グッドボーイハートは人と犬が共に成長して調和することを目指すドッグトレーニング・ヒーリングスクールです。

トップページ
お電話でのお問い合わせ
お問い合わせフォーム

穴の中のおとなりさん

グッドボーイハート福岡は集合住宅なので住宅の中からよく音が漏れてきます。
ゴトゴトというイスを引く音とか、洗濯機が回る音とかいわゆる生活音のようなもの。
古い建物なのでお互いに注意はしているものの、横も上下も壁ひとつだから
どうしても通ってしまう音がありますね。
こうした雑音は、人が近くで何かをしている音という雑音として気にしないようにしています。

七山校はとても静かですが、人の気配とは違った音が聞こえてくることがあります。

数日前、日が暮れてからパソコン作業をしていると裏の小屋のあたりから音が…。

ゴト、ガリガリ、ゴトゴト。
家具を移動させているような、わりと大きな音です。

野生動物、たぶんアナグマでしょうね。

もう長らくいろんな音を聞き分けてきたので最近は驚かなくなりました。
それでもかなり長い時間、その音のする作業が行われていたので気になってしまい
一度表の電気をつけてから、少し近くまで様子を伺いにいき、そして戻ってきました。

翌日、音のしていた場所を見たところ、思ったとおりでした。
以前、アナグマが子供を産んでいた巣穴の近くに掘り返しのあとが見られました。

急に寒くなったので暖をとろうとしたのでしょうか。

翌日の暮れになると、その音はとても小さなものになりました。
穴におさまって過ごしているようでした。

野生動物を怖いと思われる方もいるかもしれませんが
実は怖がっているのは向こうの方です。

動物がかわいいといってえさを与える方もいるようですが
これは動物たちの生活を乱してしまいます。

野生動物が近くに生活しているというのは、彼らがこの七山校をよく観察した結果でもあります。
使っていない場所だし、多少の面倒が出ても対応できる範囲内なので
私は拒否もしないし手出しもしません。

お互いの距離感をわきまえる動物だからこそできることだと思っています。

あなぐまですが、顔が細くて無表情なところがきょとんとしているように見えてしまいます。

犬にもビックリしますが、追われなければ大丈夫です。
犬の反応は犬によって違います。よく知らない犬は追いかけてしまいますね。

環境の中にいる動物だということを知っている犬は、あなぐまを追いません。
よほど食べるものがなければ食べられますが、本来捕食の対象ではないですし
それに他においしいものを食べていますからね。

動物と動物の関係。
とてもおもしろいですね。





Posted in 日々のこと, 自然のこと

都会で自然を探す

街中を歩いているとどうしても自然を探してしまいます。
最近はおしゃれなお店には自然の素材のものがたくさんあります。

美容室のお店のドアが木でできている。
病院の入り口にたくさん花を植えられた花壇がある。
デパートの中に大きな観葉植物が置いてある。
ショップの床が無垢の木でつくられたフローリングでできていたり。
マンションの表の細長い電光掲示板に、なんと小川の映像が流れているものも発見しました。うーん、さすがにこれは擬似にもほど遠いし少し悲しいですね。

いろんな形で自然を生活に取り入れようとしていることを感じます。

公園の木は高くなるのを防ぐためか、上を見ると中途半端な長さで切られていたりして
それは少し悲しい感じがします。
みなさんが求めている自然のひとつ、緑がもっと身近に戻ってくるように、新しくできる公園などがあったら森みたいにしてほしいですね。

東京の明治神宮は長い計画のもとに再生された森です。
森があると生き物たちが戻ってきます。

福岡オフィスの近くにある住吉神宮もひとつの森になっています。
都会の中なのに原生林のままなのかのびのびと空に向かって立っている木々があります。
住吉神宮をオアシスにしている人と犬も多いのでしょうね。
私もそのひとりです。

もっともっと自然の力が都会に戻ってきますように。


Posted in 日々のこと, 自然のこと

気になる猫たちのこと

七山校には猫たちがよく遊びにきます。
遊びにくるというよりは、近くをウロウロしているだけなのでしょう。

過去のブログにも猫たちとオポやら近くの犬たちやらと
動物たちの楽しいいろんなことを紹介しました。

七山校の敷地をテリトリーにしている猫が数匹いました。
猫田(にゃんた)さんと名づけた白色の美人のお母さん猫と
そのお嬢さん猫から始まり、白色の猫はその後も何匹が見ていました。

ところが最近あまり見かけなくなりました。
かわりにブラウンと名づけた茶色のトラ柄の猫がウロウロとしています。

そういえばマイケルと名づけた大柄の猫が、以前白色一家の近くで番をはっていました。

実はそのころ、クロスケと名づけた黒色の猫が小屋の下に寝ていたようで
湧き水場で水を飲んでいるのをみかけました。

このクロスケとマイケルが戦っている様子がみられた後にクロスケがいなくなり
マイケルが残ったので、雄猫の勝負はマイケルが勝ったようでした。

ブラウンはマイケルと白色一家の子供だったのだろうか。
そう推測していたら、今日また白色一家から白い猫が出てきているのを見ました。

私はまだ自分のテリトリーを共有している猫族のことを把握しきれていないようです。


都市部では猫の不妊手術が必須になっています。
猫問題は今や大変な問題です。

里山でも人の接し方により猫の数はそれぞれだと思います。
ここ周辺では猫の数が増えているとは感じられません。
人が不用意にえさを与えすぎないということでしょうか?
飼っているという価値観もないように思えますが、真実はよくわかりません。


真実は猫たちの生活の様子だけです。

猫たちはよくねずみや小鳥を狩っています。
猫の狩りを見るのは楽しいものです。
小鳥はなかなかとることができません。
ねずみはたくさんいるので口にくわえて歩いています。
雪の日でもテラスや階段に猫の足跡がついています。

都会の室内飼いの猫のように長生きはしていないでしょう。
10年も生きていないと思います。
それでも、自由に冒険して自分の持っている力を使って生活をし
体も汚れておらずとてもきれいで、そして何より美しいです。
室内飼いの猫にみられるようにドッテリしていません。
とても締まっています。弓のような体をしています。

私は猫を室内で飼われることを否定はしません。
それぞれの価値観と必要性において動物を飼うのだと思います。

私は七山で猫がウロウロしているとつい観察してしまいます。
ビデオに撮っていたこともありました。

そのうち「猫語セミナー」が開催されるかもしれませんね。




Posted in 日々のこと, 自然のこと

環境を保護するのか、環境を保全するのか

今日はおもいっきり背中が痛いです。
というのも、昨日お手伝いしていただき、七山校近くの笹薮刈りを行いました。

千里の道も一歩からです。
ひとりよりもふたりでやるほうが勇気がわくので、本当に有難いことです。

野生動物の本を読んで動物の保全について考えるとき、環境保全は必須になります。
それで、荒れている場所が気になって仕方ありません。

笹は昔は畑仕事やいろいろなことに利用されていて、定期的に刈られていたので
藪になということはなかったそうです。

最近は畑にもビニールコーティングされた便利な支柱が使われていますので
笹は用無しになったのでしょうが、刈られずにそのままになっているところもあります。
結構背が高く、その背の上まで蔓があがっていって藪になります。

気になっていた場所を1時間くらい刈り続けていたら雑木のようなものが見えてきました。
目の高さよりも下に、本当に小さな白い花がひとつだけつぼみをつけています。

「梅ですかね…」
「梅だと思いますよ」

そんな風にその木の周辺の笹を刈っていきました。
そしたらなんと本当に梅の木でした。
太陽に近い場所にはたくさんの梅の花が咲いていました。

こんなに山の中に梅があったことと、笹薮の中で生きていたことにビックリです。
いつかどなたかが植えたのでしょう。
太陽の日をたくさん浴びて今年はもっと元気になってほしいです。

「保護」と「保全」は異なるといわれます。
その通りだと思います。

「保全」がどのような態度なのかは、まだ自分でもはっきりとわかっていません。
間違えもあるかもしれませんが、それも学びのひとつなので恐れず行動していきたいです。





Posted in 日々のこと, 自然のこと

ドッグヒーリング

ドッグヒーリングを家庭訪問でさせていただきました。

ヒーリングは見えないエネルギーの循環なのです。
土地や室内環境の影響も受けてしまいます。

土地のエネルギーはとても強く土地のエネルギーの悪いところには人は住みつけません。
神社や神殿が建っている場所はもともと土地のエネルギーの良いところに建てられているようです。
昔の人は自然のエネルギーがよくわかったのでしょうね。
田舎や山林だからエネルギーがよくて、都会だからエネルギーが悪いということでもないようです。

室内のエネルギーもとても大切です。
風水は自然のエネルギーと調和する家や室内をつくるためのものですね。
風水に関心をもたれなくても居心地が良いとか居心地が悪いとか
そんな単純なセンサーで十分だと思います。

ところが、いつも居心地の悪いところにいるとそのことに気づかなくなってしまいます。
動物はとても敏感なので気づきます。
猫は気のいい場所にしかいないといわれているのは、猫が人にあわせずより野生に近かったから
ということでしょう。
最近の猫たちはどうでしょうか?
ずっと室内飼いでいると野生の感覚も遠くなるのかもしれません。

犬は人についていくため「ここって居心地悪いな」と思っても人のそばにいようとします。
逆に具合の悪い人のそばにくっついていることがあります。
自分に体を寄せて寝ているとか、ひざの上に乗って来るという犬がいたら
飼い主さんに何かのメッセージなのかもしれません。

居心地の良さをチェックするセンサーを取り戻すのは難しくありません。
よく整えられた場所で1週間ほど生活してそれから自宅に戻ってみればどうでしょうか。

今がどんなに悪い環境であっても、環境を変えることに抵抗を示すのが動物です。
ゆっくりと変えていくことをおすすめします。

タッチヒーリングを行うときには大切な「環境を整える」ということ。
ご家庭で実践できることが一番ですね。






Posted in クラスのこと, 自然のこと

春の雷

七山では雷がゴロゴロとなっています。
春の雷(ハルノライ)という季語にもあります。
この時期になると毎年聞いている気がするので、季節の風物詩なのかもしれません。

雨がさほどひどくなくても、遠くの方で聞こえるゴロゴロという音。
最初は雷だと思わず、山で石でも転がっているのかと思っていました。

梅雨のあの雷のようないさましさはありません。
春の雨と雷は暖かくなりますよーというお知らせのような気がします。

雷といえば、雷を怖がるいわゆる雷恐怖症とよばれる状態の犬たちがいます。
不思議なことですが、雷恐怖症の犬たちを山に連れてくると
自宅にいるよりも雷をこわがらないといいます。
自宅にいるよりも、というより、全く怖がっている様子が見られません。

山にいるときに雷に反応したいため、自宅でもしなくなったかなと思うと
自宅に戻るとやはり震えたり隠れたりするという行動が出るとのことでした。

雷は光や音だけでなく、そのものが非常に大きな自然のエネルギーです。
七山では犬も野生動物も人も、雷におろおろしているのを見たことがありません。

犬は何か「違い」を感じ取っているのですね。
そんな犬という動物が知っていることをもっとわかるようになりたいです。

218

Posted in 日々のこと, 犬のこと, 自然のこと

不覚

なんとなく底冷えがするなと感じながらも
頭の中で考えていることに気がいってしまってぼーっとして迎えた朝…。
外を見なくても察するこのいつもの朝とは異なる感覚。

いや、昨日みた天気予報では今週はずっと晴マークだったはず、と念じながらおそるおそる窓の外を見ます。

あー。つもってる。しかも半端なく真っ白です。
とりあえずトレッキングクラスの日程を変更していただくだめに生徒さんに連絡をします。

ところが今日は昼すぎには博多に行かなければなりません。
雪の日は坂道を降りられなくなるために前日に車を下の道まで下ろす必要があったのに、昨晩はそれをしていませんでした。
雪が降るとは思ってもいなかったから、ただそれだけの理由です。

でも、お知らせはありました。
何か底冷えがするなと、いつもより強い寒気を感じたことは事実です。
そんなときでも気持ちが備える方向へ向かっていないときには、
周囲の変化には鈍感になってしまいます。
朝から50メートルほどもある坂道の雪かきをせざるを得ない状況に追い込まれました。
追い込んだのは自分なのですが…。

さて、雪かきはいろいろと試した結果、最近になってデッキブラシが比較的有効であることを発見しました。
デッキブラシで1時間戦って無事に脱出します。

山の天気は女心といわれます。
コロコロと移りかわる天候による環境の変化に敏感でなければいけないのです。
それだけ自分の感覚が鍛えられるのですが
そんな感覚も少しの思考の偏りで鈍感になってしまうものです。

「Don’t think, feel.」 ということでしょうか。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

Posted in 日々のこと, 自然のこと

気になること

七山でパソコン作業をしていると、草刈機のエンジンの音が聞こえてきます。
窓の外を見ると近くの方が草刈をしながら山の方に入っていくのが見えました。
「えっと、まだ2月だけどなあ。」
と周囲の言動が気になります。

都会育ちの私は草刈がいろんな意味で苦手です。
これからの季節、毎年のことですが少しずつ延びてくる草を横目で見ます。
「今年も始まるのかな…」と少し人事。

もう少し伸びてくるとしばらく見るのを止めにします。
それでも視界に入ってくるので来校される生徒さんに「草が伸びてきているんですよね。」と遠巻きにヘルプを出します。

いよいよ。もうこれ以上はダメだなという段階に達したら、
黙って草刈機2台、鎌と鋏と3種の神器を取り出して、ただ無言で作業を進めていきます。
春から秋まで7ヶ月間の戦いが終わるまで黙々と向き合うだけです。


問題が悪化する前に取り組むほうがいいことは犬のことでわかっているはずなのに、
結局、私以外の何かが解決してくれないかなと逃避姿勢にあることがそもそもの問題です。

草は私に忍耐を教えてくれます。
自分と向き合う良い時間です。
3月から私もスタートします。

Posted in 日々のこと, 自然のこと

トレッキングシューズ

山暮らしが始まったときにすぐに購入したのが「トレッキングシューズ」です。

ところが、トレッキングシューズをはいて山を歩くと、粘土みたいにやわらかい土が靴底にどんどんついてきてシューズがどんどん重くなります。
これでは困るな~と思案しました。

こういうときは「犬に学べ」です。犬の足裏はパッドです。パッドはゴムの役割です。ただし鉤つめつきですけどね。
それでゴム長靴で歩くことにしてみました。
そうしたらなんと、長靴の方が歩きやすいではないですか。

私が長靴で歩いているのを見て、生徒さんたちは最初は抵抗を示されました。
ところが今では、みなさん長靴を履いて山を歩いています。
本当は足袋で歩きたいところですが、湿度が強すぎるので濡れてしまいます。
それで、山歩きの靴には、今のところは長靴がナンバーワンです。

山ではお役ごめんとなったトレッキングシューズを街中のアスファルト用に履いています。

以前知人が足首にウエイトをつけているのを見せてくれたことがあります。
訳を聞くと「平たいところばかり歩くので足が上がらずつまずいてしまうから。」ということでした。
ウエイトをつけていると足を上に上げようと意識するのでつまずくことがなくなったといわれていました。
その話を聞いたときに「では、都会でトレッキングシューズを履けばいいということかな」と思ったのです。

トレッキングシューズにもいろいろありますが、装備が強いものは重量がかなりあります。私の個人的な見解では靴の重量がある理由は「足をきちんと上げることと、岩場で足を挟まないようにするため」なのかと思います。

とりあえず、長時間歩くときには都会ではトレッキングシューズを履いています。
ちなみに3時間くらいは歩いていますが硬いアスファルトを長時間歩くと足の裏が痛く硬くなってきます。犬は大変だろうなと思います。

トレッキングシューズ。もうしばらくこの形で使ってみようと思います。


Posted in 日々のこと, 犬のこと, 自然のこと

タヌキ学

唐津市内の図書館でよく本を借りてきます。
福岡市内の図書館よりも早く入手できて便利で助かっています。

「タヌキ学入門」(誠文堂新光社)という本を借りて読みました。
タヌキは分類学上イヌ科の動物なので犬に近いということと
タヌキは七山スクールの周辺や山での遭遇率も高く身近な動物だいうことで興味があります。

タヌキの生態学的な基礎知識、体のつくりや何を食べているのか、生息地域、行動圏、繁殖といった細かな情報が記されています。

野生のタヌキの寿命は6~8歳で飼育下では14歳くらいという記述もありました。
犬も同じくらいではないかと思います。

取り上げ方として特に興味深いと感じたのは、人がタヌキという動物に抱くイメージについて、文面を裂いて語られていたことです。
イメージの変化の例として「オオカミ」が例題にされていました。

「人が抱く動物のイメージが動物の保全にとっても重要な意味をもつことを示している。」(タヌキ学入門より抜粋)

深い言葉です。

タヌキは野生動物です。
犬はペット化された動物です。

ペット化された動物は本来の犬の状態で保全されることは難しいのです。
人為的な繁殖によって人の好みに合わせて残される形態が偏りつつあります。

どちらにしても動物は人という大きな存在に影響を受けています。

以前にこのブログでも紹介したのですが、数頭のタヌキが円陣を組んでいたのを見ました。
夜暗くなってから福岡か七山に戻る道でスクールのすぐ近くの角でした。
ビックリしたので車のスピードを緩めて横目で見ながら通り過ぎました。
タヌキたちは逃げませんでした。

そのことをずい分人に話したのですが笑いものにされ真剣に聞いてもらえませんでした。
私はタヌキの化かしにひっかかったのでしょうか。

今思い出しても不思議でなりません。









Posted in 本の紹介, 自然のこと