グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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環境を変えられないなら足すしかない、それもできないなら動くしかないか。

寒波でご心配いただいておりますが今のところ福岡近郊をウロウロしています。

しかし週末にはあの山に向かって走る予定なのでまたインスタグラムでご紹介します。

先日のすごい勢いで書いたトイレ問題のブログ記事を少し整理しておきます。

ブログ記事→都心の犬のトイレ問題でぶつかる人と人の「環境問題」を解決する方法はあるのか?

 

都心の犬の排泄に嫌悪感を示す地域住民と、犬のことを思う飼い主側とのトラブル。

解決の方向に向けて動けるのは人間だけ、しかし犬の排泄場所を指定されるとなると犬自身にとっても重要な問題です。

前回のブログ記事で問題として指摘したかったのは「環境に問題がある」ということです。

その環境とは都市環境の構成の在り方ですが、すでに作られてしまった住宅地や都市空間を今さら変えるということもできません。

 

すぐに変えられるのは自分の敷地の中のことだけです。

その自分の敷地すら集合住宅の中にあるとなると規則が多くどうしようもないということになります。

一時あった犬と暮らす人だけが一緒に集まって住むような「ペット可」ではない「ペット重要視」マンションも上手くはいきませんでした。

犬との暮らしといっても価値観は人ぞれぞれです。

同じマンションに住んでいるからといって親しい関わりをすべての人は求めてはいないようで、近すぎる距離間の中ではプライベートを重要にしたいというのが都心の方の本音ではないでしょうか。

となるとマンションの中には犬が好きな人と犬が嫌いな人がいる。

さらに犬を飼う人同士の間にも価値観の違いがあるとなっていきどんどん分かれてしまうのです。

マンション内の自分の敷地も上手く使えないというのが実情といったところでしょう。

 

となると問題の解決方法はひとつ。

環境が足りないならなんらかの方法で足すしかありません。

その足算とは今ある敷地以外に使える場所を持つということです。

都心の方はこの考えでドッグランに出向くのかなと思います。

ドッグランなら犬をリードから解放できる…と誰もが単純に思ってしまいます。

うちのダンナくんも私と出会っていないくて犬を飼っていたら

「間違いなくドッグランに犬を連れていってリードを外した」と断言します。

 

犬は走り回りたい場所を必要としているのではなく、生活空間の延長となる場所を自然の中に必要としていると考えると、ドッグランという交流の場ではない自然な空間を選択されるのではないかなと思います。

そこで考えるのが自然の残っている人の立ち入らなくなった田舎です。

昔は人が住んでいた日本の田舎。

今ではすむ人もなくさびれて荒れ果てています。

犬たちを休ませながら人が手入れをすれば、荒れ果てた山も生き返り、山が生き返ると海も豊富になってくると思うのです。

問題になるのは都心と田舎の行き来に時間がかかることです。

道路問題がもっと整備されれば、交通事情がもっと変われば、

犬にもうひとつの空間を準備することなど大したことではないと思います。

田舎の土地の値段はびっくりするほど安いのだけど、そこに移動するためにかかる時間のために敬遠されてしまいます。

さらに敬遠される理由はその土地が整備されていないからです。

土地を整備して家をリフォームしてと考えるとたくさんの資金が必要になります。

常套句ですが、宝くじでも当たったら「犬との暮らしを新しくする基金」として使いたいくらいです。

 

でも少しだけここに風が吹いているような気がするのです。

そうです。コロナ禍で広まったテレワークという働き方なのです。

都会ではなくても仕事はできるじゃないかと動き出している人たちがいます。

都心はウイルスで危機的な状況になっています。

それが日本の国全体の危機を招いているように感じてしまうのは、あまりにも一極集中にしすぎた都市の作り方ではないかと。

そろそろ分散が必要になってきたこの波に、若い飼い主さんこそぜひ乗って下さい。

私は旅行は好きじゃなくて、犬と過ごすことが大好きですというなら、

今ある都心の空間とはすごく離れた場所に居心地の良い場所を確保するというのもひとつの生き方改善です。

その方向性なら犬の賛同も得られそうです。

しかし人間の生涯も80年のうちに自律して活動できるとなると30年くらいと案外短いものです。

犬の生涯はもっと短く即決しなければいけないこともまた多しです。

なんだかムズムズしますが、結論としては自然で過ごす時間を増やして下さいと、そいういうことに行きつきます。

 

 

 

 

 

 

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犬と猫のコミュニケーションが面白い!犬語なのか、それとも猫語なのか?

犬と猫…。

犬猿の仲とは違いますが、いろいろと確執のある関係のようです。

どちらも人のテリトリーの中に住む動物ですが、その家畜化の歴史には違いがあることをあのローレンツ氏も「ヒト犬に会う」の著書の冒頭で述べています。

同居する猫がいないとしても散歩中に出会ったり庭で対面したりと、犬にとって猫の存在は日常的なものです。

犬にとって人という動物が社会的な動物であるのと同じくらい、本来なら猫は犬にとっての社会的動物であると思います。

ここでいう社会的動物とは、敵対する可能性もあるが、そうならない可能性もあり、ある程度のコミュニケーションがとれて対立を回避することも可能な動物という意味です。

 

先日お預かりの犬ちゃんが庭にいるときに、となりの猫と絶妙な掛け合いをするのを観察することができました。

犬ちゃんは小庭の柵越しに外を見ていました。

ちょうど対面の家の屋根の上に猫がいます。

猫は屋根の一番端まで出てきており、私が見たときにはすでにその位置からこちらの庭の中にいる犬にうなり声を上げていました。

どちらが先に視線を送ったのかはわかりませんが、猫と犬は対峙した状態でお互いに視線を外そうとしません。

猫の方は「ヴーーーー」と低いうなり声を上げていますが、姿勢は座ったままです。

犬の方は四つ足で立っていますが尾は下がったままです。

そのうちに猫はうなり声を上げるのを止めました。

でもお互いに視線を外さずにずっと見合っています。

いつまで見合っているのだろうと私もその光景を窓越しに見ていたのですが20分くらいそのままお互いに見合ったままでした。

そのうちに、猫の方が「飽きた」という感じなのか先に動き出しました。

屋根の先からひとつ家の方に入ったテラスの方に移動してまたこちらを見ています。

猫がひとつ下がった段階で犬の方は尻尾を少しあげましたが横には降っていません。

そのうちに猫がテラスでころころと寝転んで背中を床に着けてこすりつけるような行動をはじめました。

犬の方も猫からときおり視線をはずして体の向きを左右に変えたり近くの臭いをとったりし始めました。

猫はころころと身を返しながら時折おきあがって犬の方を見ています。

犬も視線をときどきそらしながらもまだ完全に猫から目を離すことができません。

トータルで1時間ほどたってから猫がいなくなってしまいました。

猫がいなくなると犬も別のことを始めていました。

 

そもそも預かりの犬ちゃんはまだ若く、そんなに長い時間ひとつのことに集中しているのを見たことがありません。

この時には猫に対峙している時間がかなり長かったことに驚きました。

コミュニケーションの優先権は猫の方にありました。

うなられて、ガン見されて、無視されて、また凝視されるを繰り返される。

犬の方はただ猫の攻撃性が高まらないようにか、ほとんどじっとしているしかできません。

それでも猫の行動から自分へのコミュニケーションを受け取ろうとしているのがわかりました。

 

都会では犬同様に猫のテリトリーも狭く、喧嘩するか逃げ惑う猫の姿しか見ることができません。

猫はいつも走り出し、犬はそれを追うような行動を見せます。

猫は犬から逃げているわけではないのですが、猫が逃げるから犬は追う、という行動のパターンが身についていきます。

ただ「逃げる追う」という単純な行動の中にコミュニケーションや関係性はありません。

ところがこんな里山の犬と猫のコミュニケーションは違います。

テリトリーは広く猫はいつもゆっくりと歩いているのを見ることができます。

同じように昔はよくフリーで歩いていた犬もほとんどゆっくりと歩いている姿しか見ることはありませんでした。

そもそも走っている姿を見ることの方がなかったと記憶しています。

そういえばオポもこの七山に住んでいるときには、走る姿を見ることはあまりありませんでした。

日常的にはいつも歩いているだけで走る必要があまりなかったようです。

広いテリトリーと安心安全を確保した動物はコミュニケーションを楽しみます。

今回、この猫にしてみれば犬を相手にそう長い間対峙することの重要性はさほどなかったと思いますが、ほとんど暇つぶしのように相手をしてくれていたようです。

犬の方はなかなかできない経験をしたようで良い社会勉強となりました。

種の異なる動物たち、コミュニケーションの方法もかなり違いがあります。

それでも長い歴史の中で隣人的な存在であった犬と猫。

空間さえ整えばコミュニケーションには発展性があることを再認識できました。

社会化は逃げたり追ったりすることではない、何かのヒントになればと思います。


 

 

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犬も自発的に行動すると脳が活性化するけど、それ自分勝手に行動…と区別すること。

ブログに書きたいことが満載なのですが、内容を頭の中で整理するのに時間がかかってしまいます。

しかもグッドボーイハートのこのブログはどんどん深みを増しており、グッドボーイハートで学ばれていない方には理解しにくいような内容になっています。

それでも、このブログはグッドボーイハートでご縁のあった飼い主さんたちがより犬への理解を深めていただくための参考書として今後も利用していただきたいと思います。

なので記事内容のレベルを落とす気はありません。

ということで今日も少し難解です。

「自発的に行動すると脳が活性化する。」という内容の話を車で移動中のラジオで聴きました。

脳科学の先生が脳についてお話をされていたのです。

「自発的に行動する」とはどういうことなのか?

人間社会では「人から言われたことだけをするのではなく、自分で考えて行動するという」意味で使われることが多いようです。

いわゆる「指示待ち人間」ではなく「自分で考えて行動するようになれ」ということです。

 

犬の行動にも「自発的行動」と「能動的行動」というのがあります。

人から言われてオスワリをするなら能動的行動?

犬が自分からオスワリをするなら自発的行動?

どうですか。そう思われるでしょうか。

ところがそうでもありません。

行動というのは単純なようでそんなに単純ではないのが行動学を学ぶ楽しさです。

先の犬の行動の振り分けですがこんな風になったらどうでしょうか?

オヤツを見せられた犬が自分からオスワリしたら自発的行動なのか。

オスワリと人から言われてオスワリした犬が能動的行動なのか。

どうでしょうか。

 

自発的行動というのは自分勝手に行動することではないということはすぐに理解できると思います。

もし自発的行動が自分勝手行動と同じなら、衝動的に行動すれば脳は活性化するということになってしまいます。

私の考える自発的行動とは、自分の所属する社会的グループ、犬なら群れのために利益のでる行動をするために自分の行動を決めることです。

人なら会社や家族がより繁栄するために自分ができることを考えて行動することが自発的行動ではないでしょうか?

その行動の選択の中には、いろんなチョイスがあってどれにしようかと考え整理し、そして葛藤の上に行動が決まります。

自分勝手行動は自分の利益のためだけに行動をすることで自発的行動ではないのです。

オヤツのためにオスワリするならそれは自発的行動ではなく自分中心行動になってしまいます。

 

では、オスワリと言われたらオスワリするのは能動的行動でしょうか。

人から言われたことをするから確かに能動的ではあります。

でも犬も最初から自分の役割を知っているわけではありません。

今何をしなければわからない年齢の犬や、未熟な動物はまず言われたことをきちんとできるようになることから行動はスタートします。

自分の行動によって何かを獲得しているのであれば、それは今能動的行動であっても明日は服従性行動というランクの高い行動に変化する可能性があります。

犬は動物ですが決して衝動的で自分勝手な動物ではありません。

本来の犬は社会性が高く、強い群れに所属したいという服従欲求というのを持っています。

どのくらいの飼い主さんが犬のこの高い社会性を満足させられることができているのかと思いつつラジオを聴いていました。

ちなみに人間は80歳を超えてもまだ脳を書き換えている、一年でずいぶん書き換えられるそうです。

だから老いを受け入れず新しいことにチャレンジしていくのは脳にとっては喜ばしいことのようです。

頭だけでなく体を動かすことは脳を良い状態にするとのことでした。

これを励みに山の手入れをがんばることにします。

トレッキングクラスで落ち葉の道を歩く犬ちゃん



 

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お知らせ「年末年始のお預かりクラスのご予約お急ぎください。」

寒さが増してきましたね。

七山はもっと冷え込んでおります。

そんな越冬準備のために薪ストーブ用の木を生徒さんからいただくことができました。

すごく助かりました!ありがとうございます。

他にも庭木処分する予定だとか、公園に木が置いてあるよといったお声かけ大歓迎です。

ゴミで燃すくらいなら私たちの暖のために薪をいただければ嬉しいです。

 

さて、年末年始のお預かりクラスについてグッドボーイハートからのお知らせです。

年末年始のお預かりクラスのお問合せが増えています。

みなさんの犬ちゃんたちを安心安全かつ楽しくお預かりするためのスケジュールを立てる予定です。

もし年末年始にお預かりをご希望の場合には早めにご予約いただきますようお願いいたします。

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結果にコミットするグッドボーイハートのトレーニングは生徒さんとの約束の繰り返し

また預かりクラスのために七山に戻ってきました。

今回の犬ちゃんたちもよりとりどりなので、考えていたらテンションが高まってしまい昨日も本日も眠気が来ずに困っています。

よくみなさんに「好きな仕事をされているから幸せですね。」と言われます。

幸せであることは否定しませんが、好きだからこそ限りなくつぎ込んでしまうこともあるし、思うようにいかず悩むことなど山のようにあります。

どのようなトレーニングを飼い主さんに提案すれば良いのか、レッスンの対象は犬ではなくあくまで飼い主という人なのです。

犬は全く問題がなくても、人はなかなか難しいものです。

そんなことを考えているときに、あの有名なCMがYouTubeで流れていました。

結果にコミットするあのダイエットのCMです。

ライザップのメソッド

1 データに基づいた科学的トレーニング

2 トレーナーが寄り添ったトレーニング

3 日課を与える

これを見たときにそのままではないかと思ったのです。

ライザップさんから勝手にお借りして申し訳ありませんが、当校に当てはめるならこんな感じです。

グッドボーイハートのメソッド

1 犬の習性に基づいた科学的なトレーニング

2 ドッグトレーナーが寄り添ったドッグトレーニング

3 飼い主に日課を与える

そのまんまのぱくりではないかというご指摘甘んじて受けましょう。

しかしこれぞグッドボーイハートの結果にコミットするメソッドです。

しかし上手く考える人は上手く考えるものですね。

こうしたより分かりやすい広告が人に理解を促すのですね。

その点ではわたしは言葉足らずでまだまだ勉強が必要のようですが、今持っているものをまずは全部出し切ることの方が先かもしれません。

しかしライザップさん「結果にコミットする」という言葉もとても深い言葉です。

結果にコミットするとは、お互いに約束を交わすという意味です。

お金を払ったから絶対に痩せますよ、と言ってはいません。

お互いに約束を守ることでいっしょに結果を出しましょうね、というのが結果にコミットするの本当の意味ですね。

グッドボーイハートのトレーニングにも、犬の管理方法や接し方や練習など日々の積み重ねをしていただくことがインストラクターである私と生徒さんである飼い主さんの約束事です。

しかし犬に対する管理や接し方は、犬に対する気持ちがそのまま出てしまうものです。

なかなか私の前で練習したように接することができないというのが実際のところだと思います。

犬を可愛がりたいという気持ちは私も同じです。

ところが可愛がりが甘やかしになる境界線を見つけることは難しいようです。

人の子供に対してですら難しいことを、犬などの社会に飛び出す必要すらない動物に飼い主として責任感を持って向き合える人は本当に一握りしかいないとは思います。

インストラクターの指導内容と、実際の飼い主さんの行動にズレが生じるとなかなか結果にコミットできません。

ズレを修正するには多少の時間が必要ですが、急いで解決したいという気持ちもわかります。

だから多少厳しくはっきりと発言させていただいていますがその点はご了承下さい。

これでも昔よりはずっと丸くなったと生徒さんたちから言われます。

どんなに厳しかったのだろうと申し訳なく思いますが、こうして目の前に犬がいると考えが止まらなくなってしまうような犬バカさからくると思って大目に見ていただければと思います。

生徒さんたちに私から課した犬のしつけ方の日課が約束事なら

私の側のお約束は、犬のことを真剣に考えて知り得たことを飼い主さんに分かりやすくお伝えすることです。

確かだれかとても偉い方(名前が出てきません…)が、自分が理解するのに一年かかったらそれを他人に説明するのにまた一年以上が必要になるというようなことを言っていました。

もっと長い年数だったかもしれません。

本当にその通りなので、犬のことを私から知りたい方はどうぞ気長にお付き合いください。

自分で言うものなんですが、私は日々進化しています。

昨年の自分だったら思いつかないような考えに今年はいたっています。

そして同時に老化もしているのですが、これもまた動物としての成り行きです。


 

 

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立ち向かう、といえば冬到来の準備。薪ストーブのオーバーホール

立ち向かう…といえば、この間にグッドボーイハート七山校では冬準備のための大勝負が起きていました。

薪ストーブの組み立てです。

この冬の薪ストーブの清掃の際に、なぜかダンナくんが薪ストーブを解体してしまいまして…。

きちんと掃除しようとしてこうなったらしいのです。


これを見て本当にびっくりしたのですが、バイクより構造は簡単だからと本人はあまり気にした様子もなかったのです。

しかしこのあと薪ストーブ屋さんに再度の組み立てに聞いて聞いてみたところなんと「やったことがない」とのこと。

※オーバーホールとは、機械部品を部品単位まで分解して清掃・再組立てを行い、

新品自の性能の状態に戻す作業のことである。(ウィキペディアより)

薪ストーブを解体して組み立てる作業など10年に一度くらいしかしないのでしょうが、そもそもあまりする必要はないらしいのです。

しかしすでに分解されてしまった薪ストーブ。

10月には薪ストーブを使いたいたから早く組み立てしてほしいという私の要望のもと、ようやく組み立て作業が始まりました。

湿度の多い日本だからか部品には落ちない錆も多く、錆とりも完璧にはいかなかったようですがある程度終了。

七山の薪ストーブオーバーホール中



手前にあるのはセメントでこのセメントで部品と部品をつなぎ合わせていきます。

あとは手元の勘のようですが、なにしろ初めてなので勘もなにもやってみるしかないということでした。

 

 

薪ストーブなんとか組み立てられたけど



とりあえず形になってホッとしています。

まだテストをしていないので上手くいったかどうかわかりません。

こんなことが面倒だと思うなら、暖房は電気製品が一番です。

古いものは仕組みは簡単だけど手入れが大変です。

古い生活はシンプルだけど人の手が必要なのです。

古い関わり方も同じ、シンプルだけどやっぱりセンスがいりますね。

犬と人も同じです。

古くてセンスのあるコミュニケーション。

グッドボーイハートでいっしょに学びましょう。

トレッキングクラス

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<犬のこと>ストライキで動かない脱力犬たちに対する犬のしつけ方とは

最近聞かれるようになったのか「だつりょくけん」という言葉。

最初聞いたときには、「脱力拳」とはどんな拳法なのかと思ったのですが、脱力拳ではなく脱力犬でした。

脱力犬と呼ばれる犬たち。

まさにやりたくないときに全身の力を抜いて脱力する犬なのです。

散歩中にリードをつけた状態で脱力して引きずられていく映像はYoutubeでもよく投稿されています。

自分がリードを持っているときには起こり得ない状態なのでなかなか実際に目にすることはありません。

しかし生徒さんから送られてきた写真で見ることがあります。

リードを引っ張るのではなく脱力して抵抗するというパターンです。

全身の力を抜いて抵抗するという方法は子供もよく使う手です。

動物としてはやる価値のある抵抗方法である意味成功することもあります。

リードをつけて歩いているときに脱力して抵抗する犬を引きずって歩いていても本来の問題の解決にはなりません。

しかしリードを知らない素人さんたちのすごさでもありますが、思いっきりリードを引きずるうちに犬の方も歩き出してしまうのでしょう。

ただ体重が40キロくらいもある大型犬になるとなかなか起き上がらせることはできません。

同じような状況としてクレートに入れるときに起きることがあります。

まずハウスといってもクレートに行くことはないためクレートに誘導しようとするとその段階で脱力します。

大きな犬になるとハウスにいれるのには一苦労です。

なかなか入れられないことを犬も学習します。

まるで赤ちゃんのような抵抗方法ですね。

脱力による抵抗は次に攻撃にうつる準備段階であることもあります。

脱力すると瞬発力が出るのは柔道などの武術の経験のある方ならご存知だと思います。

犬は武術を生まれもったときから身に着けていますので、こうした体の使い方は教えられなくてもできるのです。

中には脱力したまま回避してしまう犬もいます。

ストレスがかかる→脱力→考えるのも止める

こうなると体も心も寝てしまうわけですから抱き上げていれるしかありません。

でもハウスにいれてしまうと起き上がり反発が出ます。

みずからハウスに入れない犬はハウスの中で抵抗するのも当たり前のことです。

結局のところ脱力による抵抗を、脱力したときに改善させることはできません。

簡単にいうと鉄砲で撃たれたあとにどうしたらいいのか?と尋ねているようなものです。

脱力された段階で脱力拳を受けたわけであって、古いセリフをかりると「お前はもう死んでいる」という状態なのです。

飼い主はここから勝利を勝ち取ることはできません。

日々の生活の積み重ねがいざというときの脱力をなくしていくのです。

ただもし脱力したらどうしたらいいのかというと、一旦は別の方向へ歩き出させて飼い主の再起をはかりそして再チャレンジです。

また岩を打ち砕くのは岩ではなく風か水です。

かたくなになる犬に対して自分もかたくなであると岩と岩がぶつかるだけになります。

風か水の力はどこにあるのか。

犬にこだわらない生活や生き方、そんな

大したことがないことが犬との暮らしを変えていきます。

トレッキングで自然を満喫



 

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最高のお天気なので虫を戯れながら自然を楽しむ犬ちゃん

世の中のみなさんにとっては自粛生活ですが、グッドボーイハートの敷地の中では自粛といっても手入れすべき面積だけでも相当広すぎてとても自粛にはなりきれません。

この季節はこっちを手入れすればあっちが伸びると草との闘いの日々です。

安全な手入れのときにはお預かりの犬ちゃんを同行しながら山を歩きます。

昨日はみなかった昆虫が目の前を飛び去るためにフリーズ「もしかして日本ミツバチ?」と今年は日本ミツバチ病になっているからか昆虫が気になって仕方ありません。

若い犬ちゃんは別の意味で昆虫が気になる様子。

臭いをかいだり手をかけたり追ってみたり、逆に全く興味を示さない昆虫もいます。

犬なりの虫たちとの関わりを見ているのも楽しくて、この季節は自然の中でいくらでも遊べます。

犬との遊びというとボール投げかひっぱりっこがメジャーですが、自然の中では自然との関わりをもつことが一番の遊び。

歳の若い犬ほど遊び方はとても上手で犬に教えてもらうことも増えます。

犬の学びは人が犬に教えることで成り立つわけではありません。

犬に必要なのは学べる環境であって、特に犬が3才まではこの環境を大切にして自習が増えるように環境整備を整えてください。

人の幼少期の学習方法としてシュタイナー教育というものをご存知でしょうか。

ドイツのシュタイナーが指導した学習方法でドイツ発祥の学習法として世界各地に学校があります。

シュタイナー教育では徹底した自然や農業につながる学習を基盤にしています。

人工的な社会が発達する中では置き去りにされていかれそうな学習方法ですが、犬にとっては自然の中での環境学習を切り捨てる危険性はあまりにも大きいと感じます。

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<オポのこと>一緒に暮らした犬に助けられているなと感じるとき

七山でずっといっしょに暮らしていたオポという犬が亡くなって今年で5年になります。

犬という動物について私を覚醒させてくれたオポのこと、家族として一緒に暮らしたオポという犬のことをきっと生涯覚えていると思います。

人生のいろんなときにオポに助けられていると感じることがあります。

先日もそんな事件がありました。

七山でひとりで作業をしていました。

テラスを片付ける作業で薪を一輪車に乗せて広場の方に移動させていたのです。

坂道を一輪車で下るときに転びそうなので、後ろに下がる姿勢で一輪車を動かしていました。

初回はまあまあ上手くいき無事に薪を移動させ、そして2回目の移動を始めました。

少し調子に乗って動きが早かったようですいすいと後ろに下がったのですが、ふと右後ろ足を置く地面がなくなりました。

えっと思った瞬間には体が背中から下に下がっていき、気づいたときは溝の上に両手両足を上にした状態で背中を地面につけていたのです。

道のわきに途中からあった高さ2メートルくらいある溝に背中から落ちたということです。

倒れる瞬間に一輪車から手を離したので、一輪車はあと数センチのところで止まっていました。

溝に落ちた私の上に薪を乗せた一輪車が落ちてきていたら一貫の終わりだったでしょう。

さらに2メートルもの高さから硬い地面に背中から落ちたにも関わらず、大した打撲も骨折もなく無傷のままでした。

ただ落ちたという事実を受け入れるのに時間がかかってしまい、しばらくぼーっとして自力回復を待ちました。

そのうちダンナくんが七山に到着し、落ちたことを説明したのです。

ところが「ここに落ちたのに頭も打ってないの。無傷とかあり得ない…。」といって納得できない様子で逆に呆れられてしまいました。

多分誰に話しても信用してくれないのだろうと思うような、そんなびっくりする場所です。

落ちた瞬間はスローモーションほどゆっくりではありませんでしたが、コマ送りくらいのゆっくり速度にはなっていました。

多分、オポが下で受け止めてくれたのだろうなと勝手に思うことにしました。

七山に引っ越したばかりのころ、慣れない斜面での草刈りの途中に急に立ち上がってそのまま後ろにひっくり返ったことがありました。

オポは斜面の上で手にかまを持ってひっくり返った私を気の毒そうに見ていたことがありました。

そのときも無傷でしたが、あまり運動能力のない私をオポがどこかでサポートしてくれたのだと思うことにしました。

オポに助けられたということは、まだ人生の中にやるべき仕事があるってことなのかなと考えつつ七山のオポ邸のリフォームを自力でがんばっています。

七山にはどこにでもオポといっしょにいた思い出があります。

思い出にしがみつきたいわけではありませんが、オポと共に生きた日々の思い出は力をくれるのです。

今は新しいパートナーといっしょにがんばる日々を積み重ねています。

わたしたちの周りが幸せになりますように。

今日はオポの誕生日でした。

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<クラス>春の陽気あふれる太陽と共に成長する犬たち

本来の春休みが始まり、自粛していた子どもたちも大人たちも太陽の下に走り出しているようです。

週末の連休は唐津方面もドライブの車が押し寄せ、新型コロナウイルスは人の陽気で後退して欲しいものです。

旅行がキャンセルになった飼い主さんから「せっかく山で過ごす機会だったから」と大切な犬ちゃんをお預かりしたので、ご期待に応えるべく七山学校で満喫して過ごしました。

プライベートトレッキングクラスにご参加の犬ちゃんといっしょにトレッキングクラスで先輩になっていただきました。

小さい頃からの過ごし慣れた七山の空気は、小さな犬ちゃんの脳にどのような変化を起こしているのか、知ることができるのはその行動や表情からのみです。

お預かりクラス初日で見られたストレス行動は翌日にはなくなり、表情も体の動かし方も変化していくのを見るのは観察していて楽しいものです。

次に考えるのはこうした機会が日常生活の中でどのような形であれば訪れるのかということです。

連想から妄想から仮想にいたるまであらゆる可能性を考えては現実と照らし合わせています。

必要なのは自然あふれる環境と犬、そして飼い主さん。

できることは限られていても、やってみるのとやらないのでは大きな違いです。

犬たちとの限られた時間をひとつでも楽しいものにしていただくために、発想転換をこれからも続けます。

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