グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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<トレッキングクラス>梅雨の晴れ間にトレッキングデビューのゴールデンくん

今日は梅雨の晴れ間にタイミングよくトレッキングデビューした犬ちゃんがいました。

年齢は9歳。

大型犬の9歳というと年を取っていると感じる方もいらっしゃるでしょう。

4つ足の動物は10年生きれば御の字ですから9歳は若いとは言えません。

人生のどのタイミングでも変化を求めるのに諦める年齢ではないと思います。

もし私が80才とか90才であっても残されたあと数日の人生の中であっても自分の中にあるひとつの扉が開く機会があるのであればそれを開けたいと思うでしょう。

犬の方はもっと前向きです。

犬は残りの人生を憂えたり計算したりすることがないからです。

しかも犬の一年は人間の7年分です。

犬の1ケ月は人の半年以上です。

犬の1日は人の一週間に相当する時間です。

高齢でトレーニングを始めるのは子犬でトレーニングを始めるのとは確かに違います。

家庭訪問トレーニングのクラスと併用して七山のトレッキングクラスに参加される犬ちゃんの多くは中高年以上です。

トレッキングクラスは家庭訪問トレーニングで環境を整えつつも、ひとつでもできることを進めたいという飼い主さんの気持ちを支えるでしょう。

ご自宅では犬の管理練習から始まるため、今まで犬と日常的にやっていたようなコミュニケーションが減ってしまい飼い主としては物足りなさを感じることもあるでしょう。

でも犬の方は今、飼い主の満足を満たせるような状態ではないのです。

少し犬の立場に立ってみたり考えたりできるようになると今までと違った世界が見えてくるようになり、犬に対して自分ができることの方向性も変化してきます。

トレッキングクラスには飼い主の学びもたくさん詰まっています。

ただ山で時間を過ごすというそれだけのことなのに、何か違いを感じられるようになったら本当の変化が生まれます。

結果よりも過程が大切。

楽しかった時間、癒された時間、共有する時間を大切にするだけです。



グッドボーイハートのトレッキングクラス






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<クラスのこと>犬のトイレトレーニングは家庭訪問レッスンで始まるけどそれだけじゃない

犬について学ぶためのクラスにはいろんな講座やクラスがあります。

この福岡市だけでも相当の数の学びの機会が存在しているはずです。

過去にたくさんの講座を開催してきたことから講師として自分が知ったことは「犬について最も大切な学びは自分と暮らしている犬との生活にある」ということです。

当たり前のことなのですが子育てと同じように子供のしつけをするのに学校を責めたり、塾にやったり他の刺激を与えたりして改善しようとしてしまうが、結局は解決できるのは家庭しかないということなのです。

飼い主としての私は、オポという犬と暮らして学んだたくさんのことが一番自分を変えるきっかけになりました。

私がドッグトレーナーであるから学んだことよりも、私がオポの飼い主であったからこそ学べたことが実はとても深いものです。

自分と暮らす犬の環境についての全てを知っているのは飼い主だけです。

その飼い主の見方、接し方、考え方、価値観が変化することで犬は大きく変化していきます。

しかもその変化は特定の講座を受けることよりも圧倒的に大きな変化になりうるのです。

だからグッドボーイハートにあるどの講座をおすすめするのかと聞かれれば絶対に「家庭訪問レッスン」と答えます。

この犬の家庭訪問レッスンの依頼の中で非常に多いのがトイレトレーニングです。

子犬期であまり外に出したくないという理由での家庭訪問依頼であったり、またトイレの失敗の現場が家庭内であることによる犬のしつけ方についての相談がきっかけとなって家庭訪問のしつけのレッスンに伺うことがあります。

犬のトイレのしつけ方ひとつにしても、飼い主さんがネットで検索して調べたやり方と私の意見が真っ向から対立するところからトレーニングクラスが始まります。

ペットシーツで排泄をしたらおやつ(食べ物)を与えるというトレーニングである程度できるようになりました、という飼い主さんがいるとします。

結果として犬がペットシーツの上で排泄できるようになったとしても、その方法を続けることで起きうる間違った方向性について説明する必要があります。

トイレでオヤツを与えるという方法はいかにも正しいように思えてしまうし、実際のところ犬は室内のペットシーツの上で排泄をするようになるので結果として成功したように思えます。

「犬がペットシーツの上で排泄する」ということを食べ物で強制することには成功するということです。

ですが本当に犬の自立性を引き出して、犬として適切な場所で排泄ができるように導く自立を支援するしつけにはほど遠いやり方です。

人がやってほしいということをできればいいというやり方は、いつかそのうちに犬の魂を奪う結果となります。

犬が犬として生きることを尊重しその助けをして、息苦しい人の社会でなんとかイキイキといっしょに生活したいと願うのがグッドボーイハートの考え方です。

実際にトレーニングクラスに入ってみないとトイレのしつけひとつでこんなに話し合いになることになろうとは飼い主さんも想像もしないでしょう。

犬にとっては排泄行動はテリトリーを守る境界線をつくる行動を重なっているため、とても重要な生活行動だと考えるようにします。

先日も子犬ちゃんのトイレのしつけでもこのようなやり取りが繰り返されましたが、結局食べ物なしで生活空間の最も端にトイレ場を移動しそこで100%排泄ができるようになりました。

尋ねられていないのに余計なことかもしれませんが、自分が知っていることをお伝えするのがサービスを利用していただく付加価値だと思っているからです。

飼い主さんやご家族の葛藤も大変だったかと思いますが、やってみるといとも簡単にトイレ場を覚えていき他の行動も変化していることに気づかれるのにさほど時間はかかりませんでした。

犬の生得的(生まれ持って身に付いた)行動を引き出すと犬に安心感が生まれ、行動が安定をしてくるのです。

犬が本当に好きなら絶対にはまるクラスです。

家庭訪問レッスンで勉強中のモモちゃん



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<クラスのこと>博多区で犬のしつけの家庭訪問レッスンが続く

Posted in クラスのこと

<クラスのこと>博多区で犬のしつけの家庭訪問レッスンが続く

グッドボーイハートのクラスのベースは「家庭での犬のしつけ」にあります。

グッドボーイハートのホームページには「犬と人が共に成長し自然との調和をすることを目指すドッグスクール」とあるので、いきなり自然の中で犬と人がルンルンと駆け出すと勘違いされていることがあります。

ところが実際に最も犬影響を与えているのは、現在犬が生活している家庭の生活環境です。

家庭の中での「犬のしつけ」という基盤ができていなければ、自然の中での学びは全く進むことがないということは断言できます。

そこで家庭の中での「犬のしつけ」を進めることで犬のストレス行動を改善させるクラスが家庭訪問トレーニングクラスです。

家庭犬の訓練を始めてから今まで(20年の間)様々な形のクラスを開催してきました結果として「犬のしつけは家庭の中から始まる」だから家庭訪問がベストであるというところに達しています。

訪問には時間と経費がかかりビジネスとしては決して成功はしません。

ご家庭に訪問するために必要な時間と労力をロスだと考えてしまい通学タイプのドッグスクールに転向したこともあります。

そこではみなさんが集い楽しいグループにはなったのですが、犬の生活環境について踏み込むことは難しいことです。

それでも犬の生活の現場にはたくさんの学び得るものがあるという私に対する報酬があるため、家庭訪問レッスンを続けています。

最近、事務所のある福岡市博多区周辺から家庭訪問レッスンの希望が相次ぎ、徒歩や自転車で訪問する機会も増えました。

この博多区周辺だけでも相当の数の犬が室内飼いされているはずですが、散歩に出ていない犬もいるため一体どのくらいの犬がこの面積の中にいるのかと想像します。

あちこちのマンションから聞こえる犬の吠え声を聞くたびに、ストレスを抱えてマンションの一室にいる犬たちがもっと良い生活を取り戻し、飼い主さんにもっと犬のすばらしさを伝える機会ができればよいなと祈るばかりです。

家庭訪問レッスンの一コマは次回続きでお話します。

博多区の家庭訪問レッスンにて

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<お預かりクラス>犬ちゃんといっしょに博多の児童公園で自然を感じる

九州各地で豪雨災害の広がる様子がテレビに映し出されています。

有名になられたあのボランティアさんが映像の中で「自然にはかなわない。だから頑張るしかない。」とおっしゃっていたのがとても印象的でした。

自然にはかなわない、時に猛威になる自然に向き合うときに自分は小さな存在だと感じるばかりです。

でも日々は自然を求めている、切り離すことはできないのです。

博多でお預かり中の犬ちゃんの雨の合間の時間に土の上や風のあるところで過ごすようにしました。

博多区といえばコンクリートジャングルですが、自分の住処の敷地には小さな庭があるのです。

そこに七山から持ってきたたくさんの土をいれて今は野草が伸びて生きています。

本当は畑にする予定だったのですが今年はかないませんでした。

でも犬ちゃんたちは結構土の中に虫を見つけて遊んでくれます。

自宅近くにも犬ちゃんと過ごす場所に出かけてみました。

博多で犬のオポと7年間はいっしょに過ごしてきたので、この周辺のどこに公園があってどこが居心地が良いかもよく知っています。

家から一番近い公園も普段は臭いがきつく寄り付きにくいのに、この季節は豪雨によってコンクリートや土が洗い流されて過ごしやすい環境に変わっています。

平日の昼間は公園を利用する人も少ないので貸し切り状態で公園を満喫しています。

貸し切り状態といっても人が少ないだけで、むしろ動物たちはたくさんいました。

そんな中、猫がハトを標的に狩りをしているのを見つけてしまいました。

最初は猫がダッシュしてハトが飛び立ち、猫が1メートルくらい高くジャンプして撮り逃したシーンを目撃しました。

このシーンは撮影できなかったのですが、その後猫はハトをターゲットにした行動をはじめたので動画撮影しました。

(Youtubeのグッドボーイハートチャンネルにアップしていますので興味のある方はご覧になってください。)

その猫の身動きに感動してしまいました。

どうみても過去に狩りに成功した経験のある猫のようで日常的にえさとして狙っているようです。

猫は眼光鋭く、七山でみる野猫とほとんど変わらないような体型です。

コロナ禍で人が屋外に出てくる機会が減ったため、その分は都会に住む野生動物たちが活発になっているようです。

そんな風景を預かり犬ちゃんと見ていて「はーすごい…」と感心していたら、野猫のターゲットがどうやら犬ちゃんの方に移行したようで猫がこちらに歩いてくるではありませんか。

私は立ち上がって気づかぬふりをしてやんわりと歩き出しその状況を回避しました。

少しの緊張感と安堵。なんとなく野生的な体験をした気持ちになって犬ちゃんといっしょに家路につきました。

七山の自然に比べたら何万分の一の自然ですが、ゼロよりは良いと少しでも活動しようと工夫するお預かりクラスになりました。

自然がほとんど残っていない都市環境で見た野猫の狩り行動に感動するのは私くらいかと思います。

動物の機能性を発揮できる環境というのは動物本人にとっては限りなく尊いものです。

でもやっぱり犬ちゃんたちと七山のグッドボーイハートで草刈りしながら過ごしたいです。

空間が広がると時間も広がるから。

距離ができると冷静に見れるから。

梅雨明けを待つばかりです。

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<クラスのこと>犬がトレッキングクラスで学ぶ真の社会化について

九州で今年も災害が起きています。

自然の猛威に私たちは常に非力で戦うことばかりでは災害を免れることもできないと感じます。

私たちにできることは何だろう、自然と自分を切り離すことはできない。

だとしたらもっと自然を日々体感して知ることしかないのではと考えます。

自分にできることは本当に大したことではありません。

それでもやっていれば自然という存在が自分にとって何であるかにいつか気づくのではないかと思って犬と山を歩いています。

この唐津市七山の山は雨が足りないほどでした。

今日も犬たちとゆっくりゆっくりと山歩きの時間を持ちました。

犬との山歩きというと、犬が山を走り回ったり崖を飛んだりすることを想像されるでしょうか。

全くそんな風景はありません。

人が山を歩くとき私たちはどうやって歩いているのでしょうか。

一歩一歩ゆっくりと進む。それが山歩きの本来の姿なのです。

犬も同じように、ゆっくりゆっくりと歩みを進めます。

一歩進めば臭いをとり、さらに一歩進めば臭いをとる。

こうして自分の本当に身近な環境を自分自身で確かめて、そして一歩を前に出す。

実はこの活動こそ社会化というものです。

環境に適応して反応するというのは、環境がいきなり変化することばかりではないのです。

一歩進むと環境が変わる、一歩進むと環境が変わる、この連続です。

犬の頭の中には、ひとつ前の環境と、今の環境、そして次の一歩の環境が広がります。

似ているけど少し違う、似ているけど少し違う。

こうやって社会化を進めているわけです。

山を歩くときに犬が臭いを捕るのは野生動物を追うためではありません。

犬の真の社会化の時間、それは犬がゆっくりと飼い主と歩くことからです。

小さな時間ですが大切にしてくださる飼い主さんと共に、厳しい季節ですができるだけトレッキングクラス続けてまいります。

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<犬のこと>自然が犬に与える尊い時間を人は知っているのか

家庭訪問トレーニングを利用している犬ちゃんたちがときどき預かりクラスで七山にやってきます。

ほとんどが生徒さんのやむにやまれぬ事情で不在となり、犬ちゃんを窮屈な場所で過ごさせるよりは自然の中で過ごしてほしという気持ちから預かりクラスを利用されています。

はじめて犬ちゃんが七山にお泊りに来たときには、どのくらいの速度で環境の変化に適応していくのか、どのように自然と付き合おうとするのかを観察しています。

純血種の犬たちの多くは、その犬の親もまたその親も親も自然の中で過ごした体験を持たないでしょう。

犬舎でほとんどの時間を生きた犬たちの子どもたちが今こうして人と暮らしているのです。

犬舎で生まれた子犬たちが人に飼われるようになりそのまま人社会の中に「人として」大切にされ始めることはとても危険です。

動物はどんな動物であっても、自分は人である、自分は犬であると感じる時間があることが基盤になっているからです。

お預かりの犬ちゃんがどこで排泄をするのか、

空間をどのように把握していくのか、

土や草の臭いをどのように嗅いでどのように反応するのか、

そして最後は人や他の犬に対してどのように行動するのか、

こうした観察が今の犬ちゃんの状態を知らせてくれます。

風が吹いても鼻先をあげて臭いをとろうとしない犬

広い敷地でせわしなく動いてしまう犬

太陽に自分の身をゆだねることをできぬ犬など

自然が遠くなってしまったのは人だけでなく犬とて同じことです。

その犬たちがどうやって自然とつながりを持っているのか、犬の脳の中で起きていることや皮膚の上で感じていることを私たちは知る術を持ちません。

ただ言えるのは、私たちには鋭い観察をする視覚という武器があります。

そして共感というセンサーがあるのです。

犬に対する思い込みをすててすべてを受け取り、本来の犬の姿を見たいと願えばおのずと自分のやるべきことは決まってきます。

飼い主としてやるべきことはあまりにも多く、特に空間も時間も少ない都会では果たすことすら難しいことがあります。

それでも犬を愛しているなら犬とどのように過ごすのかを考えてみる、これもまたコロナ時代だからこそできることです。

お預かりクラスで対面する犬ちゃんたち



 

 

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<クラスのこと>お預かりクラスの後の訪問レッスンで犬の変化を生かすこと

梅雨時期のお預かりクラスでしたが、まとまった雨とまとまった曇りの時間で休憩と活動を繰り返して上手く調整できました。

お預かりクラスから帰宅した犬ちゃんたちが自宅でどう過ごしているのかいつも気になるところです。

今回はタイミングよくお預かりクラス直後に数頭の犬ちゃんの家庭訪問レッスンに伺うことができました。

まだお預かりモードが続く中で、今このタイミングでココとココを強化したいという気持ちが強くなり飼い主さんに対してついプレッシャーをかけてしまいます。

しかし案外このプレッシャーに答えようとして下さる飼い主さんが多いので驚きです。

日々熱心にレッスンを受けている飼い主さんたちは、犬の行動観察能力が高まっています。

飼い主の観察能力が磨かれているため、お預かりクラスから帰宅した犬が「いつもと何か違う」ことに気づかれるようです。

「クレートに入ったあとの吠えが減った」

「以前よりベッドに上がるようになった」

「リードの引っ張りが少し緩い」

などなど、犬によってその行動の変化は様々です。

犬たちもお預かりクラスで若干の行動の変化が起きているですから、冷静になればそれを見ることができるのです。

お預かりクラスは単純にいえば、いつもと違う環境で過ごしたというだけのことです。

その中には空間の使い方、テリトリーに関して、人の接し方、自然環境など様々な刺激があります。

与えられた環境と同時に失った環境というのがあります。

それが飼い主という存在なのです。

お預かりクラスでは「飼い主という存在を失った犬」の行動を見ることができるのです。

そのときはじめて、飼い主が犬にどれだけの影響を与えていたのかを見ることができます。

犬の飼い主に対する執着が強ければ強いほど、失ったときの行動の不安定さは大きい。

犬の飼い主に対する依存や甘えが強ければ強いほど、また失ったときの行動の不安定さは大きいのです。

それは振り子の触れるように、大きく逆側にバランスを崩すという形で表れてきます。

一旦バランスを崩したように思えるときに、はじめてバランスを取り戻そうとします。

その取り戻し方をサポートしているのがお預かりクラス時につくっている環境、そして管理、接し方です。

お預かりクラスの後に預ける前と全く同じようにいきなり犬との距離を近づけてしまうと犬は以前よりももっと不安定になってしまいます。

客観的に考えればわかるようなこの原理も、犬に対する感情が先走ってしまうと何も見えなくなってしまいます。

犬に対する愛情は過ぎれば何も見えなくなります。

犬を育てることのできる環境とはあくまで犬を客観的にみる目を持ち続けることです。

飼い主として一番難しいこと。

でも飼い主として一番大切なことです。

預かりクラスで対面する犬ちゃんたち

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<クラスのこと>月日と共に緩やかに変わる犬の姿と行動を見逃さない

毎月トレッキングクラスを受講しにきている犬ちゃんといっしょにトレッキングをしました。

もう数年この七山で犬ちゃんの姿を見ているので、少しずつ変わる山の景色といっしょに犬ちゃんの成長も見てきました。

少しの時間だと変わったような変わらないような犬の行動も、長い月日の中でみるとずいぶんと変わったな、大人になったのだなと感じられるようになります。

犬と人は一緒に暮らしているのに流れている時間の幅がずいぶん違います。

若かった犬があっという間に年を取ってしまうことも仕方ありません。

犬は3才で30才くらいの大人なのに、人は3年経つてやっと仕事ができるようになるくらいなのです。

人が毎日をだらだらと過ごしているうちに犬はアッという間に成犬になり、中年になり、そしてシニア犬になっていきます。

犬は人の7倍の速さで生涯を生きていきます。

犬にとっては当たり前の時間が、人にとっては足りないと思ってしまう。

犬は10年しか活動期間がないのです。

その10年の間のどのくらいの犬としての社会的な時間があるのでしょうか。

週に1回でも月に1回でも、ゼロではありません。

トレッキングに来てくれた犬ちゃんは毎週のように飼い主さんと山歩きに出かけているそうです。

若いときは歩けたところが難しくなってきた。

前よりも探索して堂々と歩けるようになった。

尾歩山ではこれまでできあかった排泄が適切にできるようになり飼い主さんとの距離感も良い感じになってきました。

時間をかけてできるようになったことこそ、本当の成長だと思います。

時間をかける価値のあることなら結果ではなく経過に価値があります。

かけた時間の分だけ犬にとっては価値のある時間だったということになります。

だとしたら飼い主にとっても価値のある時間であったはずです。

こうして過ごした時間は記憶に深く残り思い出の日々となっていきます。

犬とのトレッキングはそんな時間になりえるのです。

共有する場所、共有する時間、そして共有する感覚。

共感とはそんなことではないだろうかと犬ちゃんと飼い主さんをみながら感じました。

トレッキングの中、山頂で休憩するクールくん



 

 

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<クラスのこと>お預かりクラス&トレッキングクラスで黒柴ちゃん対面

福岡も梅雨入りしたようですが、雨は降ったり止んだりで梅雨本番はこれからというところでしょう。

まだまだトレッキングに参加される元気な犬ちゃんと飼い主さんがグッドボーイハート七山に来てくれました。

ちょうどお預かりクラスを利用している犬ちゃんと同じ犬種。

よくみかけるようになった黒柴ちゃんたちです。

ところがこの2頭どちらもメス犬なのに、サイズは倍くらい違いがあります。

同じ犬種とは思えないサイズ、そして気質的にもかなり違いがあります。

血気盛んな若い年齢のメス犬ちゃん同士のマーキング合戦。

どちらも人がそばにいてということが前提でのやりとりのようでした。

落ち着かせが終わったところで、いっしょに山歩きをしました。

さきほどは火花の散りそうだった2頭の犬たちも、山中では野生動物の気配に集中していきます。

外敵を見つけると結束する同種の習性のセンサーが働いたようで、仲良さそうにいっしょに山歩きを終了しました。

貫禄のある余裕の歩きを見せる大きな黒柴ちゃんに対し、はじめのトレッキングで興奮高く衝動的な小さな黒柴ちゃん。

どちらもそれぞれに学びの時間があったようです。

トレッキングクラスはプライベートで飼い主さんと関係を作るのが中心で、気の合いそうな犬ちゃんとは複数でトレッキングします。

多数のトレッキングは今はあまり開催していません。

限られた時間だから飼い主さんとの関係が少しでも進むようにと堅実なクラス開催を中心にしています。

私はオポと何度も繰り返しプライベートトレッキングでした。

繰り返し繰り返し。毎回楽しく学ぶことがたくさんありました。

新しい刺激がなくてもいい、場に慣れてきてからが学びの本番です。

黒柴ちゃんたちのトレッキングクラス

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パンク町田のテレビ番組で犬のこと見たんです。


パンク町田さんがテレビで犬の調教



家庭訪問トレーニングの帰り間際に飼い主さんが「パンク町田の番組で首輪のことを…」と語りはじめて「ああ、あのことか」と昨日のダンナくんとの会話を思い出しました。

パンク町田さんとは動物行動学の専門家兼タレントさんらしく、地上波のテレビ番組をほとんど見ることのない私は一度もパンクさんを見たことがありません。※詳しく知らずにすみません。

私のように知らない方のために説明すると、パンク町田さんはオオカミやトラや鷲なども調教するほどの動物に通じている方らしいです。

そのパンク町田さんがかみつきのあるプードルを調教するというテレビ番組が放送されました。

犬に関する地上波テレビ番組を見ると怒りが出るので見ないようにしていますが、録画した番組を「見たくない」という私の前で一から十までダンナくんが説明を始めました。

プードルは飼い主に噛みつくようになっており、その噛みつき矯正するためにやったことが散歩の練習だったらしいのです。


パンク町田の犬の散歩で訴えたこと



パンク町田さんはその噛みつくプードルの散歩で、首輪をつけて歩くことと、飼い主の前ではなく横を歩かせるようにというルールを教えたらしいのです。

ダンナくんがいうには、いつも私が言っていることと同じことだったから、パンク町田は案外、犬のことが分かっているのだろうなと感心したというのです。

翌日生徒さんからも、こういわれました。

「先日、トレーニングのときに首輪をつけられるようにならないといけないとおっしゃったじゃないですか…。

パンク町田がかみつくプードルに、首輪で歩けるようにならないといけないといっていて…先生も同じことを言われたいたなと思ってびっくりしました。」

私はパンク町田さんと私が犬について共通の理解をしているかどうか全くわかりません。

ただ、散歩のルールとしてパンク町田が訴えた以下の二つのルールは絶対です。

1 首輪をつけて散歩に行けるようになること。

ただし子犬のときはハーネスで十分です。

生後1才くらいまでに首輪で行けるようになると良いです。

2 散歩のときは人の横を歩けるように、人の前を歩いてはいけない。

これは小さいころから教えたいことですが、できるようになるのは数ヶ月たってからでしょう。

むしろ生後6ケ月くらいまではできていても、その後再びできなくなってしまうので再度教える必要があります。

パンク町田さんは矯正の首輪を使ったようですが、テレビのように短時間でさせる場合には致し方ないでしょうか。

時間をかけるのであれば矯正首輪は必要ありません。


犬にとっていいことと飼い主にとっていいことは違う



さらにダンナくんは熱く語りました。

「パンクがいったんだよ。飼い主のあなたがやっていることはあなたにとっていいことであって犬にとっていいことではないって…。

あいつ結構わかっとるんやなと思ってビックリした。」

パンク町田さんに対して上から目線のダンナくんもどうなんだろうと思いますが、常日頃から私の弟子として犬の世話をしていればそうなるのも仕方ありません。

本当にパンク町田さんの言うとおりです。

犬を抱っこして甘やかす行為は、飼い主がやりたいことであって、犬にとっていいことではないのです。

飼い主が犬を甘やかす行為はむしろ犬にとってデメリットでしかありません。

不安定な飼い主の育て方によって犬は「噛む犬」になってしまうのです。


犬のしつけも新しい時代に入るのか



パンク町田さんのような主張は、少し前の時代には通用しませんでした。

犬の首輪をつけて人の横を歩かせるのが犬にとっていいことなのだと言い切れる人ってなかなかいなかったのです。

以前なら犬がかわいそう、犬が喜んでいないと、たくさんのクレームが来たかもしれせん。

でも社会が変わり始めているようです。

パンク町田さんのように正直に真正面から向かっていく人がテレビ番組に登場できるようになったこともひとつの流れとしては歓迎します。

そこでみなさんに質問です。

なぜ犬にハーネスではなく首輪をつけて歩けるようにならなければいけないのでしょうか?

この質問に答えられる人は、犬のことがかなりわかっています。

グッドボーイハートの生徒さんは最先端を行くから、きっと答えていただけると期待しています。



首輪で散歩の練習





 

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