グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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子犬の社会化トレニング:子犬と外出

犬の子犬期間は乳歯の生えている生後5ヶ月から6ヶ月までをさしますが、一日で成犬になってしまうわけではありません。犬は人との暮らしにより成長が遅れがちであるため、生後8ヶ月くらいになっても子犬のような状態であることがあります。

発達が遅れがちだなと感じるのがテリトリーの構成です。テリトリーにはいろいろな領域のとらえ方がありますが、ここでいう不安定なテリトリーの構築とは生活圏=ホームレンジといわれる生活の場です。生活圏はいくつかのテリトリーの境界線によって作られており、一番外側の生活圏が散歩の場所ということになります。

子犬にとって散歩の場所が安定した生活圏になったと把握できる行動は、排泄行動によって表現されます。犬の排泄行動は、犬のテリトリーによってその場所がかわるため、視覚に頼る人にもわかりやすい情報源です。

子犬の発達が遅れ生活圏が不安定だなと感じられる理由は、散歩中に排泄行動がナチュラルにできないということです。散歩中に排泄をできないと、歩きながら排泄する、いきなり立ち止まり排泄する、アスファルトの上で排泄してしまう、などがそれにあたります。これらの行動は、子犬のテリトリーがまだ不安定ですよ、というお知らせとして捉えてください。

ところが、生活圏が不安定な子犬を、郊外の公園やドッグカフェ、ドッグランなどに車で連れていってしまう飼い主さんが多いのです。もちろん、飼い主さんの方は犬を喜ばせたいか、犬と楽しく過ごしたいという愛護の気持ちであることは理解できます。なかなか犬と過ごす時間がなく、子犬と休日を満喫したい、それには日常の散歩コースでは満足できないから遠出しようという人側の提案です。しかし、ほとんどの飼い主はこうした状態の子犬を連れ出すことが、子犬の社会化を後退させてしまうということに気づいていまん。

子犬を外に連れ出す理由は、実際に連れ出した子犬が吠えたり興奮したりしないために、子犬はその環境に順応していると思い込んでしまうためでしょう。もしくは、新しい場所、人、犬にあわせて経験させることが社会化だと勘違いされているからかもしれません。
犬が他の社会的対象(他の犬や人)に対して攻撃的に吠えるようになるのは、早くて1歳前後、遅ければ2才近くになってからです。子犬のころは緊張していても、動けずにじっとしていることがほとんどです。あまり多くのストレスがかかると子犬は寝てしまいます。人の子供が飛行機や乗り物に乗るとすぐに寝てしまうのも、身体的なストレスがかかるためです。連れ出した子犬や、帰宅後にすぐに寝てしまうのはストレス行動でもあるのです。いつもとは違う人や犬の多い公園やカフェ、ドッグランに出かけ、「帰ってきたら満足したようでよく寝てくれるんです。」という飼い主さんもいます。本当に満足して寝ているのでしょうか。多大なストレスがかかって寝ている場合もあるということもあります。

これらの行動が社会化を後退させる経験だったということは、犬が1歳を過ぎてから他の社会的対象に対して出てきます。子犬の経験が実際の社会行動に表現されるのが数ヵ月後ということですから、一瞬一瞬の犬の行動を理解する力がなければ、気づいたときには子犬の社会性はかなり落ちているということです。

子犬期の社会性の発達は、犬の生涯のストレスに影響します。まず、わかりやすいお知らせ行動に注目してください。散歩コースの中での排泄行動がナチュラルな状態で行われているかどうかをチェックしましょう。この行動が安定するまでは、お出かけは控えることです。不特定多数の人や犬が出入りするドッグラン、ドッグカフェ、大きな公園はおすすめできません。子犬といっしょに出かける場所を作りたいなら、知人の家などを借りましょう。同じ場所に何ども訪問して、テリトリーの所有者と関係を深めることで、その場所で子犬が居場所を作ることができて排泄を自宅と同じように正常にできるようになるという場所を探してください。

子犬は発達の段階でたくさんの可能性を秘めています。そしてそれはすべて飼い主さんにかかっているのだということは言うまでもありません。
大切な社会性の発達=社会化は、あちこちへ連れ出すことではありません。
飼い主との関係、安定したテリトリーが子犬の基盤になるのです。

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Posted in 犬のこと

週末の月下虫音を聴いてください。

ラジオ放送LOVE FMの番組「月下虫音」は、大田こぞうさんがパーソナリティをつとめる番組です。平日の月曜日~木曜日までの22時~23時30分と、日曜日の22時~23時という、みなさんがまったりとしている、もしくは布団の中に入ってうつらうつらとしている時間に聴けるとても素敵な番組です。

何か素敵かというと、いろいろとありますが、やはり他の番組にはない「生きもの」をテーマにしていること。「生きもの」から自分を学ぼうという姿勢に溢れた内容で、大田こぞうさんの純粋な視点にワクワクさせられる番組です。

その日曜日版で、ときどきグッドボーイハートのブログを朗読してくれているのです。朗読として大田さんが取り上げてくれるのは、大田さん自身も納得、伝えたいと思って共感しれくれた内容です。
今週の日曜日、11月20日の22時から、またブログを読んでくれるとのこと。
すでに録音されているらしく、どのブログが読まれるのかとても楽しみです。

ブログはとにかく感じたことをどんどんと更新していこうという、走り書きのような状態なので、誤字脱字、言い間違え、うち間違え、文章飛んでるし、とかいろいろと不具合はあるのですが、その辺は大田さんの力量でなんとかしてね、とお願いしています。

感じたことを時間をかけて自分の中で膨らませたことも書いていますが、ついつい長くなってしまいます。言葉という2次元の道具ではとても伝えきれない、やはり3次元の世界でないと伝えられないなと思うことばかりです。

それでも、まず2次元で整理して、3次元で体感してもいいではないかとも思うのです。言葉や文章の難しさというのはありますが、言葉によって整理されることも多少はあると感じます。

大田さんがブログを朗読してくれると、分かりやすいなとか、分かりにくかったなという部分が自分でも再認識されて、とても助かります。できなかったことはできなかったこととして認めていかなければ、進んでいくこともできません。

月下虫音にはいろんな部活動があるらしいのですが、その中に「犬部(いぬぶ)」というものがあります。大田こぞうさんが部長のクラブらしいです。
私もなんだか役職をいただいたような気がするのですが忘れてしまいました。
ぜひ、ラジオ番組の犬部あてに、犬についてのいろいろを送ってみてください。月下虫音を聴きながら、みなさんはそんな風に感じたり思ったりするのだなと、自分の勉強にもなっています。

ということで、11月20日の月下虫音をぜひ聴いてください。
聴き逃した方は番組放送から1週間は、ラジコのタイムフリー機能という
すごい機能で聴くことができます。うっかり「寝落ち」するわたしも活用しています。

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Posted in お知らせ, 日々のこと

消えた草履をひとつ発見

この秋、七山校のテラスの草履が次々をなくなっていく事件が続いています。
経過については以下のブログ記事をご覧ください。
ブログ記事 ぞうりを探していること
ブログ記事 消えた草履事件:容疑動物浮上

その4足、計8個の草履のうちのひとつが、今朝発見されました。
見つかった草履は3足目になくなったピンクの草履の片方です。
見つかった場所は、裏の倉庫の外側の端っこ部分、木と家に挟まった状態でした。
少し力をいれて引き抜くとやっと取り出せました。
このピンクの草履がなくなった日も、倉庫からのものの出し入れをしました。
そのときは気がつかなかったのか、もしくはそのときはここになかったのかは不明です。
草履には、動物の歯型がついていました。鋭利ですがそれほど大きな歯ではないようです。
体重は10キロ未満といったところでしょうか。

この倉庫の下ですが、過去にいろんな動物が居場所として使っていたことがあります。
最初に気づいたのは、アナグマが巣穴として使っていたときでした。
ため糞をする場所が作業室の隣で悪臭対策が必要となったことが、巣穴を見つけるきっかけになりました。夜ごそごそと巣穴に出入りする音も聞こえています。その数ヶ月後に、子アナグマが倉庫のすぐ横で昼寝をしながら日にあたっているのを見かけるようになりました。そして、部屋越しに顔を見たり声をかけたりしても、臭いや気配に鈍感なのかジーっとこちらを見ている有様で、非常に鈍感な動物なのではないかという印象を受けました。

次に倉庫下の穴を活用していたのは野猫でした。家を持たない猫だったようで、後ろのオポの水のみ場で水を飲んでいたり、ねずみをとったりしてしばらく暮らしていましたが、近くのメスの発情期になわばり争いを始めるようになり、結果この場所から去っていきました。

その後、巣穴を使っている動物はいないと思っていたのですが、また新たな動物が巣作りを始めているのかもしれません。アナグマなのか、タヌキなのか、キツネなのか…。
アナグマが使っていた場所ですし、アナグマは家の周辺でよく昆虫を食べています。すぐ近くで見ていてもあまり気づいていません。場所から考えるとアナグマ説が有力になりますが、アナグマはイタチ科です。それよりもタヌキかキツネのイヌ科動物の方が行動としては妥当性が高いと思うのです。実はタヌキはあまり見かけることがありませんでした。オポのアナグマに対する反応と、タヌキに対する反応は明らかに異なるものであり、タヌキの方も犬の気配にはアナグマよりは敏感なのでしょう。
動物の攻撃性は同種に向けられるものの方が厳しいものです。同種の動物はテリトリーが重なったり近づくことを避けようとします。同じ環境の中で得られる資源を奪い合うことになるため、テリトリーは明確にしておくことがその争いを避ける方法だからです。
犬同志であれば、テリトリーが重なっていたとしても、順位付けるという方法がありますので「ここはオレの島だ。」といわれてしまえば、劣位のものは「すみません。」といって引き下がるしかありません。

犬とタヌキは似て異なるもの。互いに近づかない方法がお互いのためといえます。

草履の片方が見つかったことで、草履事件の容疑動物が増えてしまいました。
またこれから観察を続けて絞り込んでいきます。
どんな動物もその自然な行動を観察することで学ぶべきことはたくさんあります。

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犬の社会性に大きな影響を与える犬用のケイジとサークル使いの注意点

犬に居場所としてケイジやサークルをお勧めしていませんが、発達の過程で取り入れなくてはいけないこともあります。あくまで過程と捉えています。
ケイジやサークルが一時的な場所でしかない理由は、室内犬の人との関係性、犬の行動、犬の身体や精神の発達などから説明することができます。
ですがその説明は大変長いものになるため、今日は犬猫のケイジ飼いが増える傾向にある、ある危険性についてお伝えします。

先日生徒さんから質問された中に「サークルの中にいれたまま犬を飼うという方法もあるのですね。」というものでした。生徒さんの話によるとテレビ番組で保護犬を預かるという風景として紹介されたというのです。保護犬を預かった芸能人のその方は、室内にサークルをおいてその中に犬を入れていたとのことです。おそらくサークルの中にトイレをクレートなども設置されていたことだと思います。

帰宅後、人が犬とコミュニケーションをとるときには、サークル越しにさわる、散歩に連れ出す、ダッコするの3つだけ、室内を自由にさせることがないため排泄の失敗をさせることも、イタズラを叱る必要もありません。実際、犬のケイジやサークルからできるだけ出さないようにという方法で、ケイジやサークルに戻って排泄をさせるトレーニングも存在していますが、そのように育てられた犬の行動はとてもいびつなものになっていきます。

サークルやケイジに犬をいれたまま飼うことは、現在暮らしている人の室内スペースに対して犬が影響を与えることは嫌だけど、犬に触れたりダッコしたり散歩に行ったりして、犬を飼うことを楽しみたいという新しいスタイルなのではないかと思います。実際それが可能なほど犬は小型化されている犬の数が増えています。

サークルの中で犬がおもちゃを噛んでいたり、寝ていたり、食べ物を食べているのを「観賞して」かわいいねといって写真を撮る。ダッコ中や散歩中にも写真をとり、それをまたかわいいでしょうと人に見せる。こうした写真をSNSにあげられていることが多いのでたまに目にしますが、一方通行のコミュニケーションは犬の感情の豊かさの発達を阻害するため、その表情はお人形さんのように無表情ともいえるものになっています。

動物を飼うというスタイルはその人の価値観によって様々なものだと思います。
魚を水槽で飼う、鳥を鳥かごで飼う、猫を室内やケイジの中で飼う、犬をケイジやサークルで飼う。動物とスペースを分けることで問題は生じにくく、ただ観賞を楽しむことができるようになります。

犬の場合には、サークルやケイジで飼おうとしてもまだその犬に意思を伝えようとする行動がある場合には、ケイジやサークルにかみつく、吠える、飛び上がる、ペットシーツをびりびりに破る、自分の体をかき続けたりなめたりする、などのストレス行動を表現してくれます。自分に必要な欲求が満たされていないというシグナルです。

50年くらいまえまで行われてた犬が屋外でふらふらとしながら、お腹が空いたり眠たいときに人のスペースを借りるという生き方は、もう存在しません。
わたし達は犬と関わりを持ちたいなら犬を飼わなければいけないのです。それが法律で決められたことです。

前述した、サークルやケイジの中にトイレとクレートを設置して犬をその中にいれておくという方法は、子犬のトイレトレーニングのときに取り入れられます。これも犬を飼う人の生活環境によりやむを得ずこうなったという形であり、ベストではありません。その埋め合わせをどうやって行うのかを考え工夫していくことが、犬との暮らしをより良く変えていくことだと思うのです。

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笹薮を刈り込んで日当たりをよくした結果、復活したゆず。
生きているものすべてが環境の影響を受けて育っています。




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犬と野生動物の関係:オポとキツネの不思議な風景

夜中から降り出した雨のため、草履消失事件の容疑動物の再現を見る張り込みは空振りに終わりました。
容疑動物としてキツネが浮上した経過については、昨日のブログをご覧ください。

キツネの話をすると「え?九州にキツネっているんですか?」という反応をよく受けます。
キツネといえば想像するのは北海道の大地。暖かな九州にキツネが生息しているということを知る方はいても、実際にキツネを目にしたことがある方は少ないのではないでしょうか?ここ七山でも唐津地区に近い地域の方にお尋ねしたところ、同じように「七山にキツネっておるとかいな」という答えでした。

わたしがはじめてキツネを見かけたのは、七山の樫原湿原(かしばるしつげん)を夜遅くに七山へ向かって車を運転していたときです。雪が地面に残るような季節でした。車をゆっくりと走らせると追いつかないのがわかっているのか、明らかにゆるやかなスキップという足取りで前進を続けたかと思うと、突然止まって振り返り、そして見事に山中へ消え去っていくという風景でした。その歩行する背骨のまっすぐで揺れのない美しい動作にうっとりとしてしまいました。同じ場所で4回ほど遭遇したのです。

七山校のテリトリー内でキツネを見かけたのは1回だけです。わたしが気づいたのがその1回であったとしても、先方はなんども訪れていることは間違いありません。その1回は、オポがキツネを見送る風景となりました。

場所は戸口を出た先にある動物たちとの境界線の内側、オポのテリトリーの中です。季節は春から秋にかけてです。冬は戸口を閉めてしまうため、戸口のあく「ガチャ」という音に反応して動物たちが去っていきます。戸口をあけている季節は、音もなく庭に出るので動物たちが逃げ去る影を目撃ことができます。そして、このときある事情でいつもは持たない懐中電灯を手に持ってオポについで庭に出ました。

そのとき、車のある位置よりひとつ高めの段から山の境界線にかける坂を、音もなく動く動物の気配に気づきました。オポは少し鼻先をそちらに向けており、私は懐中電灯を当てました。そこにいたのがキツネだったのです。

オポは他の野生動物に対しても大体同じように接していましたが、キツネに対してもやはり同じように接していました。相手がテリトリー内から後退し茂みに入っていくのを見ているというのがオポの行動でした。その野生動物を見ている行動が見届けているというふうに感じられるのです。もちろん視覚だけではなく全身の感覚でそれを得ているということです。後退を確認すると藪の中でガサガサと逃げていく動物を追い立てたり吠えたりすることはありませんでした。さすがにキツネはガサガサと音を立てることもなく、影のように藪の中に消えていきました。

野生動物に対するこのオポの反応は、引越しした当初からではなかったと思いますが、わたしがオポと共に動物達に会うようになった山暮らし1年後には、ほぼこのような行動で安定を見せていました。オポ8歳のときです。
そういえば、オポの隣犬だった里山犬が動物を追いかけているのを見たことがありません。安全確認の必要な情報だったら臭いを追いにいくはずなのですが、山中でたくさん嗅いでいる臭いのうちのひとつだったのでしょう。わたしが得ていない山の情報を、オポという犬がたくさん持っていることに勇気づけられたものです。

樫原湿原にしかいないと思っていたキツネを庭で見かけたのはこの1回限りでした。そのキツネ(まだ容疑中)が七山校を再来。しかも草履を4足も持っていったという事件は犬という動物の結界の強さを思い知らさせる事件です。草履をくわえていく姿を目撃できれば、その行動の意図へのヒントが得られると思うのですが、今日も雨なのでまた待ちぼうけになりそうです。

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消えた草履事件:容疑動物浮上

数日前に「ぞうりがなくなったこと」についてブログで紹介しました。
草履紛失事件が始まった1回目の出来事です。
1回目と書いたのは、そのあと3足の草履がなくなったからです。消えた草履は合計4足になりました。

続いてなくなった3足ですが、3日連続して毎日1足ずつなくなったのです。
1足ずつというのは、テラスにおいてあったのが1足しかなかったからでしょう。

最初にブログで紹介したときに一番有力だった紛失の理由は、私がボケたのではないかということでした。
どこかに置き忘れたのではないか?どこかに持っていかなかったか?捨てたのではないか?部屋の中においていないか?車の中に置いていないか?
ちょうどクラスのある朝に1つ目の草履セットがなくなったことに気づいたので、相談した生徒さんたちから、可能性のあるあらゆる質問を受けました。まったく思い当るところがないのですが、覚えてますか?とくり返し聞かれると、自分の記憶にも自信がなくなってしまうという曖昧さを体験しました。
ところが、今回3足が連続してなくなったことが、明らかに私の置き忘れではないことを証明してくれました。

2番目になくなったブルーの草履は、前回同様になくなったことに気づいたのが朝です。ちょうど来られた生徒さんに「草履がまたなくなった。」旨を訴えました。
そして、この日に買ってきたばかりの鮮やかなピンクの草履をおいたままにしておいたのです。それが一晩あけて戻ってきたらなくなっていました。
それで、昨日また新しい黄色の草履をおいておきました。持って行く方向が知りたくて、すぐに切れる糸を巻きつけておきました。月明かりが明るくて庭がよく見えたので夜遅くまでがんばって見張ったのですが、張り込み中に眠たくねり3時間ほど寝てしまった間に黄色の草履もなくなっていました。糸は切れていましたが、糸の方向から考えて持ち去った方角がわかりました。これで動物が来る方向もわかったということです。同時に昨晩はテラスの机の下に熟した柿をおいておきましたが、それは手つかずでした。どうやら草履にしか関心がないようです。

ブログを見て「キツネだと思う!」という連絡をいただいたので、ネットでキツネ、草履と検索してみると、キツネがビニール製の草履を山積みにしている写真やビデオに写っていたといういくつかの情報を得ました。

今までの情報を整理すると「犯人はキツネではないか」という線が最も強いものになっています。相手がイヌ科動物となると、こちらの関心も高まってしまいます。
それで、現時点でいくつかの疑問を残していますので以下に整理しておきます。

・草履は1足だとふたつ。一度に1個しか持てないから往復する必要があるのに、なぜ1晩で2個を持っていくのか。(毎回チェックはできていないが、少なくともこの3日間は、1日で2個を持っていかれている)

・すぐ下の家の犬が夜8時とか9時くらいまで吠えていたが、草履のなくなった時間は吠えていないと思う。(情報不確定)

・一度は短いブーツも同じ場所に置いたままにしていたのに、草履しか持って行かなかったのは何故か。

・ピンクの草履がなくなった日には、犬2頭が来ておりキツネの来るルートの方や、テラスのすぐ前になんども排尿をしていた。犬が排尿をしたばかりの日なのに、警戒せずに草履を持っていったのは何故か。

・容疑動物を「キツネ」だとして、一体何のために使うのか。
(ネットでは子狐の遊び道具のためという説明があったが、イヌ科動物の行動として納得できない部分があるから)

以上が現在の疑問点です。

疑問のある中でも、実際起きていることをこのように仮定しています。
・容疑動物「キツネ」イヌ科、イヌ亜科、キツネ属 和名:キツネ
・単独
・持ち帰り場所 巣穴
・行動の理由 執着行動?

今日は作戦を変えてみます。作戦は、草履をとられないようにするためのものではありません。容疑動物を特定したいという気持ちから行っています。
なぜかというと、環境の中にどのような動物がいて、どのような行動をしているのか、そしてその行動の目的が何であるのかを知りたいというのが作戦の動機です。
動物の行動は日常のひとつであり「害」があると感じるものに対しては対応はしますが、その前に動物を特定しその理由も知りたいと思うのです。

昨晩はひっぱれば切れる絹糸にし、1足しか結んでいませんでした。
多少の衝撃であれば相手を警戒させず、室内にいる私にも情報が伝わりやすいと思ったからです。しかし、昨晩は、眠いのと寒いのに負けてしまい3時間で張り込みを断念、星野道夫さんの影にも近づけない有様となり、自分でも情けない限りです。

本日の作戦は長いビニール紐です。簡単には切れないので時間かせぎになるのと、噛み切るのか、持ち去るのを諦めるのか、警戒してくわえようとしないのかという情報を得たいと思います。
まずは動物の特定、できることなら直接見て確認したいです。
天気が快復してますので月明かりは期待できます。

dav

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犬を「触ってもいいですか?」に対応する方法:犬の環境を守るために

犬と散歩中に「さわってもいいですか?」と聞かれることがあります。

丁寧な声かけではありますが、申し訳ないけど自分だったら断ります。
一番の理由は、犬の側にたったときに、触られたくないだろうと察するからです。
散歩中にリードがついていて犬の方は自由に行動することはできません。
相手が近づいて来る事を許可してしまえば、犬には逃げ場はありません。
触りたい人に犬を提供することは、犬が社会に受け入れられるために必要なことのように思われています。
私もそのように思って、犬に受け入れさせていたり、トレーニングの練習としてガマンさせていたこともあります。
それも、あくまで人の立場にたった場合のことで、少しいやなことだけど上手に受け入れさせた方が上手くいくのではないかと思っていたからです。
ですが、今では考え方を改めました。犬の習性に反するようなコミュニケーションを飼い主が許可することは、犬との関係性において不信感になるだけです。犬は動物として理解されるべきだと感じるようになったからです。

犬を触らせたくない理由の二つ目は、犬が絶対に吠えたり噛みついたりしないという補償はないからです。吠える、噛みつくの二つは、犬がテリトリーやスペースを侵されたと感じたときに出る社会的コミュニケーションです。
「犬の体に触れる=犬のスペースに入る」という行動は、犬に多少のストレスを与えます。それが、相手のちょっとした行動や、周囲の他の刺激の追加によって、吠える、噛みつく行動へ発展しないという保障はどこにもありません。

自分が子供のときには、親からこのように教育されていました。
「知らない犬、人の家の犬には、絶対にさわってはいけません。」
「犬が近くにいるときに急に走ってはいけません。」
「犬が食べ物を食べているときに、近づいたり手を出してはいけません。」
犬を見ると「あ!犬だ」と駆け寄ろうとした犬好きの子供だったからこそ、母親も厳しく言ってきかせたのかもしれません。
犬とふれたい、犬と遊びたい子供の私は、母親が犬とどのように接しているのかを見ることが日課となりました。信頼を得ると犬の方から自分に近づいてくれるようになり、少しずつ距離感が縮まっていった記憶があります。

今では、犬を見かけると「触ってもいいですか?」と尋ねてから触るというのが礼儀になっているようです。子供達もそのような教育を学校の授業で受けているようです。実際、小さな子供さんの方が「触ってもいいですか?」と尋ねて近づいてきます。
犬は人が触っても噛みついたりしないやさしい動物であることを子供に教えるための教育なのかもしれませんが、違和感を覚えます。

人と人に置き換えれば、「触る」という行動は特別であることがわかります。
かわいい赤ちゃんを見たとしても「触ってもいいですか?」と尋ねるのは、とても礼儀のない態度です。「かわいい赤ちゃんですね。」といって、微笑みかけるくらいでしょう。
犬の場合には初対面で目を合わせることはしません。対象が他人であれば、まず臭いをとるというだけ、それであいさつは終わりです。

心がふれあう経験や体験、共に生活という長い時間をかけて関係を築いてきたからこそ、そこに「ふれる」という接触を通して得られるつながりがあるのだと思います。

特に、幼少期、もしくは興奮しやすい犬の場合には「触ってもいいですか?」を遠ざけることをお勧めします。
対応としてはこんな返事でどうでしょうか?

「すみません。今トレーニング中なので失礼します。」
「すみません。うちの犬は噛みつくかもしれませんので遠慮してください。」
「すみません。うちの犬は触られるのが苦手です。」

触ってもいいですか?ときちんと尋ねられているのですから、こちらもきちんと断る姿勢は準備したいものです。
そして、少しずつでも「実は犬は触られたがっていない」ということと、ふれあいの本当の意味をみなさんに理解していただけるように、これからも、このことについて話す機会を増やしていきます。

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犬に赤ちゃん言葉を使いますか?:犬との関係を見直す必要性について

犬と接しているときに、飼い主さんが犬に対して赤ちゃん言葉を使うことがあります。

オスワリをオチュワリ
オリコウサンをオリコウチャン
お散歩ですよが、お散歩でちゅよ
どうしたのが、どーちたの
といった感じでしょうか。

みなさんは赤ちゃん言葉を使うことがありますか?
無意識なので自分では気づかないこともあるかもしれませんね。

犬のブログなどでは、この赤ちゃん言葉が多用されています。
テレビなどのメディアでも、吹き出しに赤ちゃん言葉で表現する加工があったり、
一部の芸能人が犬や猫に対して赤ちゃん言葉で語りかけている風景もよく見られます。

犬にとっては、赤ちゃん言葉を使われているという感覚はありません。
統一して使っていただければオスワリがオチュワリになっても全く問題はありません。

ただ、人として違和感を覚えるのです。
他人から「どうしたの?」と言われるところを「どーちたの?」と言われたら、自分は違和感を覚えます。
私が赤ちゃんに見間違うはずはないから、多分この方は発音が悪いのだろうと思うでしょう。

犬への赤ちゃん言葉の使用に問題があるとすれば、飼い主さんの犬に対する姿勢です。
犬に対して赤ちゃん言葉を使ってしまうのは、犬のことを赤ちゃんだと思っているからです。
そんなつもりはなくても、無意識にそう思っているから言葉に出てしまうのでしょう。

犬が人と暮らし始めるのは生後7週齢くらいです。人の子供の年齢であてるとそろそろ幼稚園に入ろうとしている年齢です。
犬は自力で歩ける年齢であり、赤ちゃんではありません。


動物の自律を促しているのは、周囲の家族や群れとなる動物の自分への接し方です。
飼い主が犬のことを赤ちゃんだと思って接すれば、犬はいつまでも未熟なままです。

未熟な動物がかわいいからいいのだ、という考え方もあるでしょうが、
動物はみな成熟する権利を持っていて、成長によって精神的な安定を獲得するのです。
生涯にわたり子犬のままで、不安定な状態を維持することがどんなことなのか。
成長した人の内面性が未熟なままだったらどのような状態なのかを想像すれば、理解できるかもしれません。

動物への理解は、動物を尊重する気持ちから生まれます。
小さな赤ん坊や幼少の子供に対しても、相手を尊重する態度は大切だと思います。
小さな存在であっても、犬という動物を尊重する接し方を身に付けたいと思えば、赤ちゃん言葉は自然となくなっていくでしょう。

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集合住宅で犬を飼うことを考える

博多では夜というのにヘリコプターのプロペラの音が物々しく響いています。

駅前の陥没、大変な人災ですが怪我をされた方がいなかったことだけは救いです。
近くの集合住宅に住んでいる動物たちも飼い主と共に避難することになるでしょう。
一刻も早い復旧を願ってやみません。

昨日のブログでも紹介したとおり、集合住宅で動物と暮らす人が増えています。

一昔前、私が大学生くらいまでは、「庭がないと犬は飼えない」というのが常識でした。
はっきりと覚えがないのですが、ほんの30年くらい前まではそのような価値観であったと記憶しています。
集合住宅はペット不可が当たり前。集合住宅に住んだら犬は飼えないという価値観でした。

ところが、純血種の小型犬を飼うことがブームになり、これに応じるように集合住宅でもペットの飼育が可能と宣伝するペット可集合住宅の販売が急増しました。
これを期にマンション購入を決めた方も多いことと思います。また、ペット不可からペット可集合住宅へ移られた方も多いのではないでしょうか。「庭がなくても犬は飼える」という新しい価値観が生まれたことで、犬の生活は今までとは少し様子をかえていきます。

本当は犬と暮らしたかったけどあきらめていた人たちが、集合住宅でも犬と暮らせることを実現し、喜びを得られたことも確かなことです。
実際にたくさんの方が、集合住宅暮らしで犬と楽しく生活していらっしゃると思います。


今回は、私が集合住宅で犬と暮らした経験を通して学んだことについてお話します。
これは、あくまで個人的な価値観の変化であって、一般的な価値観ではないことを
はじめにお断りしておきます。
そうであったとしても、自分にとっては大きな気づきとなったことは確かなことです。

犬をどのような環境で飼うのかということについては、犬を飼うときに誰もが考えなければいけないことです。外で飼うのか、室内で飼うのかもそのひとつです。

ただ、自分では容易に変えることのできない元の環境があります。
それが「戸建て」で飼うのか、それとも「集合住宅」かということです。

犬を飼う前にこれらの選択ができればいいのでしょうが、そうもいきません。
土台となる家ですから、簡単に変えることもできません。

私が犬のオポを迎えたのは、17年前、福岡の集合住宅に生活していたときです。
ペット系専門学校の講師として勤務していたため、職場に犬を同伴させられるから、犬を留守番をさせる必要がないという単純な発想で、犬を飼うことを決めました。

七山の自然環境に引っ越したのは、共に暮らしていた犬のオポが7歳のときです。
つまり、オポは7歳までは、都会の庭のない集合住宅で私と暮らしていたのです。

オポが生後3ヶ月まで母犬と共に過ごしていた家庭には、家の周囲に囲いのある広い庭があったようです。
私が迎えたときに庭のない空間となり、その不安定な空間に犬も戸惑ったことでしょう。

結論から先に述べると、今は集合住宅で犬を飼うことを選択しません。

なぜ、あのときに集合住宅で犬を飼えると思ったのかというと、
集合住宅で犬を飼うことは、「きちんとやればできること」と思っていたのです。
集合住宅では犬は飼わないと思っていた価値観が、一気に崩れた時でした。

集合住宅でも犬を飼っている人もいるという事実。
そして、自分も犬を迎えたいという欲求が重なり、きちんと育てれば集合住宅でも犬が飼えると思ってしまったのです。
犬をきちんと飼うということは人に迷惑をかけず飼うことであり、自分にはそれができると思ったからです。
少なくとも犬の専門家であり、トレーニングの術も身に付けています。

実際、しつけという意味ではオポは全く問題のない「おりこうな犬」でした。
吠えることもない、リードを引っ張ることもない、とびつくこともない、
家具をかじったこともない、盗み食いもしない、来客には礼儀正しくという犬でした。
隣室の友人宅へはよく遊びにいき、同じ住宅の知人にもよく声をかけられかわいがっていただきました。
私が決めたルールをきちんと守り、健やかに成長していると思っていました。
安定した基盤を提供できていたかなと思っていたのです。

気がかりなことは、時間のあるときに山歩きにいったり、山に住む友人を訪ねたときのオポの表情が、日常で見ているオポとは明らかに違っていたことです。
表情だけでなく、体の動き、輝き、全く違う動物だと感じていました。
結局「いつか山に暮らそうね。」が、約束となっていたのです。
その約束が少し遅れたけど、オポが7歳のときにやっと果たせたというだけのことです。

集合住宅での犬と暮らすことは「人に迷惑をかけずに犬を飼う」という意味では、達成可能だと思います。
犬は飼い主を思いやって、もしくはトレーニングのテクニックによって、飼い主に迷惑をかけずにお利口さんになってくれるでしょう。

ですが、犬という動物としての発達や成長は、自然とのかかわりが影響します。
これらを、都会の集合住宅で実現することは無理なことです。
だから、今は集合住宅や都心で犬を飼うことを自分は選択しません。
でも、人がその環境で犬と暮らしていることを否定はしません。
なぜなら、自分もそうしていた時期があったからです。
だから、どんな人にも犬と学ぶ場所は、どこからスタートしても良いのだと思っています。
犬と学ぶ、犬に学ぶことさえ続けていけば、いつか何かが変わっていくかもしれません。そんな希望がいっぱいあるのです。

先日、知人から借りた古武術の講師の本の中に、自分が生きる意味は「人としての自然とのかかわりを知ること」であるようなことが書いてありました。
犬がそんなことを思っているとはいいませんが、意味を問われて応えられなくても
体が求めていることを求めることと、同じような気がしています。

少し寒くなってきました。小さな犬には厳しい季節ですね。
七山校のぞうりはキツネが持っていったことになっています。
山の動物たちはなんだかワサワサとしています。

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ペット可集合住宅セミナー

都心部のペット飼育可マンションは増加の傾向にあります。
分譲の場合にはペット可マンションが一般化しており、
賃貸の場合にはその傾向が増加しているというように感じます。

公団住宅ではペット飼育不可のところもまだあるようですが、結局は黙って飼育してしまう方が出てくるようですので、初めからルールを導入した方が良いとも思えます。

分譲の集合住宅は、マンションがひとつの集合帯になります。
長い間、同じ敷地の中に共有スペースを持ちながら生活するのであれば、共通のルールも必要です。
このような分譲のペット飼育可マンションにはペット委員会というのがあります。
最近では、みなさんが自主的にルールを決めたり話し合いがもてるように、ペット委員会も増えていると感じます。

先日、集合住宅ペット委員会主催のペットの勉強会の講師を委託され行ってきました。
今年は熊本地震が身近な出来事だったので、勉強会の内容は「災害時の…」ということになりました。

暮らしている動物の種類は、犬、猫、小鳥といろいろでした。
過去にも集合住宅主催のセミナー講師として伺いましたが、犬の飼い方育て方セミナーのようなものが中心になりがちです。
今回は猫の飼い主さんたちとセミナーを通してお話することができたのがラッキーでした。

意外だったのが、猫たちも「クレート=キャリーケース」を利用していたことでした。
病院への移動のときにクレートを利用される犬猫の飼い主さんは多いようです。
犬の飼い主さんもクレートを移動用だけに使われて、普段は車に乗せたままというケースもよくあります。

ところが今回猫の飼い主さんたちにお尋ねしてみると、大半はそのクレートを室内に設置したまま利用されているということでした。
理由は「置いていると自分で勝手に入っていることがあるから…」ということで、特に深い理由はなかったようですが、これはベストな選択です!

逆に犬は「ケイジは利用しているが、クレートは置いていない」とのことでした。
犬の場合には、今「ケイジ飼い」が大変増えており、とても危惧すべきことです。
犬の「ケイジ飼い」をおすすめしない理由は、また後日ブログでご紹介します。

クレートとセットで使いたい「クレートカバー」ですが、これも実践している猫の飼い主さんがいました。
「カバーをかけているとクレート中の猫が落ち着きませんか?」というと、
「そうなんです。だから布をかぶせて移動させるんです。」というのです。

どうやったら動物が落ち着いていられるか、考えた末でのカバーの導入だったようです。

動物との暮らしは「本に書いてあるから」「ネットで見た」では解決しません。
どうやったら動物が落ち着けるかな、という視点を持つことができる気持ちが何よりも大切なことです。

クレートトレーニングは、猫よりも犬の方が時間がかかるでしょう。
犬は社会的な動物であることから、飼い主との社会関係が依存的であればあるほど、
空間をわける=境界線をつくることを苦手とします。
でも、そうした犬ほ「境界線」をきちんとつくってあげることが大切なのです。

ペット飼育可マンション主催のセミナーは、いろんな角度から行えばみなさんの関心の持てるものとなるはずです。
お互いの価値観は異なっていたとしても、専門家の話を聞くのは楽しいものだということを知っていただく機会になればと思います。

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熊本被災ペット支援ネットワーク
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