グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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<犬のこと>犬との出会い、これって運命なのかそれとも使命なのかと悩む方へ

犬のしつけ方教室に通ったり、犬のトレーニングスクールご相談される方の中には、そもそもの問題「なぜ、自分は犬を飼ってしまったんだろう…」という大きな柱にぶつかることがあるかもしれません。

犬との思い描いた暮らしが夢のまた夢のような気がする日々。

帰宅すると犬が排泄まみれになっている、犬があちこちでするトイレの始末におわれる日々。

かわいいと差し出した手に噛み付いてくる、洋服にまで甘噛みされるがこれがまた相当痛い。

日々家具が破壊されていく、楽しみにしていた散歩に出たら歩かないとかすごく引っ張るなどなど。

犬を飼いはじめて増えた犬に関する悩みが自分の中で大きくなればなるほど、自分と犬との出会いは一体なんだったのだろうと悩む方も少なくないと思います。

こんなに忙しいのになんで犬を飼ってしまったんだろう。

犬を飼うなど自分の人生の中にはなかったはずなのにどうしてこの犬が今ここにいるのだろう。

ついには、この犬を迎えたのは何か自分に対する試練に違いないのだと思い始めます。

犬の生年月日で相性占いをしたり、姓名判断をした経験のある方も案外多いのでご安心ください。


出会いの関係性というのは不思議なものです。

出会って盛り上がり最高に気分の良いときには、占う必要もなく相手は出会うべくして出会った運命の者であると決め付けられます。

ところが、関係が上手くいかなくなった途端、私達は本当に相性がいいのだろうかと疑い深くなり占いにその答えを求めてしまうこともあります。

たかが犬との出会いかもしれませんが、毎日の生活が大きく変わる大問題なだけに、この問題を隅に追いやることもできません。


占いの結果がどうであれ、あなたの犬とあなたは出会う必要があって出会ったのだということだけは事実ではないでしょうか?

これだけたくさんの人と犬がいて、共に家族としてひとつ屋根の下に暮らすことになったというのは、学びがどのようなものであれ必然的な出会いとしか思えません。

この出会いはとても大切で有難いものだったと思えるのは、きっと犬と暮らし始めたずっとあとになってやってくるものです。

そのときにはもう犬は自分のそばにはいないかもしれませんが、犬と暮らした日々だけは飼い主さんの心に刻まれることでしょう。

そう、今悩んでいる犬のとびつきも、甘噛みも、イタズラも、排泄の失敗も、飼い主であるみなさんが真剣に犬に向き合う限りは、確実に良い方向へと変化していきます。

良い方向というのは、人にとって都合の良い方向ではありません。

まず犬にとってできるだけ良い道であり、人にとってもさほどストレスのかからない方法であることを望みます。

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<クラス>紅葉の山で、犬と歩くトレッキングクラス

10月が過ぎ七山の尾歩山(おぽさん)も一気に紅葉してきました。

朝夕の寒さを肌で感じるようになり、この地区では灯油や薪の準備に追われているようです。

もちろんグッドボーイハート七山校も、同じように蓄えた薪を室内に運び込み寒い夜の暖とりに使っています。

色づき始めた山は視覚の情報に左右されやすい人間にとっては、この季節の楽しみです。

あの大変だった夏が終わり、過酷な冬を迎える前の、ほっとひとときの時間を犬と共に山を歩くことができるなんて最高です。

今回のトレッキングクラスでは生徒さんのおひとりが足元不調ということで、ピンチヒッターで犬のリードを持って山を歩くことになりました。

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まだ幼く興奮しやすい犬を落ち着かせながら歩くのは大変なことです。

ゆっくりと歩く犬を見ると「どうやったらあんなにゆっくりと歩けるようになるんですか?」と聞かれることがあります。

ゆっくりと歩く犬と共にいる飼い主さんはみなさん、それがどのようにしてできるようになったのかは記憶になりことと思います。

というのも、このトレッキングでの歩きですが、号令をかけたり犬に合図を送ったりせずに、自然に身についてくるものだからです。

トレッキングクラスのお約束はとにかく自分がバランスよく歩くこと、ただそれだけです。

そして、若い犬は必ず自分よりも後ろを歩くようにうまく誘導していくこと、これにも言葉は不要です。

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庭では興奮の激しい犬同志も、山に入ってしまうと不思議と落ち着きを取り戻していきます。

さっきまでの興奮はどこへというほどに、静かに山の地面を踏みしめながら歩くのです。

そしてこの季節、北風から吹く特別な情報を鼻でキャッチする楽しみは犬だけのものです。

どの犬も北側に高くその得意な鼻を持ち上げ、風に乗ってやってくるたくさんの臭いという情報をキャッチしています。

私達のように紅葉にうっとりすることのない犬も、北風の臭いにはうっとりしているように見えてしまいます。

たぶん、冬は犬が一番元気な季節です。

特別小さな犬にはお洋服が必要になるかもしれませんが、お家にこもりっきりにならず12月くらいまでは元気に山歩きをして欲しいものです。

とりあえず、毎日が大切な季節です。

紅葉

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<犬のしつけ方>犬のしつけは精神論ではないけど「応援する力」は本当の力になる

先日グッドボーイハート七山校で福岡の都心のマンションに生活する犬たちを同時にお預かりする機会を得ました。

2頭の犬は年齢もいっしょで1才未満という若さです。さらに、犬種も性別も同じです。違うのは多少体型に大小の差があるということとです。

見た目は同じように見える2頭の犬ですが、親の性質、繁殖は幼少期の環境、新しい飼い主として暮らした日々の環境や経験が違うため、その行動や内面には外からは見にくい大きな違いがありました。

特に違ったのは、他の犬に対するコミュニケーション力です。いわゆる他の犬に対する社会的行動です。社会化という過程を通して学習していくコミュニケーション力には違いがありました。

一頭の犬は慎重かつ積極的でありながら自分のスペースを守るためにできる行動や反応をしようと変化し続けている状態で、もう一頭の犬は、消極的で状況から逃げる行動習性を身に付け始めています。

初対面のふたりですが、対面時の反応はある程度予測できます。

一頭の犬は積極的に前進して臭いを嗅いで相手を調べた後は様々な反応で相手の応答を待ちますが、それに対する一頭の犬は小さくなる逃げる避けるをくり返し、狭い場所に隠れたり人の方に逃げ込んだりしようとする行動をします。

積極的な犬の方にイジメや暴力の要素のある接近の仕方であれば介入する必要がありますが、この場面はそうではありませんでした。

一般的な飼い主であれば可哀想と思って抱き上げたり自分のスペースに逃げ込ませて撫でていたり遠ざけたりするかもしれません。

実際見ていると小さくなっている消極的な犬は可哀想にも見えるのですが、生涯そうして逃げ続けていることの方が本当に可哀想なことだと思います。

逃げる犬の方が体格的にも多少負けていることもあったことと、積極的な犬と私の関係性がある程度進んでいることも含めて、過剰はひいきにはならない程度で逃げる犬を応援することにしました。

応援といっても気持ちだけではなく、本当に声を出して応援します。
「●●ちゃんガンバレ!、●●ちゃんガンバレ!」

まさに、あの有名なニッポンオリンピックの水泳競技のアナウンサーのようにひたすら同じエールをかけ続けました。

すると、消極的犬ちゃんの方がチラッと私の方を振り向きながらも体を伸ばして前を向きコミュニケーションに応じようと立ち上がってきました。

「●●ちゃんガンバレ!」というとまたチラっとこちらを見て背筋を伸ばしていきます。

相手の犬ちゃんも良し来たとばかり、コミュニケーションが成立し始めていることで落ち着きを取り戻し始めています。


さて、犬のしつけやトレーニングのベースは、あくまで犬という動物を科学的に捉えて理解する過程をもつべきです。

例えば、犬のしつけ方で紹介されている方法の中には、学習理論から外れた意味のないものもたくさん存在しているからです。

飼い主である自分が今犬に対して行っていることが、どのような仕組みで成り立っているのかとか、現在犬に提供している環境やコミュニケーションは犬という動物の習性に見合っているものなのかという観点も、犬を科学的に捉えることの中に入っています。

かといって、感情を抜きに犬と付き合えといっているのではありません。

わが愛犬のことをかわいい、いとおしいなど大切に思う気持ちがあってこそ犬のことを学びたいという気持ちも高まるものです。

ただ、犬を支える気持ちと行動というのは裏腹であってはいけません。

犬のことを大切に思うからこそ成長の機会を与えて見守る姿勢を自分自身が育てる必要があります。犬を過保護にすることや甘やかすことは決して犬のためにはならず、なっているのは自分のためだけなのです。

厳しい言葉のように聞こえるかもしれませんが、私達人間の社会にも同じようなことがたくさん起きているわけですから、知らぬ存ぜぬで通すことはできません。

「ただ応援する力」それだけのことですが、立ち上がる小さな犬ちゃんの姿に勇気をもらいました。

みなさんも今身近な誰かを応援していると思います。

本当に相手を思う応援の声は、一方的にかわいがることよりも必要とされているはずです。

飼い主さん、ガンバレ!

ももとそら1

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<犬のしつけ方>「犬を運動させる」から「犬と人が共に活動する」という見方へ変わるとき

犬のしつけ方のご相談でよく尋ねられることの中のひとつ、いわゆる「よくある質問」欄の中にたぶんこの質問は入るでしょう。

その質問とは「犬をどのくらい運動させたらいいでしょうか?」というものです。

運動させるという言葉の表現でもわかるように、人側が犬を運動させるという言葉を使うときには、走らせる、歩かせる、遊ばせるというようなイメージをもたれているようです。

たとえば、散歩も犬に必要な運動と思われていますが、犬にとっては少し意味合いが違います。

人からみる運動というと、スポーツクラブで体を鍛えたり動かすようなこともりっぱな運動になるでしょう。

ところが、犬を含むすべての動物が単純にくり返し行動をするだけの体をただ動かすという運動という時間を必要としていません。

野生のイヌ科動物であるオオカミも、来る狩りの日に備えて毎日走りこみの練習をしたり、意味もなく動くことで運動して体がなまらないようにしているということはないのです。

野生動物の場合には、日々の生きるための活動こそ動くべき時であり、その積み重ねこそが体の機能性を発達させたり、維持させたりする結果につながっているだけです。

犬も動物ですから、意味のないくり返し行動は本来はあまり得意ではありません。

ところが犬の場合には、ボールを投げると何ども拾ってくるという行動をします。

そこにコミュニケーションをはさむ余地がなく、単に玩具に集中してしまっているようでしたら、これはすでに運動ではなく執着行動になります。

犬はこうしたくり返し行動で体を痛めてしまうこともあります。

いわゆるドッグスポーツなどがこれにあたります。

こうしたくり返し行動でコミュニケーションをとることよりも、本来犬としてあるべき行動をすることが犬の機能性を高めるというのは当たり前のことです。

その本来あるべき運動はつまり活動です。それも社会的なグループ活動です。

犬が毎日欠かさずやっている散歩ですが、これこそまさに社会的な活動です。

目的はテリトリーをパトロールしながら、環境を散策して環境にどのような異変が起きているのかを把握したり安全を確認したりすることです。

もっと素敵な活動は人といっしょに山を歩きながら自然の中を散策して、移動しながら環境把握を重ねていくことでしょう。

活動というと人も犬といっしょに社会的に行動を共にするということですから、その中には一定のルールや役割が生まれてきます。

どのくらい運動をさせたらいいのかという考え方から、どのくらい共に社会的に活動している時間があるだろうかと考えられるようになると、犬の孤独な時間も減り犬の様々な機能も発達することでしょう。

人といっしょに歩くくらいの山歩きは犬とってはたいしたことではありません。

むしろ活動を通して鍛えられるのは、私達の方になりそうです。


山りんとお姉さん

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<犬のこと>犬の後ろ脚の運び方がとても気になること

最近の小型犬たちの歩き方を見ていると、どうしても気になってしまうことがあります。

気になる歩き方とは、後ろ脚の運び方です。

犬の前脚と後ろ脚では長さが違います。

前脚はまっすぐな印象で、後ろ脚は曲がっていることをご存知だと思います。

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もともと山がお里の動物ですから、山の斜面を長時間歩くのに発達した体型なのです。

前脚も後脚も上にあげては下に降ろすという運び方で歩くのが犬の歩き方です。

ところが、最近の犬たちは前脚も後脚もあまり上にあげずに歩いています。

前脚は棒のように前に出るのですが、後脚の方は長くてまっすぐに前には出せないため、横から出すような歩き方になります。

武士の姿で裾の長いハカマを履いて歩く感じです。

右後ろ脚と左後ろ脚を交互に横に出しては前に運ばなければ、裾が長くて歩けません。

犬もそんな歩き方をしているのです。

同じような歩き方を人がするのは、アイススケートでも見ることができます。

足を滑らせながら歩くために、足を横に蹴るようにしてすべるため、左右の足が横に出ています。

脚を上にあげて歩かずに、横に出すようにして歩く犬は、小さいころ滑りやすい床面にいたのかもしれません。

サークルなどに入れられている環境でも、滑りやすい床面になっていることもあります。

また、サークルの中での立ち上がり行動や、飛びあがり行動も脚を湾曲させていきます。

様々な悪影響で後脚は次第に湾曲してきます。

後ろから見るとO脚になってしまうのです。

こうした後脚になってしまった犬は、坂道を歩くのが苦手です。

脚を上に持ち上げなければ、山歩きはできないからです。

山をあまり歩かない人も、山歩きをするといつも使わない筋肉が痛みを生じた経験を持たれた方もいるでしょう。

山歩きのように足を上にあげて歩く行動は、平な地面では必要ありませんから、足の筋肉も一部は使われずに退化してしまうのです。

坂道を歩けずにしゃがんでしまう犬ですが、そのうちにだんだん脚を上に持ち上げて歩けるようになります。

がに股になっている犬の脚がしっかりと上がっているのを見ることは、毎回感動します。

脚の筋力を鍛えて健康な体をつくるには、やっぱり山歩きが一番です。

飼い主さんの筋力作りにもおすすめします!

momo




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<クラス>山登りに犬を連れていってもいいんですか?

先日はじめてのトレッキングクラスに参加してくださった飼い主さんと犬くんがいます。

今までは家庭訪問トレーニングクラスで犬の行動や習性について学んでいただきました。

ご家庭での環境作りや接し方の注意や、普段の生活の中で行動の変化を促すトレーニングをすすめます。

そして、家庭環境の整備がある程度すすまれてきたので、そろそろと思い体験のトレッキングクラスをお誘いしたのです。


グッドボーイハートの尾歩山トレッキングに参加される方がよくこんな風にいわれます。

「こんなに山だとは思わなかった。もっと普通かと思っていました。」と。

トレッキングクラスをお誘いしたのですが、普通な感じとはどんな感じなのでしょうか。

自分にとっては長靴でうろつくような庭になっている山が、都会暮らしの方にとっては「こんなに山」と受け取られているギャップがあるのですが、犬の方は大丈夫のようです。

だって、彼らは4つの脚をつかっているうえに、足裏にはパットというゴムもついています。

さらに、左右上下前後にバランスのとれる尾も本来は持っているはずなのです。

そして、低い姿勢で環境を把握できる、犬が最も誇る「鼻」を一番前に突き出しながら歩きます。

あしを出すたびに「気をつけて」と犬に声をかける飼い主さんもいますが、犬からしてみれば「気をつけるのはそっちの方だよ」とバランスの悪い人間の姿に目を覆いたくなっていることだろうと察します。


このはじめての犬との山歩き中に「トレッキングシューズをはいてくればよかった~」とおっしゃったので「えー、山登りされるんですか?どんな山だと思われましたか?」とお尋ねしました。

なんでもご家族で山登りに行くのを趣味にされているとのことでした。

しかも、その山登りですが犬は留守番させていかれるとの事です。

「えー。。。飼い主さんが山で犬が留守番ですか?それはうちにいた犬が聞いたら相当ビックリしますよ。」

ですが実際はよく「犬を山登りに連れていってもいいんですか?」と聞かれることがあります。

山のにおいをつけて飼い主が戻ってくるのに犬だけお留守番とは拷問みたいなものですね。


ごくまれに、保護地区や遺産地区では犬の排泄が環境汚染につながるという理由で許可されていない場合もありますが、それは特殊なケースです。

むしろ、山登りに行くのに犬を連れていかない理由がほとんど思い当らないばかりか、犬の最も大切な仕事は、山歩き中に飼い主が無事に戻って来れる様に飼い主を守ることなのです。

犬が一番やらなくてはいけない仕事を取り上げてしまい、お家の中で何もしなくていいのよといわれても、犬はさびしくやりがいのない毎日を送るしかありません。

犬も冒険していいではありませんか。

いや、むしろ犬は冒険する動物です。

しかも、飼い主といっしょに冒険する動物なのです。

グッドボーイハートのトレッキングクラスが犬との山登りのきっかけになれば、ものすごくうれしいです。

こてつトレッキング


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<犬のしつけ方>犬を迎えるならメンテパックも予算に入れよう!

グッドボーイハートでお預かりしている犬ちゃんのクレートカバーがこの季節の七山では心もとなかったので、簡単なものを作ることにしました。

手元にある布とミジンコを取り出し、完成したクレートのイメージに向かって創作を開始しました。
ところが、完成したものは始めに妄想のなかで見たものとはかなり違うのです。

もっと素敵で可愛いものが出来たはずなのに、皆さんきれいに作ってあるのに何故うまくいかなかったのだろう。

選んだ布に問題があったのか、もしくは、ミシンが安すぎたのだろうかと、思うのもほんの数秒のこと、

イメージ通りにいかなかったののは、自分の力不足、技量不足、経験不足、ただそれだけなのです。


犬を家族として迎えた方のほとんどは、これから迎える犬と家族の楽しい暮らしを思い描いていたはずです。

ところが、実際に犬を迎えてみると思い描いていたイメージとは違って、いろいろと問題が起きてしまうこともあります。

犬との暮らしに問題を抱えている飼い主さんの多くが、「なぜ、うちの犬だけがこんなになったのでしょうか?」とお尋ねになります。

私が道具が問題ではないかと疑ったように、犬の個体そのものが問題ではないのかと疑いをかけられてしまいます。

ドッグスクールへの犬のしつけ方の相談には、吠える、咬みつく、散歩ができない、留守番できないなど、犬の困った問題があります。

問題とされる犬たちはみんな、はじめから問題があったということはありません。

飼育の過程や繁殖の過程によって問題となる行動を取らざるを得なくなってしまった犬たちの言葉を飼い主にお伝えしするのが家庭犬インストラクターとしての仕事です。

現在の犬の環境や育て方、しつけ方、接し方をより良い方向へ変えていくことで、犬が健全に成長することができるよう飼い主さんにサポートをお願いしていきます。

そのための、犬への理解、共感と飼い主としての自覚なのです。

みんな何も知らなくて犬を飼っているのに問題があるのはうちだけではないかという不満をお持ちかもしれませんが、問題があったからこそ犬のことを理解するチャンスができたと思っていただければと思うのです。

犬を高い金額で購入してしまい、トレーニングや犬のしつけ方を習うための資金を準備されていないことが、この大切な機会を逃してしまうこともあるでしょう。

せっかくお気に入りの車を買ったのに、その車を大切に維持していくためのプロの力を必要とするメンテナンス料金を準備できなかったら、車はボロボロで使い古しとなり結局は車の良さを発揮することもなく、愛されなくなってしまいます。

犬を迎える予算のうちから、まず犬のしつけ方や犬について学ぶ料金を差し引いた金額で考えていただきたいですし、すでに犬を迎えてしまったご家庭なら、予算には入っていなかったけどこれはどうしても大切な犬との関係作りのための準備として、犬の学校で学ぶ資金作りをお願いします。

ネットで検索すれば無料の情報はたくさんあるかもしれませんが、自分のように専門家としてお金をいただきながら犬について飼い主さんに指導する立場にある人間は、そのことに対する努力と体力、気力を注いで自らも学び続けています。

十分に学んだつもりでも、まだ力不足であることを感じることもあるのですが、みなさんの学びも自分の学びのひとつとして真剣にこれからも学んでいきます。

犬は育てるものです。大切に育てていきましょう。

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<犬のしつけ方>犬の分離不安症という赤ちゃん病も他の犬には通じないこと

犬の分離不安症や分離不安傾向などの行動や問題については、このブログでも数回にわたって取り上げてお話ししてきました。

犬の分離不安は複雑化する飼育環境と飼い主と犬の関係性、犬の繁殖や販売などの受け渡し方法など、いくつもの要因が絡まりあって起こる症状です。

分離不安を病気と位置づけて話を進めるつもりはありませんが、ここで症状という言葉を使わせていただくのは、あくまで分離不安傾向の高い行動は、犬の個体に定着してしまう行動とは別に考えていただきたいという意図を含みます。

この分離不安という言葉は、以前もご説明したとおり、児童心理学の分野から発生した言葉です。

飼い主が犬から離れることで犬がひとりになると不安定な行動を示すことが、赤ちゃんの生育時に母親に対して見せる行動と同じであること、さらにその行動を引き起こしている脳内の状態を同じであることが科学的にも明らかにされつつあるため、分離不安という言葉が犬にも用いられるようになりました。

犬の分離不安を取り上げる記事や情報は増え続けており、ペット化した犬という動物の行動やその脳の発達がますます不安定な状態を強いられていることを痛感しています。

犬の分離不安をご存知のない方のために簡単にご説明しますが、分離不安傾向の強い犬は、飼い主が自分の元を離れると奇声をあげるように泣き叫ぶ、まさにキーというような音を出すのが特徴です。

それらの泣き叫ぶ声を聞いた人の多くは、最初は子供が奇声を発しているのか、もしくは何か特別な動物が絞め殺されているのかとビックリするような声です。

犬が飼い主を呼び戻すときや要求するときに使う「ワンワン」といった犬らしい声とは違う声で、喉を締め上げるようにして出す声を聞くと、明らかに分離不安の状態に陥っていることがわかります。

その奇声を発している犬は、単純に叱ったりすることで吠え止むことができません。

なぜなら、行動修正を求められているということは、人側の反応に対し犬なりの反応を示すための感性(センサー)というが必要なのですが、このセンサーが若干壊れかけている状態だからです。

犬は本来集団で行動する動物で、子犬のときの待機(留守番)にしても複数でする習性を持つため、幼少期(生後3ヶ月)までにひとりで待機(留守番)できるようにするための環境作りには、入念な環境整備が必要です。

この環境整備が不十分な状態となり、その上犬を迎えた飼い主が犬の行動についての理解が不足した状態となると、子犬はコミュニケーションに不安を抱えることになり一気に分離不安状態へと突入していきます。

この分離不安傾向のある犬の場合は何才になっても、つまり老犬になっても赤ちゃん行動をくり返します。成熟しないというのも特徴のひとつです。

抑制がうまく働かない、つまり抑制が効きすぎたり効かなかったりする状態になります。

ストレスに弱く脳に混乱を生じやすいため、てんかんのような症状を併発することもあります。

分離不安傾向の犬は、飼い主以外の人にも赤ちゃん行動を伴って接触します。

手をかけたり甘噛みしたりとびついたり、お腹を見せて寝転がったりお腹を触ってとひっくり返ったりします。

犬によっては人見知りの状態となり、飼い主以外の人には近付かなくなる他人に不安を抱える行動をすることもあります。この場合は他人が近付こうとすると逃げる行動が見られます。

分離不安の犬は社会不安も高いため、他の犬と対等に接することもできません。たいていは逃げる、逃げられなければ牙を見せたり空咬みという咬み付き行動をします。

騒いで飼い主に抱き上げられることを覚えてしまう犬も多いようです。

人は犬が赤ちゃん的な行動をとると「かわいいわね~」とどちらかというと好意的に反応することが高いのです。

唸ったり吠え立てたりされることよりも、お腹を見せたりオシッコをしかぶる「失禁」行動をすることの方が弱々しい印象を与えるので歓迎されるのでしょう。

人はそもそも動物が怖いのですから(だから人社会を構築してきたのですから)、動物が赤ようにちゃんの振舞うことを歓迎する傾向は強いのです。

ところが、他の犬たちを騙すことはできません。

子犬には子犬特有の臭いがあります。その子犬の臭いがなくなったとき、子犬はもう子犬ではないのです。

犬たちは分離不安の犬の臭いを十分に嗅いだあと「お前は子犬じゃないな」と受け取ります。

それなのに犬が逃げる行動を取れば、当然のことですが攻撃されます。

「逃げるものは攻撃する」という行動の習性は、犬だけでなく非常に多くの動物のもつ習性です。

同じ習性を人も持っているのですが、心当たりはないでしょうか。

攻撃されているものを攻撃するのです。ワイドショーなどで、誰かが攻撃のターゲットになると一成にみんなでかかっていくのは、動物の行動習性を見るようなもので、当たり前のこととはいえ人も弱い動物であることを確信してしまいます。

分離不安行動の犬の赤ちゃん行動は、他の犬を騙すことはできません。

分離不安となる犬は社会的に他の犬と関わることができなくなってしまいます。

複雑かつ時間のかかる、犬の分離不安行動の解決について、飼い主とその周辺の人々を含めて、みんなで考え行動する必要がありそうです。

プリンとフレーバーボーン

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<犬のこと>ドッグカフェという名の犬を触る場所とは?

先日、生徒さんとお話しているときに、地域に犬を触れる「ドッグカフェ」というものが誕生したことを聞きました。

ドッグカフェという名前から想像するものは、犬といっしょに行くことのできる、つまり犬OKのカフェというイメージでしたが、そのカフェは違うらしいのです。

最近はやりの「猫カフェ」のように、カフェの中にどのようなスペースかはわからないのだけど、犬がウロウロとしており、その犬たちを「触る」ことを目的としたカフェだというのです。

ここからは、個人的な価値観の入るところなので、あくまでも私はこう感じるという立場で述べさせていただきます。

カフェの目的としては犬を触ることで癒される癒しのカフェを売りにされているようです。

個人的には猫カフェに行って猫をさわりたいとも見たいとも思わないし、猫を触って癒されるという感覚もありません。

ただ、猫という動物の習性について犬のように専門的な知識がないため、自分は関心はないがそれ以上のコメントはできませんというスタンスでいます。

ただ、犬に触ることで癒されようとするドッグカフェとなると、少し立場が違います。

犬という動物の習性やそのカフェで日々を過ごす犬たちにかかるストレスを考えるとき、人はどこまで動物に負担を強いれば気がすむのだろうと思うのです。

もし、そのカフェにいて来客者たちに触られる犬が自分の犬であったとするなら、どうでしょうか。

自分の家族である犬をカフェの中のメイド犬として働かせたいと思うでしょうか?

もしそう思うならなぜでしょう。

もしそう思わないのならそれもなぜでしょうか。

もう少し、いろんな意見を交わせる場所があればいいのでしょうが、これらお互いに意見の合わないもの同志が交わる機会もないのです。

お話してくれた生徒さんは、絶対に行きたくないし気分が悪いとおっしゃいました。

グッドボーイハートで学ばれる生徒さんの多くは、同じような感覚になられるのではないでしょうか。

なぜなら、いつも犬の立場にたって考えることを学んでいるからです。

ドッグカフェには閉口しましたが、生徒さんの言葉には共感を得られました。

その都心にできたドッグカフェは行列ができるほどの人気だそうです。

みなさんはどう思いますか?

犬たちはどう思うのだろう。

海辺こてつ

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<犬のこと>犬の健康寿命を考える:犬に自然死はあるのか?

子供のころからテレビで活躍されている俳優さんが亡くなると、いつも思うことがあります。

メディアで有名な人は、その病気や死に方にまで世間の注目を浴びる大変なお仕事なのだろうな、ということです。

先日、俳優の樹木希林さんが亡くなったことでも、その生き方だけでなく死に方について考えさせられるものがありました。

マスコミの報道でしか知りえないので、真実はどうなのかとは思いますが、癌を患いながら確かに人生のできるだけ最期まで仕事をして生活をするという日常を大切にされた死に方であったように思えるからです。

実は、犬も医療が発達しているため、癌や脳の病気など老齢病を患うようになりました。

もしくは、本来そうした病気で老齢でなくなる犬は老衰という自然死を受け取られていたものが、動物医療の発達により病気の原因が分かるようになり、人と同じ老齢の病が増えているように感じられるのかもしれません。

さらに、老齢によって生じる犬の病気に対する治療の選択肢も広がっていきます。

犬に対する医療行為をどこまで行えばいいのか、そのことで犬の生活がどのように変化してしまうのか、
日常生活を維持することができるのかなど、まだ始まったばかりのこの老犬に対する医療については、答えが見えていないというのが現状ではないでしょうか。

犬を自然に死なせてあげたい、だけど犬と一日でも長くいっしょに過ごしていたいという両方の希望がかなえばいいのですが、病気をかかえながら長生きする犬と向き合うことの中には、想像を超えることも多々あります。

そのときが来なければ選択はできないというのもあるでしょうが、樹木希林さんは病気のケアはしながらも、病気を受け入れる覚悟というがあったからこそ日常生活を大切にすることができたのではないでしょうか。

病気を悪いものとして、病気を消してしまわなければいけないと思ってしまうと、治療は激しくその反動も動物にかえっていきます。

病気を悪いものだとせずにある程度の受け入れの気持ちがあれば、治療や老犬の過ごし方にもまた別の選択肢があるはずです。

犬は人が飼っている動物なので、野生動物のような自然な死は訪れないとしても、動物として尊厳のある死を望んでいるのではないかと思います。

自分もまた動物として、どこかで折り合いをつけて死を迎えていくことができるのか、それは今をいかに生きていくか、結局生き方につながっていく問題です。

となると、犬の場合も、犬の尊厳のある死は、犬がどのように生きていくのかという今につながっています。

そんなことを考えていると、ふと山を歩いている犬の姿が思い浮かびます。

いっしょに山を歩けてよかった、そんな気持ちが沸いてくるからこそ、犬との山歩きの時間を大切にしたいのです。

七山の空220180902

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