グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

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犬の認知:環境把握が犬の行動に与える影響について

都心で車を運転中にヒヤリとしました。
車線の多い大通りを通行中に車の前をカラスが低空飛行で横切ったのです。
その瞬間、自分の感覚ではギリギリでカラスとの衝突を避けられたと感じました。実際のところはカラスの方に余裕があったでしょう。カラスは歩道の他のカラスが先に見つけて食事にありついていた場に着地したのです。カラスの方は私や他の車が移動していてその速度も予測した上で、自分が車にぶつからずにその餌場に到着することを計算した上でのことだったのでしょう。
こうした野生動物の周囲の環境を把握した上での行動に接すると、人の環境把握のレベルはそれほど高くないように思ってしまいます。

環境把握というのは、自分の周囲を取り巻いている環境を把握するということです。これは動物にとってはとても重要な認知の作業です。私たちは生活している空間の中にある物体その他の環境を把握しているから行動をすることができます。屋外環境は刻々と変化しています。その変化する環境を予測することも環境把握に含まれます。

先のカラスと車の接近にしてもそうです。私もカラスもお互いに変化する環境を把握しながら移動していました。私は車を運転しながら前後左右の車や歩行者や信号が青から赤に変わることのすべてを予測して運転をしています。急に人が車の目の前に飛び出してくるようなことがあったらすぐにブレーキを踏む必要があります。運転席から見える範囲内の動いているもので自分の車に接近する恐れのあるものには注意を払っていたのです。ところが右上空からいきなり車の前にあわられたカラスを把握することができませんでした。本当はいきなりではなく右上から左下へと降下して来たのですが、その速度が非常に速いため自分にとっては突然目の前にあわられたように感じ対応に遅れてビックリしたのです。

カラスは毎日車の移動を観察していますので、車を環境の因子のひとつとしてとらえ、それが自分の行動を妨げるものになるかという計算を自然に行ってしまうわけです。車がカラスを捕食する動物ではなく、いきなり咬みついて来ないことも知っています。当然、都心は自然環境よりも移動しているものが多いため環境の中で自分の行動に影響を及ぼすものを認知していくことは大変なことのように思うのですが、逆に隠れた場所からいきなり現れない限りは上空から行動の範囲内である街を見下ろすカラスにとっては対したことではないのかもしれません。中には年をとって認知や行動が不安定になってしまったり、性質的に能力が十分に発達できないカラスもいるでしょう。そのようなカラスは事故にあってしまうのでしょうが、それでもこれだけたくさんのカラスが街中にいるのに道路で轢かれているカラスがほとんどいないのですから、その環境把握力は対したものです。

環境把握は全ての動物が生きていく上で重要な能力であるはずですが、この環境を把握する力の落ちている犬たちが増えてきているような気がしています。

環境把握は室内でも必要です。まず、部屋の間取りを覚えていたり、どのものがどこにおいてあるかを覚えていたりするものです。しかし年齢によっては物忘れが生じます。「あのポストカードどこに置いたかな?」などと、保管したはずのものをどこに片付けたのか忘れてしまうことがあります。それがしばらく使っていないものであれば問題ありませんが、よく使うものについていつも置いてある場所を忘れてしまうようになると、そろそろ自分の認知にも疑問を持つ必要が生じます。

室内での環境把握はほとんどが非生物であり動くことがありません。室内環境は屋外環境のようには変化しないのです。テラスでアイスクリームを食べているときには上空のトンビがそのご馳走をさらっていくことを予測しておくことは環境把握のひとつになりますが、室内でアイスクリームを食べていても何もおきません。
時に、室内に動くオブジェのようなものが登場したときにも、その物体が生物ではなく非生物であるという認知力があれば、そのオブジェにおびえる必要はありません。ところが犬の中には、クリスマスツリーに吠え続ける犬もいます。ツリーに吊り下げているオブジェが少し揺れようものなら大騒ぎになったりするのです。扇風機のヘッド部分が回ることに吠える犬もいます。こうした非生物の取扱いについては、そのうちに非生物であることを認知できるようになり、次第に吠えなくなるという時間の経過による学習が進みます。ところがまたよくシーズンになるとその学習は消え去り同じように吠えるという行動が出てしまいこともあるのです。これは極小数の犬の反応ですが、こうした傾向は少しずつ強まっているようです。

犬にとって屋外環境が室内環境と大きく異なるのは、臭いがほとんど一定であることです。室内でする強い臭いといえば、食べ物の臭い、アロマなどの臭い、洗剤の臭いくらいでしょうか。特に洗剤の強い香のものを使ってある場合は、室内はほとんど洗剤の臭いに満たされています。新しい臭いといえば、外出した人が洋服につけてくる臭いくらいなので、臭いの量としては少なく環境把握に鈍感な犬は、外出した飼い主の洋服を臭いこともありません。

屋外環境は都心と自然環境では臭いが全く異なります。都心でも中心部はほとんどが食べ物と排気ガスのにおいで満たされています。環境把握ができにくく犬は不安を感じやすいか、もしくは環境把握そのものをできないストレス状態に陥ってしまいます。

自然環境は臭いがほとんどないのですが、風が抜けるためたくさんの情報の臭いが漂っています。例えば、夜になるとウロウロする野生動物の臭いは風を通してたくさん嗅ぐことができるということです。環境把握を自ら行える力のある犬は、自然環境での環境把握を得意としますので動物の臭いで動けなくなったりすることはありません。その野生動物を以下に回避して接触しないようにするのかを決めるのが犬という動物です。自ら行動が基本の選択と行動ですので、拘束時間の長い現代の犬にはなかなか難しいものです。

この中間にあたる郊外では車の通行する時間以外は過剰な臭いにさらされることなく、環境把握ができるのではないかと思います。実際に自分で嗅ぐ能力がないので、犬の行動を見ながらその把握の状態を探っています。しかし、前に説明したように環境を把握するというのは、その環境に応じて自分がどのように行動する必要があるのか、もしくはないのかを決定付けるということなので、そもそも自ら行動することができない状態に置かれれば、環境把握も意味を持たないことになり、それすらもできなくなっているというのが現実のようです。

たとえば、こんなことがありました。庭で木をかじっている犬の2メートルくらい横に小鳥が飛び降りました。小鳥はしばらく地面をウロウロとして何かを探していたようです。犬は小鳥に気づいていたかどうかもわかりませんが、木をかじるのを止めて伏せたままでいました。その直後に小鳥が地面から飛び立ちます。犬はビックリしていきなり立ち上がり尾を下げて小鳥の飛び立った方角に顔を向けています。それからしばらくは動きません。動くことができなかったといったほうが正確なのかもしれません。予期せぬ環境の変化に戸惑い、行動の動機をしばらくは放棄したようです。

このような光景を人によっては「犬がかわいい」と見るのかもしれません。
感情を置いて冷静に見るとしたらどうでしょうか。これだけ犬という動物の環境把握力は落ちてきているということです。こうした行動の例が増えています。
なぜなら、行動を起こすことができない犬を人が求めているからです。室内で長時間の留守番と家の近くを少し散歩する程度であれば、ほんの少しの行動さえできればいいのです。犬が行動を起こさなければ問題も起きません。インターホンに吠えるということもないし、咬みつくこともないのです。問題が起きるとしたら身体的な部分におきるだけです。

動物は行動をするから動物になりました。
植物が長い間、食べて休むけど動かない状態であったのに、ついに動物は動き始め、その行動に必要な環境を把握する能力も身につけてそして動物として世界を楽しんでいます。
犬は動物です。犬という動物が持つ大切な機能が失われないことを、そしてその機能を十分に活かして生きることを楽しめることを願っています。


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人のクシャミや咳に反応する犬たち2

昨日のブログ「人のクシャミや咳に反応する犬たち」に引き続いてお話しします。

ブログに細かな犬の行動に観察する意味について書き重ねているためか、実際に細かく観察する方が増えているようでうれしく思います。人のクシャミや咳に対する反応についてもそれぞれに観察されたり新たな発見があったかもしれませんね。
昨日のブログに上げたような行動を確認できた犬もいたでしょう。

復習します。
人のクシャミに反応する犬の行動例として以下のものをあげてみました。

・クシャミによって立ち上がる

・クシャミによって立ち上がりウロウロする

・クシャミによって立ち上がり鼻を鳴らす

・クシャミによってとびあがる、とびつく

・クシャミによって駆け出す

・クシャミによって吠える

・クシャミによってクレートに入る

・クシャミによって部屋から出て行く

これらの行動の共通点を挙げながら行動分析を行ってみましょう。

いくつかの行動は、犬が驚いたときに示す強い行動です。
犬は刺激に対して驚いたときにするいくつかの反応を持っています。弱い反応は音のする方に顔を向ける、ひとつ上になると体を向けるといった行動です。
上記の反応はこれらの驚きの行動よりもさらに強い反応で、とびあがる、立ち上がるという行動です。

ウロウロすると鼻をならすことは同じ分類に入ることがあります。これらの行動は犬が不安を感じているときに、状態としては不安定な状態に陥るときに出る行動です。

クレート入ると部屋から出て行くの共通は、人とテリトリーを分ける行動であることです。人のいる部屋というテリトリーから出ること、クレートという個体のテリトリーの中に入るという行動で境界線ができます。

駆け出すと吠えるの行動の共通点は、ストレス行動の逃走もしくは闘争行動で同じストレスのレベルを表現しています。どちらも移動の距離は数十センチです。小型犬では数メートル駆け出すケースを目撃したこともありますがこれは極端な例でしょう。

ここまででまとめると、行動は次のいずれかになります。驚愕反応、不安緊張行動、逃走OR逃走行動、人のスペースから離れるもしくは犬のテリトリーに戻る行動、になります。

さらに詳しく分析してみます。

驚愕反応はクシャミという大きな音に驚いて出た行動のようにも思えますが、そうとも言えない部分を残しています。犬が立ち上がり反応をする程度の音に対する刺激であれば、回数を重ねていくと「馴れる」という学習が生じてくるため、なんどもクシャミを聞いていればそのうちに反応はなくなってしまいます。
人のクシャミを単なる「音」の刺激であれば「馴れる」学習が起こり反応はなくなるが、実際には反応はいつも同じようなものであるので犬によっては人のクシャミを単なる音としては認識していないということがわかります。

人のクシャミを「音」ではなく人の「声」ととらえると受け取り方は異なります。

多くの哺乳動物が声のコミュニケーションを使います。人も犬もその音の種類と目的は違っても、発声がコミュニケーションの方法であるという点で共通しています。人の発声はコトバというコミュニケーションに置き換えられますが、もし共通の言語を持っていなかった人同士の場合には、音の高さや強さで自分の状態を相手に伝えることができ、これらは世界共通で他人への理解を得ることができます。
犬と人も声という音の使い方も実は少し似ているところがあって、男性は太い声を出すとか、女性は高い声を出すということが、犬の場合には、強いものは太い声を使い、弱いものは高い声を発するという違いになりますが、一定の音は犬に特定の影響を与えます。

クシャミや咳は音の高さとしては個体差が大きいのですが、発声のパターンとしては「飛ばす」という性質を持ちます。これは、クシャミは咳といった生理的反応が体内に入れなくないものは入っているものを外に出そうとする自己防衛的な行動であるからでしょう。そのためより遠くに飛ばす必要があり、声質もそのような質になります。普通の話し言葉や掛け言葉よりももっと遠くに音を飛ばしているわけです。

犬にとって音を飛ばすように出すときは、犬が防衛的に自分のテリトリーを守るときです。番犬吠えをする犬は大変少なくなりましたが(多くの犬は番犬吠えではなくパニック吠えや飼い主の気をひくための要求吠えをしているため)、テリトリーを防衛するために声を飛ばすように吠えるのがいわゆる番犬吠えです。

クシャミや咳によって人が自分のスペースを防衛するように吠えてしまう声に対して過度に反応を示す犬は、人のスペースに対する関心が高いか、もしくは依存的関係によってスペースが人と重なっていると考えられます。これは私の個人的な見方ですが他にもこれらの行動について何か思いつかれた方はぜひ教えてください。

現在では多くの犬が人のスペースに入り込むように依存して生活をしていますので、自律性の高い犬の行動を比較することができにくいのですが、引き続き小さな行動も観察を続けていきたいと思います。

dav




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人のクシャミや咳に反応する犬たち

自分がクシャミをしたときに、犬が何かの反応をすることはありませんか?

人のクシャミに反応を示す犬がいるといます。全ての犬ではありません。極一部の犬なはずなのですが、統計を取っているわけではありませんが、最近は増えてきているような気がします。
クシャミに対する反応とはどのような意味があるのでしょう。なぜ犬の中には人のクシャミに対して反応を示すものがいるのかを考えてみました。


まず、人のクシャミに反応を示す犬の行動にはこのようなものがあります。

・クシャミによって立ち上がる

・クシャミによって立ち上がりウロウロする

・クシャミによって立ち上がり鼻を鳴らす

・クシャミによってとびあがる、とびつく

・クシャミによって駆け出す

・クシャミによって吠える

・クシャミによってクレートに入る

・クシャミによって部屋から出て行く

他にも反応の例はあるかもしれませんが、主にこのような反応を確認できました。
異なる犬の行動ではありますが、同じ人のクシャミという刺激に対する反応です。
これらの行動を見て何か共通するものを見つけることができれば、このクシャミに対する反応は一定の犬たちに同じ影響を与えているということになります。

ブログをご覧いただいている熱心な飼い主のみなさんにも少し考えていただきたいので(他者の考えを聞いてしまうと、せっかくの自分の考えが閉ざされることがあります)、この行動の共通点については明日のブログで説明します。

もうひとつの側面は、全ての犬が人のクシャミに反応するわけではない、言い換えれば、特定の犬たちが人のクシャミに反応を示しているのだということです。

そして、この特定の犬たちのクシャミへの反応以外の行動を比較することで、このクシャミに反応する犬のグループの共通点を探すことができます。

ブログの題目にあるとおり、人のクシャミに反応をする犬の多くは人の咳にも同じ反応を示す傾向があります。このことも行動を評価する上での重要な情報です。
クシャミと咳、人の生理的反応ではありますが、犬の立場から見ると人の発する特定の音と捕らえると情報はシンプルです。

さらに、この行動に関する情報としては、人は犬の社会的な対象であるということです。社会的対象であるなら、同じ社会的対象である対犬に対しても同じ反応を示すのかということです。犬はあまり咳をすることはなく、気管支炎になったときに空咳のようなものをする程度でわかりにくいものです。ただクシャミをすることはあります。小さな犬の発するクシャミはわかりにくいですが、大きな犬のクシャミはかなり迫力のあるものです。これらの犬のクシャミに社会的関係をもつ犬が上記のような反応を示すでしょうか。
これについては、大きなクシャミに対して若干の反応を示すことはあっても、人のクシャミに対する反応と「同じ反応」を示すものではありませんでした。犬の状態によっては同じような反応を示すことがあるかもしれませんが、同じようなと同じとは異なりますので、もし身近にこのような例があればよく観察していただき情報のひとつとしていただきたいです。

こんな小さな行動を取り上げるのはなぜかというと、犬の行動は犬の状態や性質に関連する情報だからです。トレーニングクラスでは飼い主さんから全ての情報を聞き出すことはできませんが、目の前で犬の行動をみると見逃すことができません。ところが、ほとんどの人がこのような日常的な細かな行動に関心がありません。
飼い主さんが関心があるのは、人の合図に対する反応、言うことを聞くか聞かないか、ゴハンを食べるか、どんな遊びをするのかといったことのようですが、もっと犬の真実に迫る犬の行動を見逃していることがもったいないと思います。

いろいろと観察しクシャミの影響を受けている犬たちの行動の質についてぜひ考えてみてください。

dav






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3月の犬語セミナー開催のお知らせ

3月の犬語セミナークラスは以下のとおり開催します。

2017年3月26日(日)
場所 グッドボーイハート七山校
時間 12時~14時
終了後にお茶会あります。お時間のある方はご参加ください。
参加費 おひとり2500円

以下のメールもしくは電話でお申込ください。
info@goodboyheart.com
goodboyheart7@gmail.com
TEL:092-409-0749

犬の行動について楽しくじっくりと学びましょう。
千里の道も一里からです。
少人数制のセミナーなのでお気軽にご参加ください。

dav

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犬のごほうびトレーニングのしくみ:報酬が犬に与える影響について

ごほうびトレーニングとは、行動学の中では陽性強化トレーニングといわれるものです。
欧米から入ってきてここ15年くらいは大変流行り、現在でも犬のトレーニングの中に多く取り入れられているトレーニングの手法です。

今日はこのごほうびトレーニングのしくみと、行き過ぎたごほうびトレーニングが犬の行動や犬と人の関係に与える影響についての副作用についてお話しします。


まず、陽性強化トレーニング(ごほうびトレーニング)のしくみは次のとおりです。

犬がある行動をするとごほうび=(報酬)を得られる
報酬を得られる行動の回数は上昇する
という陽性強化という学習心理によって構成されています。

学習心理で説明するときには以下の公式となります。

条件刺激(特定刺激) → 犬が行動 → 報酬の出る合図(イイコとかグッドなど) → 報酬(ごほうび)

これを具体的な行動に当てはめてみましょう。

オスワリという → 犬が座る → イイコ(グッドやクリッカー音) → 報酬(オヤツなど)

陽性強化トレーニングを使って行動を固定させていたくためには、報酬の出る合図が行動の直後に必要だということと、報酬を不定期=ときどきにすることによって行動の強化を高めていくという手順で行われます。
報酬をときどきにする必要性は、パチンコ方式と考えてください。
実はごほうびは出たり出なかったりする方が行動を固定させていくことができます。
次はごほうびが出るかもしれないという予測を継続させることになり、パチンコ台に座り続けるのと同じような現象が犬にも起きるからです。

陽性強化は学習心理学者のBFスキナー氏がオペラント条件付けを発表したことでその認識が広まりました。
心理学の分野では陽性強化を正の強化といいます。行動学では陽性強化の法が一般的のようです。
人を含める動物の行動を学習心理というものを軸にして考える学習主義のさきがけにあたるでしょう。
動物の行動の要因が学習がすべてとはいわないものの、ごほうびと罰で動物を操作することの可能性を模索したことは、実際には現在でも模索し続ける学習心理トレーニングは今も研究が進められています。

陽性強化トレーニングが犬の世界に入り込んだ大きな理由は、それまでの犬のトレーニングが罰(正しくは陰性強化法)を用いて行われるものが多かったため、動物への罰を減らしたいという理由と、罰よりもごほうびの方が受ける動物の副作用が少ないとみられることからではないかと考えます。

30年以上前になりますが自分の経験の中でも、犬のトレーニングの現場で働き始めたときに使用していた道具はチョークチェーンといわれる鉄製の閉まる首輪でした。これは現在でも使用されている道具です。軍用犬の訓練で使われ始め、戦後日本の訓練施設で多く使われるようになりました。簡単に説明するとチョークチェーンは陰性強化というやはりオペラント条件付けのうちのひとつの学習心理を利用して、犬に行動をさせることを目的としています。

チョークチェーンなどの陰性強化の道具は一旦犬が不快に思う刺激を受けるため、使い方を間違えると虐待になりかねません。アメリカは日本よりもより多くの大型犬の問題行動が発生して咬みつきなどの事故も多発しているため、これらの行動を抑えるために一般の飼い主がチョークチェーンを誤って使用すれば、犬の行動は抑えられるどころかますます過剰となり問題が悪化することは道具のしくみと犬という動物の性質を理解できるものであればわかることです。

ところが事実は少し違います。道具の普及は早かったものの学習心理学を教える機関が十分でなかったことから、道具は誤って使われるようになりました。昔の訓練の現場は「見習い」といって、ただ長い時間経ってみているだけでその技術を奪い取れというようなものだったのです。もしかしたら今でも訓練士見習いという言葉はあるのかもしれません。ただ見ているだけなので、机上で学習心理のしくみについて説明をうけることもありません。道具の意味を知識として理解する機会も与えられていません。今は少し改善されているのかもしれませんが、チョークチェーンが広まった当時はその土台がなかったので、道具だけが広まり多くの犬たちは強い刺激を受け続けて苦しい思いをしたことでしょう。

そこに陽性強化トレーニングが広まりました。オペラント条件付けには強化の法則が二つあります。陰性強化、そして陽性強化です。強化とは行動の回数をあげていくということですから、犬に行動をおこさせたければ、陰性強化ではなくて陽性強化を用いたほうがいいと考えるのは自然な発想ですし実際効果も高いです。陽性強化はごほうび=報酬を使うため、強化処置を与える人を報酬と関連付けます。良い方に受け取れば人に近づきやすくなります。もちろん報酬には副作用があります。これについては最後に説明します。

陰性強化や陽性強化といったオペラント条件付けによる学習心理トレーニングが長い間継続しているのは、この分野での研究が大変進んでいることと、人が理解しやすいという側面があります。なぜなら、学習心理の過程は人と犬という異なる動物であっても、動物として共通のルールであるからです。

学習の基本的な過程は種を超えて共通する

この大原則が学習心理トレーニングを普及させた大きな理由でしょう。そして、その学習させたい行動とは、最初は基本的な生活のルールではなく、特殊な作業を行う作業犬のためだったことを忘れてはいけません。これらの学習心理トレーニングを受けて行動を見につけさせる必要があったのは、警察犬、盲導犬、競技会犬といった使役犬たちです。これらの犬は犬が日常的に行う作業として訓練を受けています。この中でも最も生活とは異質に行動しなければいけないのは競技会に出る犬たちです。服従訓練の競技などは日常生活で必要な動作とはちがって、その座り方伏せ方、脚側の仕方などが型にはまって美しくある必要があるため動作も細かく仕上げていく必要があります。逆に、警察犬や盲導犬といった犬の仕事は型にはまるとできず、応用を要求される日常生活に近いものです。盲導犬などはすばやく座るよりもゆっくり座ってもらったほうがいいような仕事ですから学習心理トレーニングもトレーニングのうちのわずかにしか当てはまりません。

これらの特殊犬に使用されていた学習心理トレーニングはそのうち家庭犬のトレーニングにも応用されることになりました。ですが、家庭犬のトレーニングに学習心理トレーニングを過剰にいれてしまうことには大きな副作用が潜んでいます。
犬に特定の行動を学習させるということは、次に起きる行動を予測もしくは誘導し、行動をコントロールすることです。
犬にオスワリを陽性強化で教えるときには、オスワリをしたら声で強化、そのあと報酬を与えたり与えなかったりします。オスワリを知らない犬にはオスワリの合図のあとに犬をオスワリの行動をさせるように誘導する必要があります。犬がオスワリすることが予測できて(誘導できて)はじめてこのトレーニングは成立します。

犬は行動をしたらごほうびをもらえていい事が起こるのだから、陽性強化には何の問題もないように思えますが、実際には陽性強化の多用は犬の行動と性質に影響を与えてしまいます。

例をあげましょう。
例1
オヤツを使ってオスワリ、マテを教えた
オスワリマテができるようになったはずなのに
インターホンがなるとオスワリマテができない

例2
オヤツをつかってオスワリを教えた
オヤツを持っているとオスワリの合図に応える
オヤツを持っていないとわかるとオスワリはしない

どちらもよく起きる例です。
例2のオヤツをもっていないとオスワリしない犬の場合には、陽性強化トレーニングをされている方なら、報酬は時間差で与えるルールや、最初の条件刺激の中にオヤツも入ってしまった結果であるため、そもそもトレーニングとして失敗していることを気づくはずです。

例1のインターホンのとき犬がオスワリをしないのは、犬にとっては報酬を得ることよりも、環境に影響がある警戒モードの方が優先するため当然の結果であるといえます。オスワリ=報酬と条件づけすぎたために起きる間違いです。

報酬を使ったトレーニングの副作用はもっとひどい状態になってあわられます。
陽性強化は人と報酬を結びつけるために人に対して関心を示しやすくなる事が利点のひとつになっています。これは作業犬のトレーニングから家庭犬のしつけに転向したときに自ら感じたことです。家庭犬のしつけの難しさは、犬の人に対する関心の低さです。特に問題行動を生じている落ち着きをなくし始めているような状態では、人の存在がストレスとなり人を回避しようとするため人の呼びかけに対しても応答がなくなっていきます。陽性強化で食べ物を使うと食べ物の存在が関心をひきつけるようになり、結果教えたいことが早く教えられるという利点は確かにあります。

ただこのことが裏を返せば陽性強化トレーニングの欠点にもなります。人=報酬による人に対する過剰な関心は依存となり犬の行動をコントロールしやすくなります。人に依存していて人の要求に常に応えようとする犬は、傍から見れば飼い主さんをずっとみている問題ない犬であることは間違いありません。ただ、そのことで犬が失うものは犬の自律性です。
犬は人がいないと生きていけません。食べるものを獲ることもできないからです。社会的には人が飼わない犬は存在することを許されていないという理由もあります。ただ他者がいないと生きていかないのは自分も同じです。毎日食べているものを自分で作ることすらできませんし、着るものだって通信手段や移動の手段であれすべて他者に頼っています。そうした動物も自律性というのをもっています。犬にも自律性があります。それを育てる環境はなかなか整わないというのが現実ではありますが、はじめから犬の自律性について考えないというのはフェアではないと思います。犬の自律性について最もわかりやすい例は、犬の社会的行動についての多くが誤解されているということです。一昨日のブログに書いた子犬に応答しない成犬の例も自律性を失った犬の行動の例です。


同時に失ってしまう大きな損失は、飼い主が犬という動物について理解する機会を失うということです。
インターホンでマテやハウスに入ることを犬が優先させるためには、人との特定の関係を結ぶ必要があります。これは学習心理によって行われるのではなく、犬の習性や本能の理解によって行われる行動です。

犬の行動と心理は結びついています。行動は心理の働きをふくみ、心理(気持ち)を知るきっかけになるのです。
行動=心理 つまり 行動は心理なのです。
ところが、学習心理は動物の心理と等しくありません。

なぜなら、次の法則があるからです。

動物(犬)の行動は同種の動物(犬)に対するときと
異種(人)や非生物(もの)に対するときでは異なる
動物は種ごとに異なる世界を持っている

これは最も大切な真実です。

陽性強化法を犬のトレーニングに用いるなら、オスワリという言葉と座る動作の関連付け、フセマテという言葉とその動作の関連付けにとどめ、社会性を培う経験学習とは区別されるといいでしょう。陽性強化といっても依存性の
高まる食べものではなく他のものを使ってもいいのです。誘導には手やオモチャを使えますし、依存性の低いものの方が副作用も低く報酬の予測もおこりにくくなります。合図と行動の関連付けがおわったら、あとは生活のルールに取り入れて制御の必要に応じて合図を使っていきます。

これらの合図いに反応させることは、犬に行動の制限をかけなければいけないときに行うものです。
その行動の制限すら犬への理解を脇においてしまえば、本末転倒になってしまいます。
犬を飼うということは異なる種の動物の不思議にふれる最大に楽しい時間です。そして犬は他のどのような動物とも違う人との関係を持っています。その関係性は犬の方からではなく、人の主体性によってつくられるものです。わたしたちが犬とどのような関係を気づいていきたいのか、まだ迷っている方も分からない方も、まずは犬の行動を理解することからはじめてみてはいかがでしょうか。


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犬と犬をオンリードで会わせてはいけない理由

自分の犬にリードをつけているときに、他の犬と接触をさせますか?

同じ質問を私も受けたことがあります。ずい分前のことになりますがアメリカからドッグインストラクターが来日してセミナーが開催されたときに、このインストラクターが参加者に向けて質問したのです。このときの正確な質問は「自分の犬にリードをつけているときに、他の犬に接触をさせない人は手をあげてください。」でした。わたしは接触を好みませんのでリードをつけているときには他の犬には近づけませんので手をあげました。他におひとりが手をあげていたようです。ああやはりここでもこの程度か、と思いガッカリしたことを覚えています。

参加者は50名ほどいて大半が現役のトレーナーかインストラクター、もしくはインストラクター志望で勉強中のセミプロといってもいいようなメンバーでした。会場は犬同伴で参加できるセミナーだっため多くの方、おそらく私以外の方は全員が犬連れでセミナーに参加していました。私はこのようなセミナーには犬は同伴させません。理由は犬に必要のないストレスを与える必要はないこと、犬を同伴しなくてもセミナーの内容は理解できること、犬に対する価値観の異なる方との同空間にいることで犬に与えるストレスが回避できないことなどからです。たとえば、リードをつけている状態で他の犬を従えた参加者が自分に近づいてくることを回避することはできないからです。

冒頭の質問を受けたときこのインストラクターの方がどちらを薦めるのだろうと思い、少しドキドキしました。リードをつけてあわせられるように練習しなさいなどという指導が行われたら、大変落ち込んだと想像します。ところが実際にはそうではありませんでした。
アメリカのインストラクターは、犬にリードをつけている状態で他の犬と接触させるべきではないとはっきりと言ってくださったからです。本当にうれしく思いました。少なくともここに参加している50名にプロフェッショナルのうちの半分くらいは、今日得られた新しい情報に対して関心を示してくれるのではないかと思ったからです。



リードをつけた状態で犬同志を会わせることはお勧めしません。もう少し強くいうなら、絶対に止めてほしい飼い主さんの行動のひとつです。その理由は次のとおりです。

・リードをつけていることで犬は拘束されている、犬が逃げることのできない状態にあるということ。
具体的に説明しましょう。犬にとって他の犬との対面は緊張します。相手がよく知っている犬であっても、犬同志は視覚的に人が10メートル先で相手を確認できるのと違って、ときには1メートルくらいで臭いを確認しなければ対象がどの犬であるかを選別できないこともあります。犬の嗅覚からすればもっと遠方でも臭いの確認はとれるはずですが、犬はリードにつながれていて逃げることもできない、相手の犬もリードに近づいていてまっすぐに近づいてくるといった環境の中で犬の緊張感は高まり、認知力を落としてしまうからです。リードをつけている犬は動物としてはフェアではないと判断して、もっとわかりやすく接触をさせる必要があります。

・次に、犬はリードに拘束されているため、行動を通したコミュニケーションが不自然になります。
行動を通したコミュニケーションとは表情だけではありません。身体を横にむけたり、他の犬との距離をとったり、ゆっくりと近づいたりすることができず、落ち着かせの行動が出にくくなり、犬は不安定になり落ち着きをなくしてしまいます。
よくある勘違いですが、リードをつけて他の犬に近づけようとすると急いで近づいていこうとするのを、犬に会いたがっているとか、犬のことが好きだと思っている方がいます。犬が他の犬に急いで近づこうとする、リードを引っ張って他の犬に近づこうとするのは、リードをつけていて逃げることができない状態であるため、犬が緊張しているためです。
まず、犬は緊張から興奮を生み出し認知の力を落とします。また緊張してストレス値が上昇してくると攻撃もしくは逃走を選びます。逃走するという選択がない場合には、近づいていき自分の領域(=テリトリー)を主張する、もしくはいきなり飛びついたり威嚇してしまうこともあります。

リードをつけていなければ、すぐに距離をとってお互いの領域を守りながら相手を調べるという行為も可能なのですが、最近はリードを解放できる場所で対面を行った場合にも、この対面はうまくいかないことがあります。犬は生活自体が完全管理の拘束状態です。柵がある場所に閉じ込められる、部屋の中に閉じ込められる、リードをつけているというのは犬を拘束しているという状態なのです。精神的には人=飼い主に依存が高く、自分のパーソナルスペースさえ獲得できていない犬は、闘争&逃走モードは高く、このためリードから解放させた対面も和やかなものではありません。

週末に犬語セミナーを開催しました。囲いのある場所で小さな2頭の犬をリードを解放した状態で対面させたビデオを見て犬語を学びました。対面のビデオでは発声(吠えたり唸ったりする声)もでていない静かな行動でしたが、その中にはぎこちなくお互いの距離や関係が縮まらない多くの行動を見ることができました。現実にはこの対面のシーンを大変多くの方が「2頭は仲良し」と思って見られるのだろうなという感想もあります。

リードをつけたままで犬を対面させてはいけないはグッドボーイハートの最大のルールです。
飼い主さんたちは集まって話しをされたい時期もあったようで、私がそちらを見るとなぜか散らばっていくシーンが見られました。グッドボーイハートではルールだということがわかっていても、なぜそれが犬にとってストレスなのかということが分からないのでしょう。
これには大変時間がかかります。勉強する必要があり考える時間が必要だからです。セミナーに参加した犬のプロフェッショナルのうちの大半が理解できていないようなことですから、飼い主さんにすぐには理解できないこともわかります。要は、はなしをしたいという自分の立場に立って行動するのか、犬の立場に立って行動できるのかということです。どちらが犬の信頼を獲得できるでしょうか。

dav

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「うちの犬は大丈夫」は何が大丈夫なのか?子犬に応答しない成犬

犬にまつわる飼い主同士の会話や関係の中で、最近よく聞かれるようになった言葉でこれは危険だと思うことがあります。
「うちの犬は大丈夫」発言です。
「うちの犬は大丈夫」というときに、何をもって大丈夫といっているのかがよくわかりませんが、よく飼い主さんから訴えられることは、散歩中に「うちの犬は大丈夫です」と言ってリードをつけた状態で近づいてくる人がいるので困るということでした。

「うちの犬は大丈夫」にはいろいろな例があるため、一例をあげて紹介します。

飼い主さんは数ヶ月の子犬を飼っています。
その子犬に大型犬の成長した犬の飼い主が散歩中に近づいてくるとのことでした。
子犬は他の犬との関係やコミュニケーション作りに飢えています。犬をじっと見ていたり、犬の臭いを嗅ぎたいという欲求がありますから、近づける要素があれば一気に近づいてしまいます。そして成犬にとびつき行動をします。子犬のとびつき行動は成犬への要求のいりまじった興奮行動です。
その大丈夫といわれる成犬は、子犬のとびつきに無反応とのことでした。
そうすると子犬は腹部を見せてひっくりかえります。今度はあらたな要求行動をはじめます。
この腹部を見せる行動に対しても成犬は無反応とのことでした。

映像であればもっとわかりやすいのですが、イメージできたでしょうか。子犬が興奮しても要求しても、または強い服従行動を示しても成犬は無反応、つまり「子犬を相手にしない」ということです。
成犬の多くは子犬を相手にしたくありません。子犬は臭いがつよく近くにいって確かめるまでもなく子犬臭がプンプンとしています。子犬は成犬とみると自分の世話を要求するような興奮をします。長らく犬に接していないと興奮してとびついてきたりします。

多くの犬は子犬を相手にはしたくないのですが、子犬に威嚇行動をとって子犬を遠ざけようとします。もちろんこの威嚇行動は子犬にとっては打撃が大きいものです。子犬が同種の動物から威嚇されるということは、人でたとえるなら幼稚園生の子供が大人に近づいてきておばちゃんとでも言おうものならその幼稚園生をおばちゃんが突き倒したのと同じ意味を持ちます。幼稚園生は大人に対しておびえ、人に対して強い警戒心を持つようになるかもしれません。成犬が子犬に対して威嚇行動をするのがいけないということは多くの方にわかっていただけると思います。威嚇行動を成犬の教育と間違えられる場合があるのですが、行動をよくみるとそれは教育ではなく威嚇行動であることがわかります。この違いについても、ぜひ知っていただきたいと思います。

前述の子犬のとびつきや腹部をみせる行動に無反応の成犬の場合はどうでしょうか。成犬が子犬の相手をしようとしないのに遠ざける威嚇行動もしない無反応的は対応は、子犬にとって威嚇行動よりも衝撃的な反応です。子犬の存在を認めない、子犬がその成犬のなかでは「なかったことにしている」ということです。

この成犬の行動も人を例にあげて説明しましょう。幼稚園の子供がおばちゃんに近づいてきて「おばちゃん」といっていきなり抱きついたとします。大人は子供を見ることもない、話しかけることもない、何事もなかったかのように立ちすくんだままで、この幼稚園生の子供に対して無反応=無視をするという反応をします。子供はおばちゃんから少し離れて上目遣いでおばちゃんの顔を見上げて言葉を待ちます。それでも大人は無反応=無視をします。このような反応をされた幼稚園生が人と良い社会性を培う経験を得たとは思えません。幼稚園生は大人に対して警戒し、もしくは避けるようになるかもしれません。

子犬のとびつき行動や腹を見せる行動に対して無反応な成犬の与える影響はこのようなものなのです。子犬は犬としてのコミュニケーションや関係性に不安を抱えます。これは種の異なる人と上手くいかないことよりも、子犬にとってもっと強いストレスになります。子犬は自分の生活圏の中で飼い主により依存行動をするようになったり腹部を見せて転がったり、自分の居場所を過剰に守ったりする青年期の犬に突入していく危険性も控えています

では、子犬に適切に応答してくれる成犬の反応とはどのような状態なのかでしょうか。
子犬を引き受ける成犬は、まず子犬の臭いを嗅ぎます。場合によっては腹部の下に自分の鼻をいれることもあります。このとき子犬は後ろの片足をあげるバレリーナみたいな姿勢をとるでしょう。これが受動的服従行動といって、成犬にたいして服従を受け入れる行動です。臭いを嗅がれると子犬は興奮してとびつきそうになります。その際成犬は小さな唸り声でこれを制するか、首を交わしてとびつきを回避します。さらに興奮してとびつきそうになると威嚇もしますが、この威嚇は対立を示すものではなく、子犬に落ち着きを求めるものです。子犬は興奮を抑えるために若干からだを低くして耳を倒し、成犬の近くをウロウロとすることもあります。そのうちに次第に落ち着いてきます。この成犬と子犬の関係では、成犬のテリトリーの範囲内で子犬が行動をし、子犬の安全を成犬が守ることになります。成犬はつねに子犬を監視する状態になります。子犬がテリトリーから離れようとすると立ち上がってそれを抑えるような行動もとります。

現実的にいえば、このような対面や関係をつくる機会を子犬に与えることは難しいと思ってください。なぜなら、そうした性質をもつ成犬の数は非常に少ないからです。個体の性質としても限られている上に、成犬として成熟して成長する機会を与えられておらず、犬が自律した行動をとれるようになっていなければ、この子犬の世話や教育行動は不可能なのです。また、子犬が家庭でストレスを抱えている場合には犬に対面したときの興奮やおびえが非常に高くなり、成犬の抑制は効かない状態となり成犬には過度の負担をかけてしまいます。

成犬と子犬の対面について可能性のある機会としては、成犬と子犬の飼い主がきちんとした関係性を持っていること、成犬と子犬の飼い主があって関係性をつくっておくこと、そのゆるいグループ性を保ちながら、成犬のテリトリーの中に子犬を迎えることなどができるときです。もちろんこのときにはリードをつけずに対面させる必要もあります。リードをつけての犬と犬の対面はおすすめしませんが、これについてはまた後日のブログで説明します。

子犬に対面させても「うちの犬は大丈夫」といわれた反応ない成犬ですが、どうしてこのようになってしまったのかの経緯についてはよくわかりません。考えられることとしては、リードをつけて逃げられない状況下の中で多くの犬と接触をさせた影響によるものがあります。刺激をたくさん与えられそれがストレスになると、結果その刺激(対象)に対して三つの反応を示すようになることが考えられます。
そのうちの二つは過剰に反応する場合の攻撃行動です。過剰に吠える興奮して近づきとびつくという反応がこれにあたります。
過剰反応のうちのもうひとつは、逃走行動です。犬との距離が縮まる前に逃げる行動に移ります。
そして三つ目がこの無反応という状態です。コミュニケーションを獲得できない場合には、その対象をなかったことにするという反応になります。最初のふたつの行動は攻撃か逃走になるため、他の犬に対して社会的行動を見につけられなかったことがわかります。ですが、三つ目の無反応については一般的な飼い主さんであれば「おりこうさん」と評価をさせることでしょう。

無反応な行動を示したり飼い主にずっと注目して合図に反応し続けるという依存的な行動をとる犬が「お利口さん犬」と評価されるようになったのは、多くの人がこうした犬を求めた結果です。人が定めた評価基準ですから、これらの犬がお利口といわれることは間違ってはいないでしょう。ただ、こうした犬の反応が犬として社会的に適切な社会性の高い状態であるかどうかと問われるとこれは社会性の高い状態とはいえません。犬が機能的に備える真の社会性を否定するものでもあり、犬の本来もつ機能を低下させることにもつながっています。

犬を人として考えすぎると擬人化につながり間違いにも陥りやすいものです。今日紹介した社会的行動の例は、犬と人が社会的な動物であるということを踏まえたうえでの類似として捉えてください。こうして疑いをかけると難しいと思われる犬の行動は、実はとてもシンプルで簡単なものであるのです。

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柴犬を「いずれ」外飼いにしたいのですが…

今日の題目は、犬を屋外で飼育するいわゆる「外飼い」を希望されている飼い主さんからよくうける質問です。

柴犬をいずれは外飼いにしたいと思っているのだけど、いつ頃から外飼いにしたらいいのでしょうかという質問を受けたとします。40年前なら外飼いにする子犬は生まれたときから外飼いでした。外飼いしている犬が軒下で子犬を生み、その子犬たちが歩けるようになって、つまり生後1ヶ月半くらいで庭先をウロウロするようになります。そしてそのまま外飼いの親犬が面倒を見て大きくなり、新しい家庭でも外飼いということで、生涯屋内を知ることがなく飼われていたということです。

ところが、純血種の犬をペットショップで購入するようになってから、子犬は最初は室内で飼育するというように、犬の飼い方に変化がみられるようになってきたようです。ペットショップで購入したときには、子犬はしばらく外に出さないようにというアドバイスを受けられることでしょう。これには訳があるのですが、子犬は集団から離れると免疫力が落ちてしまいます。また子犬はひとりで暖をとることができず、何か暖かいものを近くに置く必要があります。屋外に急にひとりで置いてしまうと免疫力が下がって病気に感染するリスクが上がってしまいます。こうしたことを避けるために、子犬はしばらく室内に置いて成長を待つという方法が推進されるようになりました。

いずれは外飼いの犬も子犬の頃は室内飼いというようになったのは他にも理由があります。子犬に混合ワクチン接種をすることが一般的になったのも30年くらい前からだと思います。
3種混合とか、5種混合、最近では9種混合ワクチンというように入っている薬の数も増えていますが、混合ワクチン接種を受けることはもう一般的になっています。子犬のころに動物病院でワクチン接種を受けたときに、摂取後数週間は屋外に出さないようにという指導を受けるため、やはり子犬のころは室内飼育という風に変化してきたのでしょう。

混合ワクチンは合計で少なくとも2回、もしくは3回にわたって摂取します。ワクチン接種が終わって落ち着けるようになるのは子犬が生後4ヶ月を過ぎたくらいになってしまいます。ですがこの月齢まで人の生活環境の中に子犬を飼育してしまうと、子犬を外飼いにするのは大変なことになります。

現在はもっと問題が複雑になっています。子犬のころの室内飼育といっても、当初は玄関の土間などに子犬のスペースを設けて室内には上げずに飼育されているケースが多かったように思えますが、現在はリビングに子犬のスペースを設けてサークルなどを置き、その中に子犬をいれて育てときには抱っこしてあやすような赤ちゃん扱いをする誤った子犬育てが増えています。

こうした室内でのサークルの利用や子犬を抱っこしながら育てる飼育方法を取り入れていると、子犬は着実に分離不安の状態に近づいていきます。たとえば飼い主が離れると鼻をならす、飼い主にとびつき興奮する、飼い主が見ていないと排泄を失敗したり食糞をする、サークルに飛び上がって興奮するなど、不安行動の例はたくさんありますが、まとめていうなら飼い主に興奮したり落ち着きをなくすような行動が増えているときには危険信号だと受け取ってください。

ではどうすればいいのかについてお話します。

まず、外飼いを予定していてまだ子犬を迎えていない家庭、もしくは迎えたばかりというご家庭では、子犬の飼育環境をリビングから離れた位置に設けてください。人の通行のない裏側の土間やテラスの近くや縁側の近くでも構いません。この際にはサークルの中にクレートをおく一般的な飼育場所を設けていただいて構わないのですが、サークルの上と柵には境界線になるような板やダンボールなどをきちんと設置して無防備な空間ではなく、巣穴のような囲いができるように準備してください。
サークルの中には一応トイレトレーを置いておきますが、清潔な子犬はこの中では排泄をしません。排泄をさせる場所はサークルの前にもうひとつのスペース、もしくは土間のどこかに設置します。テラスが近い場合にはテラスや排泄場所を庭に出たときにさせるということでも大丈夫です。生後2ヶ月になる子犬であれば、一日のうちに数時間ずつ排泄のできる庭に出せば、室内に準備した寝床には排泄は行いません。

子犬を一日に何回も排泄に出すことのできない場合には…という話をしたいところですが、子犬を数時間以上ひとりで置いておくような環境に子犬を迎えることはおすすめできません。子犬はひとりぼっちでは安定して成長できません。1日を通して世話をする必要があるため、子犬を飼育できる環境そのものが限られているということになります。子犬といえば生後5~6ヶ月の乳歯の抜けるくらいまでです。人の年齢でいうと小学生くらいまでの年齢を子犬といっています。

働いているなどの理由でどうしてもお世話が難しい方には、子犬が5ヶ月になるくらいまではペットシッターのお世話になるなどの方法をとられることがベストです。ペットシッターも家族ではありません。飼い主さんが在宅する環境とは違いがありますが、この大切な時期に子犬を一日中部屋の中に留守番させるような環境で育てれば、子犬はコミュニケーション障害を持ちやすくなり性質も不安定になってしまいます。子犬を留守番させられるのは1日に3時間程度でしょうか。子犬が昼寝をしている間に買い物を済ませるといったものです。

子犬育ては人が在宅している環境の中ですすめられるとしたとしても、子犬を屋外に出す時期を遅くする必要はありません。ワクチン接種後に安定させたいときには、子犬を夜間や日中に休ませたいときには室内や土間に設置した子犬スペースに寝かせます。

子犬に排泄をさせたり子犬と遊んだりコミュニケーションをとるためには、戸建ての方は庭環境を使ってください。他の犬が入り込まないような庭であれば、子犬の病気の心配をするよりも子犬の精神的健康の配慮のために庭でいっしょに遊んだ方が子犬の免疫力は高まります。子犬の土に触れさせ草の臭いをかがせ、風のとおる外空間で空間認知力を培う必要があります。
その広い空間で人との距離感を学ぶこともできるのです。なにより、庭環境は子犬がいずれ生活する犬にとっての生活空間になります。その庭空間を把握し日常的な環境の変化を受け入れておかなければ少しの物音で吠えたり、鳥や蝶など動くものがあるたびに追うようになります。動くものがあると追うのは、遊び行動ではなく環境の中に新しく入ってくるものに対する好奇心が強く欲求を抑えきれないことで起きますが、こうした刺激も子犬の狭い環境把握の中で時間をかけて受け入れるようになってくると過剰反応する危険性も少なくなります。

ここまでは、外飼いをしようとするご家庭には「庭はあるもの」というつもりでお話ししてきました。外飼いをするつもりだけど庭がないとしたら、家の前に犬小屋だけがあるという環境になるでしょうか。最近では庭を小屋や駐車場に建て替えされているところも多く、家と犬小屋だけといった不自然な環境で犬を迎えられることもあります。犬小屋はあってもその周囲にスペースがなくすぐに道路という環境では、犬は環境の安定に不安を抱えやすく、環境学習をする機会もまったく失われてしまいます。残念ながら通行人に過剰に吠えるようになったり、来客への吠えもひどくなったりしてご近所から苦情が来ることになるかもしれません。このような環境も犬を飼う環境としては適切ではありませんので、犬を飼うことをあきらめるか、駐車場を別に確保して庭を復活させるかなにかの、環境改善をする必要があるでしょう。

とにかく、子犬をいつ外飼いにするかというのは、いずれではなく「今」であるということです。病気やワクチンのことでいったん室内というときには、室内に屋外飼育を想定した延長線上になるような空間をつくると考えた方がいいかもしれません。特に柴犬などの日本犬を最近は室内飼育される方が増えています。人の飼い方の変化によって柴犬の性質は愛玩化してしまい、人との距離を保てる忠実な犬ではなく、抱っこされる愛玩的犬に変わっていくのかもしれません。犬という動物がすごい速さで変わり始めています。人の求めるように変わる、それが人に飼われる犬という動物の運命であると思うと、人は犬に何を求めているのかを改めて考える必要性がありそうです。

dav


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犬のストレスを機械で測定する必要性はあるのか?

2017年2月18日付けの共同通信の記事に「犬のストレス状態が心拍の変動から分かる手法を開発したと、大阪府立大の島村俊介准教授(獣医学)のチームが18日、発表した。」という記事がありました。

要は機材を犬に装着して心拍の変動を記録し、その数値からストレスの状態を知る手がかりを掴んだというらしいのですが、心拍を記録する機材は人用に開発されており同チームがつかんだのは、犬の心拍の変動と自律神経(交感神経と副交感神経)の変動を因果つけることで、心拍数から自律神経の動きをしり、そのことからストレスの高さを把握しようというものらしいのです。

率直な感想を述べると、犬と人の距離もここまで離れてしまったのだろうかという気持ちでした犬の心拍とストレスの関係性を研究されている大学の先生方の研究成果は、犬の病気の早期発見などに役立てられることになるのかも知れません。ただ、犬のストレスを数値で知ることに偏ってしまうことは、犬と人の距離を遠ざけてしまうことになりそうです。

同じ屋根の下に暮らしている家族を例にとりましょう。家族である子供の状態を気にかけているのは親の役割でもあり、子供を愛する気持ちから自然に生まれる共感の世界です。その子供のストレス値を機材を装着して数値で測ろうとするでしょうか。心拍数を数値で測り自律神経のバランスを測定することが可能だとしても、子供に対してそれを行おうという親はいないのではないでしょうか。共に生活をしていれば、その表情は言動からストレスをどの程度子供が抱えているかを完全には理解できなくとも、知りたいと思うのが親の気持ちではないでしょうか。

犬は人とは異なる種の動物です。その表情や言動は人のものとは異なり、感情の世界も人が持っているものとは異なります。その種の違う動物のコミュニケーションを読み取るのは一見すると難しいもののように思われがちで、逆に擬似化による読み違いというのも生じてしまいます。

だからこそ、犬の行動をよく観察したり行動について学んだりしながら、少しでも犬の状態からその気持ちを知りたいと努力してたくさんの時間を使うことになります。難しいものではないのですが、時間がかかることは確かです。ただ、これらの犬を理解するために必要な時間は、犬とのコミュニケーションや生活そのものであるため、どれだけ時間を使っても惜しいと思うことはありません。あーでもない、こーでもないと考えたり悩んだりして、いろんな現象や行動がつながって「あ、そうだ、こうかもしれない。」と確信に近づいてきたときなどはドキドキします。

この観察を続けて対話を楽しみながら犬を理解する過程の中で、犬という動物に対する共感性も育ってきます。前よりも一歩ずつ犬のことを知ることになり、犬が本当にすばらしい動物であると確信せざるを得ませんし、同時に人が犬に与えている大変強い影響についても目をそらさずに見る必要も迫られます。

この多くの時間から得られるものが、犬に装着した数値と同等であるとは思いません。犬のストレスについて知りたければ、犬に真剣に向き合いながら共に生きましょう。これはきれいごとではなく、地味で目立たず他人の評価を得ることもありません。そうであっても、犬とのつながりを心で感じる唯一の方法であると信じています。

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参考までに、ネット掲載された共同通信の記事はこちらからご覧いただけます。

共同通信記事「犬のストレスわかります。」

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今年はじめてのウグイスの声と犬たちの春山

春風の心地よく吹く季節に今年はじめてのウグイスのなき声を聞きました。
毎年耳にするこの声を聞くとやっぱり春が来たのだなと感じます。
山で季節の移り変わりを体感するようになって、季節というのは自分が思っているよりも早いのだということを感じられるようになりました。2月といえばまだ積雪もするし寒さも厳しいです。それでも2月の節分をすぎることになると、春になったなと感じるようになりました。

山の動物たちも活発に活動をはじめているようで、山歩きの犬の動きも少し変わってきます。地面に鼻をつけている時間がながくなったり、歩いている道からちょっとだけ脇のほうに臭いにいったりして動物の動きを調べています。

都心で長らく生活している犬たちにとって野生動物は自律した特別の存在です。ほとんどの犬は野生動物の臭いに対してビクビクしています。落ち着きなくウロウロと歩くようになったり、臭いを嗅ぎ続けることも恐れを抱いている証拠です。こうした落ち着きのない行動は興奮行動のひとつですが、興奮のレベルとしては「不穏」といったところでしょうか。読んで字のごとく穏やかさを失っている状態で、警戒心が高まり危機感を感じ始めている状態です。

このような行動を遊び行動と間違ってしまうことがよくあります。山に入るとウロウロとしていたり臭いに執着しはじめたり走り出そうとしたりするときは不穏な状態、これを越すと走り回り行動が始まり、わたしが言葉にするときには「きれ走り」という専門用語でもありませんが、切れて走り回る状態につながっていきます。これらは大変危険な興奮行動であるため、不穏がそれ以上の興奮にならないように興奮のレベルを落としていく必要があります。

犬を抑制するための方法としてみなさんはどんな方法を使われるでしょうか。トレーニングの中でとても多く見受けられるのは号令や合図といった特定の行動をさせる落ち着かせです。確かにこれも落ち着かせの働きがあり、オスワリマテやフセマテ、もしくはマテといった合図によって動いている行動を一旦止めることができます。言い方をかえれば合図をかけなければ行動が止まらない場合や状態もあります。

この合図をかけて落ち着かせることは、興奮している犬によって影響を受ける社会的対象(人や犬)がある場合には、他者の迷惑をかけないためにも必要な処置です。犬の生活空間は刺激が多い環境であることも多いため、ぜひ身につけていただきたい落ち着かせの方法であると思います。

即効性のあるこの合図による落ち着かせには欠点もあります。それは、落ち着くという犬に必要な状態の変化を犬自身が引き出すことができず人に依存しがちになるということです。犬はいつも人と離れていることはないのだから、常に人が落ち着かせればいいではないかという価値観もあると思いますが、犬の自律性を育てて犬として生きる時間を大切にして欲しいという立場に立つと、犬が自律的に落ち着きを取り戻す練習は合図による落ち着かせよりもずっと大切な成長のための練習です。

山歩きの中では合図による落ち着かせを使いません。環境を整えながら犬が自律的に落ち着いてくるのを待つことを学びます。待つといってもただじっとしているわけではありません。合図を使う場合には行動をゼロにしてしまう依存的な方法になりますが、本来の落ち着かせは行動のパターンをかえながら気持ちを安定させてくるものです。
たとえば、犬の落ち着かせ行動には次のようなものがあります。あくび、耳をふる、体をかく、身震いする、ゆっくりあるく、口をなめる、舌を出すなどです。これらの行動は犬が自らを落ち着かせていくための行動ですが、こうした行動を経てやっと本来の落ち着きにむかっていきます。この落ち着かせ練習は山歩きの環境ならではの練習で、こうした時間や環境を持てるということはとても貴重なです。

ゆっくりと山を歩いたあとは設置したばかりの薪ストーブの上でパンを焼いていただきました。同時に薪割りも少しお手伝いしていただきました。薪割りは身体の芯がゆがんでいると刃の入りが上手くいかずなかなかうまく割れません。身体のバランスはリードを持っているときの犬の行動に影響しますので、これもまた学びのひとつです。生活のどんなことも犬と関連付けていけるのですが、それは犬のためにというよりそうであることが自分にとっても心地よいものであるため、むしろ心身を健康にしてくれる犬に対して感謝の気持ちが生まれます。

寒さもあと少しです。薪ストーブももう少し活躍してくれそうです。

dav



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