グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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<日々のこと>しだれ梅が咲きました

毎日あまり変わりばえのしないような日々を送っている中で、ふと風景の中に心をほっとさせてくれるものが見つかることがあります。

福岡の自宅の庭でも、七山のあちこちでも梅の花が咲き始めました。

そして先日、七山のオポのお墓のしだれ梅が花を咲かせました。

梅2019
昨年はあまり元気でなくもしかしたら育っていないのかと心配していたのですが、一年を通して様子を見守っていたところ、今年は元気に咲いてくれました。

育たないなと思っていても急に開花する時間差のこの成長は、犬の成長と同じです。

梅の花が咲いた日が自分のちょっとした記念日だったので、偶然とはいえ少しだけうれしい気持ちになりました。

この季節、小さな犬ちゃんたちと寒い2月でもトレッキングクラスを楽しんでいます。

犬が小さいと風邪をひくのではないかと心配されることがありますが、そんなことはありません。

柴犬のような毛の深い犬でも外に出していると風邪を引かないかと聞かれることがあり、こちらがびっくりすることがあります。

柴犬のような毛質の犬であれば外飼いでも全く問題なく対応できますし、チワワのような小さな犬でも山歩きでも元気に活動します。

もし犬がそんな外活動もできなくなっているのであれば、体の機能が低下しているということです。

体の機能が発達せずにバランスを崩している結果として風邪を引いてしまうことがあるということなのでしょう。

犬はそもそも外で活動し室内は休憩する場でしかありません。

自宅の中で遊ぶことを考えるくらいなら、冬のこの時期でもお庭や公園や山にいっしょに出かけて行って外で活動する時間を作ってあげましょう。

北風にあたって冬を過ごした犬は活気があり、精神的にも強くなります。

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飼い主さんたちはみなさん優しい気持ちはたくさんお持ちです。

寒いのにかわいそうではないか、震えているのにかわいそうではないか、と犬が少しでもストレスを表現するとそれを見守ることができないようです。

ちょっと寒いけどいっしょにがんばろう、ちょっと怖いかもしれないけれどきっと乗り越えられるよとそばで黙って見守れるようになるためには、犬を信じそして自分を信じることからです。

自分自身も何かひとつでも乗り越えつつちょっとだけでも前進しているときには、きっとそんな気持ちになれると思います。

犬は飼い主とともに歩むのです。

犬だけ成長ということはありません。

犬はどこまでも飼い主の鏡なのです。

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<日々のこと>やまごちの猟師さんに竹の伐採を習う:七山の尾歩山の冬のお手入れ継続中

険しい裏山を背にしているグッドボーイハート七山校では欠かせない山の手入れです。

山の手入れの季節は秋から冬にかけて。

植物たちが根を伸ばすことにエネルギーを注いでいる間に、土の上に出ている部分を切ってしまい、成長を止めたり遅らせたりします。

山の手入れの中でも特にやっかいでなかなか手が付けられないでいたのが「竹」です。

孟宗竹というすごく太くてスクスクと大きくなる竹で、タケノコの親たちですね。

竹は径がすごい勢いで広がるため、きちんと伐採しておかないと山はあっという間に占領されてしまいます。

せっかく尾歩山で育てている広葉樹も、竹の勢いが強いと養分をとられてしまい枯れてしまうのです。


その竹の手入れのために助っ人を迎えることができました。

グッドボーイハートハートでいつもみなさんに買っていただている鹿肉ジャーキー「やまごち」を作っている猟師さんに七山に来ていただきました。

竹の手入れの仕方がわからないと相談したところ、快く引き受けてくださり、やっていただきながら私でもできるようにと細かく指導していただけたのです。

竹の小枝の払い方から倒す方向やその方向を決める手順、倒すためのロープのかけ方や結び方など、ただ竹を払うといっても学ぶことはたくさんあります。

効率よくできるだけ力を使わないように、そして何よりも安全確保が大切です。


竹払いの作業には生徒さんたちのお力添えもあり、竹でうっそうとしていた山の境界線の一部がみるみるうちにきれいになり、風通しがよくなりました。

風が通ると自分はとても心地よいうえに山が喜ぶような気持ちになります。

なれない作業で緊張して疲れたけれど、やっぱり手入れしてよかったと思えるのです。

山慣れしている老犬がそばで風にあたりながら私たちの作業を見守ってくれました。

落ち着いている犬はそばにいてくれるだけで心強くなります。

何もない七山の尾歩山ですが、活き活きと育ってほしいという気持ちは犬に対するのと同じです。

犬はどう思っているのだろうと思うのと同じように、山はどう思っているのだろうと考えるようになったのはいつからかもう記憶にありません。

山とともに過ごしている猟師さんのお話や動きや知恵は、本当にありがたいものでした。

やマゴチさんで鹿のアキレスジャーキーを新発売されたということで早速購入してみました。

一袋はみなさんにお配りしようと思っています。ご希望の方には一本ずつお分けしますので、お声かけください。数に限りがありますのでなくなりましたらすみません。

山の手入れ、本当に楽しいですよ。とみなさんをお誘いしていっしょにやっていただく魂胆です。

もちろん犬たちもいっしょです。

山をはぐくみそして山から育てられる、とても良い時間を過ごせました。


DSC_0844竹

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<日々のこと>犬のパートナーとお別れした飼い主さんたちと犬を思い出す時間

巷の忘年会やら新年会とは全く無縁の生活を続けています。

逆に犬と暮らしたことのない方とは全く無縁のつながりで人と会うことがあります。

十年という長い犬との暮らしが犬の突然の旅立ちで終わりを告げ、犬のいない新年を迎えるときはしみじみと落ち込むことも多いでしょう。


そんな犬との別れを終えたグッドボーイハートの生徒さんたちと、犬が不在の状態でお会いしてお話しする機会がときどきあります。

かく言う私も三年前に共に暮らしていたオポというパートナーを見送った飼い主のひとりです。

みなさんと同じ立場で会って旅立った犬たちのことをお話しするのは、とても大切な時間になっています。

別れた家族のことであれば家族同士で話をすることで思い出す機会もあるでしょうが、犬のこととなるとなかなか話す相手がいないかもしれません。

少なくともグッドボーイハートで多少なりとも時間を過ごしてくださった犬たちのことをすべて覚えています。

飼い主さんのようにその犬の全ての時間を知っているわけではありませんが、飼い主さんの知らないそのコの一面は知っていると思っています。


犬のなくなったあとお肉やさんで頼む肉の種類が変わってしまったこと、キャべツを切っているときに犬の分を思わず取り分けてしまい、慌てて必要ないことに気づいて落ち込んでしまうことなど、飼い主さんの中にはいつまでも習慣になった犬との生活がしみこんでいます。

犬と別れた一年は「昨年はいっしょに年を越したのに…」とか「昨年はいっしょにクリスマスケーキを食べたのに…」と急に生活が変わってしまったことに不安を感ることもあるかもしれません。

それに、犬の方が準備万端で旅立ったのでしょうが、人の方がお別れする気持ちがないので急に旅立ってしまったとつい勘違いもしてしまいます。

まさか犬がいなくなるとは思わなかったと、本当にそんな感覚になることも普通のことです。


亡くなった犬のことをたくさん話していただき、本当によみがえることはなくとも、犬の姿が活き活きと自分の中によみがえる時間を持っていただくことが、共に過ごしてきた犬が喜んでくれることなのかなと思います。

グッドボーイハートの「犬というパートナーを亡くした未亡人の会」ときどきやっていますのでご参加されたい方はこっそりご連絡ください。

全景

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<クラス>トレッキングクラスと抱負を語り合う新年会

お正月も2日から七山初トレッキングクラスに小さな犬ちゃんと飼い主さんが訪れてくれました。

犬ちゃんも若いけれど、飼い主さん歴も若い。

お互いに行き違い、読み違い、すれ違いといろいろとあるものですね。

きいろトレッキング初
犬はただ歩いているだけではない。

犬は環境を把握しながら歩いていくことが大切なことです。

興奮したり走り出したり、動くものばかりに気をとられていると、自分の安全を見失ってしまいます。

相手はどんな奴なのか?
相手が自分に対して攻撃性があるのか?
相手は自分に何を伝えようとしているのか?

犬と犬だけでなく、人と犬もお互いに知っていると思わずに知らないものとして関わっていく必要があります。

急ぎすぎずゆっくりと距離を縮めていったほうが長続きするし、興奮してはしゃぎまわらない方がうまくいきます。

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今日は久しぶりに尾歩山の奥地、知恵の木のあるところまでトレッキングにいってきました。

はじめての若い犬ちゃんたちも飼い主さんもがんばりました。

新年会では12歳を迎える先輩飼い主さんたちから、若い犬ちゃんの飼い主さんたちへグッドなアドバイスもあり、みなさんで新年の抱負を語りあって希望を十分に持ちました。

どちらにしても、理解するには時間がかかるということです。

早く早くという気持ちもあるけれど、時間はたくさんあるのだと言い聞かせて、猪突猛進ならぬゆっくり前進を今年の抱負にして歩みを続けます。

お預かりの犬ちゃんたちも無事にみんな帰宅しました。

グッドボーイハートも新年のクラスから新しい年のスタートを元気にきりました。

空、リン、アンディ1


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明けましておめでとうございます

新年明けましておめでとうございます。

今年もみなさまにとって良いお年となりますようにお祈り申し上げます。


七山ではとても寒い元旦を迎えました。

寒さのせいか、預かりの犬ちゃんたちもいつもより外遊びも短く出たり入ったりをくり返しています。


「出たり入ったり」といえば、年末に聞いた桂枝雀師匠による「いたりきたり」というお題の落語を思い出しました。

「いたりきたり」と名づけられたペットを飼うという話なのですが、どうやら野生動物をケイジにいれて飼っている様子の話だったので興味深くなり食い入って話しを聞きました。

結局その動物がなんであるのかわからなかったのですが、動物から学ぶことはどの時代でも多いのだなと面白可笑しく拝見させていただきました。

今日も明日も預かり犬ちゃんがやってきます。

明日からはトレッキングクラスも開始します。

飼い主さんのお休みのときに犬と共にできること、元気にいっぱい楽しんでください。

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<日々のこと>今年最後のクラスが終了して思うこと

七山に通学レッスンに来られた生徒さんと犬ちゃんを先ほどお見送りして今年もお仕事を終えたといいたいところですが、預かり犬ちゃんたちがワイワイとしていますので、いっしょに年越しとなります。

グッドボーイハートという学校を通して、たくさんの人と暮らす犬と関わりを持たせていただき今年で19年目を迎え、来年は20年を迎えることになります。

家庭犬より以前の犬の仕事の期間も含めるともっともっと長い時間、犬という動物に深く関わることで犬について学ぶチャンスを人一倍いただいています。

家庭犬のしつけとは、犬が人のもとで安心して暮らせるように環境と関係を整えて築き上げていくことです。

一方、人犬との関係を深める中で生まれる種を越えた特別の関係を得られ、動物から学びつつ楽しみを分けてもらえます。

犬と人が暮らすというのはどこにでもあることなのだけど、自分にとっては特別のことのように思えてなりません。

犬についてこうだと思ったことがそうでなかったのではないかと思うことも度々で、今でも反省をくり返すばかりです。

学んでも学んでも学び足りないと感じることばかりで、どのように環境を整えていけばいいのか、どのように伝えていけばいいのかなどいつも悩みつつ壁にぶつかりつつ悔しい思いもしながら犬と、そして人と向き合ってきました。

この今の段階で私が犬について思うことは、犬という動物は本質的にはやはり、ゆったりとした穏やかな動物であるということです。

犬好きの方の中には、犬が走り回ったりはしゃいだり擦り寄ったり鼻を鳴らしたりすることを楽しい性格だと思う場合もあるかもしれません。

子犬が走ったりはしゃいだりして楽しんでいるのは、子犬らしくかわいいと感じることはできます。

ただ、成犬になった大人の犬たちがすぐに興奮してしまったりテンションが上がったり、他人や他の犬の存在に攻撃したりもしくは興奮してとびついたり走り回ったり擦り寄ったりする行動を見ると、その犬はまだ十分に落ち着くことができない状態にあるのだと判断します。

おそらく最近では多くの人が、落ち着いて穏やかに過ごしている犬を見かけることがほとんどなくなってしまったのでしょう。

昭和のはじめくらいにリードをつけずにウロウロと散策しながら人と距離をとりながら待ったりと過ごしていた犬たちをもう見かけることもありません。

常に狭いスペースの中に拘束され、不自由さとストレスと戦いながら、不安や緊張で落ちつかなくなったり興奮したりパニックしたりする姿を喜ぶ飼い主と共にすごく高いテンションで過ごしている犬が増えています。

平成の平の字のようにフラットでゆるぎない気持ちと心と関係性は、犬の中にも人との関係の中にもなかなか見出すことはできませんでした。

でも、それでもなお諦めません。

犬という動物が本当に求めているもの、犬という動物のすばらしい安定と穏やかさをほんの少しでも取り戻せるように、そしてそれを飼い主さんと共に感じ喜びとしたい、これが今年の最後に思ったことです。


結局、七山では雪景色は見られませんでしたが、冬はまだまだこれからです。

良いお年をお迎えください。

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<クラス>年末年始のトレッキングクラスとお預かりクラスでにぎわっています。

年末年始の天気予報が良好なようで安心しました。

皆さんにご心配いただいている寒波も通り過ぎたようで、七山でも冬の始まりのやや暖かな日々を過ごすことができています。

年末年始のお預かりクラスと、この時期のお休みを利用して参加されるトレッキングクラスのために七山にこもっています。

いち早く七山に到着したお預かりの犬ちゃんも、寒さの中でもとても元気です。
むしろ、寒いと犬は少しテンション高めになるようですね。

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少し年齢を重ねた犬ちゃんたちも、元気に山歩きしました。

「普段の散歩はあまり歩みが進まないけれどこの山ではとても元気だから」という飼い主さんの言われるとおり、しっかりした足取りで山を歩きます。

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リハビリ中の犬ちゃんも、ビックリするくらい山を上がっていくので飼い主さんも大慌てです。

大丈夫かなと様子をみながらも、犬を信頼する気持ちが一番大切です。

後ろ脚のリハビリ中なのに、しっかりと脚を上に上げて歩いている姿を見ると、やっぱり山は犬にとっては特別な場所なのだと感じます。

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明日からもたくさんの犬と飼い主さんが尾歩山を歩き収めしてくださるので、きっと尾歩山も喜んでいることでしょう。

かなり以前にお供えいただいたお花なのに、枯れないのが本当に不思議です。

オポのお墓
急に時間ができたからやっぱり山にいきたいなと思われた方も、ダメもとかもしれませんがお問い合わせは歓迎いたしますので、お気軽にご連絡ください。

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<自然のこと>ジェーン・グドール博士の映像を見て思ったこと

ジェーン・グドール博士という動物行動学者をご存知の方も多いと思います。

私が最も尊敬する動物行動学者で、欲張っていえばジェーングドールのようになりたいとまで思ってしまい、かつジェーングドールには絶対になれないと思う方なのです。このブログでの何ども取り上げました。

ジェーングドール博士はチンパンジーの研究者の第一人者ですが、とにかく彼女の美しさといえばチンパンジーと共に過ごしている姿です。

先日ナショナルジェオグラフィックの番組でジェーングドール博士の番組が紹介されましたので、初恋の人に会う気持ちでドキドキしてその映像を見ました。

過去の貴重な映像が満載で、若かりし頃のジェーングドール博士のエネルギーと情熱と愛に満ち溢れた番組でした。

同時に考えさせられるシーンもいくつかありました。

その一つ目は、ジェーングドール博士がチンパンジーに接触を図る過程の中でその関係性に混乱を生じさせることが起きたことです。

彼女のような人でも動物との関係の中で予測できなかったことがあったのだと、大変驚きました。

この事件について過去の文献でも見逃してしまったのか、私が今まで関心がなく読み過ごしてしまったのかもしれません。

その事件とは、チンパンジーが人のテントの中のバナナを持ち去ることをきっかけに、逆に餌付けをしてチンパンジーを人のテリトリーに引き寄せようとしたことです。

今では、野生動物の人による餌付けが混乱を招き動物の執着と攻撃性を高める結果になることは、動物について学ぶ者なら周知のことです。

ですが、当時はジェーングドールのような好奇心旺盛な人々が野生動物に接触をはかる挑戦の過程の中で、こうしたトラブルを引き起こすこともあったのでしょう。

バナナや他の食べ物を人のテントスペースに取りに来るチンパンジーの数は増え続け、やがて人のものはなんでも奪うようになり、チンパンジーが争奪を通して人に対しても同種に対しても攻撃性を高めていく映像が紹介されており、大変わかりやすくまたそのことで戸惑うジェーングドールの姿も印象的でした。

この問題に対しては、結局管理された餌場を設けることで、特に信頼関係を結んだ限られたチンパンジーに、限られた餌だけを得る権利を与えることで解決されたようです。

また、野生動物が人との接触を図る過程の中で起きる悲惨な事件が起きています。感染症という問題です。

海を渡ってくる人という動物が持ち込んだポリオにチンパンジーたちが感染してしまい、麻痺などの症状を起こしていくのです。

ポリオの感染はジェーングドール博士のグループからではなく、別の研究者たちのグループからチンパンジーに広がってきたもののようですが、人が持ち込んだことでチンパンジーの生存を脅かしたことは確かなことです。

つい最近ですが、アフリカの先住民族が絶滅したのではないかという番組を見ました。彼らの多くも侵入者の持ち込んだ菌による感染症でした。握手などの簡単な触れあいによって死に至らしめてしまうという最悪の出来事です。

チンパンジーは遺伝子学的にもヒトに最も近い霊長類なので、病気の感染については当然考えられることなのですが、やはりこちらも当時は知識や情報が十分になかったということなのでしょう。

目の前でポリオに侵され麻痺が生じ朽ち果てていく友人のチンパンジーに対して、ジェーングドール博士は銃殺という安楽死を選択します。

インタビューでは「自然死という選択はなかったのか」という質問に対して、「目の前で苦しんでいる友達をただ見ていることはできない。」という答えがジェーングドール博士が出した答えでした。

この事件をきっかけにして、チンパンジーに触るという接触の行為が禁じられたとのことです。

動物は生きている世界が違う、だから大切にしたいなら一定の境界線を保つという基本的なルールが見直されたことになる二つの大きな事件です。

犬はヒトが触ることができる動物です。

犬は野生動物ではなく家畜化の過程をとりながら長い時間をかけて変化してきた動物です。

だからこそヒトとテリトリーを共にすることができ触れ合えることができる特別な存在なのです。

ですがその犬にも人と一定の距離を保つ必要があるという境界線があります。

その境界線を作る必要のあるのは犬ではなくむしろ人の方です。

犬がなんらかの攻撃性、咬みつき、過剰な吠え、自分をなめたり尾を追う自虐行動、とびつき行動などをしている場合には、境界線のルールが守られていませんというメッセージとして受け取ってください。

ジェーン・グドール博士の番組はそのうちDVD化されるかもしれません。
ぜひ見ていただきたいです。

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<日々のこと>クリスマスから始まるこの時期に誰といっしょにいたいですか

今日はクリスマスイブの日です。といっても自分は特別クリスマスのお祝いはしません。

みなさんがそれぞれに楽しまれるのを分けていただくという程度で過ごしています。

それでもこの時期になると街の慌しさからか年の瀬が際立った感覚を得ます。

そして、どこでどんな風に過ごそうかなと考えてしまう時期でもあります。

よく「ご実家に戻られるのですか?」と聞かれることがありますが、もう数十年来ですが帰る実家を持ちませんので自由気ままに過ごしています。

どちらかというと、年末年始も仕事をしている生活が25年くらいは続いているでしょうか。

必然的に七山に戻る生活になりましたが、もしこの時期に仕事が入らなくてもやっぱり七山に戻りたいと思ってしまいます。

いつの間にかこの山が私の実家になってしまったようです。

戻ってくると生徒さんたちからまたいろんなお便りが届いていました。

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亡くなった犬ちゃんの思い出のお便り、まだ数ヶ月というレッスン中の犬ちゃんの様子を記したお便りなど、楽しく拝見させていただきました。


この時期どこでどのように過ごされるのでしょうか。

誰といっしょに過ごしていたいでしょうか。

オポが12月に亡くなったときは、知人から「博多駅のイルミネーションでも見に行っておいでよ、きれいだよ。」と声をかけられたので一度見に行きました。

ですが、その光りは気持ちを支えるものではなく、すぐに七山に戻ってしまいました。

私にとって本当に必要な光は電光ではなく、きれいな空気の中を流れる自然の光りのようです。



今年愛犬の旅立ちを見送られた方は本当にいっしょにいたいパートナーを失ってしまい、気持ちも落ち込まれるかもしれません。

七山では年末年始に多少の預かりの犬たちでワイワイとなっていますが、どうぞ七山にお立ち寄りください。

寒くて静かでなんにもなくいつも何かが足りないこの七山のグッドボーイハートですが、気持ちを満たしてくれる何かがやっぱりあると感じます。

2010年12月27日の七山の風景

2010年12月27日の七山の風景

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<日々のこと>年末に受け取るお知らせに思うこと

年末が近付くこの月は、ご縁のあった犬たちの旅立ちの報告を受ける時期でもあります。

ご家族とって大切でかけがえのない犬という家族を失われた悲しみは計り知れず、またしばらく会う機会のなかった犬たちにも、もうこの世で会うことはないのだという自分のさびしさは仕方のないこととまずは受け取ります。

同時に、可愛がられて育った犬たちが無事に生を終えたことに対する安堵と看取られた飼い主さんに対する感謝の気持ちもわいてきて感無量になります。

つい先日も、16年前にお世話をさせていただいた盲導犬の育成施設でお預けしたパピーウォーカーさんの育てた犬が家庭犬として引き取られたあと、そのご家庭で生涯を追えた旨のお知らせをいただきました。

パピーウォーカーから飼い主となった家族の変化はあれど、家族として長いあいだ大切に、また楽しく過ごしていただいたことを聞いて本当にうれしくまたありがたく思うのです。


犬は四つ脚の動物ですから10年も生きれば長生きといえるでしょう。

十三年とか、十五歳ともなると、ずい分長生きをしたものだなと関心するところです。

人と比べるとあまりにも短い一生ではありますが、犬にとっては十分な月日であることを認めていかなければなりません。

十年というと、季節が10回しかめぐってこないということです。

一歳の冬、二歳の冬、そして三歳の冬。。。

あっという間の10回の季節です。

その1回1回の季節を犬たちはどのように感じ、どのように成長していくのか、それを実現できるのは飼い主でしかありません。

長生きすればそれはそれでいいですし、長らえることがなくても毎年毎年の季節を思いっきり過ごすことができれば、動物としてはそれで十分ではないでしょうか。

犬自身は自分があと何年生きるとか、何日生きるなどと計算して喜びを分散させることもないし、求めすぎることもないのです。

この冬、みなさんと犬たちがどのような季節を越えていかれるのか、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。

お金をかける必要はありませんが、時間と空間という余裕が必要です。

その余裕がなかなかなく、そのうちにと思っているうちに犬は短い生涯を終えてしまうのかもしれません。

目の前に元気な犬がいるのなら、まだまだ犬と共にこの季節を楽しみつつ成長の機会を得てください。

この冬の楽しい思い出を聞かせていただくこと、私も楽しみにしています。

フレブルもも3

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