グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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インディアナのウルフパーク

先日ある本を読んでいてウルフパークの設立者のエリック氏が他界されていたことを知りました。
ウルフパークの訪問は2回あり2回目は2007年だったので、あのあとほどなくして亡くなれたのですね。ウルフゴッドを口にしていた氏の旅立ちには多くの狼たちが迎えに来たことでしょう。懐かしくいろんなことを思い出しましたので少しご紹介します。

最初にウルフパークを訪れたのは、行き当たりバッタリのいきさつでした。そのときの自分は20代のまだ若々しく活動的な年齢でした。知人と共にセントラルパーク公園を観光で訪れたときのことです。セントラルパーク公園の大きさに圧倒されながら散策をしていると、ふたりの女性が写真を広げて談笑しているのが眼に入りました。写真のそばにあるコメントをみると「Donation」と書かれています。写真はオオカミのものだったことから思わず足を止めてしまい、その女性にわずかしか話せない言葉で「この写真はどこのもの?あなた方はここで何をしているのですか?」ということを尋ねたのだと思います。

オオカミの写真はウルフパークという施設の写真のものであること
そのウルフパークでは野生のオオカミの保護や研究を行っているということ
写真の販売費は施設の運営費に当てられるということ
ふたりの女性のうちのひとりがウルフパークのボランティアをしている
もうひとりの女性はボランティアをしている方の友人で、ホームメードのマフィンを作ってその販売費も施設へ寄付する

などといったことを聞きながら、ウルフパークという施設でボランティアの彼女が撮影したという写真をいろいろと見せてもらいました。犬に見せられたものであれば、その奥にあるオオカミの表情や行動に関心があるという人が多く、私もそのひとりでした。保護の目的が十分にわかったわけではありませんが、謎に包まれたオオカミの行動の一部でも知ることができる場としてとても魅力的に感じられました。

それよりももっと魅力的だったのは、ボランティアをしていた彼女が素敵な自律した女性で、とても惹かれるものがあったのです。それでなんとなく「わたしも言ってみたいな…」ということをつぶやいたのだと思います。その言葉に彼女は「私が連絡してあげる、今オオカミのパピーが生まれているから一緒に寝ることもできるのよ。」と教えてくれました。

限られた時間の旅行なのに知人の方は「行っておいでよ。私は大丈夫だよ。」と言ってくれたため、ニューヨークに住む知り合いに頼み込んで電話でインディアナまでのチケットの予約をお願いして、翌日はいっていた予定をキャンセルしてひとりで一泊のインディアナのウルフパークまで行くことになりました。言葉も対して話せないのに、今思えば無謀なことなのですがこれが20代なんでしょう。

アメリカといえばサンフランシスコやニューヨークといった華やかな場所しか知らなかった自分にとって、インディアナはとても強烈でした。そのインディアナの小さな空港まで迎えに来てくれたのがエリック氏でした。早速施設隣接の自宅へ連れていっていただき、そのときウルフパークにドイツから来ていたボランティアの学生を紹介してくれました。

オオカミたちが数頭入っている柵の中に、女性の常勤スタッフの方と一緒に入りました。彼女は「絶対に私の後ろから離れてはいけない」といいました。私は彼女の真後ろに二人羽織りくらいの距離にピッタリとくっついて、柵の中に入ります。外敵の侵入に警戒心を表情に示しながらも、声を出すことはなく、じっくりと私を観察する時間がとても長く感じられました。飼育されたオオカミとはいえ、さほど飼いならされているという印象もありません。施設は広大でしたが、そのときに入った柵の広さはあまり広いとは感じられませんでした。広さでいえば小学校の体育館といった程度のものでしょうか。

オオカミたちが観察を終えると、女性スタッフは少しずつ私の横位置にくるようになり、オオカミも彼女に近づいてきます。彼女はオオカミの背中に手をのせ、私にもさわってみるように促します。私は立ったままオオカミの背中に少し手をふれました。硬くて緊張感のある毛、動きもゆっくりで当たり前すぎますが、イヌという感触ではありません。

夜にはオオカミのパピーとドイツのボランティア学生たちと一緒に、シュラフに包まってバスのような車の中に寝せてもらいました。パピーといってももう眼もあいて活動し始めています。翌日に「始めてのミール」といってゴハンを食べていたくらいの年齢です。私の臭いが今までの環境にない新しいものだったため、それを調べるために、髪の毛をひっぱったり、シュラフをかんだり、結局一睡もできずその様子はまるでガリバーになったようでした。

エリックは私を自分が講義をしているという近くの大学まで連れて行ってくれました。そこに日本語が話せる女性がいるからと紹介してくれ、聞きたいことがあったらなんでも聞きなさいといってくれたのです。
「日本で動物行動学を勉強するためにはどこへ行ったら?」という質問をしたのを覚えています。エリックは「日本には動物行動学を勉強できる場はない。勉強したいならアメリカに来たらいいよ。」といってくれました。

エリック氏について最も印象的だったのは、ドイツのボランティア学生たちが食事時にドイツ語で話しているのを見て、「なぜ英語で話さない。サチコがわからないじゃないか。」といってくれたことです。英語でも早口になったり専門的になると分からないのですから、自分はほとんど気にしていなかったのですが、こうしたことはエリック氏が「コミュニケーション」をいかに大切にしているのかということに気づかされることでした。

ニューヨークに戻って再びセントラルパークの彼女と会い、体験を報告しお礼をいいました。
ウルフパークにいったからといってオオカミのことが何かわかったわけではありません。ただ、オオカミを愛する人々と少しだけ触れ合う機会を得て、自分がしたいことは難だろうと若さの中で考える時間になりました。

そのウルフパークを2回目に訪問したのは、ウルフパークツアーというものが開催される案内を受けとったからです。ウルフパークは商業化しており、たくさんの方がオオカミを見る、オオカミについて学ぶイベントが終始行われていて、スタッフも増えていました。20年前のウルフパークの思いはそこにはありませんでした。
柵はひろくなりオオカミたちの数も増えて、施設もきれいになっています。そしてオオカミたちは、少し飼いならされたようになっていました。たくさんのスタッフがオオカミにふれる必要があり、施設を継続していくためには必要な道だったのかもしれません。

自分にとって大切なのは「イヌのことをたくさん知りたい、もっと知りたい」ということです。そのため、施設を訪問したり活動したり本を読んだり仕事をしたりします。どんなときでも本質に触れるということを大切にしています。施設の大きさや規模やその人がどんなに偉いか有名なのかとかは全く関係ありません。動物にかかわる人、専門家、ボランティア、施設のスタッフ、飼い主さんを含め、どんな出会いからでも学べる出会いの本質にふれること。エリック氏との出会いはそうしたものでした。

2回目の訪問時にエリック氏はほとんど姿を見せませんでしたが、雨になりそうなときに空を見上げていると「ウルフゴッドがいるから大丈夫。」と一言いわれました。そうですね。ウルフゴッドは本当にいる、晴れていても雨が降ってもウルフゴッドがいるから大丈夫ですね。

セントラルパークで買ったウルフパークの写真
写真はセントラルパークで購入したもの

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免疫学の安保徹先生を悼む

昨年末に、免疫学の第一線で活躍されていた医学博士の安保徹先生がなくなったということを知りました。
安保徹先生に謹んで哀悼の意を表します。

安保徹先生は医学的知識の乏しい一般のわたしのようなものでも理解しやすいような本をたくさん書かれていました。安保徹先生の本を読み免疫学についてずい分と勉強しました。
中には医療行為を真っ向から批判するようなものもあり受け取られ方は様々であるとは思いますが、自分が信じていることを自分の利得を別にしてはっきりと述べる方も少なくなりましたので、私は尊敬していました。

特に安保先生の本の中でとても理解しやすかったのは、自律神経のバランスがどのような状態でバランスを崩してしまうのかということや、体や精神に影響を与えるのかということについては、なるほどなと自分の実生活にあわせて考えても納得のいくことが多いものでした。

安保先生の本を読み免疫学を勉強しようと思ったのは、自分のことではなく犬のことでした。
犬はストレスを抱えると行動に表現します。中には自律神経のバランスを大きく崩してしまい、環境を少し整えるくらいでは改善しにくいケースもあります。自律神経のバランスの崩れは、排泄行動や睡眠行動や食べる行動などの生理的な欲求バランスに影響を与えます。
どんな動物も、食べること、排泄すること、寝ることのバランスが崩れると、身体的不調は高くなってしまいます。これは犬が身体的にバランスを崩した状態で起きることですが、実は自律神経の乱れは、他のストレス行動として表現されることもあります。

心と体はひとつですから精神的に苦痛や不快を得たりすることは当然のこととして、別にも犬としての本能的な欲求が満たされないといったことが、犬にとっては欲求不満となり、自律神経のバランスの崩れを引き起こすこともあります。
最初は環境がストレスとなり身体的なバランスを崩しただけだったのに、これをきっかけに病気が始まってしまい、ずっと病気を戦い続けるということにもなりかねません。

安保先生によると免疫系の病気は薬ではよくならないとのこと、症状を一時抑えて日々を落ち着いて過ごせるような方法として薬も必要なときもあるとは思いますが、要は根本から改善していく必要がありますよ、という風に受け取れます。

犬の生活を変えるには飼い主は自分の生活を変える以上に大変です。忙しく時間がない毎日を送っているのに、これ以上犬のために何か時間を必要とされるとなると本当に犬を思っている飼い主さんにしかできないことではないかと思います。イヌという動物に適した生活は、とてもゆっくりして時間が静にながれ、風が通り太陽に触れる環境で、他の動物や生物たちも生き生きと生きている中に、自分の動物として存在し、そしてほんの周囲の環境のわずかな変化を楽しむという程度ではないかと思うのです。

安保徹先生の本を今年はたくさん読み返して再勉強しようと思います。

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薪割りは体幹トレーニングとして

午前中の尾歩山でのトレッキングクラスの前に、久しぶりにチャレンジしました。

薪割りです。

10年くらい、薪を割る機会がなかったため、斧がさびてしまいました。
最近庭木の手入れをしたときに少し太い木が出てしまいました。
広葉樹だったので薪ストーブ用の薪にしたい。
でも斧がない…。

10年前も決して薪割りはあまり得意ではありませんでした。
なにしろ斧は重いし、少し怖いです。
でも、最近バランス感覚が鈍っているような気がして、バランスを取り戻すためにできることを捜していました。それで「よし、薪を割ろう」と思ったわけです。

早速、斧を買ってきて今朝、久しぶりの薪割りとなりました。

かっこよくできたといいたいところですが、最初の一刀で木の間に斧の先がはまってしまい、どうやっても抜けなくなり、それを抜くのに大変な時間がかかってしまいました。
もともと苦手なことを、ずっとやってなかった上に、この10年で年もとっています。

気をとりなおし、もう一度バランスをとるために調整をしてみました。
ヒーリングでいうと、呼吸を沈めてグラウンディング、自分の中心をみつけて丹田に気を沈めて、みたいな感じです。
そして斧を振り上げるのではなく、自分の体のひとつとして手を上げて、まっすぐに落とすだけです。

だんだん気持ちよく割れるようになってきました。
体も温まってくれます。

薪は人を三度暖めてくれるという言葉はどこでいわれたのでしょうか。
薪を割るとき、
薪を運ぶとき、
薪をくべるとき


薪割りは気を許すと大きな怪我につながります。
それだけに気持ちも引き締まり、落ち着きも取り戻せます。
自分のバランスの悪さを知り、そこに向き合う時間にもなります。

薪割り機というのもあるけど、それはそれとして便利に使い、
薪割りの精神というのは忘れないでいたいと思うのです。

犬は人が何かに対して真剣であるときには、よくわかっています。
ぐうたらとしていることもよく知っています。
犬はこわいくらい、何でも知っていますね。

薪割りはみなさんに体験していただくには少し危ないのでお願いできませんが、
こんな楽しく自分を鍛えられることを、独り占めするのももったいない気がします。

薪割りをした薪を使う薪ストーブの工事が始まりました。
今まで使っていた暖炉とはサヨナラになります。
今までありがとう。これからは新しい姿となってまたいっしょに楽しくやりましょう。



dav






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犬のお預かりクラス:ゴールデンくんのはじめての雪遊び

起床のときには積雪なく、お預かりのゴールデンくんと朝の散歩もスムーズに行けたのですが、9時くらいからでしょうか、猛烈に降ってまいりました。


dav
ほんの1時間くらいでこんなにたくさんの雪という水分が落ちてくるのですから、やはり自然の力はすごいですね。
一晩降り続いたわけではないので雪の高さはわずかではありますが、それでも今年一番の積雪になりました。
粉雪を淡雪のまじったような雪が地面にひろがっています。

さっそく雪に接するのは始めてではないかと思われるゴールデンくんを庭に連れてきました。

dav
刺激に犬がどのように反応するかという社会性については、犬の性質や経験とそれによって培った現在の犬の社会性の状態によって、さまざまです。逆をいうと、刺激に対する犬の反応を見ると、犬がどのような経験や性質を備えているのかの一面を見ることができます。新しい経験というのは見逃せません。

かなり緊張していましたが、少しずつ興奮へとエスカレート式に上がっていきます。
しばらくするとこんな行動になりました。はじめて犬が雪に接したときによく見られるいくつかの特徴のある行動がみられます。

[youtube]https://youtu.be/Ecy8ziliL4w[/youtube]


この行動を「遊び行動」と見るかどうは「遊び」を定義づけておく必要があります。
新しいものに対する社会化の過程と遊びの過程は同時に、重なって起きていることもあります。

「遊び」とは応答性を楽しむコミュニケーションのひとつです。たとえば、ひとり遊びであっても人の場合には、お人形さんを使ったり、ひとり言をいったり、おもちゃの汽車を走らせたりするのも、ひとりで応答性をつくっています。最近はこんな遊びではなく、もっぱらスマホやテレビのゲームが遊びの応答性を満たしてくれるものなのかもしれません。
他者との遊びが苦手な動物も、モノが応答性をもっていればそのモノでひとりで遊びます。逆に他者との社会性が育っていないことが、ひとり遊びの時間を多くしてしまう原因にもなってしまうのですが。

ということで、このビデオでも犬のことがいろいろとわかりますね、というお話しでした。

興奮の度合いも犬によって異なります。興奮が早く落ちる犬、一旦興奮するとなかなか興奮から冷めることができない犬。

犬の経験行動を通して飼い主が知ることができること。
そして、犬が経験を通して学び成長する機会を得られるのかということ。
この、どちらも重要です。

犬に何かを経験させるというのは、犬をドッグランやドッグカフェに連れ出すことではありません。
車がなくても、仲良しの犬がいなくても、自分の生活の範囲内で堅実に犬と共に経験することを大切にしてください。

情報が多すぎることで犬に与える経験が飼い主の一方的な思いによる押し付けになってしまい、犬に必要のない経験を強いられることのないように注意したいことです。
犬は喜ばせることだけで成長はしません。犬は失敗からもちゃんと学びます。ですがその経験はすべて飼い主さんがどのようにとらえるのかということです。

社会化の柱は「犬と飼い主の関係」です。

2月5日(日)に開催されるグッドボーイハート福岡の犬語セミナーが定員に近づいています。
ご希望の方はお早めにご連絡ください。

dav



※煙突工事の前で煙突に覆いをかぶせてます。


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犬のお預かりクラス:今日の七山

今週は福岡での活動中のため博多の空をみながら七山校は大雪におおわれているのではないかと思いをはせながら過ごしました。あと数日福岡滞在のはずでしたが、犬の預かりクラスの予約が入ったため、急遽本日七山に戻ることになりました。

朝からラジオで、雪予報とか、チェーン規制の放送が耳についてしまいます。預かりの犬さんといっしょに七山校までたどりつけるだろうかとドキドキしながら移動の途中に、ナイスタイミングで宅配便さんからの電話を受けました。
荷物をもって七山校に到着された様子です。すかさず実況をお願いします。
「すみません、今のそこですね、雪積もってますか?」
宅配さんによると、今は積もっていないけど雪はすごく降っていて今にも積もりそうだということでした。今回はチェーンを車に積んできていません。到着したとき大雪だったら身動きがとれなくなるかもしれない、そのときはチェーンをとりに歩いて家まで行ってくるかなといろんなシチュエーションを想像しながら、できる、できないと頭で分類しながら、七山に向けて走り出します。

考えているうちに体の中でアドレナリン値が上昇していくのを感じます。
なるほど。犬たちが大雪を目の前にして興奮しているのも、喜んでいるようにみえて、ただ体内の緊急時のホルモン、アドレナリンが上昇している状態なのでしょう。動物がこれまでなんども経験した風景だからこそ、この雪が自分を危機的な状況に追い込むという予測もDNAに保存されているため、雪を見たり予測することでアドレナリンが上昇してしまうのかもしれません。

今日はじめてお預かりクラスを経験する犬さんも、別の理由でアドレナリンが少し上がってきているでしょう。飼い主さんがいないと落ち着かなくなる犬は、飼い主さんが本当にいないという状況を受け取るまでは、飼い主を呼んだりクレートでガタガタと暴れたりすることもあります。
飼い主さんがいないと不安になりがちな犬は、お預かりが難しいためテストお預かりが必要です。今回は緊急であったことと、トレーニングクラスを長く続けていただいたことで、犬の行動のパターンや性質の把握がある程度できていたため「お預かりクラス利用OK」の了解にいたり、始めてのお預かりクラスとなりました。

ところが、犬は以外にものわかりのいいことがあります。預けられた相手が全く知らない人ではなく接したことのある「犬の先生」ですから、なんとなく状況を察知するようなところもあります。
状況をわからせ落ち着かせるためには、七山校に到着してから犬にあわせたいくつかの接し方を行い、犬が少しでも状況を受け入れ安定を図るようにして室内のクレートに入ってもらいます。犬に応じて最初にどこで落ち着かせるかを決めたりすることも、その犬に合わせた落ち着かせの方法です。

預かりの状況については1日に1回もしくは2回、メールで飼い主さんに連絡をいれておきます。犬を預かっているときにわかった犬の新たな行動の特徴や性質については、後日トレーニングクラスやカウンセリングクラスのときにご報告させていただきます。

数回のお預かりクラスの利用を重ねると、自宅での行動が少し変わることもあります。
犬のお預かりクラスは問題行動の解決や他のトレーニングを目的としたものではありませんので、これは付随したおまけのようなものです。預かって訓練をしても、飼い主の環境に戻れば行動も元にもどるというのが普通です。
グッドボーイハートでの犬の預かりクラス利用での変化は、私とその犬さんの関係が飼い主さん抜きで行われることで少し変化することがあるからです。クラスではいつもお話ししているとおり、犬の社会性は家庭の中で育てられます。社会性に最も影響を与えているのは飼い主の接し方と飼い方です。来客としてくる他人はわずかな影響しか与えません。もし他人が大きな影響を与えるとしたら、トラウマになるような暴力的なことがあったり、本来の犬の社会性が不安定でその不安定さによって影響を受けやすくなってしまったということです。

犬の預かりクラスのときには、犬のお世話をするわたしは犬くんにとって赤の他人ではありません。知っている先生であり、わずか数日であっても犬くんの食事や安全管理など、命にかかわる綱であることは明らかです。その綱とどのような関係で過ごすのか、その部分がとても大切です。それは、帰宅したときの変化を期待して行うものではありません。今わたしがこの犬くんと接するこのときを、人として犬としての大切な時間であると思うからこその真剣勝負です。

さて、ぐっすりと寝てくれるでしょうか。
明日の朝、積雪していたら雪遊びになりますね。


dav

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尾歩山に近所の「2代目」参上。。。田舎犬ならではのすれ違い

寒波が来ましたね。七山では一気に雪が降りはじめ、仕事の都合で福岡へと駆け出したので、その後やどうなっているのやらと思いをはせています。

山にいるときは雲の動きに敏感になります。「山心や女心」というものでしょうが、いっしゅんのうちに天候が変わってしまうからです。その日、昼間には冬の空とは思えぬほどの青空だったのに、夕方の暮れる時間になると、空が暗くなるのではなく黒くなっていくのをみて、あれ?と思いました。

学校に戻り多少の片付けをしていたら、風景が一気に変わりました。

dav


この風景になるまで1分くらいです。
慌てて荷物を積み込み福岡へ移動しました。あの空ではきっと思いっきり積もったのだと思います。
今年は積雪を一度も拝んでいないので、気持ちは揺らぎましたが、翌日凍結してしまうと身動きがとれなくなってしまいます。気温が戻れば雪は3日ほどで姿を変えて通せんぼも終わりになります。

この荒れた天気になった日、グッドボーイハートの山「尾歩山(おぽさん)」ではちょっとした騒動がありました。
生徒さんの犬が帰宅するときに「ワン!」と勢いよく吠えたので「どうしました?」というと、飼い主さんが「あそこに犬がいます。」と庭のすぐ上あたり、山につながる道を指差しました。
「え?犬」。

最近このあたりでウロウロとしている犬はみかけなかったので、また猟犬が捨てられたのではないかと不穏な気持ちで見上げます。そこにいたのは、遠巻きに成長を見守っていた近くの家の犬でした。ご近所に1年ほど前から飼われている若い犬で、いつもつながれいるので声や小さな姿を遠くから見る程度でしたが、ある程度シルエットは把握していたので間違いないとすぐに確信できます。

その犬はこの土地で3、4ヶ月くらいの幼犬のころから飼われ始めたたようでした。最初は幼犬の声がするなという、ときどき姿を表したときに観察した内容ではあまり強さがなく比較的なつきやすい無邪気な印象を持ちました。この日、庭の少し高台からこちらを警戒している姿や行動や小さく出す声からも予測はまちがっていなかったようで、人が接するには安心できるタイプの犬でした。犬の首輪につながる長めのリードが見えたので、リードを噛みちぎって自宅の敷地を出てうろつくうちにうちの敷地内に入り込んだのだろうと推測しました。

無邪気な若い犬の警戒心は好奇心へと動きやすく、このふたつをいったりきたりします。状況によっては好奇心が勝ってしまうので、接し方次第でうまくコミュニケーションをとることも可能です。案の定、小さな警戒の音もすぐにやみ尾をふりながら近づいてきました。「何する?」の積極的なアプローチですが「家に帰るよ」と、犬の家の敷地まで送り届け庭に駆け込むのを見守りました。

一旦戻って一度室内に戻ってから再び庭に出て山を見ると、またその犬が来ています。犬たちが歩いた後を入念に臭いながらも、落ち着きなく走りながら、排尿しては地面をけったりかけたりしています。子犬のころから他の犬と接していなかったのですから、犬の臭いに興奮するのも仕方ありません。ふたたび家に送りとどけましたが、またやんちゃが過ぎてこちらに遊びにやってくるかもしれません。


先代の雑種犬はオポのよい話し相手でもあり犬らしく生きた里山犬でした。

名前がわからぬ新米の若い犬には「2代目」というニックネームをつけました。

七山の風景のひとつとして、今後共よろしくお願いします。





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教え子たちの旅立ちに寄せて

グッドボーイハートを設立したのは西暦2000年です。設立から16年がたちました。

今までにグッドボーイハートの教室を利用してくれた犬たちが少しずつ旅立っていきます。今年も年賀状のごあいさつでお世話をした犬の旅立ちについて知ることになりました。しばらく会っていない犬たちもいますが、それでももうこの世で会うことができないのだと思うと、ただ寂しいと思い同時に飼い主さんの寂しさはいかばかりかと心苦しく感じることも確かです。ですがそれよりももっと心の中を占めてしまうのは、その犬と出会えたこと、そしてその犬を愛する飼い主さんと出会えたことに対しての有難いという感謝の気持ちです。その出会いを通して自分が得たものや学んだものは、何にも変えることはできません。旅立った犬たちは飼い主さんに大切にされ愛されて見事に新しい世界へ駆け抜けていったのだと思うと本当に感慨深いものがあります。

ドッグスクールを利用される方というのは、何か問題を感じられた飼い主さんが多いのです。その問題の大小というのは飼い主さんによって捉え方は違うのですが、犬の行動に困ることがあったとか、いろいろとやってみたけどあまり犬のことがうまくいかないとか、中にはとてもおりこうさんになってよく言うことを聞き生活上は問題がないのだけど、犬との関係に距離を感じるからという方もいます。子犬のころに始めたトイレトレーニングが上手くいったあとも、犬のことをもっともっと知りたいからと勉強を継続される方も多いのです。その中に「犬を理解したい」という飼い主さんの愛を感じるとき、その理解の度合いはそれぞれであったとしても、これさえあれば犬はこの飼い主さんの元できっと幸せに暮らしていけるだろうという安心を得ます。

その飼い主さんにとって唯一の存在である犬が飼い主さんの元から旅立っていった。
飼い主さんを悲しませたくないと一番思っているのは犬たちです。どんな旅立ちだとしても犬たちに必要であったから行くべき時期が来たからかえっていったのだと思います。犬がいってしまうと悲しく寂しいものです。哀しみを癒すものは、その犬の生前について思い出したり笑ったり話たりすることでしょう。すぐにはできないかもしれませんが、いつかその日が来ることを祈っています。

犬がこの世を去るシーンは「かぐや姫」だと思うのです。飼い主さんがどんなに愛して引きとめても、月からきたこの犬という使者はその役目を終えて迎えにこられたたくさんの犬たちに連れられてもといたところへ帰っていくのです。昨年の12月にグッドボーイハートの犬の先生だったオポが旅立ちました。オポの旅立ち後はグッドボーイハートの犬達をオポが迎えてくれると思うと、心もいくらか楽になりました。

さて、生きているものはまだやることがあります。先に逝った彼らに恥ずかしくないように、今日もたくさん働いて学んで、そして生きている喜びを感じます。

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謹賀新年

明けましておめでとうございます。
今年もみなさんと犬たち、そしてすべての動物たちにとって良い年となりますようにお祈り申し上げます。

同伴犬はいなくなりましたが、預かりの犬といっしょに年あけを迎えました。
初日の出を今年も七山で拝むことができました。

いつもと変わらぬように山の一部の手入れをしました。その間、ずい分と環境を把握して行動が安定してきた預かり犬が、草を食べていたり、丘にすわっていたり、地面に背中をこすり付けてゴロゴロとしていたり。
いっときはオポのお墓の横に伏せてじっとしていました。そのうちテラスでひなたぼっこをしたりして、こうして犬は静かに一日を終えていく動物なんだろうなとそれを眺めていました。

年の初めには今年の目標のようなものを考えます。今年は今までと同じ変わらぬ思いを持ち続けそれをわかりやすく表現するようにしようと決めました。変わらぬ思いとは、犬に対して誠実であるということです。
犬のことを理解したい、そして彼らとより良い関係を築いていきたい、それは犬に対する誠実な姿勢と思いという形でしか実現できません。誠実さはいろんな価値観や利害でゆがめられます。犬にとってではなく人にとってとなると、それはすでに利害が生じる関係です。犬を人が飼うことそのものが利害が生じていると感じられるのが現状ではあります。ですがその現状を受け入れつつも、こうありたいという思いを持ち続けていきます。
その姿勢の中で知った犬の真実をわかりやすく伝える方法についても考えています。最も伝わりやすい方法として、家庭訪問でのレッスンを中心にして活動をしています。飼い主さんといっしょに考え、犬との暮らしの場で対面してお話しすることが一番伝わりやすい方法だと自分の経験の中から実感しているからです。ですが、今年はもう少し異なる形でもチャレンジしてみたいなと思っています。まだ構想中。構想のまま一年を終えてしまうかもしれませんが、チャレンジしようかなと思っただけでも少しの前進かもしれません。

犬と人の間に起きていることは、しつけやトレーニングといったやり方で解決されますが、これはあくまでその形であるだけです。実際に犬と人の間に起きていることは、関係と環境に関する問題であり課題であると捉えています。だからこそ、今年は犬を飼っていない方々にも伝えられるようなメッセージを準備したいなと思っています。

年末にはまた草履をとられました。回収した草履のうち2個を山の動物に持っていかれました。イノシシはテラスのすぐ脇まで来て地面を掘り返しています。動物との境界線、人との境界線、犬との境界線。すべてを上手に守りながらバランスよくつながってお互いの力を高めていけるように。

今年もいっぱい学んで悩んで考えて、少しでもお役に立てれば幸いです。

dav
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ラジオ番組「月下虫音」で分離不安の話をしたこと

ラブFMの番組「月下虫音(げっかちゅね)」に出演しました。聴いてくださったみなさんありがとうございます。

いつものように、DJの大田こぞうさんと取り留めもなくワイワイと盛り上がりました。
犬の話しになると、わたしよりも大田さんの方がずっと興奮度が高いんですよ。
打ち合わせしすぎるとそこで話が出つくからということで、テーマを「分離不安」にしようねということだけを決めておいて、今回はほとんど打ち合わせなしで本番にいどみました。

番組の中では、犬のわかりやすい分離不安行動のいくつかをご紹介しました。
簡単に述べると「飼い主が犬から離れると吠えて騒いだり、鼻をならしたり、落ち着きをなくしたりする」という状態では程度の差はあっても分離不安傾向があるということです。落ち着きをなくしている状態が、飼い主と離れている環境、室内飼育のお留守番という状況で起こりやすいため、留守中に吠えたり排泄の失敗をしたり、ものを壊したり家具をかじったりしている行動が分離不安としてよく取り上げられます。

留守中に安定しているかどうかは、留守中の部屋の乱れだけでなく、飼い主と再会したときの行動にあわられます。飼い主が離れると落ち着きをなくす分離不安行動は、飼い主が帰宅したときに興奮するという行動として表現されるのです。飼い主が帰宅したら戸口にまっていて、部屋に入るととびつき口をなめる、部屋を走り回る、興奮して走る、おもちゃをくわえてくるなどのテンションの高い行動をする場合には、飼い主との分離が不安定、つまり飼い主と犬の関係性には不安定ですね、というメッセージです。外出の際には騒ぐことがなくても、帰宅したときにこれらの行動が出るときには分離不安傾向はあると考えてください。

犬の行動はすべてにつながりを持っているため、飼い主と犬の関係性が不安定なことは、犬が他の犬や人と接するときの行動にも現れてしまいます。この不安定行動にはいくつも種類があり全てをあげることができませんが、いくつか例を挙げるとするとこんなものも入ります。
人に対してお腹を見せる。
人に対してとびつく。
人に対してマウンティングをする。
人の口をペロペロとなめる。
人の膝の上にのってきたり、体重をかけてよりかかってくる。
他の犬の声におびえる。
他の犬(相手に攻撃の要素がないのに)に吠えたり追い立てたりする。
散歩中に他の犬に近づいていこうとする。

こうした人や他の犬に対する社会的な行動にまで影響をしているのが、飼い主と犬の関係性です。

行動は全てつながっていきます。分離不安というくくりを設けることや診断を下すことに大きな価値があるとは思いませんが、「分離」という心理学の言葉が人と犬の関係性をよりわかりやすくしてくれるという意味では活用しています。犬のことを赤ちゃんと思っていませんか?という質問には、母経験のある飼い主さんは反応が高いです。子育ての経験のある母親なら一度もしくは数回は通った道なので赤ちゃんとの一体化した関係はすごくわかりやすいからです。赤ちゃんはみんな母と同一化しています。もともといっしょだったのですからね。そこからひとりの人として自律していくために最初に必要なことは母親との分離です。お母さんは自分とは違う存在、そして自分は自分なのです。

他の犬に極端におびえたり、拒否反応を示したり、走り回る興奮行動をしやすい犬の飼い主さんは「自分の犬は、自分のことを人だと思っているから犬を怖がるのだ」ということがあります。ですが冷静にみるとこれは逆ですね。犬だからこそ犬に対しては他の動物とは異なる反応を示してしまうのです。反応のあるときはまだ大丈夫です。犬はまだ自分が犬であることを忘れてしまってはいません。犬でなくなったときには目の輝きもうせてしまい、他の犬への反応もなくなってしまいます。他の犬がそばにいても、見えていないのではないかというほど視界に入っていないかのように振る舞います。犬の扉は固く閉まってしまったように。

犬をみておびえたり拒否反応をしたり興奮する犬は、犬である世界にいる犬たちです。お互いに「人」と「犬」として関係性を作っていくことで見えてくることがたくさんあります。人のことが好き、あの犬のことが好き、そんな小さな世界を一歩飛び出してみてください。好き嫌いは妄想の世界というコトバを聴いたことがあります。犬はファンタジーの世界の動物ではなくアニメのキャラクターでもないのですから、妄想の世界で見ていては変化の可能性のあるものにもフタをしてしまい変わっていくことすら許されなくなってしまいます。「うちの犬は先生のことが好きなんです。」といわれると、「いやいや違いますよ。」と思いますが、「うちの犬は先生といるときはいつもと違うんです。」といわれると、そのとおりだと感じることがあります。これは好き嫌いの世界ではないのです。

世界はひとりひとり自分たちの価値観で作られている。
見える人には見えるし、見えない人には見えない。

犬が犬である瞬間がなによりもすばらしいと感じると思う方、たくさんいると思います。
ぜひそんな時間を犬とともに過ごしてください。


グッドボーイハート七山へ向かうの道沿いにはお正月を迎える立派な門松が飾られています。
この季節、七山にはクリスマス的な色も雰囲気も一切ありません。
街中は明るく楽しくクリスマス一色。それはそれで個人の楽しみとしてはいいのだと思います。
山では受け継いてきたことを大切に守りぬいていく、そんな凛とした姿勢を感じます。
人と犬の関係は新しい文化ではなく、本当はすごく古い文化であると思うのです。

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オポの会2016年

オポの一周忌をひかえた「オポの会」を開催しました。

午前中はいつもとおり落ち着いたメンバーでお山散策を行いました。
今日、わんこ山の名前を改名します、といっていたのに、
それをみなさんにお伝えするのを忘れてしまいました。

グッドボーイハートの裏山は今日から新しい名前にします。
山の名前は「尾歩山」 よび名は「おぽさん」です。
きっとオポも了解してくれる名前だと思っています。

この尾歩山で、これからもいろんな犬たちが犬として息吹を吹き返して、
生き生きと生きていく姿をみたいなと思っています。
今日も山は変わらずにどっしりとして、不安定なわたし達の気持ちや足並みなど
全く取り合うこともなく、ただ季節の移り変わりだけを告げてくれました。

山から下りてすぐに石窯に火をいれる準備をしました。
パンの準備は朝からばっちりでしたので、窯にも気合がはいります。
でも、なんだか今日はとてもうまく火を起こすことができて、いつもより早く
窯にパンやピザを入れることもできました。

あとはみなさんとワイワイとお話をしながら、ピザやパンや野菜スープや、ユズドレッシングをかけた新鮮なサラダ、そして手作りの焼きドーナツなどをいただきながら、犬のはなし、子供のはなし、オポのはなしといろいろとおはなしがつきませんでした。

いろんなうれしいことがあったのですが、やはり前スタッフのふたりともに子供ができたことが何よりもうれしいお知らせでした。
ひとりは生後一ヶ月、ひとりは3月に生まれる予定。
どちらも身ごもってすぐにオポが夢でお知らせするという素敵なオマケもついていたらしいです。

人生ではいくつものことを同時に欲しがると全て失ってしまうような気がします。
仕事で生きるのか、結婚して子供をきちんと育てるのか、主婦でがんばるのか。
選択の道はそれぞれですが、自分が本当に大切にしていることを選択できる力は、自分で見につけるものではないかと思うのです。
なので、それぞれが必要な学びを得られているということがうれしいことだなと感じました。

お花で気持ちを送ってくださったかたもいて、普段は静かなグッドボーイハートの部屋が花のかおりとみなさんの笑い声で一気に陽気になりました。

オポが亡くなって一年。犬としては大変な仕事をしてもらったという気持ちがとても強かったのですが、これだけ多くの方の心に足跡を残したオポ。必要があって受けた仕事なのかもしれないと少しだけ飼い主としての気持ちも軽くなりました。

すごしている時間が充実しているときは、写真を撮る余裕もないですね。
今日は写真を1枚も撮りませんでした。それでも素敵な時間でした。

ありがとうございました。

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