グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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Monthly Archives: 7月 2011

勉強の日

涼しい夏の日が続いていたのでオポの忙しい息を聞くこともなく
「今年は随分と楽だったね。」といっていた矢先だったのに今日は随分と暑い1日となりました。

暑かったのは天気のせいだけではなさそう。
ドッグスピリッツの勉強会に15名ほどが一部屋に集まったので
みんなの熱気と体温で室温がかなり高くなってしまったみたい。
なにしろエアコンとかはないからですね。

汗をタオルで拭きながらいどんでいるのはロールプレイング。
練習しているのはドッグスピリッツのメイン活動である

わんこお助け隊による無料しつけ方相談会の実践について。相談者役、書記係、カウンセラーの3名にわかれて
ローテーションをしながらそれぞれの仕事を体験してもらいました。

「頭の中にはいろいろ出てくるけど言葉にならない」
「質問をしたいけど何を聞いていいのかわからない」
「普段からいかに自分の犬のことを見ていないのかがわかった」
反省だけでなく、課題に応じて気づきも得られたようで
日々の犬との生活の中に役立てられるとよいですね。

ボランティア団体で行う「しつけ方相談会」なので
プロフェッショナルのような役割は担っていません。

犬のことで相談したいという飼い主さんとしっかりと向き合って話を聞き
「いち飼い主」としていっしょになって悩んだり考えたりして
悩んでいるのはひとりじゃないよということを伝えながらちょっとだけ
犬の行動や犬が必要としていることについて話しをしています。

「どうすればいいのか」を考えるのは飼い主本人の役割だけど、それを考えるにあたってヒントにしてもらえるような言葉をいくつか出せるようになるといいですね。

「こうしたらいいですよ」という口出しはよさそうにみえるけど
考える力を奪ってしまうし、実際そんなものはどこにもありません。
口出ししたいときは自分が余分に知っていると思っているときかも。
そういう時こそたいして知ってはいないんです。

ちょっとだけ知っていることを話したくなるだけ。
悩んだり考えたりすることを待てるようになるくらい信じる気持も大切ではないかな…と思うのです。

相談会のメンバーとして活動に参加するとまだまだ何も知らないのだということも良くわかるかもしれません。
そうしたら「また落ち込む~」かもしれないけど学んで知った気にならないための良い場となりますよ。

そんなことで、ドッグスピリッツではいつでも仲間を募集しています。
グッドボーイハートにご縁のない方ももちろん歓迎しています!

Posted in 日々のこと

山で暮らすこと

世の中は“地デジ”とやらでいろいろと忙しいようだけど、テレビのない生活をしている私には外の世界のこと。
「テレビくらい買いなさい」といわれたこともあるけど、必要がないのだからいらないものはいらない。

みんな知っているのに私は知らないことが増えていくけど、別に“おいてけぼり”にされている不安は感じない。
もはや流行の芸能人の名前など全く知らないし、新製品のCMなども見ることがないから何が新しいのかも知らない。
ところが、今のところ生活に困ることもないしとにかく関心がない。

関心があるのは、今日部屋の中に何匹の蚊が侵入してきたのかということ。
庭の草がどのくらい伸びてきたのかということ。
山の木の実がいつ実をつけはじめたのかということ。
何時になったら陽が昇って、何時になったら陽が落ちるのかということ。
オポが何をして何を感じて何を語っているのかということ。
そして、自分が何をして何を感じ何を言葉にできるのか。

テレビを手放そうと感じ始めたのは都会の時代。
多忙な生活の中でテレビをただ眺めることで自分を失くしている感じを得たから。
テレビが悪いのではなく、私のテレビとの付き合い方があまり良くなかった。
そもそも生活というものを大切にしていないから当たり前だろう。
ということで、オポオススメの山暮らしで「生活する」ことを学ぶ。

ところがこの山暮らしには大変なことがたくさんあった。
そのひとつが草刈。

今日はグッドボーイハートの助っ人を得て庭の草刈り&藪刈りに挑んだ。
いつかいつかが今日となり、庭の草は相当生い茂ってしまった。
予定の1時間を大幅に超えてよい草刈の時間を過ごすことになった。
汗をたくさんかくので体の老廃物が一気に出ていく。

不安定な場所に立つことはグランディングの実践になるし
おそってくるアブにひるまないことは強さ試しにもなる。
そしてなにより、何も考えずに目の前にあるものにだけ向き合うこと。
そのうち目の前にある草ではなく自分に向き合う時間ができる。
そんなことをみんなへの呼び水にしているけど
呼びこみ用の宣伝じゃないから実践して体感してほしい。

もちろん草刈が大変でないとはいわない。
でも草刈が生活となると、大変だとは言ってられない。
やらなければいけないことはやらなければいけない。
やるのだったら堂々と向き合っていきたい。

今日、草刈中に急な斜面で滑り落ちそうになったとき、ある映画の中のセリフが浮かんできた。
「使命に向かわなければあるのは苦難だけ」
この映画では魔の指輪をたくされた青年が生死をかけて使命に挑む。
でも使命って毎日の生活の積み重ねだと感じるから、生活の中でやるべきことを使命と受け取ると自然と勇気もわいてくる。

草刈の後に山の育てた恵みの梨をみんなでいただいた。
梨の実は本当においしかったけど、おいしい理由はそれだけじゃなく、感謝していただく気持ちもいっしょだったから。

オポは庭にでるといつもより遠くまでマーキングに行った。風が通り行動しやすくなったんだろう。

そんな小さな出来事がうれしいから
しばらくテレビを見ることはないかな。

世の中のことは「1分ほど手回しで電気を充電させると1時間は聞けるラジオ」があるから大丈夫かな。

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Posted in 日々のこと, 自然のこと

一足早く

台風が通り過ぎていいく間涼しい風で一息ついた。
涼しいから草刈りも調子よく進み庭はちょっとした空間を取り戻した。

こうなってくると調子づいてくる。
「お山いこっか。」
久しぶりにギャロップで山への道を駆け上がるオポを見た。
すでに何かすることが決まっているかのような足取り。

少し進むとあの「青い実」のなっている木に到着した。
なんだか今まで見たのと感じがちがう・・・。
オポは木の下をフンフンと臭って何かを探している。
やがて探していたものを口に入れてポリポリと食べ始めた。

のぞいてみるとそれはあの「青い実」だった。
青い実のついた枝がいくつも落ちている。

つい昨日山道の草刈のお手伝いをして下さったときに刈られたようだ。
通行の邪魔になったのかのれんになっていた枝部分を掃ってあった。
枝には7、8個の青い実がついたままだった。はそれを食べていたのだ。

この実は今年はじめてできたものでオポがここでこの実を食べたことは一度もない。
それに青くて小さい実は甘い臭いもおいしい香りも全くしない。
こんなに青いものを食べて消化するのだろうかという現実的な疑問と同時に、私の中にはオポに起こっているこどがはいってくる。

いつか熟して地面に落ちて食べるはずだったその実を、その木の下で食べることになっていたことをオポは知っていたに違いない。
まだその実は熟してはいなかったけど、約束通りオポがそれを食べることになった。

そして、その折れた枝をみながら、大切に思ってきたこれまでの時間という過去と
オポが食べることを楽しみにしていたまだ来ていない未来が少しなくなったような気がしてさびしい気持ちになっていた。

でも、オポは違う。
犬は人のように過去や未来のことを考えて期待したり憂えたりはしない。
もちろん彼らには今しかない。
すばらしいのは今起きていることでそのことを充分に楽しんでいる。

でもオポといるとそれだけではないと感じるようになった。
うまく伝えることばを今は持たないけど彼の過去も現在も未来もすべて彼と共にあると彼自身が受け取っているということ。
だからこそ今起きていることから最大の喜びを得るけど今に執着する必要がないのだろう。

そんなことを思いながら下りる途中でねむの木とすれ違った。
ここに移ったときに庭では一番の大きな木だった。
残してほしいと頼んだけど、藪刈りの途中に誤って切られてしまった。
そのねむの木は4姉妹となる枝を伸ばしつづけた。
きっとそのうちピンクの花をつけるほどになるだろう。

折れた柿の木の枝をもって家まで降りてきた。
きっとこの枝の育つ未来は他の枝が担ったにちがいない。
思わず青い実の収穫を得たオポの方はその実の力を自分のものとした。

かきのみ

Posted in オポのこと, 日々のこと

夏の戦い

ある明け方、蝉たちが一斉に産声をあげた。
ついに来た。本当の夏がやってきた。

裏庭に広がる草藪に住む虫たちとの戦いが続いている。
全ての条件が整わないと生存しない虫がここにはいる。
おそらくちょっと山を下ればお知り合いになれない虫たち。

その中で一番やっかいでどうにもならない刺し虫はヌカカと呼ばれている。
このあたりでは「しのぶ」という名前らしく、本当に忍んでくる。
網戸も通過し、最強の蚊帳も平然とくぐって哺乳動物の生き血を吸いにくる。
起きていても寝ていても刺されるのだからどうしようもない。
吸血するだけならさほど苦にはならないのになぜか猛烈にかゆく痛い。
1日複数の刺し傷に痛みとかゆみが数週間も続くのだからこんなに不快なことはない。

さすがのオポもヌカカにはやられてしまう。
外に出ると一度に10ケ所以上、それも腹部を狙ってくるから大変な腫れようで
痛々しいその傷にどくだみの葉をもんでぬると赤みは数分もすれば引いてしまう。
かゆみも痛みも感じないのかオポはそう長くそのことを気にしたりはしない。
要するにそんなにかゆくて痛いのは自分の抱えている問題だということ。

ローリングサンダーだったらビネガーの瓶を差し出して
「そうした問題はどうにでもなるものだ。」と、いうだろう。
そこで、私も毎日のように酢を体にいれ毒をできるだけとらないように生活の基本に戻る。

まあ、そんなことをしていても窓の外をみると生い茂った草と暗闇。
こんな快適な生活空間を虫に提供していることがいけないのだ。
ひろがる藪に虫のとびかう戦いの場に鎌を持って出るにはエネルギーがいる。
泣き寝入りして毎日増える虫さされの後を数えるくらいなら立ち向かうしかない。

ちょっとした恨みつらみなんかがあるのであれば、「こんちくしょう」と思いながら草を刈るのかもしれないけど
そうした思いが今のところはない。
考え事をしながら草刈をしているとケガをすることはすでに経験した。
目の前に立ちはだかる草に目をそらさず向き合いながら、ただひとかりずつ鎌を振ることに集中していた。

虫のことも、この先どのくらい刈らなければいけないかも、今日どのくらいしなければいけないのかもなにもかも忘れ、目の前に今ある草のことだけをみながら1時間の草刈が終わった。

何かに立ち向かおうとするときは焦りも目標も絶望も捨てて、今できることをとにかくひとつしようと行動を起こすことにする。
そう思ったときからそしてひとつ行動を起こしたことから、不思議なことに虫さされのかゆみがなくなっていた。
「なんで刺されたんだろう」「これからどのくらい刺されるんだろう」と不安になったり怖がったりおびえたりすることの方が、自分の内面を悪くしていることがはっきりとわかる。

オポの腫れがすぐにひくのはそもそも彼がそうした状態であるからだ。
草刈の時間にはいつもオポがそばにいて見張り番をしてくれた。
でも、今日はひとりで立ち向かった。
11歳という扉を開けたオポにはゆっくりとする時間が必要だし、私ができることはひとりでやらなくては。

頭からつま先まで汗でびっしょりとなり部屋にはいると、オポが生き生きと私を待っていた。
「なんか大根かなんか落ちてなかった?」
そんなもの探してたんじゃないよ、オポくん。

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Posted in オポのこと, 日々のこと, 自然のこと

生きていく場

長雨がつづいているけど梅雨というほど蒸し暑くもなく
この季節に恒例の雷が訪れることもない山は、やっぱりなんだかさびしくそれに元気がでない。

そんな季節だけど生き物たちはちゃんとやってきてくれる。
朝起きて外をみると、いつもと何かがちがう。

変わらない環境の中に見知らぬものをキャッチすると、環境が変化したということを脳が教えてくれる。
こういうときには、もちろんもっと詳しく確認する必要がある。
ということでカーテンを開けてみた。

猫田嬢様である。
朝早くからお仕事に精が出る様子。
見ているのはさくらんぼの木・・・ではなく
さくらんぼの木になっている実・・・でもなく
おそらく、その実を食べにきている小鳥たちだね。

この絵図にオポをくわえようとしたら
「さくらんぼの木の下にうろつくオポ」となる。

さらにこの絵図に私もくわえようとしたら
「さくらんぼに手をのばしてその実をとっている私」となる。

さらに加えることのできる生き物がいる。
さくらんぼの甘い汁をすって生きている
飛ぶものたち、ちぢんだりのびたりするものたち、
こうしたいきものの数が一番多いものね。

こうしてみると、誰が一番上ということはないけど
以外に猫田さんが一番大変な気がした。
たくさんあるさくらんぼの数よりも、それをたべている小鳥の数の方が圧倒的に少なく
またそれを捕ることのできる確率はほんの少ししかない。

それでも自分に与えられた能力を最大限に使えば、生きていくことのできる環境。
それが、動物が暮らす環境ではないかな。

そう考えるとそういう環境はそれほど多く残ってはない。
でも、もっと昔にはたくさんあったはず。

そして環境は変化して今にいたった。
大切だと思うものを取り戻したいと願うことでやはり環境は変化していくのだと思う。

動物にとって大切な環境ってなんだろう。
猫田さんの狩の姿をみながら、そんなことを感じていた。

いつも気づきのチャンスをありがとう。

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[2011年06月18日 │ 日記]

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