グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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犬と野生動物の関係:オポとキツネの不思議な風景

夜中から降り出した雨のため、草履消失事件の容疑動物の再現を見る張り込みは空振りに終わりました。
容疑動物としてキツネが浮上した経過については、昨日のブログをご覧ください。

キツネの話をすると「え?九州にキツネっているんですか?」という反応をよく受けます。
キツネといえば想像するのは北海道の大地。暖かな九州にキツネが生息しているということを知る方はいても、実際にキツネを目にしたことがある方は少ないのではないでしょうか?ここ七山でも唐津地区に近い地域の方にお尋ねしたところ、同じように「七山にキツネっておるとかいな」という答えでした。

わたしがはじめてキツネを見かけたのは、七山の樫原湿原(かしばるしつげん)を夜遅くに七山へ向かって車を運転していたときです。雪が地面に残るような季節でした。車をゆっくりと走らせると追いつかないのがわかっているのか、明らかにゆるやかなスキップという足取りで前進を続けたかと思うと、突然止まって振り返り、そして見事に山中へ消え去っていくという風景でした。その歩行する背骨のまっすぐで揺れのない美しい動作にうっとりとしてしまいました。同じ場所で4回ほど遭遇したのです。

七山校のテリトリー内でキツネを見かけたのは1回だけです。わたしが気づいたのがその1回であったとしても、先方はなんども訪れていることは間違いありません。その1回は、オポがキツネを見送る風景となりました。

場所は戸口を出た先にある動物たちとの境界線の内側、オポのテリトリーの中です。季節は春から秋にかけてです。冬は戸口を閉めてしまうため、戸口のあく「ガチャ」という音に反応して動物たちが去っていきます。戸口をあけている季節は、音もなく庭に出るので動物たちが逃げ去る影を目撃ことができます。そして、このときある事情でいつもは持たない懐中電灯を手に持ってオポについで庭に出ました。

そのとき、車のある位置よりひとつ高めの段から山の境界線にかける坂を、音もなく動く動物の気配に気づきました。オポは少し鼻先をそちらに向けており、私は懐中電灯を当てました。そこにいたのがキツネだったのです。

オポは他の野生動物に対しても大体同じように接していましたが、キツネに対してもやはり同じように接していました。相手がテリトリー内から後退し茂みに入っていくのを見ているというのがオポの行動でした。その野生動物を見ている行動が見届けているというふうに感じられるのです。もちろん視覚だけではなく全身の感覚でそれを得ているということです。後退を確認すると藪の中でガサガサと逃げていく動物を追い立てたり吠えたりすることはありませんでした。さすがにキツネはガサガサと音を立てることもなく、影のように藪の中に消えていきました。

野生動物に対するこのオポの反応は、引越しした当初からではなかったと思いますが、わたしがオポと共に動物達に会うようになった山暮らし1年後には、ほぼこのような行動で安定を見せていました。オポ8歳のときです。
そういえば、オポの隣犬だった里山犬が動物を追いかけているのを見たことがありません。安全確認の必要な情報だったら臭いを追いにいくはずなのですが、山中でたくさん嗅いでいる臭いのうちのひとつだったのでしょう。わたしが得ていない山の情報を、オポという犬がたくさん持っていることに勇気づけられたものです。

樫原湿原にしかいないと思っていたキツネを庭で見かけたのはこの1回限りでした。そのキツネ(まだ容疑中)が七山校を再来。しかも草履を4足も持っていったという事件は犬という動物の結界の強さを思い知らさせる事件です。草履をくわえていく姿を目撃できれば、その行動の意図へのヒントが得られると思うのですが、今日も雨なのでまた待ちぼうけになりそうです。

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消えた草履事件:容疑動物浮上

数日前に「ぞうりがなくなったこと」についてブログで紹介しました。
草履紛失事件が始まった1回目の出来事です。
1回目と書いたのは、そのあと3足の草履がなくなったからです。消えた草履は合計4足になりました。

続いてなくなった3足ですが、3日連続して毎日1足ずつなくなったのです。
1足ずつというのは、テラスにおいてあったのが1足しかなかったからでしょう。

最初にブログで紹介したときに一番有力だった紛失の理由は、私がボケたのではないかということでした。
どこかに置き忘れたのではないか?どこかに持っていかなかったか?捨てたのではないか?部屋の中においていないか?車の中に置いていないか?
ちょうどクラスのある朝に1つ目の草履セットがなくなったことに気づいたので、相談した生徒さんたちから、可能性のあるあらゆる質問を受けました。まったく思い当るところがないのですが、覚えてますか?とくり返し聞かれると、自分の記憶にも自信がなくなってしまうという曖昧さを体験しました。
ところが、今回3足が連続してなくなったことが、明らかに私の置き忘れではないことを証明してくれました。

2番目になくなったブルーの草履は、前回同様になくなったことに気づいたのが朝です。ちょうど来られた生徒さんに「草履がまたなくなった。」旨を訴えました。
そして、この日に買ってきたばかりの鮮やかなピンクの草履をおいたままにしておいたのです。それが一晩あけて戻ってきたらなくなっていました。
それで、昨日また新しい黄色の草履をおいておきました。持って行く方向が知りたくて、すぐに切れる糸を巻きつけておきました。月明かりが明るくて庭がよく見えたので夜遅くまでがんばって見張ったのですが、張り込み中に眠たくねり3時間ほど寝てしまった間に黄色の草履もなくなっていました。糸は切れていましたが、糸の方向から考えて持ち去った方角がわかりました。これで動物が来る方向もわかったということです。同時に昨晩はテラスの机の下に熟した柿をおいておきましたが、それは手つかずでした。どうやら草履にしか関心がないようです。

ブログを見て「キツネだと思う!」という連絡をいただいたので、ネットでキツネ、草履と検索してみると、キツネがビニール製の草履を山積みにしている写真やビデオに写っていたといういくつかの情報を得ました。

今までの情報を整理すると「犯人はキツネではないか」という線が最も強いものになっています。相手がイヌ科動物となると、こちらの関心も高まってしまいます。
それで、現時点でいくつかの疑問を残していますので以下に整理しておきます。

・草履は1足だとふたつ。一度に1個しか持てないから往復する必要があるのに、なぜ1晩で2個を持っていくのか。(毎回チェックはできていないが、少なくともこの3日間は、1日で2個を持っていかれている)

・すぐ下の家の犬が夜8時とか9時くらいまで吠えていたが、草履のなくなった時間は吠えていないと思う。(情報不確定)

・一度は短いブーツも同じ場所に置いたままにしていたのに、草履しか持って行かなかったのは何故か。

・ピンクの草履がなくなった日には、犬2頭が来ておりキツネの来るルートの方や、テラスのすぐ前になんども排尿をしていた。犬が排尿をしたばかりの日なのに、警戒せずに草履を持っていったのは何故か。

・容疑動物を「キツネ」だとして、一体何のために使うのか。
(ネットでは子狐の遊び道具のためという説明があったが、イヌ科動物の行動として納得できない部分があるから)

以上が現在の疑問点です。

疑問のある中でも、実際起きていることをこのように仮定しています。
・容疑動物「キツネ」イヌ科、イヌ亜科、キツネ属 和名:キツネ
・単独
・持ち帰り場所 巣穴
・行動の理由 執着行動?

今日は作戦を変えてみます。作戦は、草履をとられないようにするためのものではありません。容疑動物を特定したいという気持ちから行っています。
なぜかというと、環境の中にどのような動物がいて、どのような行動をしているのか、そしてその行動の目的が何であるのかを知りたいというのが作戦の動機です。
動物の行動は日常のひとつであり「害」があると感じるものに対しては対応はしますが、その前に動物を特定しその理由も知りたいと思うのです。

昨晩はひっぱれば切れる絹糸にし、1足しか結んでいませんでした。
多少の衝撃であれば相手を警戒させず、室内にいる私にも情報が伝わりやすいと思ったからです。しかし、昨晩は、眠いのと寒いのに負けてしまい3時間で張り込みを断念、星野道夫さんの影にも近づけない有様となり、自分でも情けない限りです。

本日の作戦は長いビニール紐です。簡単には切れないので時間かせぎになるのと、噛み切るのか、持ち去るのを諦めるのか、警戒してくわえようとしないのかという情報を得たいと思います。
まずは動物の特定、できることなら直接見て確認したいです。
天気が快復してますので月明かりは期待できます。

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犬を「触ってもいいですか?」に対応する方法:犬の環境を守るために

犬と散歩中に「さわってもいいですか?」と聞かれることがあります。

丁寧な声かけではありますが、申し訳ないけど自分だったら断ります。
一番の理由は、犬の側にたったときに、触られたくないだろうと察するからです。
散歩中にリードがついていて犬の方は自由に行動することはできません。
相手が近づいて来る事を許可してしまえば、犬には逃げ場はありません。
触りたい人に犬を提供することは、犬が社会に受け入れられるために必要なことのように思われています。
私もそのように思って、犬に受け入れさせていたり、トレーニングの練習としてガマンさせていたこともあります。
それも、あくまで人の立場にたった場合のことで、少しいやなことだけど上手に受け入れさせた方が上手くいくのではないかと思っていたからです。
ですが、今では考え方を改めました。犬の習性に反するようなコミュニケーションを飼い主が許可することは、犬との関係性において不信感になるだけです。犬は動物として理解されるべきだと感じるようになったからです。

犬を触らせたくない理由の二つ目は、犬が絶対に吠えたり噛みついたりしないという補償はないからです。吠える、噛みつくの二つは、犬がテリトリーやスペースを侵されたと感じたときに出る社会的コミュニケーションです。
「犬の体に触れる=犬のスペースに入る」という行動は、犬に多少のストレスを与えます。それが、相手のちょっとした行動や、周囲の他の刺激の追加によって、吠える、噛みつく行動へ発展しないという保障はどこにもありません。

自分が子供のときには、親からこのように教育されていました。
「知らない犬、人の家の犬には、絶対にさわってはいけません。」
「犬が近くにいるときに急に走ってはいけません。」
「犬が食べ物を食べているときに、近づいたり手を出してはいけません。」
犬を見ると「あ!犬だ」と駆け寄ろうとした犬好きの子供だったからこそ、母親も厳しく言ってきかせたのかもしれません。
犬とふれたい、犬と遊びたい子供の私は、母親が犬とどのように接しているのかを見ることが日課となりました。信頼を得ると犬の方から自分に近づいてくれるようになり、少しずつ距離感が縮まっていった記憶があります。

今では、犬を見かけると「触ってもいいですか?」と尋ねてから触るというのが礼儀になっているようです。子供達もそのような教育を学校の授業で受けているようです。実際、小さな子供さんの方が「触ってもいいですか?」と尋ねて近づいてきます。
犬は人が触っても噛みついたりしないやさしい動物であることを子供に教えるための教育なのかもしれませんが、違和感を覚えます。

人と人に置き換えれば、「触る」という行動は特別であることがわかります。
かわいい赤ちゃんを見たとしても「触ってもいいですか?」と尋ねるのは、とても礼儀のない態度です。「かわいい赤ちゃんですね。」といって、微笑みかけるくらいでしょう。
犬の場合には初対面で目を合わせることはしません。対象が他人であれば、まず臭いをとるというだけ、それであいさつは終わりです。

心がふれあう経験や体験、共に生活という長い時間をかけて関係を築いてきたからこそ、そこに「ふれる」という接触を通して得られるつながりがあるのだと思います。

特に、幼少期、もしくは興奮しやすい犬の場合には「触ってもいいですか?」を遠ざけることをお勧めします。
対応としてはこんな返事でどうでしょうか?

「すみません。今トレーニング中なので失礼します。」
「すみません。うちの犬は噛みつくかもしれませんので遠慮してください。」
「すみません。うちの犬は触られるのが苦手です。」

触ってもいいですか?ときちんと尋ねられているのですから、こちらもきちんと断る姿勢は準備したいものです。
そして、少しずつでも「実は犬は触られたがっていない」ということと、ふれあいの本当の意味をみなさんに理解していただけるように、これからも、このことについて話す機会を増やしていきます。

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犬に赤ちゃん言葉を使いますか?:犬との関係を見直す必要性について

犬と接しているときに、飼い主さんが犬に対して赤ちゃん言葉を使うことがあります。

オスワリをオチュワリ
オリコウサンをオリコウチャン
お散歩ですよが、お散歩でちゅよ
どうしたのが、どーちたの
といった感じでしょうか。

みなさんは赤ちゃん言葉を使うことがありますか?
無意識なので自分では気づかないこともあるかもしれませんね。

犬のブログなどでは、この赤ちゃん言葉が多用されています。
テレビなどのメディアでも、吹き出しに赤ちゃん言葉で表現する加工があったり、
一部の芸能人が犬や猫に対して赤ちゃん言葉で語りかけている風景もよく見られます。

犬にとっては、赤ちゃん言葉を使われているという感覚はありません。
統一して使っていただければオスワリがオチュワリになっても全く問題はありません。

ただ、人として違和感を覚えるのです。
他人から「どうしたの?」と言われるところを「どーちたの?」と言われたら、自分は違和感を覚えます。
私が赤ちゃんに見間違うはずはないから、多分この方は発音が悪いのだろうと思うでしょう。

犬への赤ちゃん言葉の使用に問題があるとすれば、飼い主さんの犬に対する姿勢です。
犬に対して赤ちゃん言葉を使ってしまうのは、犬のことを赤ちゃんだと思っているからです。
そんなつもりはなくても、無意識にそう思っているから言葉に出てしまうのでしょう。

犬が人と暮らし始めるのは生後7週齢くらいです。人の子供の年齢であてるとそろそろ幼稚園に入ろうとしている年齢です。
犬は自力で歩ける年齢であり、赤ちゃんではありません。


動物の自律を促しているのは、周囲の家族や群れとなる動物の自分への接し方です。
飼い主が犬のことを赤ちゃんだと思って接すれば、犬はいつまでも未熟なままです。

未熟な動物がかわいいからいいのだ、という考え方もあるでしょうが、
動物はみな成熟する権利を持っていて、成長によって精神的な安定を獲得するのです。
生涯にわたり子犬のままで、不安定な状態を維持することがどんなことなのか。
成長した人の内面性が未熟なままだったらどのような状態なのかを想像すれば、理解できるかもしれません。

動物への理解は、動物を尊重する気持ちから生まれます。
小さな赤ん坊や幼少の子供に対しても、相手を尊重する態度は大切だと思います。
小さな存在であっても、犬という動物を尊重する接し方を身に付けたいと思えば、赤ちゃん言葉は自然となくなっていくでしょう。

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集合住宅で犬を飼うことを考える

博多では夜というのにヘリコプターのプロペラの音が物々しく響いています。

駅前の陥没、大変な人災ですが怪我をされた方がいなかったことだけは救いです。
近くの集合住宅に住んでいる動物たちも飼い主と共に避難することになるでしょう。
一刻も早い復旧を願ってやみません。

昨日のブログでも紹介したとおり、集合住宅で動物と暮らす人が増えています。

一昔前、私が大学生くらいまでは、「庭がないと犬は飼えない」というのが常識でした。
はっきりと覚えがないのですが、ほんの30年くらい前まではそのような価値観であったと記憶しています。
集合住宅はペット不可が当たり前。集合住宅に住んだら犬は飼えないという価値観でした。

ところが、純血種の小型犬を飼うことがブームになり、これに応じるように集合住宅でもペットの飼育が可能と宣伝するペット可集合住宅の販売が急増しました。
これを期にマンション購入を決めた方も多いことと思います。また、ペット不可からペット可集合住宅へ移られた方も多いのではないでしょうか。「庭がなくても犬は飼える」という新しい価値観が生まれたことで、犬の生活は今までとは少し様子をかえていきます。

本当は犬と暮らしたかったけどあきらめていた人たちが、集合住宅でも犬と暮らせることを実現し、喜びを得られたことも確かなことです。
実際にたくさんの方が、集合住宅暮らしで犬と楽しく生活していらっしゃると思います。


今回は、私が集合住宅で犬と暮らした経験を通して学んだことについてお話します。
これは、あくまで個人的な価値観の変化であって、一般的な価値観ではないことを
はじめにお断りしておきます。
そうであったとしても、自分にとっては大きな気づきとなったことは確かなことです。

犬をどのような環境で飼うのかということについては、犬を飼うときに誰もが考えなければいけないことです。外で飼うのか、室内で飼うのかもそのひとつです。

ただ、自分では容易に変えることのできない元の環境があります。
それが「戸建て」で飼うのか、それとも「集合住宅」かということです。

犬を飼う前にこれらの選択ができればいいのでしょうが、そうもいきません。
土台となる家ですから、簡単に変えることもできません。

私が犬のオポを迎えたのは、17年前、福岡の集合住宅に生活していたときです。
ペット系専門学校の講師として勤務していたため、職場に犬を同伴させられるから、犬を留守番をさせる必要がないという単純な発想で、犬を飼うことを決めました。

七山の自然環境に引っ越したのは、共に暮らしていた犬のオポが7歳のときです。
つまり、オポは7歳までは、都会の庭のない集合住宅で私と暮らしていたのです。

オポが生後3ヶ月まで母犬と共に過ごしていた家庭には、家の周囲に囲いのある広い庭があったようです。
私が迎えたときに庭のない空間となり、その不安定な空間に犬も戸惑ったことでしょう。

結論から先に述べると、今は集合住宅で犬を飼うことを選択しません。

なぜ、あのときに集合住宅で犬を飼えると思ったのかというと、
集合住宅で犬を飼うことは、「きちんとやればできること」と思っていたのです。
集合住宅では犬は飼わないと思っていた価値観が、一気に崩れた時でした。

集合住宅でも犬を飼っている人もいるという事実。
そして、自分も犬を迎えたいという欲求が重なり、きちんと育てれば集合住宅でも犬が飼えると思ってしまったのです。
犬をきちんと飼うということは人に迷惑をかけず飼うことであり、自分にはそれができると思ったからです。
少なくとも犬の専門家であり、トレーニングの術も身に付けています。

実際、しつけという意味ではオポは全く問題のない「おりこうな犬」でした。
吠えることもない、リードを引っ張ることもない、とびつくこともない、
家具をかじったこともない、盗み食いもしない、来客には礼儀正しくという犬でした。
隣室の友人宅へはよく遊びにいき、同じ住宅の知人にもよく声をかけられかわいがっていただきました。
私が決めたルールをきちんと守り、健やかに成長していると思っていました。
安定した基盤を提供できていたかなと思っていたのです。

気がかりなことは、時間のあるときに山歩きにいったり、山に住む友人を訪ねたときのオポの表情が、日常で見ているオポとは明らかに違っていたことです。
表情だけでなく、体の動き、輝き、全く違う動物だと感じていました。
結局「いつか山に暮らそうね。」が、約束となっていたのです。
その約束が少し遅れたけど、オポが7歳のときにやっと果たせたというだけのことです。

集合住宅での犬と暮らすことは「人に迷惑をかけずに犬を飼う」という意味では、達成可能だと思います。
犬は飼い主を思いやって、もしくはトレーニングのテクニックによって、飼い主に迷惑をかけずにお利口さんになってくれるでしょう。

ですが、犬という動物としての発達や成長は、自然とのかかわりが影響します。
これらを、都会の集合住宅で実現することは無理なことです。
だから、今は集合住宅や都心で犬を飼うことを自分は選択しません。
でも、人がその環境で犬と暮らしていることを否定はしません。
なぜなら、自分もそうしていた時期があったからです。
だから、どんな人にも犬と学ぶ場所は、どこからスタートしても良いのだと思っています。
犬と学ぶ、犬に学ぶことさえ続けていけば、いつか何かが変わっていくかもしれません。そんな希望がいっぱいあるのです。

先日、知人から借りた古武術の講師の本の中に、自分が生きる意味は「人としての自然とのかかわりを知ること」であるようなことが書いてありました。
犬がそんなことを思っているとはいいませんが、意味を問われて応えられなくても
体が求めていることを求めることと、同じような気がしています。

少し寒くなってきました。小さな犬には厳しい季節ですね。
七山校のぞうりはキツネが持っていったことになっています。
山の動物たちはなんだかワサワサとしています。

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ペット可集合住宅セミナー

都心部のペット飼育可マンションは増加の傾向にあります。
分譲の場合にはペット可マンションが一般化しており、
賃貸の場合にはその傾向が増加しているというように感じます。

公団住宅ではペット飼育不可のところもまだあるようですが、結局は黙って飼育してしまう方が出てくるようですので、初めからルールを導入した方が良いとも思えます。

分譲の集合住宅は、マンションがひとつの集合帯になります。
長い間、同じ敷地の中に共有スペースを持ちながら生活するのであれば、共通のルールも必要です。
このような分譲のペット飼育可マンションにはペット委員会というのがあります。
最近では、みなさんが自主的にルールを決めたり話し合いがもてるように、ペット委員会も増えていると感じます。

先日、集合住宅ペット委員会主催のペットの勉強会の講師を委託され行ってきました。
今年は熊本地震が身近な出来事だったので、勉強会の内容は「災害時の…」ということになりました。

暮らしている動物の種類は、犬、猫、小鳥といろいろでした。
過去にも集合住宅主催のセミナー講師として伺いましたが、犬の飼い方育て方セミナーのようなものが中心になりがちです。
今回は猫の飼い主さんたちとセミナーを通してお話することができたのがラッキーでした。

意外だったのが、猫たちも「クレート=キャリーケース」を利用していたことでした。
病院への移動のときにクレートを利用される犬猫の飼い主さんは多いようです。
犬の飼い主さんもクレートを移動用だけに使われて、普段は車に乗せたままというケースもよくあります。

ところが今回猫の飼い主さんたちにお尋ねしてみると、大半はそのクレートを室内に設置したまま利用されているということでした。
理由は「置いていると自分で勝手に入っていることがあるから…」ということで、特に深い理由はなかったようですが、これはベストな選択です!

逆に犬は「ケイジは利用しているが、クレートは置いていない」とのことでした。
犬の場合には、今「ケイジ飼い」が大変増えており、とても危惧すべきことです。
犬の「ケイジ飼い」をおすすめしない理由は、また後日ブログでご紹介します。

クレートとセットで使いたい「クレートカバー」ですが、これも実践している猫の飼い主さんがいました。
「カバーをかけているとクレート中の猫が落ち着きませんか?」というと、
「そうなんです。だから布をかぶせて移動させるんです。」というのです。

どうやったら動物が落ち着いていられるか、考えた末でのカバーの導入だったようです。

動物との暮らしは「本に書いてあるから」「ネットで見た」では解決しません。
どうやったら動物が落ち着けるかな、という視点を持つことができる気持ちが何よりも大切なことです。

クレートトレーニングは、猫よりも犬の方が時間がかかるでしょう。
犬は社会的な動物であることから、飼い主との社会関係が依存的であればあるほど、
空間をわける=境界線をつくることを苦手とします。
でも、そうした犬ほ「境界線」をきちんとつくってあげることが大切なのです。

ペット飼育可マンション主催のセミナーは、いろんな角度から行えばみなさんの関心の持てるものとなるはずです。
お互いの価値観は異なっていたとしても、専門家の話を聞くのは楽しいものだということを知っていただく機会になればと思います。

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ぞうりを探していること

秋らしい一日、わんげる・ミーティングという山歩きのクラスを開催しました。
十分に時間をかけて人と人、人と犬の関係性をつくっていくクラスなので、
ゆっくり、まったりと時間が流れていきます。

久しぶりに山深くはいって、思いっきり深く息をする時間をとれて
心も体も、なんだか少しきれいになった気持ちになります。

山歩きになれないころは、少し山を歩いただけで息切れがしていました。
オポとの山歩きをしなくなってから、歩く時間も回数も減ってしまったため、
山歩きができなくなってしまうのではないかという不安もありました。
定期的に山を歩くことで、自己調整力が戻ってくるので今のところ息ぎれもせずに上がれます。
どちらかというと、アスファルトの上を長時間歩くことの方が、ずっと足腰に響きます。

昼前、山の手入れ指導の方から「切るように」といわれていた杉と竹の数本を切り倒しました。
ホームセンターの1000円くらいのノコギリでの悪戦苦闘の作業でした。
どんなに小さな仕事でも、道具はやはり大切ですね。

気持ちのいい学びの一日だったのですが、気がかりなことがあると頭がスッキリしません。
気がかりなこととは「テラスのぞうり」のことです。

今朝、気づいたのですがテラスでいつも利用していたぞうりが見当たらないのです。
数日前までは使った記憶があるのに、いつから見当たらないのかもわからないのです。

みんなでいろいろと考えて最初に出た予測は「タヌキが持っていった」でした。
山歩きの最中も目を光らせていたのですが、結局見つかりませんでした。

1足だけなら動物だと思うのだけど、2足ともないっていうのはねとも思えます。
来られた方が間違えて履いて帰られたなら、その方の靴が残っているはずだし。
汚れていて価値もないようなぞうりが何かの役に立つとも思えないのですが、
もし何かの役に立ったというのであれば、それはそれで幸いだったと思います。

いろいろと話しているうち、自分でも記憶がはっきりとわからなくなり、
「もしかしたら自分がどこかに置き忘れているのかもしれない。」と思うようにもなりました。
人の記憶なんて曖昧で不確かなものだなと思い知らされた次第です。

どんなことでも、都合のよいようにしか覚えていないのでしょうが、
そうすることでした自分をまもることができないという時もあります。
とりあえず、どこかに置き忘れたという現実的な記憶にしておいて、
タヌキがもっていって使ってくれているというファンタジー説も残しておきます。

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グッドボーイハートお勧めグッズ:犬用ベッド編

グッドボーイハートがお勧めする犬用品です。
今回は犬用のベッドです。

犬用ベッドの重要性については過去のブログでご紹介しました。
室内で生活する犬のための犬用ベッド

今日はグッドボーイハートがお勧めするブランドについてご紹介します。
最初にオコトワリしておきますが、このベッドを紹介しても、みなさんが購入しても、グッドボーイハートにはマージンは一切入りません。

そんなことはどうでもいいことなのです。
とにかく、犬が快適に過ごしてくれればいい、そんな気持ちでご紹介するベッドはこちらです。
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LL Bean( エルエルビーン )の犬用のベッドです。

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いろんな犬用ベッドがありますが、ベッドによって犬の反応はまちまちです。
ベッドを前脚で掘ってしまい穴があいてしまう。
ベッドを噛んで破壊してしまう。
ベッドに上がろうとしない。

犬用ベッドがうまく使えない理由は、いろいろあります。
置き場所や犬の成長の段階によるという理由は当然考えられます。

ところが、以外に落とし穴なのが、犬用ベッドの質なのです。

いろんなベッドでうまくいかなかったけど、LLビーンの犬用ベッドは使うという犬もいました。

犬用ベッドの形や質として大切なのは、以下のことです。
まず重量があることです。なぜ、重量が大切なのかというと、犬がベッドにあがったときに、軽いものだと動いてしまいます。
犬は不安定な場所を嫌いますので、ベッドで落ち着きたいのにベッドが不安定に動くことでストレスを感じ、ベッドを破壊してしまうのです。

それから、ベッドの表面の素材です。
犬は摩擦を嫌います。みなさんも静電気が走ったら嫌ですよね。
犬は毛皮をまとっていますので、化繊の布には敏感です。
フリース、ポリエステルといったフワフワした毛質は嫌います。

実はLLビーンにもボアのものがありますが、こちらはお勧めしていません。
購入するなら、キャンバス生地のものを選んでください。

次に、形です。
円形、四角型、カウチ型があります。

おすすめするのはカウチ型です。
人が使っているおなじものだと、ソファになります。
犬用ベッドはテリトリーを確保する道具でもあります。

超大型犬の場合には、カウチにおさまりきれないかもしれませんね。
サイズは結構おおきなものまでありますが、人用のソファくらいお値段になります。

LLビーンのベッドを比較的お勧めしやすいのは、
気に入らなかったらいつでも返品できるというサービスがついているからです。
少なくともこのブログを書いている段階ではこのサービスが有効です。

せっかく高いものを買っていただいたのに使わなかったらもったいないですからね。
でも、今のところみんな気に入って使ってくれているようです。

このLLビーンの犬用ベッドが今なら20%オフで買えるキャンペーンをやっています。
私が犬と暮らしていたら、すぐに購入します。
※なんどもいいますが、LLビーンと契約もしてませんし知人もいません!

今のところはボロボロに破壊されたLLビーンのベッドをまだ見ていません。
キャンバス地がつめたいイメージでしたら、天然のウールの毛布をひいてあげてくださいね。

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犬が落ち着ける場所はとても大切です。





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犬語セミナー:外出のときに吠える犬

犬語セミナーを開催しました。

犬の日常の行動を撮影した動画をみながら、犬の行動を観察します。
観察した情報を、犬の行動の種類別に分類して、そしてそれをまた分析していきます。
犬の言葉を科学的に、また直感的に理解していくセミナーです。

今回、見ていただいた動画の中に「飼い主さんの外出するとき」という映像がありました。
飼い主の外出といえば、日常の風景です。
その飼い主の外出のときに、犬が外出する人に対して吠えるという行動をすることがあります。

実際ビデオでは、外出する飼い主に吠えている映像でした。
犬語セミナーを見ていた方は少し驚いていました。
なぜなら、自分たちの犬は外出のときに吠えたりしないからです。
「なぜ、吠えているんですか?」というのが率直な感想だったようです。

でも、これが日常の風景になっている犬の飼い主は以外と多いのではないかと思うのです。
もし自分の身近に犬を飼っている人がいたら、こう尋ねてみてください。
「家族の誰かが外出するときに、犬が吠えることってある?」

外出のときに犬が吠えることが日常となっている家庭では、
犬のその吠える理由は「なぜ」ではないのです。
その行動の理由には、すでに答えが出ているのです。
大変多くの飼い主は「犬が行かないでっていって吠えるんです。」といいます。

犬の行動は「なぜ?」と思っている間は、日常の風景にはならないのですが、
飼い主が正当な理由をつけた段階で、日常の風景になってしまいます。
「なぜ?」がなくなると、そのことについて考えることもなくなってしまいます。

この日常の風景をビデオの題材にして客観的に見てみると、
今までと見えていなかった犬の行動をいくつも拾い上げることができます。
そのことが、今まで見えていなかった見方をするきっかけになるのです。
そして、その過程が犬を今まで以上に理解することにつながっていきます。

外出のときに家族に対して吠える犬。
特に、ひとりの飼い主には吠えないのに他の飼い主に対して吠える場合には、
「その行動本当に、行かないで、なの?」と疑ってみる価値は十分にあります。

犬の新しい一面を知ってしまうことは、飼い主にとっては喜ばしいことではないかもしれません。

自分の家族の犬のことなら、どんなことでも知りたいと思えるまでには、相当の覚悟が必要でしょう。
とりあえず何かを知っても、どうしたらいいんだろうと不安にならないことです。

「を理解することは犬を愛すること」という真実は、見方をかえる勇気をくれます。


11月の犬語セミナーは次の日程を予定しています。
11月27日(日)12時~14時 グッドボーイハート七山

平日のクラス開催については未定です。
ご希望の方はグッドボーイハートまで直接ご連絡ください。

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オポと卵

オポと体験した実際にあった話です。

ある日、いつものようにグッドボーイハート七山の家の裏側にある山への道を歩いていました。

歩きはじめて、やっと一段目を登ったくらいのところで、オポが立ち止まります。
オポが立ち止まるときには、なにか用件があるときなので、何故立ち止まったのか様子を伺います。

見ると、オポが地面の方に少しだけ鼻先をおとして、周囲の臭いを嗅いでいます。
脚は止まったまま体は動かそうとしません。
少し嗅ぐと、地面の1点に鼻先を向けてじっと立ち尽くしています。
犬の真後ろから見ている私には、オポが何に顔を向けているのかが見えないのです。

こういう姿勢のときは「あるものを見つけた」というシグナルです。

その鼻先からまっすぐに線を引いた地面に落ちているものを見たとき、ビックリしました。
顔を近づけてよく見ましたがやはり、そう。
「オポくん、これは卵だよね。」というしかありません。

どうして、こんなところに卵が落ちているのだろうと考えることは、今は必要ありません。
この卵をどうしようかということを考える必要があります。

「オポくん、いいよ。」と私が声をかけます。
その声に応じるように、オポがその卵を調べ始めました。

遠巻きに臭いをとっていたものを、もっと鼻先を卵に近づけて臭いをとっています。
卵を殻のまま与えたことはないけど、卵を割っている風景は見たことがあるでしょう。
その卵からどのような臭いがしたのかは想像するしかありません。
オポがこの卵が「食べられるもの」と判断するという予測は固いものでした。
ただ、どの段階で「食べる」という行動に移るのかの検討がつきませんでした。

卵を殻のまま食べてしまうだろうか、口にくわえて割ってしまうのか。
この後のいろんな状況が、頭の中で繰り広げられます。

するとオポは片方の前脚の先の部分、つまり爪先の部分を卵の表面にあて始めました。
後ろ脚は立ったまま、片方の前脚は地面につき、人でいうと「片手で卵の表面をカチカチ」という感じです。
それはとてもソフトな当て方だったので、卵がつぶれてしまうことはなかったのです。

カチカチとさせていると、卵の表面の一部がほんの少し割れました。
表面の一部に少しだけ穴が開いたのです。
その穴の中を少し嗅いで、それから迷わず舌でペロペロと卵の中身をなめ始めたのです。

オポが舌でなめ始めると、卵はさらに割れて中身が見え、
オポはそれを一気に舌ですくい上げて食べてしまいました。
そして、卵の殻は食べなかったのです。
食べ終わると何事もなかったのように、普段の歩速でゆっくりと歩き始めました。

そんな山の中に卵が落ちていることだけでもビックリしたのに、
このオポの卵を調べて食べる一連の動作にも本当にビックリしました。
予想とは違っていたからです。
卵は今まででも与えたことがあったので、臭いを嗅いだらすぐにかぶりつくと思ってしまいました。

犬が偶然が見つけたものと人から与えられたものでは、食べることについてこうも違うものかいう驚きもありました。
人から与えてもらうということの重さを感じることもできました。

なぜ卵が落ちていたのか。それは今でも謎です。
人の入らないようなところだし、鶏が移動するような場所でもありません。
カラスがくわえて落としたのかと思ったのですが、卵は無傷でした。
そして卵の中身がひよこではないかとドキドキしたのですが、中身は生卵でした。
鶏以外の鳥の卵ではないかとも考えてみたけど、どうみてもあれは鶏の卵でした。

山では不思議なことがいっぱいおきたので、これも不思議なことのひとつとしてそれ以上、検証するのは止めにしました。


オポの卵を見つけたときの「反応=シグナル」について補足しておきます。

地面に落ちているもの全てに同じ反応をするわけではないのです。
たとえば、むかご、ブルーベリー、柿の実、うさぎの糞が落ちているときは、
このポーズをとらず、私に知らせることなくこれらを食していました。

この「落ちている方向に体を向けて、脚を大地にしっかりとつけ顔をそちらに向けて」
集中して私の反応を待つとき、そこに落ちているものは何かというと、
大抵は人の所有ではないかとオポが学習を通して学んだものであったようです。

落ちているもの内容によっては、危険かと思い私が拾ってしまったものもありました。
たとえば、公園の隅に捨てられている食べ残しの骨とかです。
見つけたときに、取られてはいけないと慌てて口に入れてしまうようなことはしなかったのです。
街中では危険性が高いものが多く、そのままオポに調べさせるわけにはいきませんでした。
犬が見つけたとしても、「それはダメなんだよ。」と通り過ぎることばかりでした。

山に移ってからは、大丈夫かな思うものは、こうしてオポが調べることを許可しました。
許可は調べるだけでなく、その後のこともオポに任せるという意味です。

あの山に落ちていた卵は、オポにとっては大好物のギフトだったでしょう。
私にとっては、犬の不思議を見せてくれるまた格別のギフトでした。

同じものが都心に落ちていてもオポに調べさせることはできませんでした。
山だからこそできるようになったことのひとつでもあるのです。

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