グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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Monthly Archives: 4月 2012

お山さん、大変お世話になりました。<前篇>

今年は壮絶な幕開けで始まった。
少し前から「ちょっと太ってきたね、調子悪いんじゃない?」と思われるような状態のオポに異変がおきた。

このブログはオポの闘病記録ではないけど
現在もまだ続いているこのオポの道はミラグロの道で
たくさんの学びがあるのでみなさんにもお裾わけしたい。

初日はたびたび起こす胃炎のような症状で始まった。
起きぬけに嘔吐をして、その後朝食をとった。ただ、なんとなく表情がいつもと違う。
何か必要のないものがまだ体の中にはいっている感じがある。
見た目太りすぎということとは別に何か「はいっている」感じがあるのだ。
もう11年もいっしょに暮らしてきたパートナーのことだからそのくらいのことは飼い主の私にもわかるようになってきた。

夕食も食べたがやはり「いつもと違う」。
そして食べたあと大変神妙な面持ちになっている。
何かが起ころうとしている感じは十分にあった。
「お山にいこうか。」の誘いに「待ってました」と動き出す。

途中でまた必要のないものを吐き戻したが、まだすっきりとしていない。
山の中で日暮れを迎え、足元もみえなくなりそうになったため
「そろそろ帰ろうか」と誘うが、快く承諾した感じではない。
私の困った気持ちを受け取ったのか、ゆっくりと山を降りてきた。

その日の一晩は、必要ないものを上からも下からも出そうとする。
庭に伏せたり、出ていこうとしたり、家の門の外に伏せたりして何かと戦っているのだ。
外にいる何かではなく、自分の中にある何かと。

排泄物のお知らせで私もようやく事の重大さに気付いた。
12歳を迎えたばかり、大事にいたらなければいいと願いながら
自分も共に戦おうとするのだが、外は寒くて体は冷えるし
頭は朦朧としてくるし、毅然として共にいることができない。
なんとも情けない飼い主を横目に、静かに戦うオポ。

この夜はただの「序章」に過ぎなかった。(長いので続きはのちほど)


Posted in オポのこと

超えるもの

いのさんの筍堀りのおかげで満腹を忘れることのないオポ。
準備が整っていればちゃんと芽が出てくるんだから本当に不思議。
それを探す術と獲る術を知っている動物たち。

オポたち犬は、本来なら一番上にいたんだろうけど
今のところは一番下で食べていることになる。
「いろんな事情があったのさ。そのうち話すよ。」
とオポがいうので、そのまま月日は過ぎていった。

自然の中で起きていること、自分の知らない世界
たくさん知りたいから、知っている人が描いた作品なども見る。
「先生の家にそっくりの家がでてくるんですよ。」といわれて
ちょっとだけ関心のあった映画を借りることができた。
なるほど「力を込めないと開かない洋風の窓」のことね。

そのシリーズは自然や宇宙について大人と子供にもわかりやすく表現してある。
映画をご覧になっていない方のために、できるだけ簡単に…こんな感じで。

少女は大変好奇心旺盛で、いろんなことに興味を持っていた。
年齢も大人に近づいてくると、その好奇心で次々と行動を起こしていく。
大人の目線から見ると「危ないから止めなさい」といわれるくらい。

結果、好奇心から行動したことで問題を起こしてしまい
それが家族(仲間)にまで危険を及ぼすようなことになった。
少女は大変落ち込む。自分の行動で皆を危険にさらしたのだ。
だが、少女は自分でその問題を解決しようとさらに行動を起こす。

少女と出会った少年は心臓が悪く、文字通り心の病を抱えていた。
少年の両親は仕事に忙しく、少年はいつも一人ぼっちだった。
少年は少女に言った。「君には家族がいるんだね。うらやましいな。」

動物はみな好奇心というものを持っている。
性質によるから、好奇心の強い動物とそうでないものがあるだろう。
ただ、どんなに小さな好奇心であっても、好奇心のない動物はいない。

その好奇心を持ち、動物はいろんなことを経験する。
経験とは「良い事」だけをいうのではない。
それなのに犬に対して楽しい経験だけをさせようとしたり
安全だからと囲いの中に入れてしまおうとしていないだろうか。
安全に作られた遊具でしか遊ぶことが許されていない子供たちのように。

生きていれば辛いことを、だれしもが経験するだろう。
そのきっかけが「自分の好奇心」であったということが、自分を戒める結果にもなる。
未熟な自分によって起きたいろいろな経験は、今の自分を教えてくれるからだ。
そこで落ち込んでしまうのか。
落ち込んでいる犬を見て飼い主も落ち込んでしまうのか。
それは経験の内容によるのではないと思う。

経験は自分を成長させるためにある。
そして動物が自分できちんと選択して行動を起こしたのなら
それを超えていくのも、やはり動物自身なのだ。

成長というボタンを押してくれるもの、それが少女にはあった。
毎日協力しあって生活をし、共に暮らしている家族。
家族の絆といえばあまりに単純なコトバになるが
その見えないつながりこそ、彼女を奮いたたせた。

犬という動物が暮らす環境は本当に難しくなってきた。
家族の絆を知っている犬がどのくらいいるのだろう。
犬に聞かなくてもわかる。それは彼らの行動に現れる。
つながりを知っている彼ら、強いものね。

ブログ用オポ雪の中

Posted in 犬のこと, 自然のこと

変化を起こすもの

暖かくなったり、肌寒くなったり。
鳥の声が響き渡りカエルの合唱が川ではじまった。
毎日あきることのない変化というものを楽しめる季節、春・・・もう終わりそうだね。

先日テントクラスに参加した生徒さんから、こんな話を聞いた。
「テント場の近くに枯れ木があったのでテントの上に倒れないように倒そうと思ったんですけど
途中で別の木にひっかかってしまったんです。
先生とオポさんが歩いているときに倒れなければいいけど・・」

ふむふむ。
倒れ掛かっている木など山の中には何本もあるから、いちいち頭上をみながら歩いてはいないけど
人が倒した木となると、いつ倒れるかわからないものね。

そんなコメントをいただいた日、早速オポと山に入った。
驚いたことに、いつも休憩するスペースの真ん中付近に木が倒れていた。

木が倒れていたから驚いたのではなく、
さっき「倒木」について話をしたばかりだったのに
話に聞いた場所とは全く違う場所で、しかもテントを直撃する形で木が倒れていたからだ。

数日続いた暴風で倒れたのか、倒れるべき時がきて倒れたのか。
事の流れからすると「倒れるものは倒れるよ」と木々が語ったのだろう。

そこは、人や犬が休憩スペースとして利用している場所だ。
その中心に木が倒れていることをイメージしてほしい。
自分たちが下敷きになってもおかしくないような場に、木が倒れている。
みなさんだったら、まずどんな声を発するのだろう。

「まあ、ビックリした。」
「ケガをしなくてよかったわ。」
「危ないわね。」
そんなところだろうか。

では、犬たちだったらどんな反応をすると思う?
「ビックリして近づかない。」
「おそるおそる近づいて確認する。」
「今までなかった木に対して吠える。」
「いやがらせにオシッコをひっかける。」
他には?

こうした環境の変化を動物がどのように感じているのか?
私としては大変興味深いところだ。
さあ、オポはどうだろう。

いつもと何ら変わることがない。
木が倒れているということは、いつもと何ら変わることがないということだと彼は伝えていた。

そればかりではなかった。
オポはその倒木の横に伏せてゆっくりとその木に自分の頭を乗せて休んでいる。
「ちょうどよかった。アゴ乗せが欲しかったんだよね。」というように。

動物は変化を恐れているのではない。
それがどのようにして起こるのかを恐れているのだろう。
犬の最も近くにいて共に生活をしている人という動物は
自分たちの都合で何かと変化させてしまうやっかいな動物だ。

自分たちの都合で変化させられた環境はとても不自然で、そして時には危険なのだ。

起こるべくして起こる「自然」の変化というものを動物たちは受け入れる準備ができているはず。
そうした自然の変化を受け入れられないのなら動物であることを忘れそうになっているからかもしれない。

それに、変化を起こそうなどと大層な驕りではないか。
変化は自然に訪れるのだ。自分がその一部でさえあれば。


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Posted in オポのこと, 犬のこと, 自然のこと

犬語って?

ようやく灯油ストウヴを片付ける決心がつくほど本当に暖かくなってきた。
お客様を迎えるサクラの花も春雨と共にきれいに散っていく。
「散るべきときに散る」っていうのは大切だな。

さて、グッドボーイハートでは4年ほど前から「犬語セミナー」という勉強会を開催している。
グッドボーイハートの会員でなくても参加できるので “ちょっと知ってみたい”方にお勧めするクラスとして作ったものだ。

ところがちょっとどころか、ガッチリとはまる方も多く
一部の「犬語セミナーファン」から「チラシとかないんですか?」
要するに「チラシを作ってください。」といわれたので素直に「はい、わかりました。」と作ってみた。

七山に学校を移転させてからというもの
「急いで伝えるのは止めよう。」「いつかわかってくれるまで待つことにしよう。」
と、のんびり・・・というわけではないが辛抱強く「待つことを楽しむ」姿勢でいたので
クラスのチラシなどというものを熱心に作らなくなっていた。

来た方がその時に必要な何かに気づいて下さればいいのだ、とかまえていたが
ここに来ない方に声をかけて下さる方には「伝えるツール」が必要なのだ。
やっとそういう時期が来たのかな。
グッドボーイハートに来ている方が次の方に伝えていく、そんな時代が。

なんだかそんなことを受け取って、真剣にチラシを作ってみた。

ここでそのチラシの一部をご紹介することにする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
犬語セミナーの「ご案内」

犬が話していることわかりますか?
「犬語」をご存じですか?

たとえば犬が「ゴハンちょうだい!」とか「散歩に連れて行って!」といっていることがわかるとしても
それでは「犬語」を知っているとはいえません。
正確には「犬の要求」というレベルで理解できることでしょう。

犬と犬が「会話」をしているときに犬は何を話しているのでしょうか?
犬は犬という種として長い歴史の中で使ってきた様々なコミュニケーションのツールを利用しています。
ボディランゲージだったり声だったり臭いだったりします。
犬と犬の会話には飼い主にしているような要求だけではありません。

犬の世界を知っていますか?
実は、犬は犬と共にいるときに本来の犬としての自分を表現しています。
犬たちがいっしょに過ごせば「あの犬のことが好き」なのでしょうか。
吠えあっていれば「あの犬が嫌い」なのでしょうか。

犬の世界は単なる好き嫌いという趣味の世界にとどまりません。
少し視点を変えてみると知らなかった犬の一面を見ることができるかもしれませんよ。

コミュニケーションを受け取れない人間に表現しなくなった様々なシグナルを犬に対して表現していることを知れば
いかに人が犬のコミュニケーションを無視しているのかがわかります。

犬語を飼い主が知ることで役立つこととは?
・犬がどのようなコミュニケーションを使っているのかがわかるようになる。
・犬が何を感じ、何を考えているのがよりわかるようになる。
・共に暮らす犬が、犬としてどのような世界をもっているのかがわかる。
・共に暮らしている動物に理解されると互いに安心して暮らすことができる。

■クラスの内容
犬の行動を撮影したビデオ、主に犬と犬が撮影された映像をスクリーンで見ます。
ビデオを見たあと参加者のみなさんで「何をみたのか」「何をしていると思うか」
「それをなぜしていると思うのか」など、犬の行動と心理について意見を聞きながら
ディスカッションしながら犬のコミュニケーションへの理解を深めましょう。
コミュニケーションの方法「犬語」は「犬の文化」です。
長い間、人の友である犬という動物の文化にふれてみませんか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
不思議な犬語という言葉。

私にとってはただ「犬と会話する」というだけのこと。
このクラスとは別に「スピリチュアルメッセージ」を受け取るというクラスもあるけど私はよく知られる「アニマルコミュニケーター」などでは決してない。

私はただ、犬の良き仲間でありたい。
遠く先住の民がそうしていたように。
私たち人とは異なるコミュニケーションの方法を持ち異なる習慣や感覚や文化を持つ犬というすばらしい異国の友と
良き関係を築きながら、仲間として共に暮らしたいと願っている。

その思いから犬のことを知りたいと努力し
犬の言葉を聞きたいと思って感じ
そして、犬と対話したいと願い
こうやって土と太陽と風と水の中で犬と共に過ごし
犬という動物を肌で感じている、というただそれだけのこと。

だから私にとっては

犬のボディランゲージも、声のシグナルも、魂の対話も、
彼らの良き友であるために知った大切なことなのだ。
むしろ、彼らが私たちの前で今伝えようとしている「犬語」の方がずっと大切なメッセージだと感じている。

犬に何か問題があると「メッセージを受け取ってほしい」といわれることがあるがほとんどのケースでお断りしている。
なぜなら、魂のメッセージを受け取る前に受け取ってほしいメッセージを彼等は今すでに言っているではないか。
「犬語」という方法を用いて、精いっぱい、こんなに伝えてくれている。
だから、まずそれを受け取ろう。
それが、犬という動物の文化や彼らそのものを尊重する姿勢であり、私たちの対等な良き関係へとつながると私は信じている。

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Posted in クラスのこと, 犬のこと

犬語セミナー

先日このブログでもご紹介した犬語セミナーについて「犬語セミナーファン」より感想文をいただきましたので以下にご紹介します。

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犬語セミナーで何を学ぶかと言うと、それは「犬を知るということ」につきると思います。

犬とずっと暮らしておきながら、こんなにも彼らが表現していた様々なことをスルーしていたなんて、
なんてもったいない事をしてきたんだろうと悔やまれます。

あの子は何て言っていたんだろう、
あの子は何を伝えていたんだろう、
あの子とあの子はどんなふうに会話を楽しみ、
私のことを何て言っていたのかな・・・。

犬語セミナーに参加して、自分がどれだけ犬のことを知らなかったのか、
知った気になっっていただけなのかということがわかって落ち込むこともありましたが、
それよりもむしろ自分たちに与えられたツールを使って犬たちが一生懸命自己表現しようとしている姿に、
そしてうまく伝わらなかったり、答えられなかったりして思い悩んでいる姿にちょっと嬉しくなったりもしました。
当たり前なんですが、犬なんだなぁと改めて思い知らされる気がしました。

犬語セミナーで、犬たちの豊かなコミュニケーションの世界を知った今となっては、自分のすぐそばにある小宇宙をのぞかないわけにはいきません。
きっと映像では伝わりにくいツールもふんだんに使っているに違いありません。
その世界に触れて初めて、犬を知ることができるのではないかと思います。
先は長いですが、あせらずゆっくりと楽しみながら、
犬語マスターへの道を歩んでいきたいと思います。

「犬語セミナーファン」より

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「犬語」のファンがいるなんて犬たちが知ったらきっと喜ぶことでしょう。

「犬のコトバとその世界」を忘れてしまった犬も多くなり『ところでボクタチって一体何者?』と
いつか犬に聞かれるのではないかとドキドキしているところ。

『あなたたち、犬なのよ。』と私が諭す前にきっと自分たちで気づいてくれるでしょう。
そのチャンスさえあれば…。

私たちが人という動物であるということに気づくことはそのチャンスのひとつなのだと感じています。

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Posted in クラスのこと, 受講生のコトバ