グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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博多での習慣:住吉神社に参拝しました

 グッドボーイハート福岡から歩いて2分のところに住吉神社があります。久しぶりに参拝に出かけました。
 小学生の低学年から思春期までをこの地域で過ごしたので、住吉神社はとてもなじみのある場所です。小学生時代の夏休みの朝の体操も住吉神社で行われていました。今考えると、とても崇高な場所で体操をしていたのだと感慨深いものがあります。

 以前、博多にオポという犬と暮らしていたときは、散歩の途中にときどき神社の中を通行させてもらいました。犬と歩けば排泄をするし多くの犬が通って同じことをすれば環境が乱れます。だからできるだけ犬の散歩では歩かないようにしていたのですが、どうしてもこの気の良い場を通らせていただきたいという切羽詰まったときには、神社内の遊歩道の一部を歩かせていただきました。

 今日神社を参拝すると、目立つところに犬の散歩を禁止する札が立てられていることに気づきました。散歩で立ち寄る犬が増えすぎて神社の環境が乱れてしまうからでしょう。残念ですが仕方のないことです。でも、この立て札から違うメッセージも受け取りました。犬が増えすぎている、だからここに入ってはいけない、同時に犬はもっと広い野原や森に出かけなさいという風にも受け取れました。

 住吉神社には懐かしい思い出もあります。中学生の時に柴犬を飼っていました。犬の訓練士になりたいと決めたのは、その柴犬との時間があまりにも充実していたからです。その柴犬が一度短時間の家出をしました。そのとき自分はすでに訓練所に勤務していたときの出来事だったので、両親に後から笑い話として聞かされたのです。
 その柴犬が見つかった場所が、家から出て片側3車線にも及ぶ大通りを渡った住吉神社でした。犬が住吉神社で見つかった話を聞いたときはよく事故にあわなかったなとビックリしましたが、当時はもっとゆっくりした時代、犬も急に走り出したりすることはありませんでした。道路でも車をみながら歩き始めるくらいのことはしていたので、人と暮らす動物の環境への社会性の育ちやすいゆるやかな時代だったのでしょう。懐かしい昭和の思い出です。

 まだ住吉神社を参拝されたことがない方には、ぜひ参拝されることをお薦めします。言うまでもなく神社の中は明らかに外界とは気配が違います。どんなに鈍感な人でも周囲の気とあまりにも違うので、神社に足を踏み入れたとたんに流れてくる清浄な気配に気づかないわけはありません。気持ちがいいと感じる気の世界に敏感になると、犬にとって必要な環境にも敏感になれます。

 住吉大社大楠 ※写真は公式筑前國一之宮住吉神社ホームページより引用しました。

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今年もサクランボの花が咲きました

グッドボーイハート七山校の母屋のすぐ横にあるさくらんぼの木。

森の専門家にも「樹勢がない」といわれ、手の施しようがないほど木肌も荒れているのに、
この花が最後かなと見守り続けて数年になります。

木の根が道路と家にはさまれてしまい伸びることができず、
家の屋根にかかる枝を切り落とす必要があって、育てる環境が整わないまま日々がすぎます。

さくらの木なので枝を落としてもそこから新芽は出てきません。

花がつかなかったら根元から切るしかないかな…と悩みながら、つぼみを見続けていました。


つぼみは見事に開花しました。

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また悩みつつ手をいれながらお付き合いすることになりそうです。

さくらんぼの実が落ちると、山からアナグマたちがその実を食べにやってきます。
黒くなって発酵した実は、黒犬のオポもおつまみとしてよく食べていました。

さくらが見られるのは一瞬だけ。
裏山の山桜もこれから開花を迎えます。

年をとって弱ってもそれに見合った花は咲かせることが、木にとっては存在の意味なのかなと思った一日でした。



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暮らしの中で活躍するクロモジ

クロモジの立派なつぼみのついた枝をいただきました。

クロモジといえば、アロマオイルとなる日本のハーブですね。
もっと身近なのは和菓子を食べるときに使う楊枝のようなものがクロモジです。
殺菌作用があるらしく、串として使う意味もちゃんとあるということなので、
昔の人は本当に「知恵」があったのですね。
今は知識はあれども知恵はなしということろでしょうか。


昨年からトレッキングの道沿いで見つけたたくさんの黄色の花を「サンシュユ」ではないかと結論づけていたのですが、実はそれはサンシュユではないのではないかという疑惑が生まれました。

では、何?あれはクロモジなのか。

というところでクロモジのつぼみをいただいたので、この花が咲くのが楽しみです。

無事に咲かせていただくためにクラスに来られた方に持って帰っていただきました。
花の写真が届くのが楽しみです。

野や花を愛する人は、名前を間違ったり忘れたりはしないのでしょうが、
ただ犬とふらふらと山歩きをするのが好きなだけの私は一向に名前を覚えません。

いつも、これなんだろうね…で終わっています。
ネットで調べればすぐわかるのでしょうが、なんだろうという距離感も楽しめる気がするのです。
犬のことだったモジモジしてずっと考えてしまうのに不思議ですね。

クロモジのつぼみです。

dav
身近なものを活用する暮らしの知恵は、山と近づいてたくさん学びました。

犬たちは遺伝的に伝達していたようです。
自分の体調にあった草を食べたりすることもそのひとつ。
でも、その行為をしなくなると伝達力もなくなります。
犬の生活の知恵も、受け継がれなくなっているようで悲しく思います。

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Stay hungry, stay foolish

先日映画「スティーブ・ジョブス」を見ました。その中に登場したレインボーカラーのりんごのマークのついた古いパソコンを見ていろいろと思い出したり、考えたことがあります。

Stay hungry, stay foolish

このメッセージは、MACやiphone、ipodの製作と販売を手がけるアップルコンピュータ設立者で2011年までCEOをつとめたスティーヴ・ジョブス氏の有名な言葉です。スタンフォード大学の演説の最後に語られた言葉で、とても印象的で深い意味を持つと感じ、忘れられない言葉のひとつになりました。

実は、こうしてキーを打って文字を打ち込んでいるいわゆるパソコンというものを最初に覚えたのはアップ社のマッキントッシュでした。私が成人になったころはまだパーソナルコンピュータというものが世の中にはなくワープロを持っていてもすごいというくらいでした。同世代のみなさん、懐かしいですね。
若いころはデスクワークなどしていなかったのでワープロも触ったことがなかったのに、人生のあるときパソコンに出会うことになりました。このマッキントッシュというパソコンを見てデモ機を触ったとき、本当にビックリすると同時に、何かとても素敵なものに接しているワクワクする気分になりました。これを扱えるようになりたいという単純な出会いがマッキントッシュというパソコンとの出会いでした。

そもそも動物を相手にすることに関心が高いような人間ですから、動物的感覚で扱えるようなものでないとなかなかなじみませんし努力もできません。その後りんごのマークのついたパソコンの会社やその会社を作ったジョブスという人の話を聴くことになります。当時マックに熱中していた人々は、同時にアップルという会社をつくったスティーブ・ジョブスにも魅せられたのだと思います。普通の感覚の人ではなく、ビジネスでもプライベートでも人としてはトラブルがいろいろとあったのでしょうしこうやって遠くで見ているならまだしも、当事者としてそばにいる方々ならいろいろと不憫なこともあったのではないかと思いますが、それはだれしも人生の中ではあることです。それにしても、その創造力と実現性の高さは世に溢れている商品が物語っています。

映画とは別に本も読みました。スティーブジョブスという本です。
重なっていない部分もたくさんありましたが、気になることはたくさんありました。

ジョブスが子供達にパソコンやスマートフォンを与えていないこと
物が子供に与える影響について理解し、今子どもにとって必要なことを考えていたのでしょうか。

子供と話すときには長いテーブルの端と端で話すこと
社会学者のソローの「森の生活」という本の中に、部屋の中で大切なことを話すときにはできるだけ離れて話すようにとあったのを思い出します。

庭でハーブや野菜を育てていること
自然とのかかわりは何よりも創造力を培ってくれると感じます。

商品についてチームで話すときはほとんどが屋外で、そして円陣をくんでいるか自分が中心になって歩きながら行っているのが印象的でした。実際にそうしていたのだと思います。まさにチーム。

東洋思想に影響を受け若い時代にヒッピーとしてインドにわたったりもしています。レインボーカラーはここから来たのでしょうか。

冒頭のメッセージですが、私にとっては「いつも十分であるという考えにいたるな、そして自分にはわからないこともあると求めるものを探しつづけよ」という風に聞こえてきます。
マックというパソコンに始めてであったときのあのワクワク感は他の物質的なものではなかなか得られないものでした。ジョブスの魂に触れたのだったらうれしいです。そして、自分はいつも犬という動物とそのかかあわりについてこうありたいと思います。

Stay hungry, stay foolish

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インディアナのウルフパーク

先日ある本を読んでいてウルフパークの設立者のエリック氏が他界されていたことを知りました。
ウルフパークの訪問は2回あり2回目は2007年だったので、あのあとほどなくして亡くなれたのですね。ウルフゴッドを口にしていた氏の旅立ちには多くの狼たちが迎えに来たことでしょう。懐かしくいろんなことを思い出しましたので少しご紹介します。

最初にウルフパークを訪れたのは、行き当たりバッタリのいきさつでした。そのときの自分は20代のまだ若々しく活動的な年齢でした。知人と共にセントラルパーク公園を観光で訪れたときのことです。セントラルパーク公園の大きさに圧倒されながら散策をしていると、ふたりの女性が写真を広げて談笑しているのが眼に入りました。写真のそばにあるコメントをみると「Donation」と書かれています。写真はオオカミのものだったことから思わず足を止めてしまい、その女性にわずかしか話せない言葉で「この写真はどこのもの?あなた方はここで何をしているのですか?」ということを尋ねたのだと思います。

オオカミの写真はウルフパークという施設の写真のものであること
そのウルフパークでは野生のオオカミの保護や研究を行っているということ
写真の販売費は施設の運営費に当てられるということ
ふたりの女性のうちのひとりがウルフパークのボランティアをしている
もうひとりの女性はボランティアをしている方の友人で、ホームメードのマフィンを作ってその販売費も施設へ寄付する

などといったことを聞きながら、ウルフパークという施設でボランティアの彼女が撮影したという写真をいろいろと見せてもらいました。犬に見せられたものであれば、その奥にあるオオカミの表情や行動に関心があるという人が多く、私もそのひとりでした。保護の目的が十分にわかったわけではありませんが、謎に包まれたオオカミの行動の一部でも知ることができる場としてとても魅力的に感じられました。

それよりももっと魅力的だったのは、ボランティアをしていた彼女が素敵な自律した女性で、とても惹かれるものがあったのです。それでなんとなく「わたしも言ってみたいな…」ということをつぶやいたのだと思います。その言葉に彼女は「私が連絡してあげる、今オオカミのパピーが生まれているから一緒に寝ることもできるのよ。」と教えてくれました。

限られた時間の旅行なのに知人の方は「行っておいでよ。私は大丈夫だよ。」と言ってくれたため、ニューヨークに住む知り合いに頼み込んで電話でインディアナまでのチケットの予約をお願いして、翌日はいっていた予定をキャンセルしてひとりで一泊のインディアナのウルフパークまで行くことになりました。言葉も対して話せないのに、今思えば無謀なことなのですがこれが20代なんでしょう。

アメリカといえばサンフランシスコやニューヨークといった華やかな場所しか知らなかった自分にとって、インディアナはとても強烈でした。そのインディアナの小さな空港まで迎えに来てくれたのがエリック氏でした。早速施設隣接の自宅へ連れていっていただき、そのときウルフパークにドイツから来ていたボランティアの学生を紹介してくれました。

オオカミたちが数頭入っている柵の中に、女性の常勤スタッフの方と一緒に入りました。彼女は「絶対に私の後ろから離れてはいけない」といいました。私は彼女の真後ろに二人羽織りくらいの距離にピッタリとくっついて、柵の中に入ります。外敵の侵入に警戒心を表情に示しながらも、声を出すことはなく、じっくりと私を観察する時間がとても長く感じられました。飼育されたオオカミとはいえ、さほど飼いならされているという印象もありません。施設は広大でしたが、そのときに入った柵の広さはあまり広いとは感じられませんでした。広さでいえば小学校の体育館といった程度のものでしょうか。

オオカミたちが観察を終えると、女性スタッフは少しずつ私の横位置にくるようになり、オオカミも彼女に近づいてきます。彼女はオオカミの背中に手をのせ、私にもさわってみるように促します。私は立ったままオオカミの背中に少し手をふれました。硬くて緊張感のある毛、動きもゆっくりで当たり前すぎますが、イヌという感触ではありません。

夜にはオオカミのパピーとドイツのボランティア学生たちと一緒に、シュラフに包まってバスのような車の中に寝せてもらいました。パピーといってももう眼もあいて活動し始めています。翌日に「始めてのミール」といってゴハンを食べていたくらいの年齢です。私の臭いが今までの環境にない新しいものだったため、それを調べるために、髪の毛をひっぱったり、シュラフをかんだり、結局一睡もできずその様子はまるでガリバーになったようでした。

エリックは私を自分が講義をしているという近くの大学まで連れて行ってくれました。そこに日本語が話せる女性がいるからと紹介してくれ、聞きたいことがあったらなんでも聞きなさいといってくれたのです。
「日本で動物行動学を勉強するためにはどこへ行ったら?」という質問をしたのを覚えています。エリックは「日本には動物行動学を勉強できる場はない。勉強したいならアメリカに来たらいいよ。」といってくれました。

エリック氏について最も印象的だったのは、ドイツのボランティア学生たちが食事時にドイツ語で話しているのを見て、「なぜ英語で話さない。サチコがわからないじゃないか。」といってくれたことです。英語でも早口になったり専門的になると分からないのですから、自分はほとんど気にしていなかったのですが、こうしたことはエリック氏が「コミュニケーション」をいかに大切にしているのかということに気づかされることでした。

ニューヨークに戻って再びセントラルパークの彼女と会い、体験を報告しお礼をいいました。
ウルフパークにいったからといってオオカミのことが何かわかったわけではありません。ただ、オオカミを愛する人々と少しだけ触れ合う機会を得て、自分がしたいことは難だろうと若さの中で考える時間になりました。

そのウルフパークを2回目に訪問したのは、ウルフパークツアーというものが開催される案内を受けとったからです。ウルフパークは商業化しており、たくさんの方がオオカミを見る、オオカミについて学ぶイベントが終始行われていて、スタッフも増えていました。20年前のウルフパークの思いはそこにはありませんでした。
柵はひろくなりオオカミたちの数も増えて、施設もきれいになっています。そしてオオカミたちは、少し飼いならされたようになっていました。たくさんのスタッフがオオカミにふれる必要があり、施設を継続していくためには必要な道だったのかもしれません。

自分にとって大切なのは「イヌのことをたくさん知りたい、もっと知りたい」ということです。そのため、施設を訪問したり活動したり本を読んだり仕事をしたりします。どんなときでも本質に触れるということを大切にしています。施設の大きさや規模やその人がどんなに偉いか有名なのかとかは全く関係ありません。動物にかかわる人、専門家、ボランティア、施設のスタッフ、飼い主さんを含め、どんな出会いからでも学べる出会いの本質にふれること。エリック氏との出会いはそうしたものでした。

2回目の訪問時にエリック氏はほとんど姿を見せませんでしたが、雨になりそうなときに空を見上げていると「ウルフゴッドがいるから大丈夫。」と一言いわれました。そうですね。ウルフゴッドは本当にいる、晴れていても雨が降ってもウルフゴッドがいるから大丈夫ですね。

セントラルパークで買ったウルフパークの写真
写真はセントラルパークで購入したもの

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免疫学の安保徹先生を悼む

昨年末に、免疫学の第一線で活躍されていた医学博士の安保徹先生がなくなったということを知りました。
安保徹先生に謹んで哀悼の意を表します。

安保徹先生は医学的知識の乏しい一般のわたしのようなものでも理解しやすいような本をたくさん書かれていました。安保徹先生の本を読み免疫学についてずい分と勉強しました。
中には医療行為を真っ向から批判するようなものもあり受け取られ方は様々であるとは思いますが、自分が信じていることを自分の利得を別にしてはっきりと述べる方も少なくなりましたので、私は尊敬していました。

特に安保先生の本の中でとても理解しやすかったのは、自律神経のバランスがどのような状態でバランスを崩してしまうのかということや、体や精神に影響を与えるのかということについては、なるほどなと自分の実生活にあわせて考えても納得のいくことが多いものでした。

安保先生の本を読み免疫学を勉強しようと思ったのは、自分のことではなく犬のことでした。
犬はストレスを抱えると行動に表現します。中には自律神経のバランスを大きく崩してしまい、環境を少し整えるくらいでは改善しにくいケースもあります。自律神経のバランスの崩れは、排泄行動や睡眠行動や食べる行動などの生理的な欲求バランスに影響を与えます。
どんな動物も、食べること、排泄すること、寝ることのバランスが崩れると、身体的不調は高くなってしまいます。これは犬が身体的にバランスを崩した状態で起きることですが、実は自律神経の乱れは、他のストレス行動として表現されることもあります。

心と体はひとつですから精神的に苦痛や不快を得たりすることは当然のこととして、別にも犬としての本能的な欲求が満たされないといったことが、犬にとっては欲求不満となり、自律神経のバランスの崩れを引き起こすこともあります。
最初は環境がストレスとなり身体的なバランスを崩しただけだったのに、これをきっかけに病気が始まってしまい、ずっと病気を戦い続けるということにもなりかねません。

安保先生によると免疫系の病気は薬ではよくならないとのこと、症状を一時抑えて日々を落ち着いて過ごせるような方法として薬も必要なときもあるとは思いますが、要は根本から改善していく必要がありますよ、という風に受け取れます。

犬の生活を変えるには飼い主は自分の生活を変える以上に大変です。忙しく時間がない毎日を送っているのに、これ以上犬のために何か時間を必要とされるとなると本当に犬を思っている飼い主さんにしかできないことではないかと思います。イヌという動物に適した生活は、とてもゆっくりして時間が静にながれ、風が通り太陽に触れる環境で、他の動物や生物たちも生き生きと生きている中に、自分の動物として存在し、そしてほんの周囲の環境のわずかな変化を楽しむという程度ではないかと思うのです。

安保徹先生の本を今年はたくさん読み返して再勉強しようと思います。

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薪割りは体幹トレーニングとして

午前中の尾歩山でのトレッキングクラスの前に、久しぶりにチャレンジしました。

薪割りです。

10年くらい、薪を割る機会がなかったため、斧がさびてしまいました。
最近庭木の手入れをしたときに少し太い木が出てしまいました。
広葉樹だったので薪ストーブ用の薪にしたい。
でも斧がない…。

10年前も決して薪割りはあまり得意ではありませんでした。
なにしろ斧は重いし、少し怖いです。
でも、最近バランス感覚が鈍っているような気がして、バランスを取り戻すためにできることを捜していました。それで「よし、薪を割ろう」と思ったわけです。

早速、斧を買ってきて今朝、久しぶりの薪割りとなりました。

かっこよくできたといいたいところですが、最初の一刀で木の間に斧の先がはまってしまい、どうやっても抜けなくなり、それを抜くのに大変な時間がかかってしまいました。
もともと苦手なことを、ずっとやってなかった上に、この10年で年もとっています。

気をとりなおし、もう一度バランスをとるために調整をしてみました。
ヒーリングでいうと、呼吸を沈めてグラウンディング、自分の中心をみつけて丹田に気を沈めて、みたいな感じです。
そして斧を振り上げるのではなく、自分の体のひとつとして手を上げて、まっすぐに落とすだけです。

だんだん気持ちよく割れるようになってきました。
体も温まってくれます。

薪は人を三度暖めてくれるという言葉はどこでいわれたのでしょうか。
薪を割るとき、
薪を運ぶとき、
薪をくべるとき


薪割りは気を許すと大きな怪我につながります。
それだけに気持ちも引き締まり、落ち着きも取り戻せます。
自分のバランスの悪さを知り、そこに向き合う時間にもなります。

薪割り機というのもあるけど、それはそれとして便利に使い、
薪割りの精神というのは忘れないでいたいと思うのです。

犬は人が何かに対して真剣であるときには、よくわかっています。
ぐうたらとしていることもよく知っています。
犬はこわいくらい、何でも知っていますね。

薪割りはみなさんに体験していただくには少し危ないのでお願いできませんが、
こんな楽しく自分を鍛えられることを、独り占めするのももったいない気がします。

薪割りをした薪を使う薪ストーブの工事が始まりました。
今まで使っていた暖炉とはサヨナラになります。
今までありがとう。これからは新しい姿となってまたいっしょに楽しくやりましょう。



dav






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犬のお預かりクラス:ゴールデンくんのはじめての雪遊び

起床のときには積雪なく、お預かりのゴールデンくんと朝の散歩もスムーズに行けたのですが、9時くらいからでしょうか、猛烈に降ってまいりました。


dav
ほんの1時間くらいでこんなにたくさんの雪という水分が落ちてくるのですから、やはり自然の力はすごいですね。
一晩降り続いたわけではないので雪の高さはわずかではありますが、それでも今年一番の積雪になりました。
粉雪を淡雪のまじったような雪が地面にひろがっています。

さっそく雪に接するのは始めてではないかと思われるゴールデンくんを庭に連れてきました。

dav
刺激に犬がどのように反応するかという社会性については、犬の性質や経験とそれによって培った現在の犬の社会性の状態によって、さまざまです。逆をいうと、刺激に対する犬の反応を見ると、犬がどのような経験や性質を備えているのかの一面を見ることができます。新しい経験というのは見逃せません。

かなり緊張していましたが、少しずつ興奮へとエスカレート式に上がっていきます。
しばらくするとこんな行動になりました。はじめて犬が雪に接したときによく見られるいくつかの特徴のある行動がみられます。

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この行動を「遊び行動」と見るかどうは「遊び」を定義づけておく必要があります。
新しいものに対する社会化の過程と遊びの過程は同時に、重なって起きていることもあります。

「遊び」とは応答性を楽しむコミュニケーションのひとつです。たとえば、ひとり遊びであっても人の場合には、お人形さんを使ったり、ひとり言をいったり、おもちゃの汽車を走らせたりするのも、ひとりで応答性をつくっています。最近はこんな遊びではなく、もっぱらスマホやテレビのゲームが遊びの応答性を満たしてくれるものなのかもしれません。
他者との遊びが苦手な動物も、モノが応答性をもっていればそのモノでひとりで遊びます。逆に他者との社会性が育っていないことが、ひとり遊びの時間を多くしてしまう原因にもなってしまうのですが。

ということで、このビデオでも犬のことがいろいろとわかりますね、というお話しでした。

興奮の度合いも犬によって異なります。興奮が早く落ちる犬、一旦興奮するとなかなか興奮から冷めることができない犬。

犬の経験行動を通して飼い主が知ることができること。
そして、犬が経験を通して学び成長する機会を得られるのかということ。
この、どちらも重要です。

犬に何かを経験させるというのは、犬をドッグランやドッグカフェに連れ出すことではありません。
車がなくても、仲良しの犬がいなくても、自分の生活の範囲内で堅実に犬と共に経験することを大切にしてください。

情報が多すぎることで犬に与える経験が飼い主の一方的な思いによる押し付けになってしまい、犬に必要のない経験を強いられることのないように注意したいことです。
犬は喜ばせることだけで成長はしません。犬は失敗からもちゃんと学びます。ですがその経験はすべて飼い主さんがどのようにとらえるのかということです。

社会化の柱は「犬と飼い主の関係」です。

2月5日(日)に開催されるグッドボーイハート福岡の犬語セミナーが定員に近づいています。
ご希望の方はお早めにご連絡ください。

dav



※煙突工事の前で煙突に覆いをかぶせてます。


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犬のお預かりクラス:今日の七山

今週は福岡での活動中のため博多の空をみながら七山校は大雪におおわれているのではないかと思いをはせながら過ごしました。あと数日福岡滞在のはずでしたが、犬の預かりクラスの予約が入ったため、急遽本日七山に戻ることになりました。

朝からラジオで、雪予報とか、チェーン規制の放送が耳についてしまいます。預かりの犬さんといっしょに七山校までたどりつけるだろうかとドキドキしながら移動の途中に、ナイスタイミングで宅配便さんからの電話を受けました。
荷物をもって七山校に到着された様子です。すかさず実況をお願いします。
「すみません、今のそこですね、雪積もってますか?」
宅配さんによると、今は積もっていないけど雪はすごく降っていて今にも積もりそうだということでした。今回はチェーンを車に積んできていません。到着したとき大雪だったら身動きがとれなくなるかもしれない、そのときはチェーンをとりに歩いて家まで行ってくるかなといろんなシチュエーションを想像しながら、できる、できないと頭で分類しながら、七山に向けて走り出します。

考えているうちに体の中でアドレナリン値が上昇していくのを感じます。
なるほど。犬たちが大雪を目の前にして興奮しているのも、喜んでいるようにみえて、ただ体内の緊急時のホルモン、アドレナリンが上昇している状態なのでしょう。動物がこれまでなんども経験した風景だからこそ、この雪が自分を危機的な状況に追い込むという予測もDNAに保存されているため、雪を見たり予測することでアドレナリンが上昇してしまうのかもしれません。

今日はじめてお預かりクラスを経験する犬さんも、別の理由でアドレナリンが少し上がってきているでしょう。飼い主さんがいないと落ち着かなくなる犬は、飼い主さんが本当にいないという状況を受け取るまでは、飼い主を呼んだりクレートでガタガタと暴れたりすることもあります。
飼い主さんがいないと不安になりがちな犬は、お預かりが難しいためテストお預かりが必要です。今回は緊急であったことと、トレーニングクラスを長く続けていただいたことで、犬の行動のパターンや性質の把握がある程度できていたため「お預かりクラス利用OK」の了解にいたり、始めてのお預かりクラスとなりました。

ところが、犬は以外にものわかりのいいことがあります。預けられた相手が全く知らない人ではなく接したことのある「犬の先生」ですから、なんとなく状況を察知するようなところもあります。
状況をわからせ落ち着かせるためには、七山校に到着してから犬にあわせたいくつかの接し方を行い、犬が少しでも状況を受け入れ安定を図るようにして室内のクレートに入ってもらいます。犬に応じて最初にどこで落ち着かせるかを決めたりすることも、その犬に合わせた落ち着かせの方法です。

預かりの状況については1日に1回もしくは2回、メールで飼い主さんに連絡をいれておきます。犬を預かっているときにわかった犬の新たな行動の特徴や性質については、後日トレーニングクラスやカウンセリングクラスのときにご報告させていただきます。

数回のお預かりクラスの利用を重ねると、自宅での行動が少し変わることもあります。
犬のお預かりクラスは問題行動の解決や他のトレーニングを目的としたものではありませんので、これは付随したおまけのようなものです。預かって訓練をしても、飼い主の環境に戻れば行動も元にもどるというのが普通です。
グッドボーイハートでの犬の預かりクラス利用での変化は、私とその犬さんの関係が飼い主さん抜きで行われることで少し変化することがあるからです。クラスではいつもお話ししているとおり、犬の社会性は家庭の中で育てられます。社会性に最も影響を与えているのは飼い主の接し方と飼い方です。来客としてくる他人はわずかな影響しか与えません。もし他人が大きな影響を与えるとしたら、トラウマになるような暴力的なことがあったり、本来の犬の社会性が不安定でその不安定さによって影響を受けやすくなってしまったということです。

犬の預かりクラスのときには、犬のお世話をするわたしは犬くんにとって赤の他人ではありません。知っている先生であり、わずか数日であっても犬くんの食事や安全管理など、命にかかわる綱であることは明らかです。その綱とどのような関係で過ごすのか、その部分がとても大切です。それは、帰宅したときの変化を期待して行うものではありません。今わたしがこの犬くんと接するこのときを、人として犬としての大切な時間であると思うからこその真剣勝負です。

さて、ぐっすりと寝てくれるでしょうか。
明日の朝、積雪していたら雪遊びになりますね。


dav

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尾歩山に近所の「2代目」参上。。。田舎犬ならではのすれ違い

寒波が来ましたね。七山では一気に雪が降りはじめ、仕事の都合で福岡へと駆け出したので、その後やどうなっているのやらと思いをはせています。

山にいるときは雲の動きに敏感になります。「山心や女心」というものでしょうが、いっしゅんのうちに天候が変わってしまうからです。その日、昼間には冬の空とは思えぬほどの青空だったのに、夕方の暮れる時間になると、空が暗くなるのではなく黒くなっていくのをみて、あれ?と思いました。

学校に戻り多少の片付けをしていたら、風景が一気に変わりました。

dav


この風景になるまで1分くらいです。
慌てて荷物を積み込み福岡へ移動しました。あの空ではきっと思いっきり積もったのだと思います。
今年は積雪を一度も拝んでいないので、気持ちは揺らぎましたが、翌日凍結してしまうと身動きがとれなくなってしまいます。気温が戻れば雪は3日ほどで姿を変えて通せんぼも終わりになります。

この荒れた天気になった日、グッドボーイハートの山「尾歩山(おぽさん)」ではちょっとした騒動がありました。
生徒さんの犬が帰宅するときに「ワン!」と勢いよく吠えたので「どうしました?」というと、飼い主さんが「あそこに犬がいます。」と庭のすぐ上あたり、山につながる道を指差しました。
「え?犬」。

最近このあたりでウロウロとしている犬はみかけなかったので、また猟犬が捨てられたのではないかと不穏な気持ちで見上げます。そこにいたのは、遠巻きに成長を見守っていた近くの家の犬でした。ご近所に1年ほど前から飼われている若い犬で、いつもつながれいるので声や小さな姿を遠くから見る程度でしたが、ある程度シルエットは把握していたので間違いないとすぐに確信できます。

その犬はこの土地で3、4ヶ月くらいの幼犬のころから飼われ始めたたようでした。最初は幼犬の声がするなという、ときどき姿を表したときに観察した内容ではあまり強さがなく比較的なつきやすい無邪気な印象を持ちました。この日、庭の少し高台からこちらを警戒している姿や行動や小さく出す声からも予測はまちがっていなかったようで、人が接するには安心できるタイプの犬でした。犬の首輪につながる長めのリードが見えたので、リードを噛みちぎって自宅の敷地を出てうろつくうちにうちの敷地内に入り込んだのだろうと推測しました。

無邪気な若い犬の警戒心は好奇心へと動きやすく、このふたつをいったりきたりします。状況によっては好奇心が勝ってしまうので、接し方次第でうまくコミュニケーションをとることも可能です。案の定、小さな警戒の音もすぐにやみ尾をふりながら近づいてきました。「何する?」の積極的なアプローチですが「家に帰るよ」と、犬の家の敷地まで送り届け庭に駆け込むのを見守りました。

一旦戻って一度室内に戻ってから再び庭に出て山を見ると、またその犬が来ています。犬たちが歩いた後を入念に臭いながらも、落ち着きなく走りながら、排尿しては地面をけったりかけたりしています。子犬のころから他の犬と接していなかったのですから、犬の臭いに興奮するのも仕方ありません。ふたたび家に送りとどけましたが、またやんちゃが過ぎてこちらに遊びにやってくるかもしれません。


先代の雑種犬はオポのよい話し相手でもあり犬らしく生きた里山犬でした。

名前がわからぬ新米の若い犬には「2代目」というニックネームをつけました。

七山の風景のひとつとして、今後共よろしくお願いします。





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