グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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Monthly Archives: 2月 2019

<犬のしつけ方>すべての動物の持つルール「境界線のルール」を犬はどのように活用しているのか?

犬との関係や接し方を説明しようと思うと「境界線」という言葉をどうしても使う必要があります。

境界線を英語で言い換えるとborderという単語になりますが、日本人には聞きなれず分かりにくいですね。

ボーダーコリーのボーダーですが、まさにボーダーコリーの特徴的な行動を示しています。

ボーダーコリーでいうボーダーとは、羊に接近して追い込みを図る際、羊を追い込むのだけれど羊に対して攻撃性を出さないようにするぎりぎりのボーダーを維持し続けるという行動をいいます。

そのボーダー(一線)を越えてしまうと、ボーダーコリーという犬は羊に飛びかかって殺してしまうからです。

ボーダーというのはこちらから接近してはいけない領域という風にとれますが、ここで伝えたい境界線とは自分のまもるべき境界線という意味です。


むしろ、人間という単語の中にある「間」という字の方がわかりやすいかもしれません。

人と人の間にある空間、時間を大切にすることで、人と人はより良い関係を作っていくことができる、それが間という境界線です。

すべての動物は自分自信を防衛する機能や情緒を持っていますので、どのようなときにもその境界線が侵されないようにしています。

ただ自分の境界線を自分で守ることができない幼い動物たちだけが、大人の境界線の中に常に入っておりその中で守られています。

スーパーで買い物をしているときに、突然小さな男の子にしがみつかれたことがありました。

しばらくするとその子供のお母さんが「すみませーん、間違えたのね」といって走り寄ってきて来られました。

お母さんを見ると、その子は私から離れ本当のお母さんに抱きつきました。

買い物に夢中になっているお母さんとつないでいた手が外れてしまい、誰かのテリトリーの中に入る必要があったのでしょう。

直感的に母親に似ている人を探すので性別、年齢、臭いが似ている私がターゲットになったということです。


犬も同じように子犬のころには自分で自分の身を守ることができません。

そのため子犬が何か危険を察知するつまりいつもと違う環境になれば、すぐに成犬の近くに戻るかもしくは巣穴に戻るという行動をとって自分の身を守るのです。

自分の身を守ることができない子犬という年齢は乳歯の生えている頃、生後6ヶ月くらいまでです。

生後6ヶ月になると永久歯が生え変わり同時に防衛を意味する吠え「警戒吠え」をするようになることで、防御の力を身につけていきます。

ところが犬の場合でも大変異質な行動になってしまうのは、庭のないマンションなどで飼育されている犬たちです。

庭のある戸建ての家に暮らしている犬であっても、庭へのアクセスが犬の思い通りにならないとか、人もほとんど庭をつかっていないただ眺めるだけの庭になっている家では、条件は上記のマンション犬と同じです。

マンション暮らしの犬はほとんどが巣穴で生活しているような感覚になってしまうため、なかなか自分のスペースを獲得して境界線をつくっていくことができません。

境界線はあくまで外があることが前提の境界線なので、ずっと室内で生活をしている動物にとってはその意味を理解することも難しいのです。

しかも、その巣穴の中には常に自分を管理する人という動物がいます。人の臭いの強い室内からほとんど出たことがなければ境界線を作ることができないのも当たり前といえます。

人の臭いから出ることを恐れ、いつも人の臭いのあるところに執着します。

ソファの上、人の膝の上、人の洋服の上、人のすぐ近くにいる犬たち。

こうした犬たちは、飼い主という人の臭いに執着をもった動物です。

同時に、自分という個体の境界線を持つことができず、いつも不安と恐怖に怯えています。

このことが複雑な犬の分離不安行動につながっていき、生涯を渡って犬を苦しめることすらあります。


私自身は生涯を通して最も観察できる機会のある家庭犬、つまり自分と共に暮らした犬は3頭だけです。

最初の1頭目は完全な外飼い、2頭目の犬は家をメインとして庭をテリトリーとしても使っていた犬。

どちらも昭和の和やかな時代の犬たちです。

玄関戸口の鍵は常に開いており、こんにちは~といって人が上がりこんでくることができるようなそんなゆるい境界線の時代でした。

物理的にはゆるいのですが、玄関の鍵を開けたままにできるのは人の心の中に「お互いの境界線」というものがしっかりとあるおかげなのです。一線を越えてはいけない、そんな境界線です。


3頭目のオポは、生後7才までをマンション暮らした後に引越ししました。

オポの新しいテリトリーは家と庭+山を自由に行き来できる環境です。

環境が変化したあとのオポの行動の激変ぶりについては、いうまでもありません。


犬はそもそも自由がほとんどありません。

犬を自由にさせたくてドッグランでリードを外すことは意味がないばかりか犬にとっても過酷な行為です。

ドッグランはもともとドッグパークというアメリカに取り入れられている犬のリードを外してもいい公園を日本風にアレンジしたものです。

アメリカと日本では、ドッグパークの広さや仕様そのものが明らかに違いますが、そもそも大きく違いがあるのはそのドッグパークに来ている犬たちの家はとても広くて庭もあって室内トイレなどをしていないということです。

日本の都市環境の狭く限られた空間の中で、はたして犬たちがうまくそれぞれの境界線を守ることができることができるよう成長していけるのかどうかを考えると少し気落ちしてしまいます。

犬の持っている機能や能力、そして安定した情緒をできる限り引き出したいというのがグッドボーイハートの願いでもあるからです。

諦めるなでも焦るなを念頭に、今日もできることをひとつでも考えていきます。

飼い主であるみなさんも、自分が犬に対してできることをひとつ考えてそして提案してください。

それは、犬を無力化させるためのものではなく、あくまで犬が解放され自由に向うものであることを願います。


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Posted in 犬のこと

<オポのこと>節分の日に思い出す笑えるオポのこと

今日、福岡市の中心部にある櫛田神社の前を車で通行しました。

神社の前を通行するすごい人の数に、今日は何の日だったのかと考えていて「節分の日」であることに気づきました。

大切な年の区切りの日なのでお参りに行きたい気持ちはあるけれど、車を走らせなければいけない用件もあるので、車の中から拝顔する気持ちでその場を通り過ぎました。


節分といえば思い出すことはオポのことです。

オポというのは数年前まで私といっしょに暮らしていた犬のことです。


節分の日の豆まきは、オポが来てから豆まきが恒例になってしまいました。

豆まきをしたらオポがどんな反応をするのかを見たいという本当に安易な気持ちで初めたのです。

巻いた豆は床に落ちたままになります、その豆を当然オポが食べることになります。

オポはラブラドルリトリバーという犬種だったのですが、ミックスのような容貌であまりラブラドルリトリバーらしくない犬でした。

ただその食欲だけは、ラブラドルリトリバーの最大の欠点を受けついたようで出されたものはすべて食べるというものでした。


豆まきをはじめると巻いたあとをオポが通行するだけで、まるで掃除機で吸い取るように落ちている豆がなくなっていきます。

食べているというよりはむしろ吸っているという表現の方が適切なようです。

たまたまですが、午後に伺った家庭訪問先の犬ちゃんがオポと同じ黒のラブラドルリトリバーでした。

しかもその犬は2頭目の犬で今年がはじめての豆まきの日です。

先代の犬ちゃんも黒のラブラドルリトリバーだったので、豆まきの日はこんなですよねとお話しすると、笑いながらその通りだったとおっしゃっていました。

寂しいことに先代の犬ちゃんは12月に他界したばかりです。

でもこうして旅立った犬のことを季節毎に思い出しながら笑ったり楽しい気持ちになれるのはうれしいことです。


はじめて豆まきを迎える犬ちゃんは、一体どんな反応をしたのでしょうか。

人がいきなり食べ物を撒き散らす行動をするなど、犬からみれば気が違ったと思うだけのことでしょう。

その不思議な人の行動をなんの疑問も抱かずに、ただひたすら落ちている豆を吸い上げるように食べていたオポの姿を懐かしく思い出しました。

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<犬のこと>クンクンの鼻鳴らしが1才を超えても続くようであれば分離不安傾向が始まっているかもしれません

前回のブログで、犬のクンクンという鼻鳴らし行動の起源と子犬期の終結についてお話しました。

このクンクンという鼻鳴らし行動ですが、子犬の頃に飼い主が反応を示し続けることによって、非常に長引いて犬に身に付いてしまいます。

子犬に見られる独特の不安を示す鼻鳴らし行動が、子犬が生後6ヶ月を過ぎても、生後10ヶ月を過ぎても、1才を過ぎても、また3才になっても続いてしまうことがあります。

成犬になってしつこく鼻を鳴らす行動をする犬の特徴としては、鼻鳴らし以外にも子犬のころにしか見られない行動がたくさん見られます。

たとえば、お乳を吸う授乳行動です。

授乳行動はオモチャやタオルを抑えてすうような行動でわかりやすいのですが、特に口で吸い付いているものを両前脚で交互に押さえるようにすると、確実に授乳行動だと特定されます。

子犬は両前脚で母犬のお乳を抱え込み交互に押すことでお乳を搾り出す行動をするからです。

タオルやオモチャなどに起こりやすいこの授乳行動ですが、飼い主の洋服や耳たぶ、皮膚などに直接している姿を見ることもあります。



他に子犬に特徴的な行動とは、お腹をさすってほしいというアピールをすることです。

お腹を見せる行動は服従行動と捉えられやすいのですが、一瞬お腹を見せてすぐに立ち上がるのであれば無抵抗を示すシグナルですが、飼い主の前や飼い主の足元に滑り込むようにしてお腹を見せて撫でてもらうことを求める行動は、子犬が母犬に排泄を促してもらう行動のひとつです。

こうした子犬期にしかみられない行動を鼻鳴らしをする成犬たちはずっと続けています。

鼻鳴らしを止める機会を失ってしまい、子犬としての精神状態が続いてしまうので行動にも子犬行動が残ったままになるのです。

はっきりというと脳が発達しきっていない状態で、大変危険な状態です。

ところが、飼い主側は犬に子犬であり続けることを求めています。

いつまでも無力で自分を必要とし、甘えて膝の上に乗ってきたりべったりとする犬を可愛いと思ってしまうようです。

動物は、人も同じように幼いものはかわいいと思われるのは当然のことです。

ですが人が成長しているのに中身が幼稚園児のままであることはかわいいのでしょうか。

犬は体は大人として成長していくのに、中身は幼稚園児であることを求められていまうのです。

子犬として鼻を鳴らす成犬となった犬の不安定さはいうまでもありません。

これらの犬たちはいわゆる分離不安と呼ばれる不安定な情緒を持つようになり、日々ストレスを抱えながら生活をしています。

成長しない動物が無力であり、発達の機会を失った犬が不安を抱えるのは当たり前のことですが、犬はそんなもの、成長した犬がどのように落ち着いているのかを知らない人にとっては、これが常識になるのかもしれません。

私は犬が大好きです。むしろ犬のすばらしい能力を尊敬しています。

だから犬が下等で頭の悪い動物として扱われたり、赤ちゃんのように扱われることを好みません。

もっと落ち着いた大人の犬になるチャンスをみな平等に持っているのに、なぜこんなに不安な表情で怯えながら人に依存しながら生きていかなければならないのかと胸が痛くなることもしばしばです。

犬が本当にかわいいと思えるのは、成長して自立した動物である個々の犬たちが尊敬に値する存在であると同時に、とても愛おしく感じられるときなのです。

すべての犬が成長する能力を持っています。あとはその機会をだれがどのように提供するかどうかではないでしょうか。

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