グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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里山犬の育て方

グッドボーイハート七山校は山との境界線にある、いわゆる奥山と里山をわけるような地形にあります。それぞれの里には家のすぐ裏側に「自家製の野菜室」となる畑を作られています。その畑を奥山から狙っている野生動物たちがいます。イノシシ、タヌキ、アナグマ、テン、イタチ、サル、キツネ、モグラ、鳥たち…とメンバーもそうそうたるものです。

これらの野生動物たちによる被害は大変なものらしいことをイノシシやシカに関する本を読みながら知りました。家の裏の畑は生産物用ではなくあくまでも自宅用のようですが、それでも手をかけて育てた日々の食材に手を出されることは阻止しなければなりません。そこで野生動物を寄せ付けない方法としていろいろな手立てが行われているようです。そのひとつが犬です。

私も当初は、他の生産物用の畑の用に動物用のステンレスの柵で囲っておけばいいのではないかと考えていたのですが、なぜか、家の裏の畑には見たところどのご家庭もその仕様がありません。その必要がないのだとすると、その存在は里の犬たちのガードによるものだと推測しています。

七山校の近くのご家庭にも立派な里山犬が住んでいました。その犬はとても不思議な犬で、私の犬知識をさらに深めてくれた犬になったのですが、まさに彼は飼われているというよりは、住んでいるという犬だったのです。この犬については逸話はまた別の機会にゆっくりと書いていきます。話しを戻します。それで、その立派な里山犬は亡くなって数年たったのですが、1ヶ月ほどまえにその家に新しい犬が来たのです。

さいしょは、ワオーン、ワオーンと4ヶ月くらいの犬が出すような呼びなきが聞こえてきました。まさか捨て犬ではないかと注意深く聞き耳を立てていると、ときどき、キャインキャインと興奮した声になる時間があり、明らかに人が子犬に接触していることがわかりました。新しい里山犬が来たのです。

先代の犬にとても興味があったので、次の犬はどんな犬なのだろうとついつい犬の様子を観察したくなってしまいます。実物を見ると体型はかなり大きくなっており子犬という風貌でもありません。若年期くらいかなと。その犬が少しずつつながれる場所が変化していくその過程がさらに面白いものでした。まだ途中なのですが、つい先日、日中裏側の畑の車のそばに係留されるようになりました。

その日は七山で一日作業日だったので、デビューした犬の様子を掃除したり洗濯したりしながらその日の成長を見届けていました。そしてある行動を学んでいることを目撃しました。というか私自身がその刺激になってしまいました。
午前中に洗濯物を干しに出ると、ちょうどその犬の視界に入る状態になり、ウォンウォンと警戒吠えをするのですが(私は目線を合わせずに淡々と洗濯物を干す)、尾は下がったままで、体重も若干後ろにかかっており、後退の動作にはいっています。私の方をみながら、ウォンウォンと吠えたり、吠えやんだり、吠えたり、吠えやんだり。行動の不安定さにその気持ちもうかがえます。室内に入ると吠えるのを止めましたが、しばらく尾を垂らしたまま立ち尽くしていました。
午後になって、洗濯物の位置を変えに出ると、なんと今度はつながれている車の下にもぐって、吠えずにこちらの様子を伺っています。私の方からは明らかにその姿が見えているのですが、私が視線を送らなかったり、気づかないふりをしていることでその「隠れる行動」は継続しました。結果、室内に入るまで隠れたままでいたのです。
「隠れる行動」については先日ブログに書いたばかりです。
犬は隠れる動物

つながれた午前中は私の姿以外にも、ちょっとした変化にいちいちビクビクとして吠える回数が多かったので、このままビクビクさせて終わってしまっては社会化学習は後退してしまうと心配していたにもかかわらず、昼過ぎには隠れる行動を自分から行ったことで環境は一変し、警戒吠えは明らかに対象を認識したときだけに変化していきます。
途中家の人が作業のためかそばを通ると、キャインキャインと飛び上がろうとする後追い後鳴きをしてアピールしましたが、振り返ってももらえていませんでした。はたからみるとかわいそうかと思えるこうした接し方も、犬が自主的に行動することを引き出すきっかけとなり、簡単には判断できないものです。

田舎でも犬は係留して飼育するようにとの指導が厳しいため、どの犬も係留されています。ですがその育て方は数十年前とたいして変わっていないのではないかなと思えるほど、原始的な感じがします。農業も機械化が進む中で行程自体はかなり変化してきたのだと思いますが、変わらない作業は変えようとしないという風潮が見られるからです。そして犬育てについても同じように「つないだだけ」あとは変わらないという風景に見えるのです。そのことが、犬にとってストレスを与えていることもありますが、変わらないものの中には、犬が育つ接し方も垣間見えて、何事からも学ぶべきことは多いのだと感心させられているところです。

さて、このニュー里山犬。冬季からの今シーズンのイノシシ防衛に力を発揮できるほどになるのでしょうか。陰ながら応援しくたいと思います。

いつもながら犬の立場にたって写真はありません。白地に黒いぶちのある洋犬風のミックス犬。その表情と行動の変化がこれから楽しみです。

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Posted in 日々のこと, 犬のこと

猫のヒーリング

熊本地震で被災した飼い主さんとペットを支援するための資金作りを起こっていますが、そのひとつがチャリティーセミナーの企画運営です。
チャリティーセミナーの題材について意見を聞いたりミーティングを行いましたが、その中のひとつに、ヒーリングについて知りたいというものがありました。いつもはドッグヒーリングセミナーの形になるのですが、今回は猫のヒーリングも含めた希望があったため、猫のヒーリングのビデオを撮影するために、モデル猫ちゃんのご家庭に伺ってヒーリングをさせてもらいました。

ヒーリングのことをこのブログで何度か書きました。ヒーリングにはいろいろな作用やその中で起きることというのがあるのですが、私は病気治しを目的としたヒーリングは行っていません。
グッドボーイハートのアニマルヒーリングは「共感する」=「相手を理解する」姿勢と立場でさせていただいています。私は猫の動物行動学については本をかじった程度の初心者です。犬の行動を読み取るように猫の行動を説明することはできません。ですが、相手の状態に共感する姿勢は犬と向き合う姿勢と全く同じです。人とは異なる動物、分かり合えない部分がたくさんあるのが当たり前の中で共感する姿勢を持ち続けることは、長い犬とのつきあいの中で身に付けてきました。

ヒーリングは、動物の自律神経や内分泌系のバランスを整えていくため動物の自己治癒力が高まっていきます。これはあくまで動物側の主たる反応であって、ヒーリングを行っている側の与えているものではありません。自己治癒力の高まりは病気がなくなることと直結はしてません。目に見えない部分での動物の癒しが動物に起きているかどうかを知ることができるのは、多くの価値観を捨てて動物に向き合っているときだけなのです。

猫ちゃんのヒーリングですが、猫が必要としていなければヒーリングを受け入れません。「今は必要ないよ。」ということです。ヒーリングの途中に動物側から終了させることもあります。猫は見えない気配に敏感ですよね。自分の環境の変化に非常に敏感なのですが、それが好まれるものであれば受け入れが早いのも猫という動物です。2匹の猫ちゃんにタッチヒーリングをさせていただきましたが、歓迎してもらったようで安心しました。

すぐには、手で動物にさわるタッチヒーリングができないこともあり、信頼を得るために何回も訪問する必要も考えていました。決して人に甘えるような猫ちゃんたちではなかったけれど、モデルさんとして協力してくれ、初めてのヒーリング体験を楽しんでくれたようです。

撮影したビデオは、動物へのヒーリングを紹介するセミナーで使用させていただきます。ヒーリングは実際の行為を見学していただくことはできないので、関心のある方はどうぞセミナーにいらしてください。







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理解されるということ

今日はオポが少年期にお世話になった山暮らしをしている知人の家を訪ねました。

オポは7歳まで博多のマンションの一室で飼い主の私と暮らしていました。
オポが1歳を過ぎたころに、犬の雑誌の編集の仕事をされていたその方と出会いました。

都会暮らしでありあまった元気なオポを見て「うちに連れておいでよ。」といっていただきました。
その方の家にも2頭の大型のオス犬がいて、自然の澄んだ空気の中で山を歩くのが散歩になる生活は、
私のあこがれそのものでした。

オポはこの家の近くの川で遊んだり、年上のお兄ちゃん犬とコミュニケーションをとったり
山道を散歩したりして、都会のストレスを発散させていました。オポにとってのオアシスでした。
連れてくると必ず「帰りたくない」シグナルを連発するので、私もへこんだものです。

この出会いがあり、私とオポはある転機に七山という奥山に引っ越すことを決めました。
それからオポが七山を離れることはなく、再会をしたのはオポが亡くなる2年前でした。
オポが体調を崩していたこともあり、元気な姿を見せることができなかった事は気がかりでしたが
そんなオポでも立派に年をとり真剣に生きていることを受け取ってもらえるのでは、という思いもありました。

オポと私が博多の街中で暮らしていたときに、
「オポがいなくなったときの宮武は見たくない。」といわれたことがあります。
思い切って「オポがいなくなってからの私はそんなにひどいですか?」と尋ねてみました。
すると「最後にオポとあなたを見たとき、すでにそれは感じなかった。」といわれました。
私がオポに起きることを受け入れる準備ができている、そういう関係だったと感じられたということでした。

七山という場所で暮らしたオポと私の間に起きた関係の変化を読み取ってくださったことが、
とてもうれしく感じられました。
すべての人に理解してもらうことは不可能だと思うことは、
理解されなくても仕方ないという諦めの気持ちにもなってしまいます。
そういう深い部分を説明しないのに感じ取り理解されているということは、心からの安心感につながります。

これは犬と人の関係にもつながることではないでしょうか。

犬と人は種の異なる動物であり、基本的な行動もコミュニケーションや習性も異なります。
だからこそ、犬が飼い主さんに理解されたときに感じる安心感は特別なものだと思います。

お互いを理解するというのは、最高のコミュニケーションと関係作りです。

「うちで鍋以外のゴハンを出すのは“最大の歓迎”ってことだからね。」といわれ、
しっかりと味の付いたお手製スープを食べさせていただきました。
分かりやすいシグナル、コミュニケーション。全て犬がお手本ですね。


テント場のオポ2


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犬の無償施設を考える

移動の際に時間調整の余裕があるときは、車の中で本を読んでいることが多いです。
あまり立ち寄らない場所のときには、周辺を歩いたりもします。

ブラブラしていても気になるのは、いつも犬にまつわることです。

初めて立ち寄ったホームセンターの一角に「ドッグラン」の看板がありました。
戸建ての庭くらいの小さなタテ長いスペースで、囲いが施されていました。
施設併設タイプの簡易的なドッグランのようでした。

しばらく見ていると、そのドッグランの中にいる小型犬が
囲いの中に入ってこようと入り口に近づいた別の小型犬に吠え立てていました。
吠え立てる飼い主さんは犬の名前を呼び続けます。犬はおかまいなしに吠え続ける。
囲いに入ろうとした飼い主さんは、躊躇なく囲いを開けようとしています。

簡易施設のためか、ドアは2重ドアにはなっていません。
ドッグランは開閉時の犬の逃走を防ぐために2重ドアにするのが一般的です。
出入り口は1箇所しかありませんので、出入りの際のトラブルにつながります。
他の犬が入ってくるときにすぐに外に出られるようにするためには、出入り口が対面方向に2箇所必要です。

こうした簡易のドッグランと名づけられる施設が増えているように思えます。
外でリードを外す機会のない、特に集合住宅で飼育される飼い主さんは
犬のリードを外して自由行動をさせる場所として気軽に利用されるのかもしれません。
ですが、飼い主さんのせっかくの好意も、犬にとっては負担になることがあります。

狭いドッグランは犬の排泄場所に使われていることがあります。
犬の大量のマーキングによる排泄の臭いは、犬にストレスを感じさせます。
それぞれが「ここはボクのなわばりだよ。」と主張しているわけですから
たくさんの落書きであふれ、互いの闘争的臭いが撒き散らされています。

ドッグランの中に入れられている犬が、柵の周囲から観衆によって見られていることもあります。
離れてみると動物園の檻の中にいれられている動物のようです。
ストレスを感じる犬は、とたんにストレス行動を表現します。
その行動を理解してもらいドッグランから救出されれば良いのですが、そうもならないようです。
犬が動けば「かわいい」と声がかかります。
犬の真剣なメッセージが伝わらないことがよくあります。

犬のための無償提供の施設を利用される前に、ぜひ考えていただきたいことがあります。

何のために利用するのか。
その施設はその目的を達成できるものなのか。
自分の犬はそこを利用することに満足しているか。
満足していると感じるなら、どの行動を見てそう感じるのか。

ということです。

日本では個人の住居や庭のスペースは、特に都心では限られたものです。
そのため、あらゆる施設が小さくなってしまうのは止むを得ないことかもしれません。
ですがこのことは混乱せずに、分けて考えていただきたいのです。

犬にとって自宅の庭が狭くなってしまうのは受け入れるべき事実です。
小さな庭でもその犬にとっては「自分だけのなわばり」ですからそこで争うものはありません。
ただ、犬たちが共有で使うスペースとなると「狭くてもいいよね」ということでは済まされないのです。

答えは全て「犬の行動」にあります。

犬がどこでどのように過ごすのか、機会提供をしているのは飼い主さんです。
いつも犬と会話して、いっしょに良く過ごせる場所を見つけてほしいです。

明日は七山校でわんげる・ミーティングというディキャンプがあるため七山に帰ってきました。
薄暗かったのですが、近くの猫ちゃんがウロウロとしていました。
声をかけるとよってきて、体をすりつけながらミャーミャーいいます。
自分なりに返信をすると、さらに目を大きくあけてしっかりと見つめながら、大きく口をあけてミャーとさらに鳴きます。
猫語レッスンもなかなか難しいものです。
「今日はこのくらいにしようね。」というと暗闇に消えていきました。
理解したいという気持ちが、理解できたときの感動につながります。
猫の先生は気まぐれのようで、次回のレッスンはいつになることでしょうか。

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Posted in 日々のこと, 犬のこと

写真掲載が少ない訳

先日、生徒さんのスマートフォンでFacebookを見せてもらいました。
ほとんどの記事が文字だけでなく、写真を中心に載せられています。
ブログも同じように、写真を中心に数多く掲載されているものもあるようです。

グッドボーイハートのブログは、写真掲載が少ない方だと思います。
場合によっては文章だけのこともあります。
掲載されている写真も文章とは無関係のことが多いです。

なぜ写真掲載が少ないかというと、写真を撮るのがあまり好きではないからです。
さらになぜかというと、写真を撮ることに気持ちがいってしまい
目の前で起きている大切なことを見逃したくないからです。

特にクラス中には、写真撮影をしようと思っているだけで
どの場面を映そうかという気持ちで見ているために、見逃しが多くなります。
その一場面、今起きていることを見た瞬間に感じることが大切なのです。
特に犬のことを見ているときは、見た瞬間に自分が何を感じたかに焦点があります。
直感的に得た情報というのは重要なもので、それは一瞬ではいってきます。
そのため、写真は限られた時間にしか撮影しません。

もうひとつ大切なことがあります。
犬が撮影されていることを意識し始めると、行動が変わってしまうことがあります。
写真を撮るときは、「こっちみて」とかポーズを決めさせたりしないで
犬が気づいていない状態で撮影して欲しいのです。

クラスに参加される生徒さんにも同じことを約束していただいています。
写真撮影を目的にしないこと
写真撮影に熱中しないこと
写真を撮ることで犬の行動を妨げないこと

思い出の写真は心温まり安らぐものです。
だから写真撮影を否定したりはしません。
良い表情があったら時には写真を撮っていただいて構わないのです。
ただ、それが目的とならないようにお願いしたいということです。

犬のオポも写真撮影は嫌いでした。
ブログに掲載するためにたまにカメラを持っていき撮影しましたが、
自分の目で見た感動は、とても写真に表現されているようなものではありませんでした。

ということで、このブログにはあまり写真は掲載されません。
ですが、写真では伝えられないようなことを文章にして伝えていきます。
そのためにも、写真撮影よりも肉眼で見ることにこれからも集中します。

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Posted in 日々のこと, クラスのこと

昭和の犬

最近はインターネットでも気軽に映画がみられるようになりました。
映画「ALWAYS 3丁目の夕日」を久しぶりにみました。

犬が主役の映画にはあまり興味がありませんが
映画の風景として隅っこの方に出てくる犬には注目してしまいます。

この「ALWAYS 3丁目の夕日」は時代設定が昭和30年代だということもあり
まだ私が生まれていない時代で少し豊かになり始めているころの
犬や猫がどうしていたのかを知る機会になります。
映画の時代表現が正確であればあるほど「犬はこうしていたよね」
という事実に基づいて作られているので、信憑性も高まります。

映画の中の犬は、和犬風の雑種で体重は7キロくらいのやせっぽちの犬でした。
もちろんリードにつながれていません。首輪もしていません。
子供達が遊び相手にして触ったりしています。
子供に反応はしないで、辛抱強く餌をまっている感じですね。
誰が飼っているという感じでもないですが、誰かが餌を与えているのでしょう。

猫もいました。玄関の外に座っていてひなたぼっこしている感じ。
人を気にすることもなく、こちらも誰も飼っていないようです。

家の前の道はまだ土です。車もたいして通りません。
家事が大変な時代で、主婦は一日中家で仕事をします。
だから家やその周辺は奥さんで溢れています。玄関戸口も空いたまま。
冷暖房がないので熱気が出ることもありません。

そして映画の中では駐在さんが家にチラシをもってくる場面もありました。
「狂犬病が発生しています。大変危険ですので野良犬には近づかないように下さい。」といわれます。
狂犬病予防法は昭和25年に施行されているのですけど、一般の方には
それほどの脅威は感じられなかったのでしょう。

あれから60年。
人の生活が変わり、人の価値観が変わりました。
それに応じて犬の生活も変わり、生き方にも変化を強いられます。

今わたしたちが見ている犬の姿が全てではないのだということを
映画の一場面が教えてくれます。
昔のことだからと人は思うでしょうが、犬はどう思うのでしょうか。

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お気に入りのラジオ番組

お気に入りのラジオ番組があります。
大田こぞうさんというパーソナリティの「月下虫音」という番組です。
LoveFMという放送局で毎晩10時~11時半まで放送されています。

番組の内容は本当にバラエティーです。音楽にも詳しいし雑学も豊富。
大田こぞうさんのキャラクターもとても素敵です。

ですが、なによりお気に入りの理由は、大田さんが生き物好きだということです。
特に昆虫は小さいころから好きだったそうで、めっぽう詳しいです。
虫博士の大田こぞうさんは、虫だけでなく生き物全てについて博識です。
樹木や草花についても大田さん目線の特別の話しを聴くことができます。

最近では番組の中で、シマヘビやマムシの話題があがりました。
シマヘビは七山校では同居動物といえるほど近いへびです。
先日は草刈の後部屋に戻ると室内に子シマヘビが入ってきてました。
残念ながらマムシも七山校ではご近所さんです。
遠慮なく室内に入ってくる最も苦手な生き物です。

博多に生活しているときには蛇やマムシは遠くなっていました。
子供の頃にも博多に住んでいて、その頃は蛇などよくみかけていたのに。
さすがに博多周辺は蛇が生きていくことができない環境に変わってしまったのですね。


みなさんは犬のことに興味はあっても、昆虫や樹木のことには興味がないでしょうか。
私はそうでした。嫌いなものには殺虫剤があるし、考える必要もないし
知りたい犬のことと、そんなことがつながっているとは思っていなかったのです。

ですが、今は違います。
犬のことがもっと知りたくて山すそにオポと暮らしてみて
犬が生きているということが、こうした小さな生き物や植物といかに関わっていくことかを
知ることができたからです。
犬のオポからたくさん学んだことの中の、とても大きな学びのひとつです。

オポがヘビやマムシやアナグマやタヌキやイノシシなどと
対話という関わり方を持っていたことを知りました。
犬は人のようにネットで検索しているわけではないのに
どうしてその動物について知ることができるのだろうということが
不思議でなりませんでした。

私はオポのようにその感覚を通して全てを知ることができませんが
身近にいる、自分と関わってくる生き物についてはよく観察し
その習性や行動のパターンを知ろうと学んできました。

動物、虫、生き物について、好きとか嫌いはともかくとして
人は身近で自分にかかわりのある生きているものに関心があるのだと思います。

それが「嫌い」なものであったとしても無関心であるよりはいいのです。
マムシが嫌いだからこそ、マムシの習性を知って自分をどう守っていくのかを考えます。
簡単に殺虫剤を使う前に他の方法をいろいろと考えてみます。
マムシが部屋に上がってこないようにするためには何をしたらいいのかとかですね。
なぜ殺虫剤を簡単には使いたくないかというと、それが自分に与える影響について知るからです。
環境に対して敏感になれるからです。

都市生活で自然環境が遠くなってしまい、昆虫や草花、雑草、動物たちも
いっしょに遠くなってしまいました。
関心がないとそのことを知ることもありません。

犬や猫などのペットは、人によって都市環境に連れてこられた動物です。
小さな虫とかかわる機会も奪われてしまいました。
私は都会っ子ですが、私の世代にはまだ小さなころに虫や動物と共に
成長した人たちもたくさんいらっしゃると思います。
それが自分に与えた影響について考えるとどう思われるでしょうか。

七山は山の裾にあるためかラジオの電波があまり入らず
LoveFMはエリア外だったのですが、最近有料でラジオが聴けることを知り
七山にいるときでも聴けるようになりました。

大田こぞうさんの番組は、遠くなった小さな虫達を少しずつ人に近づけてくれます。
もちろん大の犬好きで、犬の話題もときどき出ているみたいですよ。
犬と暮らす方にぜひ聴いていただきたい番組です。

そして犬と生き物の関わりについて、これからもっと深く考えていきます。
それも犬のことを知ること、そう強く思っています。

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チープだけど丈夫

腕時計をいつもはめています。
でも、もともと体に何かついているのが好きではないようで
いつの間にか腕時計を外してどこかにおいてしまします。

腕時計に携帯電話を持たせたいと思うくらい
生涯で腕時計を探している時間がたくさんあります。

そして、最近同じことを3回もやってしまいました。
いつものように腕時計を見失ってしまい
バッグの中やケースの中、部屋中のおきそうな場所
車の中まで念入りに探すのですが、見つかりません。

こういうときは気持ちを落ち着けて深呼吸…。

もしかして、そんなバカなことはしないよなと思いながら
干してある洗濯物のポケットの中を探しました。

ありました。
パーカーといっしょに洗濯してしまったのです。

そしてなんとこれを3回もやってしまいました。
二度あることは三度あるというのは本当のことなんですね。
反省が足りないということですね。

それにしてもこの腕時計。
チープカシオというとっても安い腕時計なのです。
防水機能も対してないはずなのに、
三度の洗濯に持ちこたえて今でも健在です。

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生態学の本

今年に入ってからはまっている本があります。
以前にもご紹介したのですが、麻布大学の高槻成紀先生の本です。

図書館や知人に借りたり、自分で購入したりして何冊もの本を読みました。
今回読み終えたのはヤマケイ新書のこの本です。

唱歌「ふるさと」の生態学~うさぎはなぜいなくなったのか~

唱歌「ふるさと」とは「うさぎ追いしかの山 ♪ 」というあの歌です。
小学生のときに歌った記憶があり、メロディは覚えていました。

ですが、東京のマンションで幼少期を過ごし
その後も博多の中心地で成長し、自然といえば庭しか知らないような私です。
おそらく、全く意味がわからないまま歌っていたのでしょう。


グッドボーイハートが七山に移転してオポと共に学んだ7年の経験を通して
ほんの一部ですが、この「ふるさと」の歌がわかりかけたのかと思っていました。

でも今回この本を読み、2000年にもなると「ふるさと」の風景は
一変してしまっていたことを知りました。
私たち世代は、この歌に詠まれている光景を見ることすらできず
知ることもできなくなってしまったのです。

本にはどのように変化してきてこうなったのかがわかりやすく記述されています。
里山の変化、水の変化、森林の変化、社会の変化、
そして震災と自然というテーマでも語られています。

文章の中には、生態学者としての高槻先生の自然への熱い思いを感じます。

この題材はあまりにも大きく深いため、自分の中でも一気には解決しません。
だからこそ、なんどもなんども考えたり調べたり思ったりして
頭の中を整理していく作業をくり返しています。

でも希望があります。
なぜなら、高槻先生の本を読みながら私の中には
生き生きと自然と生きる犬の姿が思い浮かんでしまうのです。

どうしてだろう…。

生態学を学ぶということは、自然環境がどのように変化し
そのことが生態にどのように影響を与えたのかを知る必要があります。
その時同時に人が自然環境にどのような影響を与えたのかを知ることになります。
そして、近代化が与えたそれは、自然や動物にとって重大なことなのです。

そのため、そのことを考えると相当に落ち込みもするのですが、
同時に私たちの祖先が自然によりそい命あるものに畏敬の念をいだきながら
生きてきた時代があったことも知ることにもなります。

「最新の」という言葉が使われます。
新しいことが良いことのように思われてしまうことがあります。
「最新のドッグトレーニング」など。

犬は自然の生き物です。
たとえペットとなってしまっても、犬は動物です。
犬と人の関係も「先人の叡智」から学ぶことができます。

犬を自然の一部だと感じられる方には、高槻先生の本をおすすめします。
犬を飼っていないけど、自然の心地よさが好きという方にもおすすめです。

この本をなんども読み直していこうと思います。
このような時代にこのような先生に出会えたこと感謝しています。

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リンパマッサージ

リンパマッサージの講習会が終了しました。

リンパマッサージは以前になんどか講習を受けていましたが
今回はプライベートでみっちりと練習させていただきました。

講師の先生が丁寧に教えてくださる上にほめ上手なので
楽しくお話しながら講習を受けることができました。

今回受講したのは人のリンパマッサージです。
まず、リンパの基本をしっかりと身に付けて、自分で実践して
そして、犬のリンパ液の循環につなげていきたいと思います。

ドッグヒーリングの中にもマッサージを併用することがあります。
ドッグヒーリングやドッグタッチのクラスにも取り入れていきます。

ですが、それだけではありません。
犬には自ら循環のしくみを応援する行動や習慣がたくさんあります。
生活環境を整えたり、過ごし方を変えたり、犬のケアの内容に工夫をしたりと
生活の中でできることがたくさんあります、そのことを知ることはもっと
直接的に必要なことです。

一度には変われないけど、できることからひとつずつ。
いったりきたりしながら、少しずつ前進の気持ちです。




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