グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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お客様三度:オポという犬と猫のかかわり

その翌日もお客様はやってきた。
室内にいるオポが「ウォン!」の声を発して玄関の網戸の前に走った。

同じく部屋の中で本を読んでいた私の方は、瞬間的に体が反応し、気づいたらオポよりも早く網戸に到着している。
瞬発力は若いときほどは高くはないが、それでもこの年齢にしては高い方だと思う。
長年の犬との暮らしの中でいつの間にか身についた、自分と犬と家の破壊を最小限に抑えるために必要な能力だ。

網戸の前でまさに今その戸口が開かれるのを待つオポ。
とめおけばとめおくほど蓄積するエネルギーは膨大となる。
玄関に出て外をみるとお客様はお帰りになるところだった。

いつもおひとりさまなのに今日はおひとりさまではなかったようだ。
オポとは旧知のとなりの“彼”とご一緒だった。

彼等はひとつ屋根の下に住む家族である。
猫語のわからない私とオポのために犬語の通訳として同伴したのか
前日の不法侵入で保護者を連れてわびにきたのか
すでに帰宅中の彼らからその理由を聞くことはできなかった。
お客様猫は幼少期から“彼”と共に育った仲であり
“彼”がときおり、彼のテリトリーになるこの坂をあがって訪問する

グッドボーイハートへの来客に対して門番をしているときも
ときおりその横で番犬ならぬ番猫をしているのをみかけたものだ。

しかし、この翌日である今日の夕方、屋根裏部屋で作業をする私に変わって番犬の最中だったオポは
何かを待つかのように玄関ホールのカウチに横たわり若干の緊張感をただよわせていた。

ウォン、ウォン!
今度は間違いない。
人ではない、犬ではない、
猫のお客様がきた。

オポの吠える声が猫対応ヴァージョンを作りだし私にもよくわかるようになった。
こうなるとあわてて降りていく必要もない。
「はーい。」と心して玄関におり戸口の向こうを見た。

玄関から正面の道をみるオポ
その先に見えるものはオスワリをするお客様である。

両手の合わせ方から背筋の伸び方までただならぬ方であることは明らかである。
どちらも動こうとしない。

「こちらは動かないからそっちから来たら」
と構えをとるオポ。

でもお客様も面と向かっては近づく気がないらしい。
待てども動かないお客様への対応をあきらめ後ろ髪をひかれるように部屋に戻るオポ。

オポの予測通り、オポが部屋に帰ろうとして動き出した後、お客様猫の方は車庫玄関ゲートの方に向かって歩き出した。どうやらオポのお出迎えなしでここへ入りたいようだ。

車庫玄関の方へ廻るとやはりいらっしゃった。
遠かったけど言葉をきいてみた。
「そこってキャットヒーリングスクールだってきいたんだけど違うの?」
ここはドッグヒーリングスクールなのよ。
「犬も猫も変わらないわよ。こんど一度お願いするわね。」
と返事を待たずに帰宅された。

オポの方は番頭の受付なしに侵入した経路がないかどうか入念に入口の臭いをかいでいる。
今回は無断での立ち入りを防げたことに犬としての体面はたもたれたようだ。

確かに犬と人が命として変わらないように犬も猫も命としては変わらない。
猫のヒーリング経験がないわけではない。
もう少し器量を広げてお客様をお迎えすることにしよう。

でもね。
うちの番頭さんの顔はたててあげてね。

猫さん入口付近-150x150

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お客様:オポという犬と猫のかかわり

今日の朝、この季節の特別な目覚まし、
うぐいすの声を聞きながら太陽の日差しを浴びて目が覚めた。

朝の掛け声に反応するのはいつもオポの方が早い。
わたしの方はいろいろとにぶい。
今日はあたたたくなりそうだね~ とか
昨日はよく眠れたかな~ とか
おなかすいてる?~ とか
要するに寒いからなかなか着替えようとしないだけ。例の「言い訳」ってやつね。

オポはお見通しなので、オスワリをして表情を変えずにじっと私をみている。
次第に自分の言い訳がむなしく、黙って朝支度を始める。
飼い主の朝一番の仕事は「犬のご飯作り」からと決まっている。

オポが無事にご飯を食べ終えた後
変わって私が朝ご飯を食べる最中にはオポはクレートの中で伏せている。
ここにじっとしていれば「のこりもの」が出た時にもらえるかもしれないことをいつの間にか学習してしまった。
その大切な「のこりもの」を机の上においたまま、朝のメールチェックのためにパソコンに集中してしまった。

突然、鼻から息を思い切り吸っている音が聞こえた。
ブフブフっていう音かな。文字で表現できない不思議な音。
と当時にブフッという吠えるでもないけど感情の高まる音を出した。
オポのシグナルである。

そのとき、チリンチリと部屋のドアのすぐ向こうに見慣れぬ音。
珍しいお客様、猫田さんの再来だった。
今日は門番がいない上に玄関もあいていた。
テラスを通って、玄関をとおって、奥のオポの部屋まで
迷わずお越しになれたようだった。

その後に起きたことは想像がつくだろう。
侵入者発見!
人ではありません、犬ではありません、それ以外の動物です
危険分子ではありません、ただ無断で入ってくることは許されません、の流れで
オポは部屋を矢のようにでていき、チリンチリンのすごく早い音が聞こえて
ふたりともあいていた玄関から出ていった。

「じゃあ、また来るわね。」はそら耳ではなかったようだ。
お客様には大変申し訳ないけど ここは予約制だということを今度来たらいっておかなければね。

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珍しいお客様:近所の猫たちの訪問

暖かくなったり、寒さが戻ったり
4月というのに洗濯物はまだすっきりと乾かない。

それでもちょっと太陽が近くに感じるとなぜだか急に元気になって、外に出て伸びをしたりして掃除もはかどる。
玄関は特に大切。お客様をお迎えする場所だし、汚れていると招いていないものまで入ってくる。
と、玄関テラスを掃き掃除中に、今日はご予約をいれていなかったはずのお客様がやってきた。

「あれ、珍しいね。おはよう…」と、はき掃除を続ける私の前に来て
「にゃーん」とあいさつはしてくれたけど
そのままあいている戸口から中に入ろうと進む珍客。

玄関の戸口があいていて夜番を終えて休憩中のオポがいる部屋の戸口もあいている状態。
瞬時に部屋の中でオポがお客様を追いかけるシーンがよぎった。
急いで戸口を閉めようとするのと同時にオポが玄関に向かって部屋の中を走ってくる音が聞こえた。
ぎりぎりセーフ。
ちょうどオポが玄関戸口の前に到着したときに私が戸口を閉めた。

締め出された感じのお客様は少しご機嫌斜めだけど、そのうちまたゴロゴロとのどを鳴らしてテラスに体をこすりつけたりしていた。
その間、戸口1枚の向こう側にはオスワリして面会を待つオポがいる。

大きくて黒いものがいることがわからないのだろうか。
オポが気配を消しているのだろうか。
少なくともオポに殺気がないことだけはお客様の態度からうかがえる。
掃除を続ける私を横目にお客様はテラスを降りていった。
一方的に聴こえた言葉だと「じゃあ、また来るわね。」だった。

帰宅途中も庭で楽しそうなものがないかと道草をしていたので
お客様との対面を待ち望むオポをお見送りのため戸口から出した。

テラスの上で猫をみるオポ。振り返ってオポをみる猫。
イチ ニー サン シー Go!
と見つめ合いの後、オポが走り出すと同時に猫が走り出した。
もしくは、猫が走り出すと同時にオポも走り出した…かな。
似ているようでこのふたつは大違いだけどね。

玄関ゲートがふたりの距離を広げた。
ゲートの前で立ち止まり尾をゆっくりと振るオポ。
それを振り返って座って見るお客様。
見つめ会うこと数十秒。
お見送りは無事に終わった。

動物たちが身近にいる生活はなんだかうれしい。
人と距離の近い動物であれば緊張感も少ない。
少なくとも多少礼儀のある動物なら、一方的にこちらのものを奪ったりもしないだろう。

人と暮らす動物たちのすべてが人のことを知っているわけではない。
また、動物と暮らす人のすべてがその動物について知っているわけではない。
長い長い時間をかけて共に暮らしながら、お互いを知る時間をもう何万年ももってきたはずだけど
親子代々伝え継ぐはずの動物たちとの物語も、伝え継ぐ時間を失うことでいつの間にか消えてしまった。
そのうち外からいろんな情報が入ってきて、いつの間にかそれにすり替えられたりする。

わたしは猫と暮らしたことがないが母が猫のことを話してくれた。
「犬もかわいいけどね、猫もかわいいのよ。」
「お母さんは猫といっしょに寝ていたの。」
猫の話をもっと訊いておけばよかった。

「この本はすごく素敵な本よ。」
といって大切にしていた本を貸してくれた母。

その本は「野生のエルザ」。
トレッキング最中に動物と人のかかわりについて話していたときエルザのことを思い出した。
人の力を借りながらも自然とのつながりを持ち続けるエルザ
動物とのつながりを得ながら手を出しすぎない人間。

犬や猫は野生とはいえないけど、いやいえないからこそ
人は特にこの動物たちから学ぶことができる。

いつかそんなに遠くない日に、オポとお客様猫と私でいっしょになって話したりできるようになるかな。
それを実現するのはオポだけの成長ではなくて、飼い主である私の成長によるところが大きい。

小さな楽しみも成長の積み重ねから・・・ということでまず一歩。

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小さな幸せ

都会暮らしではちょっとしか関心がなかったのに、山に来て花が咲く日を待つようになった。
サクラもサクランボも今年も花を咲かせた。

毎日さくらの木の下に立ってつぼみの膨らみをみていた。
今日かな…今日かな…。
都会ではこんな時間をもとうとしなかった。
「さくらが満開」のニュースを聞いて、あわててさくらを見上げたりして。

山道もこの季節は花見で楽しい。

小さなすみれの花も群をなしてあざやかに輝く。
都会にも花は咲いていた。
たぶんすみれも探せばあったのだと思う。
でも、なぜだろう。
ここで出会う花は今までとは違う。
私も違うし、きっと花も違う。
周囲と調和して生き生きと輝いている。

ようやっとすぐ目の前で起きていることに楽しみを感じるようになった。
だから、遠くに楽しみを求めなくてよくなった。
その分忙しくなくなった。
幸せはいつも足元にある。

でもそれは、
暮らす土地と家があって家族がいてこそ生まれる幸せ。
こうしたものを突然失ってしまった方々の元に、一日も早く足元の幸せがかえってくることを祈る。
亡くなった家族はもう戻ってこない。
失ったものはもう戻ってこない。
生きることで生まれるものしかない。
生きることでまた始まる日々を取り戻されることを祈っている。

私が毎日生み出しているもの。
どうでもいい余計なものもいっぱい生み出してしまう。
もうそろそろ、そんなものは製造せずに、周囲が心から喜んでくれるものを創造する自分でありたい。

そうすれば、あの花のようになれるだろうか。
そうすれば、何かのお役に立てるかな。

どうだろう? オポ。

学校を見るオポ

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ホピからのメッセージ

天気予報は“晴”なのに、すっきりとした空にならない。
空というのは意識の反映でもあるから私たちの気持ちがすっきりとしないことを伝えてくれているのかもしれない。

こんな風にみんなが大変なとき
不安で仕方がないとき
何かが起こっているけどどうしたらいいのかわからないとき
情報はたくさんあるけど
誰が本当のことを言っているのかわからないとき。

そんなときに耳を傾けたい言葉は
地球と共に、自然となって生きてきた命の言葉。
人は文明と歴史に流されてとうに忘れてしまったことばかり。
でも人の中にも、まだそれを伝え続けている人々がいる。

先住民族ホピ族がメッセージが届いた。耳を傾けてみよう。大地の声が聞こえる人々の言葉に。
ビデオに登場する動物はイーグル。イーグルのメッセージは「精霊」。

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祈り

東北地方太平洋沖地震で被災されているみなさまにお見舞い申し上げます。
この地震によりこの世を旅立たれた全ての命のご冥福をお祈りいたします。
助けを待っている人と動物たちがその光をつなぎますように祈り続けております。

不安で心配でいろんなことを考えるかもしれない。
自然と動物たちがいつも教えてくれる
自分の意識を変えることで起きていることが変化していくことをおもいだしてほしい。

できないことを考えて数えるより、今できることはすぐに行い、明日できることは明日する。
起きていることで気づくことは感謝して受け取り、心のあり様を変えるチャンスとする。

人の気持ちを察して共感するのだったら、その次は愛となってそれを必要としている命に届ける。

祈りは続くけど、変わらない生活。
夕方6時には外は真っ暗、部屋は少し寒い。
トイレの便座はつめたい。
水は手をさすほど痛く、夜は布団に包まって丸くなる。
停電でも節電でもないけど電子レンジもないしテレビもない充分すぎるほどの生活。

太陽と共に起き、そして眠る
山の中で食べられるものを探し山の上に座ってずっと何かを聴いている
こちらも変わらないオポ。

今日、山で涙が溢れて来た。涙が出るなんてめったにないのに。
かわいそうでもなく、悲しいでもなく、怒りでもなく
不安でも心配でもない。
涙は広がる愛の力を受け取り感謝の気持ちと共に流れた。
こんなにも気づかせていただいている。
こんなにもできることがある。

生きているものはやることがある。
明日も、あさっても、私たちは山に登る。
こんなことが起こっても起こらなくても祈りは毎日続いている。

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リンゴのはなし・完結編

1月のこのブログでリンゴとオポと鳥についてのお話をのせた。
鳥が食べつくして終わったと思ったリンゴのはなしには続編があった

雪解けまじかの2月の出来事。
春の兆しにオポもなにやら忙しそう。
庭のあちこちで芽吹く草のにおいをとってご満悦である。

優秀な鼻は雪の中になにか大切なものをみつけたらしい。
鼻を地面に押し付けて真剣な面持ちである。
そして、ついに行動を開始した。
雪を前脚で細かく掘り起こし始める。

雪の中から出てきたものはリンゴの一部だった。
木の上に置いたリンゴを鳥たちが食べ
食べつくしてしまったのだと思っていたけど
つついているときに小さくなったリンゴが地面に落ちたようだ。

リンゴの上に雪が降り積もりリンゴの居場所を知る動物はいなくなった。
そして大雪が解け始めて、地を歩く動物に運が回ってきた。
暖かくなる日々の変化でリンゴは少し茶色になって発酵を始めていた。
犬にはちょうどたべごろである。

こうしてリンゴはそれぞれのおなかにおさまっていった。
犬ナティボも勝利の声をあげた。

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明後日、3月3日から犬・ナティボコースがついに始まる。
クラスを通してまた犬ナティボの新しい発見があるかもしれない。

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ナティボなこと

今年はリンゴをたくさんいただいた。
寒冷地でタフな食べ物は貴重な食材。このリンゴたちは私とオポのエネルギーの糧だね。

いただいたリンゴをテラスの椅子の上に乗せておいた。
戸口を出入りするたびにオポのセンサーが反応する。
椅子の上のリンゴをみたまま静止してなかなか戻ってこない。
このセンサーは私につながっている。
「ああ、見つけたのね。でもこれは今食べられないよ。」

こうしたことはなかなか伝わりにくい。
特にテラスというテリトリーは微妙なのだ。
室内でもなく、屋外でもない、お互いに判断が下しにくい場所でもある。

それでリンゴを置く場所を変えてみた。
私の頭よりも高い棚の上。
この位置であればオポのナティボも納得する。

理解しがたいことを説得するよりも 犬の本能に働きかけた方が早い。
オポは棚の上から漂うリンゴの臭いをキャッチはしたが
それを口にできない葛藤は生まれなかったようだ。
あとは熟して落ちてくるのを待つだけだ。
これで万事めでたくおさまったかのように思えた。

ところがある日…忘れていたことに気づかされた。

それは、鳥ナティボ(本来の鳥)である。
静まり返った冬の日々にひたり、動物たちの存在を忘れていた。
鳥に獲付けなどするつもりはなかったが、鳥ナティボの勝利を祝って、さくらんぼの木につつかれたリンゴを移動させた。
突然現れた実に、この辺の鳥たちは忙しくなった。
モズから、カラス、そしてトンビまでが集まってきた。そしてリンゴは1日でなくなった。

動物たちには分かち合う力がある。
食べる順番もちゃんと決まっている。
捕食する動物だけが得をしているのではない。
必要以上に採らなければちゃんと自分の分は回ってくる。
必要以上に採ると自分の分もなくなってしまう。
ルールを決めた動物はいない
調和を学んでいるだけだから。

だからナティボはすばらしい。

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Posted in 日々のこと, 自然のこと

雪の日

外は小雪が舞い始めた。
寒波到来のニュースにドキドキしながら気温が下がるのを肌身で感じる。

こんな冬のある日の出来事。
路面が真っ白の日に、どうしても下に降りなければいけない要件があった。
チェーンとスコップを車に乗せて滑る路面を確認しながら山を下る道で道路脇の大雪の中に前輪を乗り上げた軽自動車と遭遇した。
道の脇のガードレールはちょうどその切れ目にあたっていて車がバランスを崩せば危険な状態である。
土地の人でもスリップすることあるんだな、と車を降りた瞬間に足をすべらせた。
結構凍ってるんだ。

「大丈夫ですか?スコップありますけど使われますか?」と声をかけてみる。
「おお!いつもつんどうとやけど…」とスコップを受け取られた。

私の脳は「チェーン装着」と判断。
「チェーンつけてますので使っていて下さい。」の言葉に
「あ?チェーンやらいらんよ。この先は雪はなか。おいは遊びおったと。」
・・・遊んでた?この凍結した路面の上で?

その方はこの会話の間に数回スコップで雪をかくとアクセルを思いっきりふかして180度スピンして車の方向を反対に向けそして行ってしまった。

それはまるで、山道で遊ぶたぬきを見つけて車の中から見ていたら、こちらの姿に気づいてあわてて逃げて行ったのを見たときと同じ感覚だった。

なんという余裕。
何時にどこまでいかなければいけないということもなく、今ここにあるもので十分に楽しむことができる。私なら「失敗」ととらえそうなことも「遊び」に変わる。

余裕というのはあるところにしかない。
そのスペースを空けるのは自分しかない。

このあと、何時にある場所へ行かなければならなかった私は車を走らせた。
少しだけ余裕のある自分を取り戻して。

積雪

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珍しいお客様

変わらぬ雪の続くある日、グッドボーイハートへ珍客があった。

近所の子供たちが庭で雪遊びをしていたときにそばで親子で遊んでいたようだ。
そんなこととは知らず、オポを庭に出してしまった。
目があって猫が走り出すとオポも追いかけ、親の方はすぐに退散。
子供の方は逃げ遅れて薪台の下にかくれていた。

この親子の来客は近くの家猫である。
いつも子供たちが外で遊んでいるときにはそばにいるのを見かける。
子供たちを守っているかのようにみえる。

近くの「彼」の家族なので犬&猫のツーショットでもみることができる。
この日もGBHへきていた子供たちの声にひかれて庭にやってきたようだった。
黒くて大きいのがいることを知らなかったのかな。

私が都会で知っている猫たちは人を見ると、逃げるかニャーニャーいって近づいてきていた。
この猫たちは逃げもしないし、とにかくニャーニャーいわない。
人に要求することもそんなにないのかもしれない。

こうして猫が自由に行動しているのをみると、なぜか安心感を覚える。
自分の自由が重なっているような。
都市では家の中から出られない猫が増えているらしい。
「家の中で自由…」は“自由”とはいわない。

動物の暮らしは人の暮らしによって大きく変わる。
人は暮らしを選択できるが、人に飼われる動物はなかなか選択しがたい。

春になったらまた庭で狩りのお手本をみせてくれるだろう。
黒くて大きいのが来たってなんてことないもんね。

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