわられます。
たとえば、緊張して動けなくなる性質をもつ犬は、行動が少ないため大人しく感じます。
服従度が高くいつも尾を下げているような犬は、テリトリーが小さいので大人しく感じます。
好奇心が低く消極的な犬は、活動範囲が狭まるため大人しく感じます。

小さいころに、「大人しい」行動を示す犬は、不適切な環境で育てば
成長後にストレス行動が活発にみられるようになります。
臆病で好奇心が低く、行動できない環境におかれていて、攻撃性が出る月齢になっていなかったので
「大人しく」みえただけなのです。

行動の読み取り方が違うと、これだけ評価が違ってくるということです。


使役犬は、稟性を明らかにし繁殖に生かしながら、訓練の方向性を決めるためにテストを利用しています。
テストを有効にしているのは、テストを受けるまでの犬たちの環境が一定に整えられていることです。
それぞれの犬は一定のルールの中で育てられますが、各家庭で育ってくるため、ルールはいっしょでも
接する人(育てる人)は別になります。

いつも不思議に思うのですが、同じルールで接しても、接する人が違うと犬は少しずつ変わってしまいます。
その中で、できるだけ稟性を絞り込むためにテストを改善しているということでした。
私たちがいっしょに働いていたのは、もう30年も前の話しです。
それよりもずっと前からこうしたことは課題にあがっていました。
犬の専門家であっても少しずつ前進しているという段階です。そしてまだまだ改善を目指しているというのです。


犬と暮らしているみなさんは、性質をわける必要はありません。
ただ、生まれ持ったものと、育てられたものを知りたいと思うかもしれません。
それはぜひ知っていただきたいことです。

どんなにすばらしい稟性を備えていたとしても、
育てる人によって犬は変わります。

逆に難しい稟性をかかえていたとしても、
育った環境によって、それを補う力を身に付けることもできます。

犬は成長が早いですが、何才になっても成長していくことは不思議なことです。

たとえば7歳とか8歳になっても、まだ変化し続けているということ。

自分も中年だからといって、人として成長することを止めてしまっては
生きることを止めてしまようなものだと思っています。

犬の成長とは、何かを教えることではありません。

もって生まれたもの稟性を、ぜひ大切に育ててください。

みんなすばらしいものをもって生まれて来ています。


今日小さな犬の訪問クラスへうかがったときに出た行動をみて、おもわず
「やっぱり、犬だったね。」とわたしがいうと
飼い主さんが
「犬でよかった。」
といわれて、大笑いになりました。

犬が犬らしく、凛々しく行動をしているのを見ると、なぜかうれしくなってしまうのです。

すべての犬の稟性は光るもの。
私はそう思っています。

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