グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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一度は死にかけた博多の庭に再び自然の命が戻ってきた!

先日、博多の庭の柵にツタが成長してはっているのを発見して凝視しました。

これ、どこかで見たことがある。

確か七山にも同じようなものがあったはず。

近づいてみるとそれはむかごでした。


昨年、七山の土を大量に博多の庭の畑にもってきたのですが、きっとその中に種が入っていたのでしょう。

博多の庭を自分と犬たちの癒しのために、できるだけ七山の自然に近いように変えていきたいと願っていたので、私にとってはビックプレゼントでした。

一度人工的になって自分の感性をゆさぶるようなものは何もなくなってしまった作られた庭が、どこにでもあった日本の風景のような庭になるまでには時間がかかります。

何十年もかかるかもしれないし、いつまでここに住めるのかどうかわからない、そんな理由はどうでもよいのです。

やっぱりチャレンジしてよかったと思いました。

結果がでないかもしれないことにチャレンジする精神を、いつ身に着けたのかはわからないのですが、じっとしてはいられない性分を役立たせるかどうかは自分次第です。

そして、すごいものを見たのです。

なんと、今年は博多の庭にトンボがやってきました。

あの博多のど真ん中にまだトンボという生物が存在していうことすら知りませんでした。

実は、人工的な庭であったときほど大量の蚊が発生していたのです。

自然の土を植えてから蚊が以前よりも少なくなったと感じていました。

いろんな生物が戻ってきて、いっしょにトンボもも戻ってきたのですね。

庭の手入れはまだまだ続くし、毎日の水やりも大変です。

七山に来ているときには庭が枯れてしまうし、小さな庭での戦いはまだ続きます。

それでもいいのです。

犬たちがこの庭に遊びにきて、草を食べて土を嗅いで遊んだり寝転んだりしているのを見るだけで、それだけで十分に癒されています。

博多の庭でかくれんぼする柴犬の小鉄くん



 

 

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犬の快適な移動の手段として「犬用リュック」の活用を!

先日のブログ記事でお手製の犬用カートをご紹介しました。

生徒さんの自前のカートでマンションのエレベーターの移動でも犬に負担をかけません。

しかし、中には動けない状態で他人や他の犬との距離が近くなることを恐れる犬もいます。

こうした犬たちのための有効な移動の手段は「犬用リュック」の活用です。


リュックを活用している生徒さんから写真をいただきました。

体重5キロくらいのミニチュアダックスちゃんの移動に使っています。


横開きになるので犬を抱えて無理にいれなくとも、ハウスにいれるように自分の足で歩いて行かせることができます。

こうして自分で入れるバッグは犬にとってはストレスが少ないのです。

リュックに入った瞬間は犬は何となりますが、すぐにリュックを背負うと飼い主さんの背中と密着する状態になり、すぐにおとなしくなります。

今までにもこのタイプのリュックを使用された方がいましたが、どの犬たちも静かに入っていました。

マンションの移動中に抱っこの状態では人の吠えてしまう犬も、クレートやリュックの移動のときには吠えません。

自分が無防備な状態であるのに、拘束されて動けない状態になることは犬にとっては大変なことなのです。

もちろんそれで我慢のできる犬もたくさんいますが、中には感受性が高かったり、幼少期の経験などで抱っこ移動苦手な犬たちもいます。

それらの犬たちのために安全かつ安心できる移動手段を飼い主が提供するのは、犬に対する支援であって過保護ではありません。

リュックは夏の暑いアスファルトを避けて散歩をしたいときにも有効です。

子犬のお散歩デビューのときにも使えますね。

リュックに入っているミニチュアダックスくんのお顔はこちらです。


どこでも行ける。

いつでもいっしょ。

安心&安全の移動の方法として犬用リュックを活用しましょう。

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マンションの移動の手段にお手製のカートが大活躍してます。

マンションなどの集合住宅での共有部分の犬の移動について、原則として犬を歩かせないで移動させるというところが多いようです。

犬を歩かせないで移動する方法とはこんな感じでしょうか。

・抱き上げて移動する

・カートにいれて移動する

・クレートにいれて移動する

・リュックやバッグを使って移動する

道具がいらず一番簡単なのは「抱き上げて移動する」ことです。

しかしこの「抱っこ移動」は犬の立場にたつと最善とは言えません。

犬によっては「抱き上げできないサイズ」「抱き上げを好まない性格」もあるからです。

なので、移動の方法としては「抱き上げ」以外の方法をお勧めします。

犬のサイズによってはリュックやバッグ可能ですが、中型犬以上ではこの方法もできません。

そうなると、カートでの移動が現実的な選択になります。

犬用のカートは高額なものが多いですが、そんなおしゃれなカートも体重が6キロくらいの犬しか入れません。

もう少し大きなサイズとなると、カートも結構高いです。

マンションの入り口に置いたときにとられるかも…と思うだけで悩みます。

その悩みを解決した素晴らしい道具をDIYで製作した生徒さんがいます。

なんと犬のエレベーター移動のために手作りのカートを作ったというのです。

それがこれです。


なんと台車に木の板を付けて犬用の台車にしたというのです。

後ろからみるとこんな感じに。


すごくないですか?

抱き上げんしなくても自分で乗って自分で降りることができる。

だけど移動中はじっとして乗っているということなのです。

リヤカーに形が似ていますよね。

ゴールデンウィークにお父様が作ったとのことで感動して写真をお借りしました。

犬のためにできることっていろいろとあると思うのです。

それは「犬の立場にたって考える」ということです。

マンション内の移動について、犬の立場にたって考えた結果がこのスタイルになったのでしょう。

素晴らしいです!

なんだか犬くんのお顔も凛々しくみえますね。

 

 

Posted in 日々のこと, クラスのこと

コロナ時代で「売れているアレ」が我が家にもやっと設置できた。

コロナ時代で家電がとても売れているというニュースをみました。

家にいる時間がすごく多くなったことで、いつも使っているものをより良いものにしたいという欲求が高まったのですね。

同じように、家のリフォームやお庭周りの整備用具もたくさん売れているようです。

だからというわけではないのですが、我が家でも念願の設備がやっと装着できました。

DIYというわけにはいかず業者の方に依頼してほぼ一日で取り付けが完了しました。

福岡の住まいの庭側の屋根です。

お庭で犬を遊ばせているときも、雨のときにも屋根のない入口ではいろいろと大変でした。

ちょっとした屋根の空間ができたことで戸口周辺が守られいているような空気が出てきました。

ほんの少しのことなのに、あるとないでは大違いですね。

庭は犬が過ごしやすいように、野菜を植えるつもりだったのですが収穫はできず野草になっていきました。

それでも少しでも草が生えていくようにとこれからもふわふわの地面を目指して環境改革を進めていきます。

博多区の小さな庭ですが、こんな都会に土のある場所は相当貴重だと思っています。

ひなたぼっこできる場所、日陰で休める場所、草を食べる場所、穴掘りができる場所、そんな小さな庭で犬もリラックスできるなら私もリラックスできます。

いつも思うのですが、犬にとって必要な場所や時間はわたしたち人にとって本来は必要な時間と場所であると思うのです。

緑をみながら歩くこと、新鮮な空気をかぐこと、花を見ること、風を感じること。

犬のためといいながら恩恵を受けているのはいつも人の方なのです。

庭に屋根をつけたので今度はテラスを作りたいと思います。

犬のためは自分のため、自分のためは犬のためです。

もう少しつづきそうなこの引きこもり生活ですが、悪いことばかりでもなかったと思える時間にできるかどうかは自分次第ですね。

Posted in 日々のこと

雨の日に外を眺める犬の姿がいとおしい

やっぱり雨になりました。

まだ梅雨入り宣言されていないようですが、雨降りのときの風の感じからすると梅雨のようです。

福岡では窓を開けたり庭に出たときにだけ感じる風の感じ、七山ではいつも外気との接触があるのでずっと外にいるような感覚で風を感じます。

福岡では得られなかった季節の肌触りが七山では感じられるのです。

お預かりクラスのときに雨がふると私も犬もガッカリではあります。

ただ雨だからこそ見られる犬の様子や表情というのもあります。

犬によってはクレートに戻りたがる、雨でも外に出たがる、降り続く雨をじーっと見ている犬もいます。

子犬や若い犬で社会的に安定している犬ほど、降り続く雨の風景をじっと見ているようです。

ひとつひとつの雨であっても、風の流れでにおいも音も変化していきます。

雲も流れているので強く降ったり弱く降ったりする雨を眺める犬の姿を、かわいいなと思いながら観察しています。

かわいいと思うのは犬の姿形やカットのスタイルのことではなく、表情もありません。

どこがかわいいのかうまく表現はできませんが、かわいいというよりはいとおしいと感じてるのかもしれません。

自分ではどうしようもない今起きている状況に対して、一秒一秒受け入れつつそして結果として変化を待っている犬の姿。

動物としては当たり前の姿なはずなのに、こうすればこうなる的結果を求める考え方しかできなくなった人間にとっては、純粋で貴重な姿です。

小鳥が鳴き始めました。

もうすぐ雨が弱まります。

動物が教えてくれる風景が自然の中にはあります。


 

Posted in 日々のこと, 犬のこと, 自然のこと

オポの記念日に思った素朴な疑問「なぜ犬に惹かれたのだろうか」

今日は亡き愛犬オポの記念日です。

先日訪問クラスのときにも「先生のオポさんてもしかしてもう生きていないのですか?」と質問されました。

今でもオポが生きていると思っていてくださったらしく、そうだとしたらオポは今年で21歳になりますね。

日々のレッスンの中にも私の愛犬から学んだ数々の話が盛り込まれるのですが、今日はまた「なぜ私は犬に惹かれてこんな人生を歩むようになったのだろう…」という素朴な疑問にぶち当たりました。

中学生のころ単純に当時飼っていた柴犬と過ごす時間が楽しくて、ずっと犬と関われる仕事をしようと決めたことから始まりました。

ただその時は、今感じているような犬がこれほどまでに素晴らしく魅力的な動物だということは知りもしなかったのです。

多感な青年期に犬との時間が自分にとって心地よいと感じたのは、犬という異種の動物への関心と共に、よくわる若者のひとりとして自分の中に深く立ち入ってこない生き物と過ごしたかったという気持ちもあったのではないかと、今日ふと思いました。

当時私の飼っていた柴犬は人との距離がある程度ある、いわゆる礼儀の正しい犬であったと記憶しています。

その犬にとびつかれた記憶もないし、排泄を室内ですることもありませんでした。

庭で自由に遊ぶ柴犬は夕方になると室内に入ってきて、そこら辺に寝ていましたがその柴犬を抱き上げたりなでたりして遊んだ記憶もありません。

でもなお、庭で一緒に過ごす時間や散歩に出かける時間、室内にいる犬に話しかける時間が私にとって心地よい時間であったのはずです。

犬は程よい距離感で私に立ち入ることなく私の人生に寄り添ってくれるような距離感でした。

もちろん柴犬はよくいうことを聞きました。

来客に吠えたてたり、ものを壊したり、家具を噛んだりはせず、呼べば戻ってくる、リードはちゃんとつけることができる、攻撃されたこともないし、訓練をしらない私でもかかわることはできたのですが、母がしつけたのだと思います。

このお互いの境界線を越さないという犬の習性であるルールが乱れ始めていると感じています。

境界線を先に越したのは犬ではなく人の方です。

人と犬の境界線、もし踏み越してしまったと感じたらいったん少し離れてもう一度距離を取り直してみてはいかがでしょうか。

犬はより良い環境を関係性に順応してくれる動物であると信じたいのです。

やり直しに時間はかかると思いますが、それもまた生きるということです。

オポも7歳まで都会でストレスを重ねていきました。

7歳から七山に移住しましたが、やり直すには遅すぎたと当初は思っていました。

でも今はどちらも自分にとって必要な時間であったと受け取っています。

オポ21歳のお誕生日おめでとう。

 

Posted in 日々のこと, オポのこと

梅の咲く季節に七山では別世界の雪景色の中で興奮する若い犬くん。

今日は冬の呼び戻しで大変な雪になりました。

この雪、七山でもおそらくこの池原地区だけろうなと思っていましたが予想通りでした。

唐津や七山の中央付近では積雪はなく、谷間のこの地区だけに雪が集中したのです。

例年のことなので驚くこともありませんが「あーまた雪か…」と作業が増えるのと体力を使うので朝からテンションが下がりっぱなしです。

ところが、当然のことながらお預かり中の若い犬ちゃんはテンションマックスとなりました。

地面をにおいとりしながらのジャンプジャンプ。

走る走る。滑る滑る。

いつもなら興奮を早く収めたいのですが、生涯ではじめてのこんな大雪に興奮しない子供だとしたらそれはそれで感受性が疑われます。

まだ1歳くらいの少年犬には許される不作法のいろいろ。

大爆走に付き合いながら、飼い主さんの代わりに写真とビデオを撮り続けこちらは足も手も体も凍り付かんばかりです。

若い犬ちゃんはまったく収まることなく遊んでいますが、適当に切り上げさせないとその後が大変です。

時間をみてはクレートで休ませると繰り返し、今日一日雪を楽しみながら、私はいろいろと雪作業を重ねて一日が終わりました。

飼い主さんには写真を添えてお預かりの報告をしました。

天候の変化に犬の行動が変わり、それも含めての行動を管理するのが私の仕事です。

自然を体感させる良い機会となりました。

ということでブログがなかなか更新できない言い訳をしました。

書きたいことは山ほどあります。

今しばらくお待ちください。

Posted in 日々のこと, クラスのこと

七山では梅の花が咲いた今日は特別に感慨深い一日でした。

今日の話は私の人生にとっては大切な区切りのひとつを迎えたという話です。

それは私の母に関連しています。

母は私が20代のころに病に倒れ数年間の闘病ののちに他界したのですが、実は今日の誕生日で迎える年齢が母が亡くなった年齢と同じなのです。

自分の年を重ねた姿を思うときに、男性なら父親を女性なら母親の姿を重ねることがよくあるかと思います。

私は自分の母が若くして他界したことで自分の人生をそこまでしか考えることがなくなっていました。

あの年齢まで頑張ればいいのだ、あと少し、もう少し。

そうやって今までやってきたのだと思います。

目標としていたその年齢に今日到達して、自分の生きる理由ということを考えることになりました。

今こうして犬と関わる仕事をしているのも、母が犬たちと関わっている姿を見て自分もその中に入っていきたいことがきっかけで始まったものです。

母の背中を追い続けてきたのに、ここで母親をぬいて進まなければならない。

幸いにして私は年齢以上に元気で若さもありエネルギーもまだまだ十分にあります。

自分の力を役立てて下さる生徒さんたちがいます。

一緒に山を歩いてくれる犬たちがいます。

そして人生を一緒に歩いてくれる人もいます。

できることの限界が見えているような気がするけどそれでもやり続けること。

この先自分を役に立てていただくためには、本当に小さなことでも良いのだと納得できる年齢になりました。

私は何もしなくてもいい、ただ人と犬が学べる環境があればよいのだというのが私の結論です。

今日は預かりの犬ちゃんと草刈りを少しずつ進めました。

これが私ができることなのだ、草を10本切れば、明日も10本切れば、追いつかなくてもいい、続けることが大切なのだ。

やれることが山ほどあるのだからこんなにうれしいことはありません。

今年は1歳~新たなスタートです。


 

 

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次々と現れるウイルスの出現は人間が野生動物を追いやったことにあるという仮説

今年に入ってから読みたい本が積みあがっていきます。

生徒さんからお声かけいただいた「馬の本」

ぜひ読んでくださいとすすめられた「環境の本」

そして昨日もまたラジオから流れてくる対談の言葉にひかれ興味を持った先生がいます。

 

山本太郎先生という感染症に関する書籍の著者でもある先生です。

ラジオの中で耳にしたのは次のような言葉でした。

新型コロナウイルスはそもそも戦う相手ではない、

感染症の発生は近日、あまりにも多くなっている、

新型コロナウイルスはスペイン風邪などに比べれば恐れるべき感染症ではないが、SNSの普及がこの感染症の脅威を増大させた、

人類に影響のある感染症のほとんどが野生動物から発生しているが、その野生動物を追いやっているのは人間である。

そんな内容でした。

私もそもそも感じていた動物と人の関係性について、山本先生の視点では野生動物と人のかかわりを感染症からみるということのようです。

自分の中では犬と人とのかかわりと距離感を犬の行動からみるということなのです。

ここでいう「みる」とはただ視覚的に見るといういみではなく、そこから知見していくという意味です。

人間が野生動物との境界線を越えて野生動物を追い込んだことが昨今の感染症発生の多さにつながっていると指摘される山本先生の視点は、犬についても応用されるような気がしています。

犬もまた、人の愛情と親切によって追い立てられて行き場を失っている動物です。

犬は徹底的な管理と消毒によって人に害を及ぼすような感染症を封じ込められています。

ところが、封じ込められない「犬の行動」というものがあり、その爆発する行動が現在では動物としてはかなり異常だと思えるほどひどいものになりつつあります。

新型コロナウイルスを悪いものやっつけるもの、封じ込めるもの、として戦う姿勢が多い中、ウイルスも生物の一部だとして大きな視点で科学的に説明してくれる先生の本をぜひ読んでみたいと思いました。

さっそくアマゾンのほしいものリストにいれました。

今年は読みたい本がたくさんあります。

学びの一年、これからスタートです。


 

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トリミング中に犬が死亡という記事について今お話しできること

福岡県で起きたトリミング中に犬が死亡するという痛ましいニュースに胸を痛めた方もいらっしゃることと思います。

亡くなられた犬ちゃんのご冥福をお祈りいたします。

事件を起こしたトリミングショップと同じ動物取扱業者としての私が今お伝えできることだけを簡単に述べさせていただきます。

当事件については直接見聞きしたわけでもなく今から詳細について具体的にわかってくるものと思います。

トリミングであれペットホテルであれ、犬を飼い主の元から離してお預かりするには最善の注意と管理を徹底することはこの仕事の責任であることは間違いありません。

しかし、飼い主のいない状態で犬に対してどのようなことが起きているのかを飼い主は直接知ることはできません。

写真や動画や報告書といった形でお伝えすることはできても、飼い主がその場についているわけではありません。

犬に対するトリミングなどの手入れ、動物病院での診療やケア、ドッグスクールでの訓練はトレーニング、ペットホテルや犬の保育園などで過ごす時間など、それぞれの立場とポリシーを持って対応しています。

それぞれの立場というのは、病院、トリマー、ドッグトレーナー、ペットシッターなどが自分ができることとやるべきことの自覚を持っているということ。

それぞれのポリシーとは犬に対する価値観やモラルなども含みます。

それがお店や病院やスクールによって多少の違いがあるということは、飼い主側に選択の権利があるということです。

例えば動物病院であれば近いからお世話になっているという理由のほかに、先生が話しやすいとか診察内容が信頼できるなどもあると思うのです。

トリミングショップやドッグスクールも同じように、飼い主さんの選択する理由というのがあったのだと思います。

この人にだったら犬を預けてもいい。

このトリマーにだったら私の犬をケアしていただきたい。

このドッグトレーナーにだったら犬のことを教わりたい。

そんな選択ができるほど今ペットサービスの数はとても増えています。

なかなか表面では見えない犬に対する価値観を、まずは飼い主さん自身で知っていただくことが最も大切なことではないでしょうか?

サービスといっても提供しているのは「人」です。

価格やチラシのデザインや店の風貌も大切ですが、どのような人がどのような価値観で犬とかかわっているのか、時間をかけて知ることが自分の犬のためにできることだと思うのです。

現在様々なペットサービスを利用中の方は、「選びなおし」もありだと思います。

私自身も近いから選ばれるドッグスクールだとしてもうれしいことではありますが、「ブログを読んで興味を持ちました。」と言っていただけると数万倍うれしいものです。

この事件をただ傍観せずに、飼い主としてできることをやっていきましょう。


 

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