グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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<犬のこと>週末は寒波が来るらしい、どのくらい暖かくしてあげたらいいかわからない

クリスマスを終えていよいよ冬到来というところでしょうか。

今週終盤には寒波が来るらしいということで、冬の警戒モードもますます高まります。

犬たちの中には急な気温の変化に対して下痢などの反応を示すこともあるようです。

本来は屋外で過ごすのが中心の動物でしたが、室内飼育が増えて活動量が減ってしまい、また室内の快適空間に慣れすぎていることから、犬もずい分弱くなったものだなと思います。

犬なんだからもう少しがんばって欲しいという気持ちと、ここまで過保護に育てられているのだからがんばれという方が酷だろうという二つの気持ちが行き来してしまうときです。

犬も人と同じように過保護にしすぎるとやはり弱くなってしまうものです。

昔の話をしても仕方ありませんが、もう少し気温も低く家も隙間だらけだったのにろくな暖房設備もない昭和の時代に、あんなにがんばって過ごしたのに、暖かい生活に慣れてしまうとついつい自分自身も過保護にしてしまいます。

犬たちに対して無理をしてほしいとは思いませんが、過保護を控え適切に寒さを楽しめる程度にはしていたいなと思います。

つまり、少し寒くての散歩には出て欲しいのです。

ところが散歩といってもリラックスして楽しめる散歩でなければ、寒さを乗り切ることもできません。

だからこそまずは、散歩がリラックスしてできるような社会性を身につけつつ、寒さを心地良いと感じられる強さを身につけてほしいのです。

犬のしつけや社会性の発達、寒暖に対する耐久性などは全く無関係のことと思われがちですが、自分との戦いのひとつでもありますから、やはり自分に強い動物がいろいろな面でがまんも効くのです。

つまりは心が強ければ体も強いということになります。

お恥ずかしい話ですが、実は最近風邪を引いてしまいました。

本当に軽い鼻かぜなのですが、めったに風邪を引くことはなくなっていたので多少ショックでした。

自分を甘やかしたつもりはないけれど、年齢には逆らえない部分もあるということでしょうか。

犬も若いうちに鍛え、年齢にあわせて順応性をもちながら環境を整えてあげてほしいです。

次回は暖かくする作戦について書くことにします。

ちなみに私の風邪はショック療法で改善させました。

この寒い時期にバイクにのってかなり寒さを味わってからお風呂で温める逆療法です。

結構応えましたが、体の甘えを許さないよというメッセージは効いたようです。

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<自然のこと>ジェーン・グドール博士の映像を見て思ったこと

ジェーン・グドール博士という動物行動学者をご存知の方も多いと思います。

私が最も尊敬する動物行動学者で、欲張っていえばジェーングドールのようになりたいとまで思ってしまい、かつジェーングドールには絶対になれないと思う方なのです。このブログでの何ども取り上げました。

ジェーングドール博士はチンパンジーの研究者の第一人者ですが、とにかく彼女の美しさといえばチンパンジーと共に過ごしている姿です。

先日ナショナルジェオグラフィックの番組でジェーングドール博士の番組が紹介されましたので、初恋の人に会う気持ちでドキドキしてその映像を見ました。

過去の貴重な映像が満載で、若かりし頃のジェーングドール博士のエネルギーと情熱と愛に満ち溢れた番組でした。

同時に考えさせられるシーンもいくつかありました。

その一つ目は、ジェーングドール博士がチンパンジーに接触を図る過程の中でその関係性に混乱を生じさせることが起きたことです。

彼女のような人でも動物との関係の中で予測できなかったことがあったのだと、大変驚きました。

この事件について過去の文献でも見逃してしまったのか、私が今まで関心がなく読み過ごしてしまったのかもしれません。

その事件とは、チンパンジーが人のテントの中のバナナを持ち去ることをきっかけに、逆に餌付けをしてチンパンジーを人のテリトリーに引き寄せようとしたことです。

今では、野生動物の人による餌付けが混乱を招き動物の執着と攻撃性を高める結果になることは、動物について学ぶ者なら周知のことです。

ですが、当時はジェーングドールのような好奇心旺盛な人々が野生動物に接触をはかる挑戦の過程の中で、こうしたトラブルを引き起こすこともあったのでしょう。

バナナや他の食べ物を人のテントスペースに取りに来るチンパンジーの数は増え続け、やがて人のものはなんでも奪うようになり、チンパンジーが争奪を通して人に対しても同種に対しても攻撃性を高めていく映像が紹介されており、大変わかりやすくまたそのことで戸惑うジェーングドールの姿も印象的でした。

この問題に対しては、結局管理された餌場を設けることで、特に信頼関係を結んだ限られたチンパンジーに、限られた餌だけを得る権利を与えることで解決されたようです。

また、野生動物が人との接触を図る過程の中で起きる悲惨な事件が起きています。感染症という問題です。

海を渡ってくる人という動物が持ち込んだポリオにチンパンジーたちが感染してしまい、麻痺などの症状を起こしていくのです。

ポリオの感染はジェーングドール博士のグループからではなく、別の研究者たちのグループからチンパンジーに広がってきたもののようですが、人が持ち込んだことでチンパンジーの生存を脅かしたことは確かなことです。

つい最近ですが、アフリカの先住民族が絶滅したのではないかという番組を見ました。彼らの多くも侵入者の持ち込んだ菌による感染症でした。握手などの簡単な触れあいによって死に至らしめてしまうという最悪の出来事です。

チンパンジーは遺伝子学的にもヒトに最も近い霊長類なので、病気の感染については当然考えられることなのですが、やはりこちらも当時は知識や情報が十分になかったということなのでしょう。

目の前でポリオに侵され麻痺が生じ朽ち果てていく友人のチンパンジーに対して、ジェーングドール博士は銃殺という安楽死を選択します。

インタビューでは「自然死という選択はなかったのか」という質問に対して、「目の前で苦しんでいる友達をただ見ていることはできない。」という答えがジェーングドール博士が出した答えでした。

この事件をきっかけにして、チンパンジーに触るという接触の行為が禁じられたとのことです。

動物は生きている世界が違う、だから大切にしたいなら一定の境界線を保つという基本的なルールが見直されたことになる二つの大きな事件です。

犬はヒトが触ることができる動物です。

犬は野生動物ではなく家畜化の過程をとりながら長い時間をかけて変化してきた動物です。

だからこそヒトとテリトリーを共にすることができ触れ合えることができる特別な存在なのです。

ですがその犬にも人と一定の距離を保つ必要があるという境界線があります。

その境界線を作る必要のあるのは犬ではなくむしろ人の方です。

犬がなんらかの攻撃性、咬みつき、過剰な吠え、自分をなめたり尾を追う自虐行動、とびつき行動などをしている場合には、境界線のルールが守られていませんというメッセージとして受け取ってください。

ジェーン・グドール博士の番組はそのうちDVD化されるかもしれません。
ぜひ見ていただきたいです。

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<日々のこと>クリスマスから始まるこの時期に誰といっしょにいたいですか

今日はクリスマスイブの日です。といっても自分は特別クリスマスのお祝いはしません。

みなさんがそれぞれに楽しまれるのを分けていただくという程度で過ごしています。

それでもこの時期になると街の慌しさからか年の瀬が際立った感覚を得ます。

そして、どこでどんな風に過ごそうかなと考えてしまう時期でもあります。

よく「ご実家に戻られるのですか?」と聞かれることがありますが、もう数十年来ですが帰る実家を持ちませんので自由気ままに過ごしています。

どちらかというと、年末年始も仕事をしている生活が25年くらいは続いているでしょうか。

必然的に七山に戻る生活になりましたが、もしこの時期に仕事が入らなくてもやっぱり七山に戻りたいと思ってしまいます。

いつの間にかこの山が私の実家になってしまったようです。

戻ってくると生徒さんたちからまたいろんなお便りが届いていました。

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亡くなった犬ちゃんの思い出のお便り、まだ数ヶ月というレッスン中の犬ちゃんの様子を記したお便りなど、楽しく拝見させていただきました。


この時期どこでどのように過ごされるのでしょうか。

誰といっしょに過ごしていたいでしょうか。

オポが12月に亡くなったときは、知人から「博多駅のイルミネーションでも見に行っておいでよ、きれいだよ。」と声をかけられたので一度見に行きました。

ですが、その光りは気持ちを支えるものではなく、すぐに七山に戻ってしまいました。

私にとって本当に必要な光は電光ではなく、きれいな空気の中を流れる自然の光りのようです。



今年愛犬の旅立ちを見送られた方は本当にいっしょにいたいパートナーを失ってしまい、気持ちも落ち込まれるかもしれません。

七山では年末年始に多少の預かりの犬たちでワイワイとなっていますが、どうぞ七山にお立ち寄りください。

寒くて静かでなんにもなくいつも何かが足りないこの七山のグッドボーイハートですが、気持ちを満たしてくれる何かがやっぱりあると感じます。

2010年12月27日の七山の風景

2010年12月27日の七山の風景

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<クラス>家庭訪問トレーニングを利用して合同の散歩練習会

グッドボーイハートが提供する家庭訪問ドッグトレーニングのしつけ方指導は、各ご家庭の環境にあわせて行うプライベートクラスが基本の形です。

この基本形をアレンジして行う合同トレーニングはあまり頻繁に開催していませんが、条件や相性によっては合同トレーニングを開催することがあります。

合同トレーニングとは、2つのご家庭のレッスンを同じ場所で同時に開催するというものです。

主には、2頭の犬たちがいっしょに散歩の練習をするトレーニングクラス、同時に2頭の犬の対面を通して犬の社会性の発達の具合や今後の課題を探っていくためのクラスです。

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犬と犬を対面させすクラスは普段は七山の良い環境を使いながら行っています。

狭い室内や限られた空間、ストレスを得やすい都心の臭いなどに囲まれていない管理されたスペースを利用することで、犬と犬の対面に良い変化を促していくことを目的としているからです。

時にはこの犬と犬の対面は、飼い主さん不在のお預かりクラス時に行うこともあります。

これも、飼い主さん不在である方が犬の一方上の行動が引き出されそうだと判断したときにはお試しでもやってみています。

犬の可能性は自分たちの想像の範囲を超えていますので、時間と空間を有効に活用しながら犬の今のコミュニケーション力とこれからの成長の兆しを見つけていけることはとても楽しい時間です。

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今回、合同で散歩と対面のトレーニングクラスを開催したのは、生後4ヶ月になる黒柴の犬ちゃんと、生後5ヶ月になるシュナウザーの犬ちゃんです。

お住いや普段過ごしている犬の環境、犬たちのコミュニケーション力の発達の程度、飼い主さんのお世話の時間や労力のかけ方や熱心度、そしてそれらの環境を通して現在成長中の犬ちゃんたちにある程度の似た部分を見つけることができてお声かけしました。

子犬同士の対面で、しかもリードをうまく利用しながらの対面は、実際にはひとりではなかなか大変なものです。

普段はリードをつけているときには絶対に他の犬と対面させることがないようにとお願いしていますが、こうした練習の際には、私自身が2頭の犬のリードをコントロールしながら対面が順調に進むように環境の調整をしていきます。


場所は都心の中でも森の臭いがして開放感があり、そして広場ではなく人通りも犬もいない場所を選びました。
あいにくあまり天候がよくなかったのですが、このことで犬の散歩をしている人もほとんどおらず、好条件でのクラス開催となりました。

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わたしが何をやっているのか、犬たちがどのようにコミュニケーションをとろうとしているのか、合間合間に説明をしながら、犬が必要としていること、犬を落ち着かせること、犬と犬が対面することの意味などを学んでいただきます。

この対面はビデオに撮影してもらいました。次回の犬語セミナーで飼い主さんたちといっしょに見ることができればと思っています。

次回の犬語セミナーですが、来年の1月の月末の日曜日に調整をすすめています。

決まり次第、ブログで紹介させていただきます。

犬たちのこれからの成長がますます楽しみです。成長は楽しいこともありますが、辛いことも難しいこともあります。それは自分達の成長と同じです。

どちらかというと相当大変だったことの方が自分を成長させてくれたと感じられるはずです。

犬も大変な思いをするのですが、それが成長の過程の中で起きることであれば、犬もそれを乗り越える力を持っています。犬のことを信頼しましょう。それが犬に対する本当の愛情です。

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<日々のこと>年末に受け取るお知らせに思うこと

年末が近付くこの月は、ご縁のあった犬たちの旅立ちの報告を受ける時期でもあります。

ご家族とって大切でかけがえのない犬という家族を失われた悲しみは計り知れず、またしばらく会う機会のなかった犬たちにも、もうこの世で会うことはないのだという自分のさびしさは仕方のないこととまずは受け取ります。

同時に、可愛がられて育った犬たちが無事に生を終えたことに対する安堵と看取られた飼い主さんに対する感謝の気持ちもわいてきて感無量になります。

つい先日も、16年前にお世話をさせていただいた盲導犬の育成施設でお預けしたパピーウォーカーさんの育てた犬が家庭犬として引き取られたあと、そのご家庭で生涯を追えた旨のお知らせをいただきました。

パピーウォーカーから飼い主となった家族の変化はあれど、家族として長いあいだ大切に、また楽しく過ごしていただいたことを聞いて本当にうれしくまたありがたく思うのです。


犬は四つ脚の動物ですから10年も生きれば長生きといえるでしょう。

十三年とか、十五歳ともなると、ずい分長生きをしたものだなと関心するところです。

人と比べるとあまりにも短い一生ではありますが、犬にとっては十分な月日であることを認めていかなければなりません。

十年というと、季節が10回しかめぐってこないということです。

一歳の冬、二歳の冬、そして三歳の冬。。。

あっという間の10回の季節です。

その1回1回の季節を犬たちはどのように感じ、どのように成長していくのか、それを実現できるのは飼い主でしかありません。

長生きすればそれはそれでいいですし、長らえることがなくても毎年毎年の季節を思いっきり過ごすことができれば、動物としてはそれで十分ではないでしょうか。

犬自身は自分があと何年生きるとか、何日生きるなどと計算して喜びを分散させることもないし、求めすぎることもないのです。

この冬、みなさんと犬たちがどのような季節を越えていかれるのか、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。

お金をかける必要はありませんが、時間と空間という余裕が必要です。

その余裕がなかなかなく、そのうちにと思っているうちに犬は短い生涯を終えてしまうのかもしれません。

目の前に元気な犬がいるのなら、まだまだ犬と共にこの季節を楽しみつつ成長の機会を得てください。

この冬の楽しい思い出を聞かせていただくこと、私も楽しみにしています。

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<動画>来客の時に興奮する犬を落ち着かせる方法:「インターホンでハウス」はハウストレーニングの必須項目です。

犬は環境の変化に対して敏感に反応します。

室内飼育の犬の場合には、犬が住処としている室内に異変が生じると大変興奮します。

誰であれテリトリーを侵入する気配を察すると、吠えたり玄関に走り出す犬はそう珍しくはありません。

テリトリーを守るという行動は犬の習性に応じた行動です。

犬が来客時に吠えたり興奮したとしても、来客が飼い主の友人や知人であることを理解して落ち着きを取り戻すのであれば全く問題ありません。

ですが、来客が誰であるかを確認するまでの間、犬は大変不安定な状態に陥ることがあります。


特に室内飼育の犬の場合には、屋外の犬とちがって逃げる場所がない最後のテリトリーになるため、来客の合図には過剰に反応するのです。

来客の時には犬をできるだけ落ち着かせてあげる必要があるのですが、どうもやり方によっては全く間違っている方法を取られることがあります。

絶対にやって欲しくないのは、吠える犬を抱っこして玄関に出迎えに行くことです。

いろいろと理由はありますが、落ち着かせという自律力を育てるためには、抱っこは落ち着かせにはなりません。

とても依存した形で飼い主の抱き上げに頼るという依存行動となります。

犬によってはさらに不安を抱えやすくなり、分離不安の犬であればそれが悪化していくでしょう。


では、対応としてはどのような形が最もやりやすいのかというと、やはりテリトリーを活用したハウストレーニングです。

インターホンがなったらハウスに戻るように教える練習をした成果を生徒さんから動画でいただきましたのでご覧ください。


犬のリキちゃんがペットボトルのトリートボールで遊び中にインターホンがなり、飼い主さんがハウスを促す映像です。↓


     ※画像をクリックすると動画再生します。

動画を見ていただくと分かるのですが、まず飼い主さんがとても落ち着いているということです。

飼い主さんが慌てたり興奮したりすると犬も興奮してしまいます。

また、抵抗なくハウスに入るリキちゃんも印象的かもしれません。

ハウスは犬にとって大切な落ち着ける場所であるはず、ハウスに入りたがらないのであれば飼い主としていろいろと考え直す必要があります。

リキちゃんがハウスに入ったあとに騒いでいないのも高く評価できる行動です。


犬のしつけは習慣化していくのが基本ですが、習慣化のためにはくり返し練習が効果的です。

くり返し練習に入る際にはオヤツがなくてもできるようにしてから行う事も大切なことです。

難しいようですが意外に簡単なトレーニングです。

来客の時に犬を落ち着かせ安心させるトレーニングとしてぜひトライしてください。


他にもインターホンでハウスの動画をアップしていますのであわせてご覧ください。

ブログ記事:インターホンに吠える犬“インターホンダッシュ”に対応する:インターホンに吠えるを解決するためのヒント

参考ブログ記事:
インターホンに吠える犬“インターホンダッシュ”に対応する:なぜ犬はインターホンに吠えるのか

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<犬のこと>数合わせでは動物は幸せになれない

先日、仕事つながりで親しくなり共感を得られることでお付き合いが長くなった友人と会う機会がありました。

お互いに会ったときには、犬のことばかりでなく、日常を取り巻く動物に関わる問題について話がつきません。

一気に「これってどう思う?」と意見を交わしながらあっという間に時間が過ぎてしまいます。

今回の話題は、奄美大島に生育する日本の天然記念動物に指定されている「アマミノクロウサギ」の絶滅に関すること、北海道のアイヌ館のヒグマの引き取り先がイギリスのワイルドパークになったいきさつや内容、昨今の犬の異常な行動などでした。

この話の流れで友人と「人に飼われる動物は弱者であるかどうか」「処分される動物は可哀想なのか」などと、普段はお互いに誰にも問いかけられないようなことを問いかけあって話を深めていきました。

自分としては、人に飼われる動物が弱者であると思うことはありません。

動物のことを、動物の立場に立ってなどというのは身の程知らずではないかというのが私の姿勢です。

人と動物はあくまで対等な立場であると考えています。

人に飼われる動物やペットが、人にえさをもらわないと生きていくことができない存在であったとしても、やはり動物は人と対等であるべきだと思うのです。

なぜかというと、人が飼う動物や展示動物、そして犬や猫などのペットは、人が必要とするからそのように存在させられている動物だからです。

人の必要性に応じて繁殖されたり、育てられたりしている犬は、必要とされている段階ですでに人と対等であると思い、そしてまた、犬という動物が人と対等であると考えるからこそ、一定のルールは必要だとも思っています。

犬をどのように繁殖するのか、どのように販売するのか、どのように訓練するのか、また大きくはどのように飼われるのかといったことの最低のルールがなければ、この対等性を姿勢として示したことにはなりません。

これまでにたくさんの家庭犬のお世話をさせていただいたこと、たった一頭の犬が幸せになることがどんなに大変なことなのか本当に身に沁みています。

ところが、動物の幸せというのはなぜか数で図られてしまうこともあります。

野生動物は数が少なくなったら処分してはいけない。

ペットは一匹でも少なく処分すべきなのだ。

国内にはこんなにたくさんのペットが飼育されているから、日本はペット大国だ、とかそのような次元の低い話はもうそろそろ終わりにしたいのです。

むしろ、もう少し本質に目を向けるなら、あなたのもっとも身近にいる犬は幸せなのでしょうか。

あなたの身近にみる犬にストレス信号を出している犬はいないでしょうか。

そうしたことにもっと注意を払ってあげてほしいのです。

動物、特に犬のストレス行動は行動学的にある程度明らかになっており、だれでも観察によって図ることができます。

そのストレス信号を図ることこそが、動物の幸せのレベルを知るきっかけになるのです。

友人との話は、犬たちの行動を見て一般の人々が理解できるようになることはあるのだろうかという話にまでつながっていきました。

期待はしない、だけど希望は持ちます。

マザーテレサの有名な逸話がですが、ある方がマザーテレサのお手伝いをして貧しい人々を助けたいと申し出ら得たところ、帰って家族のお世話をしなさいといわれたとのことです。

本当の話かどうはわかりませんが、最も身近な動物の異変について目を向けることができること、ここからスタートしては身近な動物に目を向けることが重要なのだと痛感します。

自分は犬の行動と訓練の専門家ですが、他の動物の行動にももちろん興味があります。

特に身近に接する動物には関心を持っています。

動物行動学の本を読むのは今でも大好きです。

興味と関心という好奇心は、規律の中では暴走しません。

今年もあと少しになりましたが、限られた時間でまだみなさんといっしょに、やっぱり犬のこと動物のこと、まだまだ学んでまいります。

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<クラス>老犬とリハビリ犬のお山クラス開催しました

少しだけ暖の戻った七山で老犬たちとリハビリ中の若い犬ちゃんが集まって、山散策を楽しむクラスを開催しました。

いつもの隊を成して規律正しくトレッキングをする山クラスとは違う過ごし方をしました。

老犬になると体力も体調もそれぞれです。

どこでどのくらいの時間を使えばいいのか、犬に負担をかけすぎずでも少しでも心地良く過ごせるように飼い主側に判断をお任せして、ゆっくり過ごす時間を持ちました。

老犬の飼い主さんはいずれも若いころからグッドボーイハートに親しんでくださった方々ばかりです。

飼い主同士も長い年月を通して少しずつ距離を縮めてこられたので、お互いの中に信頼関係も育っており安心して過ごしていただいているようでした。

また、犬の具合に合わせた山の過ごし方については信頼がおけます。

長くにわたりここで犬との山歩きを楽しんで下さっただけあります。

病気で脚が不自由になっていた若い犬ちゃんもリハビリをかねて参加しました。

お庭でウロウロと休憩したり歩いたりとほんのわずかな空間しか利用していないのですが、その周囲には七山という大自然に囲まれています。

同じ位のスペースなら都会の駐車場でもいいのではないかと思われるかもしれませんが、その周囲を取り巻く環境に犬は敏感なのです。

犬は人が飼うペットであると同時に、やはりイヌという動物なのだと感じるときです。

老犬との暮らしに、病を患った犬との暮らしに、飼い主としてできることの限界はありますが、求めすぎずでも放り出さずに暮らしていくことは簡単なようで以外と悩みも多いものです。

こうして信頼しあえる飼い主さん同志で話をする機会を得られることもまた、自分の気持ちを落ち着かせることになるでしょう。

七山は福岡から車で1時間です。

遠いと感じるのか近いと感じるのか、それは飼い主次第です。

老犬にとっては1時間の移動は決して近くはありませんが、その1時間をかけても得られるものを持って帰っていただけたでしょう。

老犬は未来をわずらったりはしないし、病を抱える犬も過去を思い出して泣いたりしません。

今しかない。今を大切に生きることのできる犬たちを見習います。

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<オポのこと>懐かしく思い出す愛犬オポの姿

オポというのは、私が3年前まで共に暮らしていた犬です。

今日はそのオポの3回目の命日になります

昨年まで「オポの会」などと称して、グッドボーイハートやオポとご縁のある方と集まる会をしていましたが、今年は密やかにグッドボーイハート前スタッフとその血筋の子供たちと共に七山でおしゃべり大会をしました。

オポのことを語るときは私も一飼い主になってしまいます。
オポのことをのろけて話すことも多いですし、オポが生前には多くの期待をしてしまい負担をかけたこともありました。

同時に犬の変化に応じて飼い主としてしなければいけないことを真剣に考える機会を得られたことも、またオポの存在があってこそです。

自分の住まいやグッドボーイハートというドッグスクールを七山に移転させる転機となったのも、オポの変化に応じてのものでした。

7歳になってオポの表情や行動に生きる希望の限界を感じ始めたとき、山で過ごす時間を持たせる必要性を選択せざるを得なかったからです。

当初は、文字通り「オポが山で過ごす時間」と捉えてしまったのですが、この受け取り方もまだまだ飼い主として不十分でした。

オポが望んだことは、私という飼い主と共に山で過ごす時間を持つことだったからです。

オポの声なきコトバを受け取るように、山への移転を決めて現在のグッドボーイハートが出来上がりました。

オポという犬の飼い主として私が成せるべき最大のこと、今ではそう決断して行動できたことに悔いはありません。

グッドボーイハートの移転によって起きた様々な不安や支えてくださった方々との別れは当時は辛いものでしたが、今となってはそれぞれに真剣に生きてことを分かち合える時間となっています。

当時、グッドボーイハートで働いてくれていた若かった子たちは二人とも立派な親となり、たくましく成長しています。

立派に生きたオポという犬に恥じないようにと、逃げず、驕らず、自分の人生に向き合いまだまだ成長していかなければという日々の中ではつい忘れてしまいがちな思いを、この時期になると思い出して反省するばかりです。

今年はオポの会は開きませんが、七山にご縁のある方はお気軽にお立ち寄りの際にはご連絡ください。

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Posted in 日々のこと, オポのこと

<犬のしつけ方>犬のかみつきは攻撃性のひとつの方法:いつどのように使われるのかを問題としよう

犬のことを知るにあたって、どうしても避けていただきたくないのが犬の攻撃性についてです。

犬を飼っっている人、犬を飼おうと思っている人、過去に犬と接したことのある人の中でも特に犬大好きな方にとっては、犬が攻撃する動物だということをわかっているようでわかっていないことがあるものです。

他者への攻撃性というのは動物であればだれでも持っているのが当然です。

攻撃は自分を守る術であり、攻撃性は社会的に必要な力です。

重要なのは攻撃性を持つことではありません。

その攻撃性が他者に対する攻撃性をいつどのような形で使うのか、ということなのです。


犬も人と同じように攻撃性を持つのですが、犬の場合にはその攻撃の破壊力が人の何十倍も高いということなのです。

イヌ科の動物の中でもヨーロッパや北米のオオカミになると、体重が50キロにもなり人ひとりとあまり変わらぬサイズになります。

これほどの大きなイヌ科動物と人が素手で戦った場合に、どちらが勝利すると予測できるでしょうか。

当然、圧倒的強さでイヌ科動物の勝利となります。

人が武器を発達させてきたのは、獲物を狩るためだけではありません。自分を攻撃する動物から自分を守るために武器を発達させてきたのですし、今直、同属から身を守るために新兵器を作り続けます。

犬は全く変わらない方法でその攻撃性を維持させているという点では、動物としては人よりもずっと安心できる存在なのかもしれませんが、犬は本来は人よりも強い動物であると考えて理解する必要もあるのです。

犬の社会的行動である攻撃性行動つまり犬の咬みつきについては、その程度を重要視して欲しいということを数度にわたってこのブログでもお伝えしてきました。

その次に考えていただきたいことが、その攻撃性が誰に対していつどのように使われるのかということなのです。

攻撃性を示す対象が飼い主もしくは飼い主の知人である場合には、緊急対応が必要であると同時に
かみつきの質はかなり悪いもので真剣に捉えてください。

本来なら、自分は噛み付かれてもいいが他人に咬みついたら一大事だと判断されるでしょうが、むしろ犬の攻撃性のたちの悪さからいうと、他人に対する咬みつきよりも食べ物をもらって世話をされている飼い主に咬みつくことの方がよほど犬としては重要なことです。

食べ物をもらっている飼い主に咬みつきが起きている場合には、そのほとんどが恐怖からではなく頼りない飼い主に対する不安や支配と両立する甘えによって生じていることが多いからです。

こうした飼い主に対する不安と甘えから発した攻撃性行動が出てしまっている場合には、同時に逃げる行動の特徴も身につけているのです。

飼い主の元に逃げる自分の住処に逃げる、これが攻撃性を必要でない場合に使うようになった犬の行動として現れます。

咬みつきにいたる攻撃性という強さと、鼻をならして甘えたり飼い主の足元に逃げるという行動があまりにも極端なため、甘えの部分を見てしまう飼い主にとってはなぜ自分の犬が豹変して噛み付いてしまうのかなかなか理解できないかもしれません。

ところがこの、咬みつきという攻撃性行動と、飼い主の元に逃げるという逃走行動は全く同じところから出発しているのだということを理解することができるでしょうか。

一番厄介な咬みつきで更生にも時間のかかる咬みつきでもあります。

なぜなら、この咬みつきは飼い主との関係で作られたものであり、そもそも大変ビビリで弱い動物に、咬みつくという行動によっていやことを逃げることができるということも覚えさせてしまったからです。

弱い動物は常に逃げようとするということを忘れてはいけません。

最初に教えなければいけないことは、逃げないことと、逃げる必要のないこと、甘えや興奮を抑制することの重要性です。

犬の親であればまず一番に教えなければいけないことを子犬に伝えずに子犬を抱っこしたりとびつかせたり、甘噛みを放任したりしてやり過ごしてしまうことは、犬が本来発揮すべき攻撃性を全く違うところで使うことになり、犬自身が社会から放り出されてしまうことになります。

犬が強い犬になるということは咬みつく犬になることではなく、我慢強く辛抱強く、ストレスと戦いながら周囲の安定をはかるべく自分の能力を発揮することです。

犬が自分の居場所をしっかりともち、その居場所があるのは飼い主との関係の上で成り立っていることなのだと知ることで関係を作っていくこと、それが犬と飼い主のルールになるのですが、その間に攻撃性は必要ありません。

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